「ヒュースを、ぼくたちのチームに入れる、ですか」
「ああ、ちゃんと説明するから聞いてくれ」
大規模侵攻が終わり、暫くした後。
ランク戦の為に準備を進めている修達の元に迅が現れ、ある提案を告げたのだ。
それは、ヒュースを
いきなりの話で戸惑う修ではあるが、それでも迅が言って来た以上何かしらの意味があるのは確実だ。
そう考え、修は話の続きを待った。
「まず、大前提としてこの三門市を襲う一番悪い未来に繋がる可能性は断たれた。あの大規模侵攻で、アフトクラトルの国宝の使い手を倒した事でね」
「あの爺さんか」
「ああ、ヴィザというらしい。ヒュースはヴィザ翁、と呼んでいたようだ」
大規模侵攻でボーダー相手にその脅威をこれでもかと見せつけた剣士、ヴィザ。
直接交戦に参加した遊真は、短時間ながらも彼の老剣士の放つ殺気をその身に浴びている。
何かが違えば、否。
奇跡的に
場合によっては真実、彼によるボーダーの壊滅も有り得えたのだ。
彼を倒せるかどうかが未来の分岐点だったと聞かされても、納得しかない。
一騎当千。
まさしく、その名を体現するに相応しい修羅だったのだから。
「けど、どうやらヒュースをこのまま放置するとあの爺さんがまたこの世界に突っ込んで来るらしい。それをさせない為にも、ヒュースをアフトクラトルまで送り届ける必要があるんだ」
「え?」
「なんと」
故に、迅からその翁が再び来襲する可能性があると言われ、愕然とした。
あの決戦は、七海の黒トリガーと数多くのトリガーの高度な連携という初見殺しが通じたからこそ、なんとか勝ちを拾えたのだ。
同じ戦法、同じ戦術では恐らく通じない。
どころか、あっさり一蹴されたとしても不思議はない。
そんな相手が、再びやって来る。
それはまさしく、ボーダー壊滅の危機と言って差し支えない。
「どういう経緯かは想像するしかないけど、とにかくヒュースをこのまま玄界に留めていると彼がやって来てしまうという事だけは分かった。俺としても、流石にそれは看過出来ない」
「でも、どうしてそうなるんですか? まさか、ヒュースを始末しに、とか…………?」
「いや、良い笑みを浮かべながらヒュースに斬りかかってる未来が視えたし、単に戦いたかっただけだと思う」
厄介なのは、どうやらヴィザがアフトクラトルの思惑と一切関係なく動いて来そうなところだ。
国の意向であればそのバックを動かせばどうにか出来るが、もしもヴィザ翁の独断専行だった場合。
それを止めるには、文字通りの
あの剣聖に、力づく。
有り体に言って、出来る筈のない無茶をやれと言っているに大差はない。
「色々と分岐を視た結果、どうやらこっちで成長したヒュースと戦えれば満足して剣を収めるつもりみたいだからね。だから、あの爺さんが痺れを切らす前にアフトクラトルまで行く必要があるんだ」
「はた迷惑な話だなあ」
「ああ、厄介なのはそれを押し通せるだけの力が充分過ぎる程あるってトコだ。俺としても頭が痛いが、対処が必要な以上放置は出来ない」
「そうですね。迅さんの言う事なら、間違いはないでしょう」
修は迅の話を一通り聞き、その内容に理解を示した。
遊真と違い修はヴィザと直接交戦してはいないが、遠目で戦闘を視認してはいたのだ。
レベルが違い過ぎて何が何だか分からなかったが、とにかくヤバい手合いである事は理解出来た。
その相手の襲撃の可能性を排除する為なら、多少突飛な策でも採用した方が良いのは間違いない。
「でも、どうしてウチに組み込むって話になるんですか? 迅さんなら、ヒュースを直接遠征艇に乗せる事も出来るんじゃあ」
「それは買い被り過ぎってのもあるけど、単純にそれじゃあヒュースの扱いは
修の言葉通り、ヒュースを遠征艇に放り込む事自体は出来る。
しかしそのケースでは、彼の扱いは「近界民の捕虜」でしかない。
当然自由行動は許されないし、最悪彼一人を向こうに放置して帰還する事も有り得る。
まず、建前として軍事組織ではないとしているボーダーでは基本的に非人道的な事は行わない。
それは市民の理解を得る為に必要なスタンスであるし、ダーティな真似ばかりしていては人心は付いて来ない。
特に、ボーダーは未成年が大半を占める組織だ。
そのあたりの配慮は、より慎重を期す必要がある。
