痛みを識るもの   作:デスイーター

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小南桐江/少女の記憶の星の夜

 

「さ、着いたわよ。ホラ、これ見てなんか感想とかないの?」

「綺麗な景色だね。あんまり人はいないようだけど」

 

 迅は小南に促され、取り敢えず当たり障りのない返答を口にする。

 

 今、彼等がいるのは三門市ではない。

 

 三門市から電車で一時間ほどの所にある、とある湖の畔だ。

 

 一応観光地ではあるのだが知名度はさほど高くはなく、知る人ぞ知る隠れスポットといった感じの場所である。

 

 他の有名どころの湖と比べるとアクセスが悪く、家族連れ等は敬遠しがちだが逆に一人で自然を楽しみたいアウトドアの愛好家には好まれている場所だ。

 

「人が一杯いる所じゃ、アンタの気が休まらないでしょ。それじゃあ本末転倒でしょうが」

 

 だからこそ、小南はこの場所に迅を連れて来たのだ。

 

 迅の持つ副作用(サイドエフェクト)、未来視はオンオフが効かない。

 

 誰かの姿を視認するだけで、強制的にその未来を映像として見せつけられてしまう。

 

 故に、迅は人混みにいる事自体がある種の苦痛に成り得る。

 

 以前は自動的に見せられる様々な未来の情報に嫌気が刺して人を避けるようになっていた事もあったが、今は逆に危険な未来の兆候がないか日々街を巡っている程だ。

 

 しかし、それは彼にとって一種の苦行である事は変わらない。

 

 この前は望む未来を手にしたにも関わらずその苦行を尚も無理に続けようとしていた為瑠花と組んで一括して一応は迅も無理はしなくなった。

 

 だが、未来の情報を集めるのは最早迅の無意識の習性(ルーチンワーク)になっている。

 

 あの時のような強迫観念を持っているワケではないようだが、それでも未来を集めに街を巡る行動自体は変わらず続いていた。

 

 このままでは何処かで倒れてもおかしくない、と判断した小南は即座に林道を通じて城戸に直談判。

 

 こうして迅との小旅行の権利を勝ち取り、後先を考えずに瑠花に自慢して散々玩具にされるまでがワンセットだった。

 

 小南と違い、瑠花は三門市から────────────────ボーダーから、離れる事が出来ない。

 

 それを承知の上で自慢したのだから、やり返されるのは当然と言える。

 

 とはいえ小南は自慢をしたつもりは微塵もなく、あの迅に旅行の件を承諾させた事を共に彼を心配する瑠花に報告しただけのつもりだったのだが、女の情念というものは侮れない。

 

 色々思うところもあった瑠花は存分に小南を弄り倒して満足したのでそれで手打ちとなったのだが、閑話休題(それはともかく)

 

(とにかく、あいつの頭が空っぽになるまで楽しませる。まずは、そこからね)

 

 本当は年頃の少女らしく街へデートに繰り出したかった想いもないでもないが、迅を気遣うのであればこの選択がベストの筈だ。

 

 何故なら、彼女達にとって。

 

 周囲に人気のない僻地で共に過ごすという体験は、かつての記憶を想起させるものなのだから。

 

 

 

 

「テントはこれで良いよね。久しぶりだけど、忘れないでいて良かったよ」

近界(あっち)じゃ最初は城戸さん達が主にやってくれてたけど、そのうちあたし達もやるようになったからね。サバイバルの必須技能だし、覚えといて良かったわホント」

 

 小南と迅の二人はキャンプ地に着くなり、素早くテントを組み立てていた。

 

 妙に慣れた手付きであるが、それもその筈。

 

 彼女達にとって、キャンプはこれが初めてではない。

 

 と言っても、キャンプが趣味だったとかそういうワケではない。

 

 単純に、近界を巡る中で野外でテントを張ってキャンプをする事が幾度もあった、というだけだ。

 

 かつて、緊急脱出(ベイルアウト)が開発される前は遠征艇との距離をある意味気にする必要がなく、長距離の行軍を行う事もあった。

 

 しかし、この世界と違い近界は長い距離を移動する為の足がない。

 

 正しくは、旧ボーダーが利用出来る効率的な移動手段がなかったのだ。

 

 遠征艇はあくまでも惑星国家を行き来する為のものであり、万が一にも損壊が許されない以上星の中を移動する際に用いるワケにはいかない。

 

 現地で移動用のトリガーを扱っている国もあったが、多くの場合彼等は秘密裏に行動していた為そういったものは利用出来なかった。

 

 故に必然的に近界国家での移動は徒歩中心となり、長い行軍の中キャンプをする機会は何度もあった。

 

「懐かしいな。あの時見た(ソラ)の星を、今でも思い出すよ」

 

 迅の脳裏には今、その時に見た光景が浮かんでいるのだろう。

 

 近界でのキャンプ中に見た、夜空に瞬く星々の天蓋。

 

