痛みを識るもの   作:デスイーター

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七海玲奈/想いと少女のユメ

 

 ────────多分、これは夢か走馬灯のようなものなんだと、私は思った。

 

 走馬灯、ってなら分かる。

 

 だって、今私は自分の命を投げ出して黒トリガーになっている最中なんだから。

 

 目の前には意識が朦朧としている玲一がいて、傍には泣きはらした玲ちゃんがいる。

 

 そして私は迅くんに言ったように、躊躇なく自分自身を黒トリガーにして玲一を助ける事を決めて実行した。

 

 自分でも薄情だと思うけれど、迅くんにはとても酷い事をしたとも思っているけれど。

 

 それでも、私は私を止められなかった。

 

 だって、玲一が。

 

 たった一人の弟が、死の瀬戸際に立っていたのだ。

 

 迅くんには恰好付けたけど、何の事はない。

 

 私はただ、これ以上私の大切なものを亡くした世界で生きていくのが怖かっただけなのだ。

 

 迅くんやボーダーの皆は私の事を色々持ち上げてくれてはいるけれど、私は皆が思うような立派な人間じゃない。

 

 小心者だから踏み込んだ事を言えず、迅くんが最上さんを亡くして泣いていた時は傍に寄り添う事しか出来なかった。

 

 卑怯者だから迅くんの私への想いは気付いていたけれど、今の関係を壊したくなくて気付いていないフリをした。

 

 そして、臆病者な私はもうこれ以上誰かを亡くす痛みに耐えられないと、生きる事から逃げ出した。

 

 きっと、こんな私の本音を聞いたら皆軽蔑するだろう。

 

 ううん、優しい皆の事だから「気にしてない」って言うかもだけど、それでも内心は幻滅するに違いない。

 

 だって、私は勇気がない。

 

 ()()()()()()()()()()()を演じているだけで、私の心にはいつだって怯えがあった。

 

 生まれ持った副作用(ちから)の所為で、見たくもない人の感情(ホンネ)と向き合わされる。

 

 迅くんの未来視と比べればずっとマシだとは思うけれど、それでも良い気分がしないのは当たり前だ。

 

 嘘、というのはイメージが悪い。

 

 相手を欺く為の嘘は、人を陥れるつもりで使う事がままあるからだ。

 

 だけど、私は知っている。

 

 時には優しさから来る嘘も、あるのだという事を。

 

 人は時として、本音を隠し建前という嘘を相手の為を想って使う事がある。

 

 内心で違う感想を持っていたとしても、相手を立てる為に、相手を気遣う為に纏う建前という虚飾(ウソ)は人の心を守る役割を持っている。

 

 だというのに、私の副作用(サイドエフェクト)はそんな優しいウソさえ容赦なく暴き立ててしまう。

 

 内心で怒りを隠しながら笑みを浮かべる相手も、相手を慮る為に優しい嘘をついている人間も、どちらも数えきれない程見て来た。

 

 だから迅くん程じゃないけど、私にとって人と接するのは苦痛なのだ。

 

 でも、知っている。

 

 私が逃げ出せば、ギリギリの所で保っている皆の心はちょっとした切っ掛けで崩れ去ってしまう事を。

 

 ボーダーの皆は、あのアリステラ防衛戦で数多くの仲間を失った。

 

 だから表面上は平気な顔をしていても、私が視える皆の顔はいつも泣いてばかりだった。

 

 私はそんな皆の心の動きが視えてしまうから、状況に応じたフォロー役に回っていた。

 

 皆の心が、砕けないように。

 

 皆の想いが、零れ落ちないように。

 

 ただ、皆の辛い顔を視ていたくないという、私の我が儘で。

 

 軋む心を一つ一つ掬い上げて、なんとか繋ぎ止めていた。

 

 けれど、実のところもう限界なのだ。

 

 たくさんの心の嘆きを聞き続けた私の心は、もうとっくに罅割れてくすんでしまっている。

 

 きっと遠からず、私の心は砕け散って醜い罵詈雑言を吐くようになってしまうだろう。

 

 だから、それが怖いから私は逃げを選んだのだ。

 

 もしかしたら迅くんには今の私は自分の身を投げ出して弟を救う、聖女みたいに見えていたのかもしれない。

 

 でも、ホントの私はこんなにも醜い。

 

 今だって、玲一が痛みに苦しむ顔をこれ以上見ていたくないから、迅くんの未来視(ちから)を言い訳に使っただけ。

 

