「じゃあ、詳しい事はそっちで話すよ。今視えた未来の感じだとそこまで心配する事はないけど、万が一って事はあるからね」
迅は玉狛の屋上で携帯電話を片手に、普段通りに上層部相手に通信を行っていた。
用件は、なんて事はない。
たった今視えた未来視の映像を元に、万が一の危険を防ぐ為の
正直、見過ごしても問題は無いレベルの
しかし万が一、億が一にでも危うい未来へ繋がる可能性があるのであれば。
折角あの大規模侵攻を乗り越えて、手にしたこの平穏を崩すかもしれないのであれば。
当然の如く、迅には無視出来なかった。
今のこの世界は、玲奈が望んだ最善の未来────────────────その理想に、限りなく近い状態にある。
大規模侵攻での人的被害をゼロに留め、ボーダーの未来を支える層は今も尚先を見据えて成長し続けている。
ヒュース関連で一歩間違えばアウトな
ある程度のフォローは必要だろうが、大方は問題ない筈だ。
だからこそ、些細な事でも崩壊に繋がるリスクは許容出来ない。
折角、長年の戦いの果てに手に入れた
失ってなるものか。
取りこぼして、なるものか。
今の迅は、半ばそんな強迫観念に突き動かされていた。
無理もない。
迅は、幸せである事に慣れていない。
正しくは、
彼の中で、幸せであった時間。
それは師である最上と共に過ごした時間であったり、玲奈と寄り添った時間でもある。
しかし彼の幸せな時間の象徴であった二人はどちらも黒トリガーと化し、彼の前から消えていった。
その経験が、迅の中に
当然ながら、この状態はよろしくない。
強迫観念に憑りつかれたまま、精神を休ませる暇もなく動き続ければ何処かで必ず無理が出る。
そして迅は本質的に、自分が嫌いな人間だ。
他人の無茶無謀は制止するが、自分の事となると気にも留めない。
そういう性質があるからこそ、迅はこの数年間あそこまで拗らせた精神状態で居続けてしまったという側面がある。
このままでは、いずれ取り返しの付かない事態となる。
加えて迅本人は、その事を自覚してはいない。
彼を苛む喪失の経験が、心を蝕む悲しみの記憶が。
自分を労わる事を忘れさせ、度が過ぎた自己献身へと突き動かしてしまう。
『────────いや、その程度であれば後はこちらで対応可能だ。お前には、もっとやるべき事があるだろう』
「え…………?」
されど。
そんな状態の迅を放置する程ボーダーの今の長は、城戸正宗は暗愚ではない。
此処最近の迅の動向から彼の精神状態を既に看破していた彼は、ただ一言。
『そちらの二人の相手という、お前でしか出来ない仕事がな』
「迅っ!」
「迅」
「あー…………」
お前の仕事はそっちだ、と告げて。
自身が差し向けた小南と瑠花の到着と共に、話は終わりだと通信を切った。
迅は恐る恐る聞き覚えしかない声のした背後を振り返り、そして。
髪を振り乱して拳を握り締め、明らかに怒髪天を突いている小南と。
豊かな胸を強調するように腕を組み、ジト目で彼を睨みつけている瑠花の二人の姿を目の当たりにした。
どうやら二人共迅の現在の状態について城戸からしっかり聞いているらしく、「私怒っています」という態度を隠そうともしない。
怒りモード100%な玉狛女子二人に抗する手段を迅は持たず、結果。
「小南、部屋に連行しなさい。私の部屋で良いでしょう」
「了解」
瑠花の命令通りに動いた小南によって、迅は
「迅、心配性が過ぎるのは貴方の悪い癖である事は理解していましたが────────────────今回は、行き過ぎです。ハッピーエンドを掴んだというのに、自分から平穏を放棄するとは何事です」
「いや、人生にエンディングはないっていうし…………」
「
その後、玉狛支部の瑠花用に割り当てられた寝室に連れ込まれた迅は、瑠花と小南によってベッドに座らされ説教を受けていた。
小南は入り口付近に陣取って彼が逃げないように眼を光らせており、瑠花は迅の目の前に椅子を持って来て座りながら淡々と迅を糾弾していた。
迅も言い訳じみた事は口にしているが、その都度問答無用で黙らされ、ただ言われるが侭の状態になってしまっていた。
自分の行動に自覚のなかった迅ではあるが、基本的に彼は本気で自分の為に怒っている相手には抵抗出来ない。
加えて瑠花はあくまでも正論、当たり前の事しか言っておらず、屁理屈や暴論は用いてはいない。