 その星の一つ一つが近界を織りなす国家である事は知っていたが、現実に見える光景の荘厳さは失われない。

 

 むしろ、行こうと思えば夜空に見える星々に足を踏み入れる事もあるのだと考えれば、決して届かない玄界の空の星よりも心躍る面もあった。

 

「ええ、綺麗だったわよね。だから、今夜は楽しみにしてなさい。予報では晴れだし、きっと綺麗な星が見える筈よ」

「そっか、じゃあ未来視(ズル)をして視るのは止めておこうかな」

「あら、出来るの?」

「視るのを先送りにするくらいはね。ちょっとでも意識を向ければ視ちゃうだろうけど、まあ問題は無いよ」

 

 迅の未来視はオンオフは出来ないが、視えた未来から意識を外す事でそれを直視するのを先送りする事は可能だ。

 

 いずれにせよ一度視えてしまった時点で映像自体は脳に保存されてしまっているので、少しでも「視よう」と思えば視えてしまうのだが。

 

 しかし、どうせならリアルタイムで視たいと小南に同調した迅は、可能な限りそれを先送りにするつもりだった。

 

 色々思うところはあるが、折角城戸達に頭を下げてまで自分を連れ出してくれたのだ。

 

 その善意には、誠意で応えたい。

 

 以前の喪失で心が凍っていた頃であればともかく、今の迅はそういった配慮をきちんと出来るようになっている。

 

 この場に自分を連れ出す為に労を払ってくれた小南に対し、迅は最大限にその意向を尊重するつもりでいた。

 

 あくまでも、()()()()()()()だが。

 

「さ、あとは夕飯の準備をして夜に備えましょう。楽しみにしてなさいよねっ!」

 

 

 

 

「────────嘘つき。晴れだって、言ってたじゃない…………」

 

 しかし。

 

 幾ら気合いを入れていても、配慮をしていても。

 

 現実というものは、中々に理不尽に出来ているものだった。

 

 その日の夜。

 

 二人で作ったカレーを食べた後、星を見ようとテントの中で今か今かと待ち構えていた小南と迅。

 

 良い時間になった際にいざテントから出て空を見ると────────────────大きな雲が夜空にかかり、周囲の木々の位置も邪魔になり星は一つも見えなかったのだ。

 

 これには、流石の小南も落胆を隠せなかった。

 

 大きな声でため息を吐き、うー、だのあー、だのといった呻きを繰り返す。

 

 子供の拗ね方そのものではあるが、迅と共に見る星空をとても楽しみにしていた小南にしてみれば、お天道様に裏切られたかのような気分であった。

 

 そんな小南を見て苦笑し、迅は今がその時だと考え見送っていた未来の映像に意識を向ける。

 

 そして。

 

「小南。諦めるのは早いみたいだよ」

「え?」

 

 小南の肩をポンと叩き、迅はサングラスをかけて二コリと微笑む。

 

「少し歩くけど、見たいものが見れるかもしれない。付いて来てくれるかな」

 

 

 

 

「綺麗…………」

 

 キャンプ地からやや離れた、山の中腹。

 

 迅の先導でそこへやって来た二人は、雲間から見える無数の星々をその眼に収める事に成功していた。

 

 何をやったかというのは、簡単だ。

 

 迅が未来視を用いて「星が見えている自分達」の未来の分岐を探し出し、その映像を元にこの場所を割り当てたというだけだ。

 

 戦闘に置いては視覚を介するという点でタイムラグが生じるのが未来視の欠点ではあるが、逆にこういった場合は視覚情報を直に受け取れる為に応用力の幅が広く使える手も多い。

 

 人の感情を肌感覚で察知する影浦も、痛み(ダメージ)の影響範囲を感知する七海も、こういった芸当は出来ない。

 

 これは紛れもなく迅の有する未来視の利点であり、今はそれを存分に私的利用している形だ。

 

(こういう事に使ってくれる分には、全然良いのにね。まあ、ちゃんと自分の為に使うようになっただけ随分マシかな)

 

 以前の迅であれば、こういった未来視の私的利用は選択肢にすら入れなかっただろう。

 

 しかし、迅は変わった。

 

 あの日の七海との問答を経て彼の心の氷は溶けて、少しずつでも自分を許す事が出来るようになっている。

 

 玲奈を死なせてしまった罪悪感と悲嘆から、彼は己を未来視を運用する機械のように扱っていた。

 

 自分の力はあくまでも公共の為に使われるべきであり、私的利用など以ての外。

 

 それが、以前の迅の考えだった。

 

 しかし憑き物が落ちたように前に進む事を躊躇わなくなった彼は、場合によりけりだがこうやって自分の為に未来視を使えるようになった。

 

 その事が、小南には嬉しかった。

 

 まだまだ、心配な所は幾らでもあるけれど。

 

 それでも、少しずつであっても変わってくれるのなら。

 

 それだけで、自分は嬉しいのだと。

 