 だから、迅くん。

 

 私の為に、これ以上苦しまないで。

 

 本当の私はこんなにも格好悪いんだから、君が罪悪感に苛まれるのは間違ってる。

 

 私なんて忘れて、光ある未来を幸せに生きて欲しい。

 

 ────────なんて、都合の良い妄想を抱いてみる。

 

 だって、知ってる。

 

 優しい迅くんに、そんな事出来っこないって。

 

 迅くんはきっと、私を忘れない。

 

 忘れないで、苦しみ続けて。

 

 きっと、それが重荷になって自分の幸せを投げ出してしまう。

 

 それを分かっていながら迅くんがずっと私の事を忘れないと考えて何処か嬉しいと感じているあたり、私は最低だ。

 

 忘れて欲しいという建前(いのり)と、忘れて欲しくないという本音(ねがい)

 

 そのどちらも、嘘じゃない。

 

 迅くんには幸せになって欲しいから私の事を忘れて欲しいという願いと、ずっと彼の心に居座り続けたいという醜い願望。

 

 どちらも嘘じゃなくて、けれどどっちも私の願いである事に間違いは無い。

 

 きっと、そんな事を考えていたからだろう。

 

 急に眠気が襲ってきて、意識を保っていられない。

 

 きっと、この眠りはずっと覚める事はない。

 

 だって、私はこれから黒トリガーとなって死ぬのだから。

 

 玲一と交わしたかった言葉は、まだたくさんあった。

 

 迅くんに話したかった事だって、数えきれない。

 

 玲ちゃんにだって、言葉をかけてあげたかった。

 

 だから、これは罰なのだ。

 

 醜い本音を覆い隠して、自分の生から逃げ出した私への罰。

 

 私はそう悟って、覚める事のない眠りに落ちていった。

 

 

 

 

────────気付けば、私は宙に浮いていた。

 

 

 体感としてそう感じているだけで、実際はどうなのかは分からない。

 

 だって私の身体はどう見ても透けているし、他の人に見えている様子もない。

 

 けれど噂に聞いた幽体離脱みたいに自由に動けるワケじゃなくて、玲一の近くで周囲を見続ける事しか出来なかった。

 

 たとえるなら、常に玲一に付いているカメラマンの撮影した映像を見せられているかのよう。

 

 でも意識は朧気だし、まともに思考を形作る事も出来ない。

 

 常に朦朧としているような感じのまま、私は玲一の軌跡を無意識に追っていた。

 

 あれから玲一は、迅くんの助けでボーダーに入隊した。

 

 その過程で、私の葬式で大泣きする小南ちゃんや、暗い顔をする林道さんや城戸さん。

 

 そして、涙すら枯れてしまい心が壊れた迅くんの姿を見てしまった。

 

 半ば予想していた事とはいえ、あまりにも辛い光景だった。

 

 特に迅くんのそれは他の誰よりも酷く、何度手を差し伸べられない事を悔やんだか分からない。

 

 でも、自分で命に投げ出した私にそんな資格はない。

 

 私はこれが自分に下された罰だと納得し、痛々しさしかない大切な人々の姿を見続けた。

 

 

 

 

玲一がボーダーに入ってから、迅くんは殆ど姿を見せていない。

 

 明らかに、あれは玲一を避けている。

 

 何故だろうと考えて、迅くんが遠目に玲一を見ている眼に宿る哀しみの気配がその理由を教えてくれた。

 

 迅くんはきっと、私の面影がある玲一を見るのが辛いのだ。

 

 きっと、迅くんは未だに私が死んだ事を引きずり続けている。

 

 だから、否応なく私を思い出してしまう玲一を避けてしまっているのだ。

 

 でも、私はそれを責める事は出来ない。

 

 だって、彼をこうしてしまったのは他ならぬ私なのだ。

 

 いわば元凶である私に、彼の行動をどうこう言える筋合いはない。

 

 己の責務を放り出した私に許されるのは、ただ彼等の軌跡を見続ける事だけなのだから。

 

 

 

 

玲一は二刀流の子や射撃トリガー使いの子に指導を受けて、メキメキと力を付けていった。

 

 特に玲一と同じく副作用(サイドエフェクト)を持っているトゲトゲ頭の子の影響が大きくて、彼と同じように能力の戦闘活用についても磨き上げていった。

 

 でも、そんな玲一だけど玲ちゃんとの関係は拗れに拗れてしまっている。

 

