痛みを識るもの   作:デスイーター

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城戸正宗/かつての想いと現在(イマ)の願い

 

「────────では、これで第二次大規模侵攻における後処理は概ね完了したと見て良いだろう。皆、ご苦労だった」

 

 城戸は司令室にて集まった上層部の面々に、そう言って労をねぎらう。

 

 普段は実直でねぎらいの言葉をこうもストレートに言う事などない城戸の言葉に根付や鬼怒田は面食らっているが、唐沢は薄く微笑み林道と忍田は満足そうに笑みを浮かべている。

 

 唐沢はともかくとして、二人は知っているのだ。

 

 元来城戸が思い遣り深く、他者の事を常に気遣える人物である事を。

 

 今はボーダーの規模拡大の為に近界民排斥を掲げる冷徹な指揮官の仮面を被ってはいるが、その本質は当時からなんら変わっていない。

 

 加えて、今回の場合は色々と思うところもあったのだろう。

 

 迅が幾度も繰り返していた、()()()()()という文言。

 

 それを最高の形で実現出来た事で、城戸自身も感慨が深いに違いあるまい。

 

 まして、玲奈の黒トリガーが関わっているとなれば猶更だ。

 

 彼女の事をある意味一番気にかけていたのは、他ならぬ城戸だったのだから。

 

「根付メディア対策室長には申し訳ないが、今後も情勢に応じた対処を任せる。必要な事があれば便宜を図ろう」

「いえいえ、それが私の仕事ですので構いませんよ。幸い、人的被害が0だったお陰で報道陣も難癖を付け難いようでしたので、大して仕込みも必要ありませんでしたしねぇ」

 

 ただ、と根付は続ける。

 

「例の近界民については心配の種ですが、一応万が一を考えた対策は準備しておきますよ。彼の入隊については色々言いたい事はありますが、既に決まった事を愚痴っても仕方ありませんので」

 

 根付が言っているのは、先日修との交渉の末に決まったヒュースの入隊に関してだ。

 

 避難が徹底していた事もあって、大規模侵攻でヒュースと遭遇したのは直接相対した遊真にそれを援護した修、そして捕虜として彼を確保したレイジの三名だけだ。

 

 人型を対処していた人員以外の隊員はトリオン兵の対応で手一杯であったし、口の堅さが信用出来ないC級隊員は全員市街地の避難対応に当たっていたので誰も見てはいない。

 

 加えて避難誘導に従事していたC級は選考の末に選ばれた人員であり、ある程度人格的にも一定の信用が置けるメンバーを選出していた。

 

 何処かでヒュースを見掛ける事があったとしても、彼が近界民であると察する事が出来る者はいないだろう。

 

 しかし、ヒュースの並外れた実力や明らかに日本人ではない容姿から邪推する者がいないとは言い切れない。

 

 そして、そういった邪推をする者は自分の考えを広めたがるものだ。

 

 故に、傍から見れば小火のような噂話であっても、放置する事は出来ない。

 

 根付はそういった事態を見越して、準備をしているというワケである。

 

「苦労をかける。三雲くん達にも、口裏を合わせて貰う必要があるな」

「いえ、それについては既に彼の方から申し出がありました。既に()()についても共有しています」

「ほう」

 

 だが、その事について修の方から申し出があった、というのは城戸からしても予想外であった。

 

 それは根付も同じであったのか、溜め息交じりで口を開く。

 

「恐らく、誰かしらの入れ知恵でもあったんでしょうねぇ。彼のような子供がこの段階で気付けるとは思えませんし、迅くんあたりが何か言ったのだとは思いますが」

「有り得る話ではあるが、特に問題ではないだろう。彼が自分で気付いた可能性もないでもない」

「さて、それはどうですかねぇ。少しは弁が立つようですが、まだまだ社会を知らない子供に過ぎません。私は過大な評価はしないタチでして、彼の評価は保留にしておきましょう」

 

 ふん、と根付は何処かバツが悪そうな顔で息を吐く。

 

 ヒュースの入隊という面倒事を持って来た修に対して思う所はあるのだが、一応今後起き得る問題について事前に相談してきた為、その部分を評価しないワケにはいかない。

 

