痛みを識るもの   作:デスイーター

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那須玲/少女の想い②~誕生日のモラトリアム~

 

「明日、か…………楽しみね」

 

 6月15日、夜。

 

 那須は一人、自室で物思いに耽っていた。

 

 考えている事は、一つ。

 

 明日の、彼女の()()()についてだ。

 

 那須の誕生日は、6月16日。

 

 梅雨の真っただ中のこの時期が、少女の生まれた日であった。

 

 誕生日は一定の年齢を過ぎるとただの記号にしか過ぎなくなるが、彼女はまだ10代真っ盛り。

 

 仲間意識が強い那須隊なので、当然毎年のように誕生日パーティは開いていた。

 

 その事は那須も感謝していたし、内心楽しみにしていたのも確かだ。

 

 騒がしいのは好きではないが、基本的に仲間内で集まってわいわいするのは嫌いではない。

 

 単に極度の人見知りなので、身内認定以外の相手が多い空間にあまりいたくはないというだけだ。

 

 だから、那須隊だけで集まって自分の生まれた日を祝ってくれる事は彼女にとって一つの安らぎであった。

 

 未だ七海との関係が捩じれ、ボタンを掛け違えていた時であっても。

 

 仲間との楽しいひと時は、掛け替えの無い大事な時間だったのだ。

 

 故に、今年も同じように誕生日パーティーを開催するかと思っていたのだ。

 

 だが。

 

()()()()()()()()()()、か。気を効かせてくれるのは嬉しいのだけれど、少し寂しいわね)

 

 今回に限り、例年とは異なる事情があった。

 

 それは、那須が晴れて七海と正式に付き合い────────────────本当の意味で、恋人同士になっていた事だ。

 

 その事は無論那須隊では周知の事実であり、七海に親しい者達にとっては暗黙の了解のようなものである。

 

 ちなみに那須はそもそも交友関係が狭過ぎるので、彼女が隊以外で自分だけの友人となると柿崎隊の照屋くらいで残りは共通の知人ばかり。

 

 なので、隊以外で彼女達の関係をあれこれ言うとなると小南くらいのものである。

 

 その小南にしても割と空気は読めているので、誕生日という特別な日に介入したりはしない。

 

 恋する乙女の気持ちは分かるので、無粋はしないのである。

 

 その事自体は、嬉しい。

 

 隊の皆も、彼女の友人も。

 

 那須の為を想って、誕生日は七海と二人きりになれるよう取り計らってくれている。

 

 しかし。

 

(嬉しい、のだけど────────────────やっぱり、もやもやするわね。贅沢な悩みだって、分かってはいるけれど)

 

 恵まれている、それ自体は間違いない。

 

 自分にとって一番大事なのは七海であるし、未来永劫その優先順位が変わる事はない。

 

 ない、のだが。

 

 寂しい、と思わないと言えば嘘になる。

 

(駄目ね。折角気を遣ってくれたんだもの。私が精一杯楽しまなきゃ、皆に悪いわ)

 

 されど、これは彼女達の善意の行動なのである。

 

 それに文句を言うようでは、バチが当たる。

 

 そう思い、那須は明日の準備に取り掛かる。

 

 しかし、その眼は。

 

 何処か、心此処にあらずといった様子であった。

 

 

 

 

「お待たせ。待ったかしら?」

「いや、大丈夫だ。俺もさっき来たところだよ」

 

 三門市、繁華街。

 

 そこで、淡い青色のワンピースにカーディガンを羽織った那須が先に待ち合わせ場所に佇んでいた七海に声をかけていた。

 

 ちなみに七海の方は青系のインナーにジャケット、スラックスというスタイルである。

 

 6月は気候の変動が激しく、衣服の調節を迷う時期でもある。

 

 今日の気温は、やや肌寒いと感じる程度。

 

 なので寒がりな那須は少々厚めのカーディガンを羽織っており、感覚が戻ったばかりで寒暖差に慣れていない七海はある程度肌を隠しつつもさほど熱が籠らない服を着て来ている。

 

 長らく無痛症に苛まれていた七海は、気温による変化に目まぐるしく左右されていた。

 

 以前は本人の感覚が頼れない為に単純に時期に合わせた服、もしくは同居している那須の意見を取り入れた衣服を見繕って着ていた。

 

 自分では暑いのか寒いのか判断がつかない為、時期を見て判断するか他者の意見を取り入れる以外に服を選ぶ基準が分からなかったのだ。

 

 無痛症であったとはいえ、本人が暑さ寒さを感知しないだけで、代謝は普通の人間と変わらない。

 