 恋を意識はしていても自覚はしていない少女は、共に夜空を眺める迅を見てくすり、と笑みを零した。

 

「何がおかしいの?」

「いえ、何でもないわ。ただ、星が綺麗だから見惚れてただけよ」

「そっか。確かに、綺麗だしね」

 

 そう言って、迅は空を見上げる。

 

 曇った空の中、雲間から垣間見える無数の星々。

 

 それはいつか見た近界の夜空を彷彿とさせ、迅の脳裏にかつての記憶が蘇る。

 

 初めて見た近界の空の景色に感動して、次の夜を楽しみにするようになった事。

 

 戦場で被った血の匂いが忘れられず、空に浮かぶ星々に祈った事。

 

 夜空に瞬く星にはしゃいだ小南に連れ回され、危うく遭難しかけた事。

 

 大人達に叱られながら、小南と二人で空を見て笑い合った事。

 

 どれも、どれも大切な思い出だ。

 

 確かに、近界での記憶には辛いものも多い。

 

 目の前で失われていく命を見送ったのは一度や二度ではないし、場合によっては自ら手を下した事もあった。

 

 積み上がる死体の山を前に吐く事さえ出来なかった自分を嫌悪し、一晩中葛藤した事もあった。

 

 多くの仲間を失い、心の支えだった恩師の最上の死によって呆然自失になった時の事も覚えている。

 

 たくさん、たくさんの悲劇を経験した。

 

 けれど、それでも。

 

 辛い事が幾度もあったのと同じように、楽しいと思える記憶もたくさんあった。

 

 夜空の星々は、その象徴だ。

 

 今見える星は宇宙に散らばる他の惑星であり、近界のように国がそこにあって移動手段もあるというワケではない。

 

 しかし、それでも。

 

 宙に瞬く星の輝きの美しさは、なんら変わってはいなかった。

 

「────────やっと、笑ったわね」

「え…………?」

 

 小南の指摘に、気付く。

 

 自身の顔に手を振れ、口角が上がっている事に────────────────自分が笑みを浮かべている事に、気付く。

 

 建前でも場の空気の調整の為でもなく、本当に不意に見せてしまった自然な笑顔。

 

 今自分がそれをしているのだと、迅は彼女の指摘でようやく気付いたワケだ。

 

 きっと、それだけ。

 

 この光景は、かつての記憶を想起させるに相応しいものだったのだろう。

 

「思い出したでしょ? 写真や映像じゃなくて、直接見れたから。切っ掛けなんて、その程度だと思うわ」

「そうだね。多分、そうなんだろう」

 

 写真や映像で、星空を目にする機会は何度もあった。

 

 しかし、今までそういったものを目にしても迅の心は揺れなかった。

 

 考えてみれば、当然だろう。

 

 彼等の記憶にある星の光は、現実を切り取った写真でも誰かが撮った記録でもない。

 

 自然の中で風を感じて、清廉な空気の中で見上げた本物の星空。

 

 瞬く無数の光が織りなす、壮大且つ冷厳な無数の星。

 

 それこそが、幼き二人が見た「楽しい記憶」だったのだから。

 

 きっと、この場に来なければ迅のこんな姿を目にする事は出来なかっただろう。

 

 連れて来た甲斐があったと、小南はにこりと微笑んだ。

 

「ありがとう、小南。此処に来れて、良かったよ」

「そーよ、感謝しなさい。あと、ホントに感謝してるならちょっとこっち来なさい」

「いいけど、なに?」

 

 疑問符を浮かべながらも、迅は小南の言葉に従い手招きする彼女に顔を寄せる。

 

 それを見た小南はくすりと笑い、そして。

 

「え…………?」

 

 その頬に、軽く口を触れさせた。

 

 突然の事に、固まる迅。

 

 夢か、白昼夢かと慌てるも、頬に触れた小南の唇の感触は確かに残っている。

 

 困惑する迅に対し、小南は顔を赤くしながらも精一杯の虚勢を張る。

 

「前に瑠花にやられた分は、これでチャラよね。どーよ、驚いた?」

「えっと、あの」

「答え合わせは、してあげない。あたしがこれまで悩んだ分、幾らでも悩みなさい。あたし達には、時間がたっぷりあるんだから」

 

 努めて冷静に、しかし良く見れば顔が赤くなったり頬がぴくぴくしていたりとボロが出まくりながらも小南はそう言って笑う。

 

 未だ、迅は混乱の渦中にある。

 

 今までしてやられる事も多かっただけに、迅をやり込めた事で上機嫌になった小南は、にやりと笑って。

 

「────────いつまでも一緒にいるわ、迅。あたしは絶対、手を離したりなんかしてやんないんだからね」

 

 己の本心を、自身の想いを口にして。

 

 過去最高の笑顔で、迅に笑いかけたのだった。

 

 

 

<小南桐江/少女の記憶の星の夜~終~>

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