しかし、それはあくまでこの世界で暮らす、この世界の人間向けの話だ。
こちら側に戸籍のない近界民の捕虜を玄界内でどうにかするのであればともかく、近界に置き去りにしたところで露見する可能性は0に等しい。
そしてヒュースは遊真と違い、最初から敵対者としてボーダーの前に現れた
手心が加わる可能性は、恐らく低いだろう。
迅が直接捻じ込めば、そういった扱いにしか出来ないのだ。
実際やるかどうかはともかくとして、行動に著しい制限が加わる事だけは確かなのだから。
「だから表向きは近界民である事を隠して、君たちの部隊の一員として遠征に参加するのがベストなんだ。勿論それには君達自身が遠征部隊員としての資格を勝ち取る必要があるけど、今更目的を変えたりはしないだろう?」
「ええ、ぼくたちの意思は変わりません。遠征部隊に入って、近界に行く。最初に言った通りです」
「ああ、おれもそのつもりだ」
「わ、わたしも。兄さんを探したいと言ったのは、わたしだから」
修の改めての決意表明に、遊真と────────────────それまで会話に参加していなかった、千佳が追随する。
彼女は政治的な側面を含んだ話は自分が介入するには難易度が高いと考え口を控えていたのだが、そもそも近界行きは彼女が最初に望んだ事だ。
いつの間にか自分とは比較にならないバイタリティで修が気炎を上げていたが、最初に声をあげたのは間違いない彼女なのだ。
だから、今更意思を変えるつもりはない。
修と共に、遠征を目指す。
その意思は固く、揺るぎのないものなのだから。
「ああ、それを聞いて安心したよ。さて、それじゃあ後は上層部に許可を貰うだけだけど────────────────大丈夫かい?」
「ええ、一応案は考えました。ですが少し情報が欲しいので、幾つか質問させて貰ってもよろしいですか?」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
「じゃあ────────」
そして、修は幾つかの事柄を迅から聞き出し。
ボーダー本部、そこで待つ城戸達上層部の元を訪れた。
「では、話を聞こうか」
ボーダー本部、司令室。
そこでは中央の椅子に座る城戸が、修達を待っていた。
室内には忍田、根付、鬼怒田、林道といった上層部が勢揃いしており、一様に修に注目を向けている。
普通であれば臆してしまうような場であるが、修にそんな
冷や汗をかいてはいるが、それは単に失敗出来ないという責任感故のものだ。
既に覚悟は決まっており、やるべき事も分かっている。
この状況下で、三雲修が臆するワケなどないのだから。
「今日はお忙しい中時間を取って頂き、ありがとうございます。今日は一つ、お願いがあって来ました────────────────ここにいるヒュースを、ボーダーに入隊させる許可を下さい」
当然、このような要請が易々と通るワケがない。
迅が根回しはしているとはいえ、少なくとも根付や鬼怒田はこの話の裏を知らない。
というよりも、知られていては困るのだ。
根付と鬼怒田は上層部の一員としてカウントされているが、その本業は自らの担当する部署を円滑に回す事だ。
特に根付はメディア対策室という外向けの業務に従事しており、ボーダーの利益の為にある程度
故に根付には迅の未来視による情報は、どれだけ正しくても「一人の人間の発言のみを論拠とする根拠のないデータ」として扱わざるを得ないのだ。
だからこそ、こういった場で根付に予め根回しをする事は出来ないのだ。
やるのであれば未来視以外の裏付け情報が必要となるが、生憎今回のケースは近界が絡んでいる。
物的証拠を持ち出す事が不可能な以上、根付への正面からの説得は行えない。
だからこそ、修を通じた交渉という形に整えたのだから。
「三雲くん、君は何を言っているか分かっているのかね? その
「勿論、何の理由もなく言っているのではありません。まず、この話にはヒュース本人も同意しています。理由は、ご存じだと思いますが」
「ふむ」
根付は修の話を聞き、ヒュースの方を見た。
ヒュースの事情は、エネドラを通じてボーダー上層部には伝わっている。
彼の主であるエリン家当主がハイレインによって「神」の候補者として狙われ、その過程で障害となるヒュースをこの世界に放逐したという情報。