 だから夏に厚着をしていれば汗をかき過ぎて熱中症になるし、冬に薄着をしていれば普通に風邪をひく。

 

 自分自身では身体の変調が分からない為、本来は体調の悪化で異変に気付くところをスルーしてしまう。

 

 ある意味、それが無痛症患者の最大の難点であった。

 

 痛みとは、身体の発する救難信号(シグナル)である。

 

 それがなくなっているという事は、身体の異変を感じ取れない事と同義。

 

 そういう意味で常に服装には気を遣っていた七海であったが、あの大規模侵攻を経て通常の感覚に戻った事でその問題は全て解決した────────────────と、いうワケでもない。

 

 確かに、七海の無痛症は快癒した。

 

 しかし、長い間触覚を使って来なかったという事実は変わらない。

 

 故に、七海の身体の感覚は常人よりは鈍く、気温の変化に関してもやや鈍感になっていた。

 

 だから、七海だけでは適切な着こなしを選ぶ事は出来ない。

 

 なので彼が頼ったのは、当然というべきか師匠にして兄貴分である影浦であった。

 

 元より影浦の着こなしを「格好良い」と感じていた七海は、那須の誕生日に着ていく服選びを彼に頼んだのである。

 

 困ったのは、影浦だ。

 

 可愛い弟分の頼みとあらば効かないワケにはいかないが、如何せん彼は服選びのセンスに長けているとは言えない。

 

 大柄で威圧感のある影浦と、細見で端正な顔立ちの七海とでは当然タイプが違う。

 

 服とは本人との相性も鑑みて選ぶものであり、そう考えれば影浦に七海の服選びを頼むというのはナンセンスであった。

 

 しかし、頼られた手前応えないワケにはいかない。

 

 なので隊唯一の女子である光に頭を下げ、七海の服選びを行ったのだ。

 

 滅多に自分を表立って頼る事のない影浦に頼られた事で光は盛大に奮起し、気合十分といった風情で服選びを承諾した。

 

 とはいえ彼女だけに任せるのも不安だったので、影浦も勿論同行した。

 

 光が遠慮なく陽キャ全開の服を選ぼうとするのを影浦が阻止し、逆に影浦がギラギラしたパンクファッションに誘導しようとするのを光が妨害。

 

 それを繰り返しながら、最終的に完成したのが今の七海である。

 

 ジャケットやスラックスは影浦の趣味だが、インナーや細かなアクセサリーは光の仕事である。

 

 影浦の選んだ少々刺々しい服装を緩和出来るよう、淡い色合いで纏めているあたりに彼女の女子力が伺える。

 

 もっとも、ナチュラルボーン女子力の塊である面々と比べるとそこそこ程度ではあるが。

 

 ともあれ、二人の努力によって七海は見事デート服を完成させるに至った。

 

 自分では服を選んで来なかったが為にセンスに疎い七海としては、頭が下がる思いである。

 

「相変わらず、何を着ても似合うな。玲」

「玲一も、格好良いわ。少し派手かもしれないけど、玲一こそ何を着ても似合うもの。私が保証するわ」

「玲に保証されると、ちょっと照れるな。俺のセンスじゃあないんだけど」

 

 二人に選んで貰った服だし、と七海が続けると那須はふぅ、とため息を吐いた。

 

「こういう時は、黙って賛辞を受け取るものよ。女心に関しては、まだまだ勉強中みたいね」

「ごめん。気を付けるよ」

「まあ、プレイボーイになられても手間がかかるから玲一はそれで良いと思うわ。誰か困るワケでもないし」

 

 そこで嫌だから、ではなく手間がかかる、と言ってのけるあたり那須の愛の重さを感じるが、七海としては別段気にする部分ではない。

 

 那須の事を一番に想うのは彼にとって当然の事だし、他の女子に目移りするなど言語道断。

 

 まあ、遅い思春期の到来によって色々動揺する事は多いものの、大事な一線は決して踏み越えないのが七海玲一という少年だ。

 

 その分煩悶する事も多いが、この程度はハッピーエンドを掴んだ代価だと思う事にする七海であった。

 

「行きましょう。まずは、映画だったかしら」

「ああ、荒船さんお勧めのやつだ。心配しなくても、パニックものじゃなくてどちらかというとアクションものらしい」

「それは良かったわ。前に見たやつは、結構怖かったもの。アクションなら好みだし、問題ないわ」

 

 普通男女のデートで見る映画となれば恋愛映画が定番ではあるが、二人はさほどそちらへの興味は深くはない。

 

 というよりも、それ系統の映画はこれまでに那須に付き合って散々見たので、とうの彼女本人も飽きが来ているというのが実情なのである。

 