 しかし、どう見ても組織の人間として不適格な我の強さを持つ修を快く思う事は出来ない為、こういった態度になったのだろう。

 

 彼自身は、迅が助言したかどうかは半々くらいに考えている筈だ。

 

 それを口に出さないのは、彼の捻くれた性格故だろうが。

 

「では、他に議題がなければこれで会議を終了する。忍田くんと林道支部長は別件で用事があるので、この後残って欲しい。以上だ」

 

 

 

 

「珍しいじゃないですか。城戸さんが、俺達を飲みに誘うなんて」

「今日くらいは良いだろうと思っただけだ。此処は私が贔屓にしている店で、店主も理解のある方だ。楽にしてくれて良い」

 

 その夜。

 

 城戸が林道と忍田を伴ってやって来たのは、三門市の繁華街の一角にあるバーだった。

 

 繁華街の裏路地にひっそりと佇む隠れ家みたいな店構えであり、そこにバーがあると分かっていなければ辿り着けないような場所にある。

 

 しかし内装はシックで店主の趣味の良さが伺え、完全予約制である為立場上中々飲みに来れない者のプライベートも守り易い。

 

 その分多少値段の方は高めではあるが、店主がボーダーに理解のある人物である事もあって城戸も贔屓にしていたのである。

 

「確かに、良い雰囲気のお店ですね。城戸さんがこういう場所を知っていたのは少々以外でしたが」

「私とて、一人で飲みたい時くらいはある。此処の店主とは知己でな。息抜きがてら、時々来させて貰っていたのだ」

「水臭いじゃないですか。誘われれば、いつでもご一緒したんですがね」

「建前として対立している支部の長と一緒に飲んでいるなどとバレれば、問題になるだろう。迅の語る大規模侵攻の脅威を前に、余計な隙は作りたくなかっただけだ」

 

 だが、と城戸は続ける。

 

「その大規模侵攻も、無事に乗り越える事が出来た。なら、少しくらい久闊を叙する場を設けるくらい構わないだろう」

「ええ、そうですね」

「違いない」

 

 城戸の言葉に、忍田と林道は同意して微笑む。

 

 本当に、長かった。

 

 旧ボーダーとして活動していた時も、アリステラ防衛戦を経て過半数が帰らぬ者となって城戸が組織の方向性を変えた後も。

 

 三人の志は、想いは。

 

 「平穏な未来」というゴールに向けて、一切揺らぐ事はなかった。

 

 ただ、やり方が違っていただけで。

 

 その心に秘める願いは、同一だったのだから。

 

「迅や七海も、改めて労をねぎらってやりたいが────────────────私のようなロートルが出向くまでもなく、親しい仲間達がそれをやってくれているだろうな」

「迅も七海も、慕ってる奴は多いですからね。どっちも人に甘える事が壊滅的に苦手だけど、そのあたりは尻を蹴飛ばしてくれる人間がいるから大丈夫だろ」

「ええ、そうですね。迅には小南が、七海くんには影浦くんがいますからね。そのあたりは心配しなくても良いでしょう」

 

 そして、迅や七海といった今回の大規模侵攻の最大の功労者に関する様々な想いもある。

 

 城戸としては直接ねぎらってやりたいのだが、自分のような者がそれをせずとも彼等の仲間達がやってくれているだろうという信頼もある。

 

 それは忍田や林道も同じ意見であり、自分達が出張るまでもないという認識も同様だ。

 

「しかし、何か贈り物をするくらいなら許されるだろうか。それとも────────」

 

 ふと、城戸の口から本音が漏れる。

 

 自分達がやらずとも、彼等をねぎらう人間はいる。

 

 理屈は、分かる。

 

 だが、それはそれとして親心のようなものはあるので、何かしてやりたいというのが本音なのだ。

 

「────────いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 不意に、城戸が二人の視線に気付いて自身の失言に気付く。

 

 組織の長として、今のは不適格な発言だったと城戸は自戒する。

 

 これまでは裏から手を回して当人に気付かれないように迅や七海を影ながら支援して来た城戸だが、贈り物となると形に残ってしまう為余計な邪推を招きかねない。

 