それがヒュース本人に伝わっているのであれば、遠征参加を望む理由は理解出来る。
一刻も早く、本国に戻らなければ。
ヒュースはきっと、そんな心持ちでいるのだろうから。
「では、以前提供を拒否したアフトクラトルの情報も今度は教えて貰えるというワケだな?」
「それは断る。
きっぱりと、ヒュースは情報提供に否と答えた。
彼の気持ちは、忠誠は変わらない。
たとえ不利になると分かっていても、誇りにかけて自らに恥じる真似は出来ない。
それはどんな状況下であろうと、変わる事はないのだ。
「流石にそれは、ムシが良過ぎるのではないかね? 遠征には連れて行け、しかし情報は話せない。お話にならないよ」
「いえ、それは違います。ヒュースは
「どういう事かね」
されど、この場に臨むに至り。
彼は一つの、妥協点を見出していた。
修と話し合い、そして。
彼自身が納得した、妥協点を。
「ヒュースの主であるエリン家当主は、先日の大規模侵攻で近界民の部隊を率いていた領主であるハイレインの勢力下の分家です。ですので政治的に追い込まれれば、勝つ事は出来ないのだそうです」
「政治的にも、口惜しいが軍事的にもハイレイン隊長の勢力は圧倒的だ。分家の一つに過ぎないエリン家では、時間稼ぎが限界だろう」
「しかし、それならばアフトクラトルの別の勢力に取り入れば良い話ではないかね? 話によれば、君の国は四人の領主がそれぞれの領地を治めているそうだが」
「無駄だ。他の領主に助けを求めても、主を生贄にする人間が変わるだけだ」
そう、エリン家当主は現在ほぼ詰んでいるのだ。
政治的にも軍事的にもハイレインには勝てず、他の領主に助けを求めようものなら嬉々として彼等は当主を「神」にするだけだろう。
現在アフトクラトルは、「神」選びによる政治闘争の真っ最中。
その中で立場が危ういトリオン強者など、勝利の為の宝箱にしか見えない筈だ。
「だからこそ、主の立場がどうにもならなかった時の為に
「近界民を、この世界へ亡命させろと言うのか?」
「出来ないとは言わせない。お前達は、既に
故に、エリン家当主が助かる為には玄界への亡命が最も効率的だ。
数少ない人間しか知らないが、既にボーダーは瑠花と陽太郎という亡命者を受け入れた前例がある。
事情を知らない者からすれば遊真の事だろうと誤認するであろうし、一瞬忍田に視線を向けた事で分かる者は分かった筈だ。
エリン家当主を玄界へ亡命させ、そちらと交渉して向こうの情報を得る。
修とヒュースが提示したのは、そういう取引なのである。
「しかし、そうなれば当然あの人型
「アフトクラトル側での足止めなら、エリン家の者達がやってくれるだろう。そして、一度国から出てしまえば他の領主がこぞってハイレイン隊長を妨害する筈だ。互いの足を引っ張り合う事なら、彼等の右に出る者はいない」
無論、とヒュースは続ける。
「国内で他の領主の勢力と接敵すれば間違いなく主は狙われるだろうが、彼等はヴィザ翁を撃破した玄界の戦力に及び腰になっている筈だ。
「そううまく行くものなのかね?」
「ああ、視た感じこっちまで戻って来れれば追手が来る未来は視えないな。あの爺さんを倒したって事実は、それだけ重いみたいだ」
二人の言う通り、アフトクラトルの権力者はヴィザを倒した玄界の勢力を警戒している。
故に国内で孤立しているならばともかく、こちらの世界まで戻って来れば追手を差し向けようという勢力は存在しない。
無論ハイレインだけは事情が異なるが、足の引っ張り合いこそ政治屋共の真骨頂だ。
競争相手が勝利に直結する景品を取りに行こうとしており、尚且つその景品が自分達にも手が届かない場所にあるのなら。
全力で、ハイレインの行動を妨害しにかかるだろう。
そして、それだけ時間をかければ。
他に「神」を見つける領主が出ても、何の不思議もないのだ。
「加えて、ヒュースはアフトクラトルへ向かうまでのガイドも可能だと言っています。生きたガイドを連れて行ける事は、遠征の成功率を高めるでしょう。これは、エネドラの情報だけでは出来ない事です」
「成る程。一理あるな」
エネドラ本人は既に死亡し、彼の記憶のバックアップから起動したトリオン兵────────────────通称エネドラットがいるが、彼はガイドなど出来ないそうだ。