 だから、共通して楽しめるジャンルとしてアクションを選んだ、というワケである。

 

 七海は荒船の影響で勿論アクション映画は好きだし、那須はランク戦での姿を見て分かる通り激しい動きのある戦闘は中々に見応えがあって好みなのだ。

 

 それでもデートで見る映画としてはどうなんだと思わないでもないが、そこはそれ。

 

 一つ、言えるとすれば。

 

 弟子に頼られた荒船が、そういったチョイスを間違う筈がないという事だけだ。

 

「さ、行きましょ。楽しみだわ」

「ああ、行こうか。タイトルは────────────────「ザ・ビューテフルムーン・レイクサイド」、か」

 

 

 

 

「…………アクション映画かと思ったら、かなり濃厚な恋愛ものでもあったなんて。予想外だわ」

「ああ、これは荒船さん狙ってたか…………? 有り得そうだな」

 

 映画館から出た二人は、何処か頬を赤らめながら手を握り合っていた。

 

 荒船お勧めの映画は、確かにアクションものだった。

 

 月光を背に湖の畔で戦う二人の男女の姿はとても流麗で、思わず見惚れてしまったものだ。

 

 しかし、映画の真骨頂は此処から。

 

 なんと、命の奪い合いに興じていた筈の二人は映画の主人公とヒロインであり、激しい戦いの末に盛大な告白をかましてハッピーエンドに漕ぎつけたのである。

 

 思えば、伏線はあった。

 

 ビューティフルムーン(綺麗な月)というタイトルが付いている時点で、恋愛が絡んだものである事は察して知るべきであっただろう。

 

 映画のパンフレットも満月を背に争う二人の男女の姿が描かれており、見ようによっては月を背に激しい逢瀬を重ねるシーンに見えなくもない。

 

 ともあれ熱いアクションで沸騰した頭を、濃厚なラブシーンで上書きされた二人は何処かぎこちない。

 

 基本的は二人はプラトニックな付き合いを心掛けており、七海も色々と大変な時期ではあるのでそういった描写には耐性がない。

 

 ましてや愛する少女を身近に感じている今だからこそ、平静でい続けるのは無理がある。

 

 七海はこれまでは無痛症の影響で男女の機微に無縁だっただけで、健康体となった今では色々と我慢を重ねている状態なのだ。

 

 今も、繋がっている掌に感じる少女の柔らかな手の感触にドギマギしていて、思わずチラリと那須の顔を盗み見る。

 

(…………玲…………)

 

 その時、気付いた。

 

 笑顔の那須の横顔が、何処か。

 

 一抹の、寂しさを感じているような影を帯びている事に。

 

「…………! あ、ごめん。次、何処だっけ」

「えっと、次は昼食かな。この先にあるパスタ屋さんを予約してあるよ」

「なら、早く行きましょう。折角の誕生日だもの。時間は、無駄にしたくないしね」

 

 そんな七海の視線に気付き、那須は慌てて次の場所へ向かおうと急かす。

 

 七海は彼女の気遣いに思い至り、表向きは快く頷いて二人で目的地へ向かっていった。

 

 

 

 

「今日は楽しかったわ。ありがとう」

「いや、楽しんで貰えたなら何よりだ。俺も誘った甲斐がある」

 

 19:00過ぎ。

 

 月明りに照らされながら、二人は帰路に着いていた。

 

 那須は朗らかな笑みを浮かべながら、しっかりと七海の手を握っている。

 

 今回のデートがお気に召したのは、確かだろう。

 

 けれど。

 

 最後まで、那須の横顔からは。

 

 一抹の憂いが、消える事はなかった。

 

「…………なあ、玲。もしかして、寂しい、って思ってないか?」

「え…………?」

 

 だから、踏み込んだ。

 

 七海の問いに、那須はキョトンと────────────────否。

 

 バツが悪そうな顔をして、それが図星であると図らずも証明してしまった。

 

「…………えっと、顔に出てた…………?」

「ああ、デート中ずっとな。色々鈍い俺だけど、玲が思い悩んでるのは見て分かった。これまで散々、分かっていながら見過ごして来た馬鹿野郎だからな。そういうのには敏感なんだ」

「はぁ、バレバレだったってワケね。それならそうと、言ってくれれば良かったのに」

 

 でも、と那須は続ける。

 

「決して、玲一とのデートが楽しくなかったワケじゃないの。でも、毎年隊の皆に祝って貰っていたから、今年からそれがないってなると少し寂しいなって、そう思っちゃっただけ」

「…………そうか」

 

 那須の気持ちは、分からなくはない。

 

 七海は基本的に、気心の知れた仲間達と一緒に過ごす時間が好きだ。

 