そんな弁論の巧みさも、彼から抵抗の余地を奪っている要素であった。
「迅、貴方は七海と修、そして遊真の三人を最善の未来に辿り着く為の
「…………ああ、それは間違いない。彼等はしっかり、最善の未来を掴み取ってくれたよ」
「ならば、貴方がその未来を享受しなくてどうするのです。今の貴方は幸せを手放す事を恐れて、自分で自分を追い込んでいるようにしか見えません」
「────────」
瑠花の言葉に、迅は押し黙る。
確かに、迅の────────────────そして玲奈の望んだ「最善の未来」という分岐は、この
大規模侵攻での人的被害をゼロとし、再侵攻の可能性も限りなく0へ近付けた。
他の分岐ではあったアフトクラトル属国の侵攻の可能性も、この世界線では限りなく薄くなっている。
場合によってはその属国と友好的なファーストコンタクトを取る事さえ可能であるというのが、この分岐の特別性を指し示している。
だから、玲奈が望んだ最善の未来を手に入れる事は出来た。
それだけは間違いないと、胸を張って言える。
けれど、迅はその
それをようやく、瑠花の言葉によって自覚する事が出来たのである。
「で、でも、幸せは少しの事で崩れちゃうし、未来が視える俺が動かないと────────」
「
「~~っ!!??」
しかし尚も抵抗を続ける迅を見て、業を煮やしたのか。
瑠花は彼の言葉を遮るべく、強引に迅を抱き寄せその頭を自らの胸に押し込んだ。
豊満な彼女の乳房に埋もれた迅はじたばたと抵抗するが、耳元で「抵抗すれば服を脱ぎます」と瑠花に囁かれた為にぴたりと動きを止めた。
年下の少女の胸に顔を埋めているこの状態だけでもマズイのに、その上そんな蛮行までされてはたまったものではない。
全面的に降参して迅が体の力を抜くと、ようやく瑠花は彼を拘束する腕の力を緩めた。
但し完全な解放はせず、話は出来るものの迅の顔は彼女の胸に密着したままであるが。
「る、瑠花…………っ! それは幾らなんでもやり過ぎだってばっ!」
「迅はこれくらいやらないと止まりませんよ。その事は、貴方も良く分かっているのでは?」
「それは、そうだけど…………」
瑠花の突然の蛮行に抗議する小南であるが、迅の無鉄砲さと自罰性を良く知っているが故に彼女は反論しきれなかった。
確かに、口で言っても簡単には止まらない迅を止めるにはこれくらいの強硬手段が必要というのは分かる。
だからといって想い人が他の少女の胸に顔を埋めている状態を看過するというのは、乙女心的によろしくない。
「それより、貴方もこちらへ来なさい。そこに突っ立っているよりも、後ろから密着した方が逃がす可能性は減りますよ」
「それもそうね」
しかし、そこは瑠花。
小南の乙女心的葛藤を見抜いた上で、互いに迅の身体を物理的に折半する妥協案を出して即座にそれを承諾させた。
瑠花の提案を受けた小南は意気揚々とベッドに飛び込み、背後からぎゅっと迅の身体を抱き締めた。
傍から見れば迅は後ろから小南に全身で抱き着かれ、その顔を瑠花の胸に埋めている状態である。
ぶっちゃけ男の理想的な状態であるが、本人はそれどころではない。
何せ、片方は幼い頃から知っている戦友で、もう片方は滅んだとはいえ同盟国のお姫様でボーダーの最重要機密にあたる少女だ。
女性というより年下の庇護すべき少女として接して来た迅側としては、こんな状態になっても混乱しかない。
未来視という人の身に余る力を持って生まれた迅は、自己評価がとんでもなく低い。
自分の価値を、未来視という
最上や玲奈と出会う前の迅は、まさしくそういう存在だった。
玲奈を失ってからはその状態に逆戻りしていたが、今はなんとか持ち直してはいる。
けれど、迅は自分が人に好かれるなどという事は有り得ないと何処かで思っている節がある。
だから、人の悪意は理解出来ても人の好意が察せられない。
他者同士の関係性には敏感でも、自分の事となると無頓着。
それが迅という少年の性であり、そして。
この二人の少女にとって、とうに承知の事実でもあった。
「迅、理解しろとは言いません。ですから、ただお願いを聞いて下さい────────────────全部、自分でやろうとしないで。他の仲間も、頼りなさい」
「そうよっ! アンタ、あの時あたしが言った事もう忘れたワケッ!?