 今の失言は忘れて貰うよう、改めて二人に視線を向けて。

 

「そういう事なら、協力しましょう。手配は任せて構いませんね? 林道さん」

「ああ、任せとけ。今度七海が玉狛支部に来た時にでも、手を回しておくよ」

 

 ────────城戸の真意を知って完全に乗り気になっている、旧友二人の姿を見る事になる。

 

 慌てて止めようとする城戸だが、付き合いの長い二人には先程の彼の呟きが本心である事は既に看破されている。

 

 城戸の本音という格好の口実を得た二人を止める事は叶わず、最終的にプレゼント作戦は実行される事と相成った。

 

 

 

 

「城戸司令、失礼します」

「ああ、入ってくれ」

 

 数日後、ボーダー本部司令室。

 

 林道を通じた城戸からの呼び出しに応じた七海は、許可を得て司令室へと足を踏み入れた。

 

 以前来た時と同じように奥の椅子に座る城戸を見据え、七海はとある記憶を想起する。

 

 ────────────────七海。玲奈を、頼む────────────────

 

 それは、あの大規模侵攻で剣聖ヴィザと相対した時。

 

 黒トリガーを起動する直前、秘匿通信で城戸からかけられた言葉。

 

 様々な人々から激励を貰った七海ではあるが、目の前にいる人物からああした言葉がかけられるとは思ってみなかったのだ。

 

 城戸からの激励は、正しく七海に最後の一押しをしてくれた。

 

 故に、彼と話す機会があればあの時の事を聞いてみようと思っていたのだ。

 

 しかし、今自分は城戸に呼び出された側だ。

 

 当然城戸には七海を呼び出した用件がある筈であり、何をするにもまずはそれを聞いてからだと考えていた。

 

「固くならなくて良い。今日君を呼んだのは、実のところ私の個人的な事情に依るものだ。今この場においてはボーダーの司令ではなく、()()()()()()()()()()として扱って貰って構わない」

「…………!」

 

 ────────故に、その言葉には度肝を抜かれた。

 

 七海の抱く城戸のイメージは、厳格で冷徹な司令官だ。

 

 ルールを決して破らず、組織の目的の為に容赦のない決断を下せる傑物。

 

 それが、七海だけではなく万人が城戸正宗に対して抱くイメージだろう。

 

 しかし、城戸は今はボーダーの長ではなく、姉の旧知として扱って欲しいと言った。

 

 その言葉がどんな意味を持つのか、分からない七海ではない。

 

「かけたまえ、コーヒーを淹れよう。これでも味にはうるさくてな。ある程度の質は保証しよう」

 

 

 

 

「美味しい…………」

「それは良かった。ブラックで良かったのかね?」

「ええ、甘い方も嫌いではありませんが、折角なので城戸司令と同じものを飲んでみたいと思いまして」

「そうか」

 

 城戸が淹れてくれたコーヒーは、あまり詳しくない七海でも明確に「美味しい」と言える代物だった。

 

 口あたりも良く、安物の豆にあるようなくどさもない。

 

 ブラックは甘さがない分コーヒー独自の旨味を直に味わう事が出来る為、その上質さが充分に伝わって来る。

 

 手動のコーヒーミルを使っているあたり、相当にコアなコーヒーファンと見て間違いないだろう。

 

「玲奈はあまり、ブラックは好まなかったものでな。いつも砂糖を山ほど入れたものを飲んでいたものだよ」

「姉さんは甘党でしたからね。苦いものは不得手でしたし、無理もないでしょう」

 

 そんな城戸から姉の話が出て来た事で、知らず七海は破顔する。

 

 思いも寄らぬ人から姉の軌跡の一部を聞く事が出来て、何処か心が弾んでいた。

 

 まさか、あの城戸司令とこうして向かい合ってコーヒーに舌鼓を打つ事になろうとは。

 

 先日までの自分が知ったら、驚いて目を見開く事だろう。

 

「改めて、になるが。君の奮闘のお陰で、大規模侵攻の被害をゼロに抑える事が出来た。良く頑張ってくれた」

「いえ、あれは皆の協力があってこその勝利でした。それに、こいつを起動する直前に城戸司令がかけてくれた激励の言葉のお陰でもあります。あの時は、ありがとうございました」