専ら殲滅担当だったエネドラに外回りの機会などはなく、こればかりは実際に近界の国々を回ったヒュースにしか出来ない事だ。
「それに、亡命を希望している以上ヒュースが裏切るワケにはいかないのは分かる筈です。行って終わりではなくその先があるので、こちらに刃を向ける事がどれだけ不利益に繋がるかは一目瞭然ですから」
更に、アフトクラトルに着くまではヒュースは目的の為にも裏切るワケにはいかず。
その後も、主を亡命させる以上同様に裏切る事は出来ない。
主の亡命という目的そのものが、ヒュースが裏切らない担保となっているのだ。
それを言及していなければ一先ずアフトクラトルに到着するまでの事だけを話して終わっただろうが、ヒュースにとって亡命を受け入れて貰うかどうかは死活問題だ。
大国アフトクラトル相手に、ただ近界を彷徨うだけではいずれ必ず捕捉される。
だからこそ、彼の国の手が及ばない玄界に亡命する必要があるのだ。
利害の一致を示し、受け入れる口実も用意した。
ヒュースを受け入れるメリット、拒絶した場合のデメリット。
それらを考慮すれば、結果。
「────────────────良いだろう。条件付きだが、ヒュースの入隊を認めよう」
城戸は修の提案を了承し、交渉に決着が着いた。
その後は千佳の貸し出しの提案や昇格試験を行わない事、B級からも遠征部隊を選抜する事など様々あったが。
修自身のこの場での目的は、こうして果たされたのだ。
「良かったねぇ。なんとか通って」
「ええ、月一回になった入隊日を待ってからになりますが、ヒュースならB級にもすぐ上がれるでしょうし問題はないと思います」
帰り道。
宇佐美に労われながら、修はボーダーの廊下を歩いていた。
紆余屈折はあったが、目的は達成した。
これで遊真しか正面切って戦える駒がいないという玉狛第二の弱点は補強の目途が立ったし、迅が言った剣聖襲来ルート対策も出来るようになった。
前途は多難だが、スタート地点に立つ事は出来た。
元より止まるつもりはないが、確かな一歩を刻んだ実感がある。
まあ、やると決めたら止まる事など彼には元より有り得ないのだが。
「でも、B級の部隊は何処も強いし前期のランク戦でみんなかなり成長したからねー。というか七海くんトコが叩き上げちゃったみたいな面もあるから、割ときっついよ?」
「覚悟の上です。そのくらい出来なきゃ、麟児さんの元へは行けないと思いますから」
修は、迷う事なくそう告げた。
彼は、目的を決めたら止まらない。
どれだけ、自分が弱かろうが。
どれだけ、無理難題を突き付けられようが。
彼の辞書に、止まるという文字はない。
それが、三雲修。
常識を知りながら自身の目的の為なら簡単にポイ捨て出来る、歪んだ鉄パイプのような精神を持つ少年である。
彼はどれだけの困難が待ち受けていたとしても、その足を止める事はないだろう。
「おい、今、麟児とか言ったな? それは、雨取麟児の事か?」
「え…………? そうですけど、貴方は…………」
しかし、そこに間が悪く修の発言を聞いてしまっていた者がいた。
黒スーツ姿の、容姿の整った男性。
誰あろう、二宮匡貴である。
二宮は修と千佳を一瞥した後、ジロリと二人を凝視した。
「お前らには聞きたい事がある。隊室まで来い」
こうして。
ランク戦で最大の壁となる存在、二宮は有無を言わさず修達を隊室へと連行した。
流石に麟児の名を出されては行かないワケにもいかず、修達は彼に付いて行きそこで鳩原密航の話をされる事になる。
ちなみに彼等を連れていく二宮の姿は大いに目立っていたそうで、後で加古にからかわれて機嫌を悪くするスーツ姿の男性がいたとか、いないとか。
『おさむ』
「ペンチメンタルの極地」
テコ入れによって成長を先取りし、迷走をショートカットしたメガネ。
スパイダーの習得や戦術レベルの向上、更にはヒュースの早期加入等着々と手札が増えている。
しかし前期ランク戦で七海達が色々やらかした影響でランク戦の難易度がハードからベリーハードに変わっている為、前途は多難。
ちなみに毎回ハラハラしながらその奮闘を見守る巨乳女子中学生がいたとかいう噂があるが、真偽は不明。
クロスランク戦は少しずつ準備を進めていきます。時間がかかるので投稿に時間が空く可能性もありますので、ご留意ください。