────────────────なら、もっと仲間を頼りなさいよ。アンタとあたし等の付き合いは、そんなに浅いモンだったとでも言うワケ? 弱音くらい、いつでも聞いてあげるわよ────────────────
「────────!」
迅の脳裏に、あの日の言葉が蘇る。
あの日、玉狛支部で七海の言葉で時計の針をようやく進める事が出来た迅は。
小南とレイジから、確かに言われたのだ。
もっと、仲間を頼れと。
お前一人で、全部やらなくても良いのだと。
そう、言われたのに。
彼は、手に入れた幸せの喪失を恐れるあまり。
そんな当たり前の事を、すっかり忘れ去っていた。
「アンタが幸せが崩れるんじゃないか、って怖がるのは分かるわよ。あたしだってそうだもん。けど、昔と違って今は仲間がたくさんいるでしょ? だから、アンタ
「小南の言う通りです。貴方が貢献して来たボーダーという組織は、未だに貴方だけに重荷を背負わせなければならないような脆い組織なのですか? 七海玲奈の願った結末を経て尚、貴方の身を捧げなければ立ちいかない組織であるとでも?」
「────────────────いや、二人の言う通りだな。ごめん。ちょっと、無理をしてたかもだ」
迅の言葉を聞き、瑠花は彼の眼をじっと見て。
その言葉が真実であるかを直感と観察によって確かめ、そして。
「へ?」
「あ…………っ!」
その頬に口付けを落として、ようやく迅の拘束を解いた。
突然の事に何が起きたか理解出来ずに呆ける迅に、その有り様をばっちり見てしまい顔を真っ赤にする小南。
二人の様子を見て瑠花はくすり、と満足そうな笑みを浮かべ何事もなかったかのようにベッドに座り直した。
「よろしい、ようやく認める事が出来たようですね。それから、貴方の「ちょっと」は全然
「あ、ああ、うん」
ご満悦に講釈を垂れる瑠花だが、迅の返答はぎこちない。
流石に頬とはいえ異性からのキスというのは、迅としても初めてだったのだ。
色々と擦り切れて来た少年時代を過ごしたとはいえ、迅も立派な青少年。
そんな事をされれば動揺もするし、平常心ではいられなくなる。
更に一部始終を見ていた小南にとっては、最早パニックである。
先程までのおっぱい顔埋もれ状態はまだ拘束の為であると分かっていた為、一応の理由付けは出来ていた。
しかし、今のキスは本当に不意打ちなのでどう反応して良いか分からない。
灰色の青春時代を過ごした少年少女は、こういった機微には素人同然に疎かったのである。
「迅、折角なので今夜は三人で寝ましょうか。ベッドは充分な広さがありますし、なんなら話に聞いたザコネというものでも構いませんので」
「あー、えっと、そのー」
「
「────────────────────────────────────────────────────────ない、です…………」
「あ、三人で寝るのね。じゃあもっと布団持って来た方がいいかしら」
瑠花の威圧に迅は屈し、小南は添い寝という既に経験のある事柄になった為深く考えずに準備に取り掛かる。
その夜。
支部の一室では、布団を広げた三人が寄り添って眠る姿があった。
頼りになる戦友と、守るべき亡国の姫。
己の理解者たる二人に囲まれて、未来視の少年は久方ぶりの安眠を享受するのだった。
『しあわせなじん』
「呪いを祝いに変えたもの」
本編終了後も根っからの苦労性と心配性のコンボで色々暗躍していたが、無理をしていた事が城戸司令にバレていい加減にしろと最終兵器玉狛女子二人を送り込まれて陥落した未来視少年。
自己評価が低過ぎる事と玲奈を失った心の疵が深過ぎる為に異性の行動を自分への好意に結び付ける事が出来ず、実は二人の好意にも気付いていない。
しかし瑠花がその程度で攻勢を緩める理由はなく、彼女に触発された小南もまた同様。
支部長の林道も黙認する構えなので、迅の逃げ道が塞がる日はそう遠くない。
ちなみに陽太郎はヒュースと一緒に仲良く寝ていたので邪魔をする要素は皆無。
流石王女、抜かりはない。
さて、此処で一つ発表があります。
ワールドトリガー二次創作、星月さん作『REGAIN COLORS』、及び丸米さん作『彼方のボーダーライン』の主人公チームの使用許可が下りましたので、三作品の主人公チームによる『クロスオーバーランク戦』を実施したいと思います。
お二人の監修の元コツコツと準備してから投稿致しますので、しばし時間はかかるとは思いますがお楽しみに。