「…………そうか」

 

 七海の言葉に、城戸は何処か遠い目をして息を吐く。

 

 彼が何を想っているのか、それは分からない。

 

 けれど。

 

 その視線の先には。

 

 在りし日の玲奈が、笑っている気がした。

 

「すまない。色々言いたい事があった筈なのだが、どうにも言葉に出来んな。玲奈の事についても謝りたかったのだが、その様子では蛇足だろうな」

「ええ、迅さんにも言いましたが俺は姉の事で誰かを恨んだ事はありません。過去だけに目を向けるのは、もう止めましたから」

「そうか。若者の成長というのは、早いものだな。ロートルが言葉を弄するまでもなく、自ら足を進めていく姿は眩しくもあり羨ましくもある」

 

 城戸は何処か感慨深げにそう告げ、薄く────────────────本当に薄くではあるが、笑みを浮かべた。

 

「矢張り、これは君に渡しておこう。何を渡すのか色々迷ったのだが、下手に高価なものよりもこちらの方が良いだろうと判断した」

「これは…………」

 

 そして、城戸は七海に一枚の写真を手渡した。

 

 やや古ぼけているその写真には、見慣れぬ景色が映っていた。

 

 現代日本では有り得ない、独特の建築様式の豪奢な建物。

 

 それを背にして映っていたのは、14歳前後であろう玲奈。

 

 彼女に寄り添うようにして立つ、幼い迅と小南。

 

 そして、端に立っている見覚えのない笑顔の男性だった。

 

「アリステラの王宮で林道が持ち込んだカメラで撮影した、6年程前の写真だ。私は良いと言ったのだが、三人がどうしてもというものでね」

「え、っと。もしかしてこの端に映っている男の人は…………」

「私だ。当時は顔の傷がなかったので、分かり難いかもしれないがな」

 

 いや、顔の傷とかそういう問題ではないだろうと七海は心の中で突っ込む程、写真の男性と今の城戸は雰囲気からして別物だった。

 

 しかし、無理もない、と七海は思い返す。

 

 迅から伝え聞いたアリステラ防衛戦という戦争では、多くの旧ボーダーメンバーが帰らぬ人となったのだという。

 

 それだけの経験をしたのだから、変わらない方がおかしいのだ。

 

 そう、思いかけて。

 

(いや、変わらないか。表面上変わったように見えても、根っこはそのままなんだ)

 

 たった今見せてくれた城戸の笑顔は、写真に映る彼の笑みと同一のものだと気付く。

 

 他者を気遣い、慈しむ。

 

 そんな当たり前の優しさを秘めた、穏やかな笑み。

 

 顔に消えない傷が残り、眼光が鋭くなってはいても。

 

 城戸の根っこにある優しさは、今も尚消えてはいないのだと。

 

 だからこそ、こうして姉の写真を渡してくれたのだろう。

 

 彼なりの、七海へのねぎらいの証として。

 

「じゃあ、色々聞かせて貰えますか。昔の、姉さんの事を」

「ああ、構わない。長い話になるが、語れるだけの事は語るつもりだ」

 

 そして、城戸は当時の玲奈の話を聞かせてくれた。

 

 重要な情報などない、ただの世間話として。

 

 玲奈らしいエピソードや、逆に姉の知らない一面の話だとか。

 

 そういった事を、何の気兼ねもなく話してくれた。

 

 そうして、コーヒーを片手に二人で歓談をする姿は。

 

 まるで、親子のようだった。

 

 その日、七海は城戸の新たな一面を知る事になり。

 

 その後は時間が合えば、二人で話す機会を設けるようになった。

 

 そんな七海を迎える城戸の姿は、まるで。

 

 長年離れていた我が子に接する、父親のようであったという。

 

 尚、迅もまた成人を迎えた後に城戸から二人きりの飲み会を誘われる未来を見て驚く事になるのだが。

 

 それはまた、別の話である。

 

 

<かつての想いと現在(イマ)の願い~終わ~>

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