 あまり人数が多過ぎると辟易するが、身内だけで一緒に過ごす一時は掛け替えのないものだと感じている。

 

 だから、自分との交際を理由にそれがなくなるのであれば。

 

 寂しい、と感じるのは至極当然の事だと理解出来るのだ。

 

「分かってはいるの。贅沢な、悩みだって。私、玲一と結ばれて本当に幸せなの。でも────────────────これが切っ掛けで皆と距離が出来て、そのまま大人になっていくのは少し寂しい。そう、思ってしまうの」

 

 那須の悩みは、年頃の少女としてはなんらおかしくはない。

 

 今は猶予期間(モラトリアム)に興じている彼女ではあるが、いずれ大人になり、チームメイトとも離れ離れになる日は必ず来る。

 

 ボーダーへの就職がほぼ確定している七海と小夜子はともかく、熊谷と茜は社会人になれば別の道へ進んでしまうだろう。

 

 それが本当の意味での那須隊が終わる時であり、人生のターニングポイントとなるのは間違いない。

 

 いずれ訪れるその時を、今回の一件で否応なく意識してしまった。

 

 那須の葛藤は、それに尽きる。

 

 ハッピーエンド、と表現したが本来人生に終わりはない。

 

 あるのは老衰もしくは別の要因による物理的な()()であり、それまで人の生はずっと続いていく。

 

 だから、いずれ訪れる別離も誰に対しても平等に訪れる運命でしかない。

 

 だけど、それでも。

 

 まだ、仲間との時間を大切にしていたい。

 

 たとえ思い出になるとしても、それを蔑ろにしたくはない。

 

 そう、思ってしまったのだろう。

 

 その気持ちは、痛い程分かる。

 

 だから。

 

「────────なら、良かった。準備が無駄にならずに済みそうで」

「え…………?」

 

 七海は悪戯が成功した時のような、渾身の笑みを浮かべ。

 

「入ろう。()()()、待ってるからさ」

 

 そう言って、那須の手を引いて家の中に入って行った。

 

 

 

 

「「「誕生日、おめでとうございます!」」」

 

 那須邸のリビングに入った二人を出迎えたのは、クラッカーを鳴らした那須隊の女子三名であった。

 

 熊谷、茜は何処か申し訳なさそうな顔で、小夜子はニヤリと笑みを浮かべて。

 

 二人を、歓迎していた。

 

「…………! みんな、なんで…………」

「それはもう」

「言わずもがな、かな」

 

 彼女達が、何故此処にいるのか。

 

 それは無論、七海が呼び寄せたからである。

 

 七海は那須の不調の原因が誕生日に隊の皆といられない寂しさであると考え、喫茶店でトイレに立った時にチームメイトに連絡をしておいたのだ。

 

 改めて誕生日パーティをやりたいから、準備をお願いしたい、と。

 

 その連絡で那須の本心を知った三人は、前々から渡されていた合鍵を使って那須邸へ先回り。

 

 パーティーの準備をしながら、二人を待っていたワケである。

 

「ごめんね。変に気を回したつもりで、玲の事分かってあげてなくて」

「なので、那須先輩さえ良ければこれからも誕生日パーティーは皆でやりましょう! 実は私も、こういう機会はもうないのかなって寂しかったんですっ!」

「恋する乙女としては落第ですけど、私たちはまだ学生ですしね。モラトリアムを楽しむ権利くらい、あって然るべきでしょう。幸いな事に、時間は色々な意味でまだまだありますからね」

 

 熊谷が、茜が、小夜子が。

 

 口々に那須に声をかけながら、彼女を歓待する。

 

 その光景に、もう見れないのかと思っていたものを直視して。

 

 那須の眼に、涙が浮かぶ。

 

「ありがとう、みんな。大好き」

 

 そして、そのまま那須は三人を抱き締めた。

 

 確かに、彼女の最優先事項はいつ如何なる時でも変わらない。

 

 けれど、少女は元来欲深い生き物なのだ。

 

 一番だけを手に入れて満足するようでは、少女の名は名乗れない。

 

 いずれ、別れる時が来るとしても。

 

 今は、この一瞬(とき)を大切に。

 

 大事に大事に抱えながら、歩みを続ける。

 

 それが、運命を乗り越えた少女達の選択。

 

 いつか終わる、けれど確かな温もりを感じながら。

 

 少年少女は、共に過ごす時間を噛み締めて。

 

 楽し気な声で、仲間との団欒を過ごすのだった。

 

 

<那須玲/少女の想い②~誕生日のモラトリアム~終~>





 少々遅いですが那須さん誕生日話です。

 こんな感じでまだまだ色々書いていくです。
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