 玲ちゃんは私が死んだ事を自分の責任だと思って、玲一に対して病的に尽くすようになってしまった。

 

 そんな彼女を見て玲一は罪悪感を覚えて、玲ちゃんの言葉に頷く事しか出来なくなっていた。

 

 酷い共依存に陥っていた二人を見るのはとても辛くて、それが自分の所為だと分かっているだけに自己嫌悪を感じてしまう。

 

 そもそも、玲一が無痛症を患ってしまったのもきっと私の所為だ。

 

 私があの時、「玲一の痛みに苦しむ顔をこれ以上見ていたくない」って強く願ってしまったから、それが黒トリガーに反映されてしまったのだ。

 

 根拠はないが、きっとそうだという確信が何処かにあった。

 

 でも、これをどうにかするには黒トリガーを玲一に起動して貰うしかないけど、作成途中に中途半端な所で私の意識が消えてしまった所為で不具合が起き、何かしらの切っ掛けがなければ起動出来ないバグ状態に陥ってしまっていた。

 

 だから黒トリガーを起動しようとして失敗し続ける玲一を見て辛い気持ちになってしまうのも、きっと自業自得なのだ。

 

 玲一と玲ちゃんの関係もどうにかしてあげたいけど、あれは他人がどうこう出来るものじゃない。

 

 少なくとも私はその方法を思いつかないし、二人だけでどうにか出来る芽も殆どないだろう。

 

 私は自分のしでかしてしまった事の重さを改めて思い知り、うなだれながら二人の姿を見続けた。

 

 

 

 

 ────────心底、驚いた。

 

 どうにもならないと思っていた関係が、なんとかなってしまった。

 

 玲一に想いを寄せる、一人の女の子の手によって。

 

 基本的に玲一から離れられない私だけど、その時は何故か玲ちゃんの家の光景を垣間見る事が出来た。

 

 そこでは、一人の女の子が部屋に閉じ籠る玲ちゃんにお説教をかましていた。

 

 部屋に殴り込んで玲ちゃんと喧嘩を始めた時にはどうしようかと慌てたけど、結果として玲ちゃんの眼の色が変わって落ち着きを取り戻した姿を見た時には唖然としたものだ。

 

 同時に、私に足りなかったのはあの強引さなんだなあと強く思い知る事となった。

 

 恋敵の筈の少女に背中を押されて、玲ちゃんはようやく玲一と向き合う事が出来て、二人の関係の翳りは解消された。

 

 きっと、この時だろう。

 

 もう諦めていた幸福な未来というものに、僅かな希望が灯ったと感じたのは。

 

 私は、諦めていた。

 

 色々台無しにしちゃった私の所為で、もう皆が幸せを得る事はないのだと。

 

 一人で勝手に、諦めてしまっていた。

 

 けど、それは間違いだった。

 

 迅くんに未来を語った私がこんな有り様だなんて、笑えて来る。

 

 今更都合が良いとは、思うけれど。

 

 それでも彼等の未来に幸あれと、願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 そこからは、目を見張る事の連続だった。

 

 翳りのなくなった玲一と玲ちゃんは、ランク戦という模擬戦闘で勝ちに勝ち続けた。

 

 その果てに師匠だったトゲトゲ頭の男の子を倒した時には、思わず歓声をあげたものだ。

 

 きっと、私の姿が見えていたら年甲斐もなく大声をあげて喜ぶ女の子の姿が見えていただろう。

 

 まあ、私が死んでから四年も経ったから生きていれば成人していたので、女の子というには無理があるかもしれないが。

 

 そんな真似を、したからだろうか。

 

 それからの私は玲一の周りであれば割と自由に移動出来るようになって、私の呼びかけに玲一が何かを感じている様子も増えた。

 

 かつてボーダーの本部だった建物で会ったアリステラの王子の子にはどうやら朧気ながら私の声が聞こえているらしく、それを玲一に伝える場面も垣間見た。

 

 しかし、言っている内容まで聞き取れるワケではなさそうなので、玲一とコンタクトを取る事は出来なかったが。

 

 ともあれ、この分なら正式に黒トリガーを起動する事も玲一の心持次第で可能になる筈だ。

 

 その時を楽しみに待つ事にして、このまま玲一の軌跡を追い続けよう。

 

 

 

 

 本当に、驚いた。

 

 まさか、最上さん(黒トリガー)を使う迅くんに玲一が勝てるだなんて思ってもみなかった。

 

 未来視に加え、その力を最大限に活かせる風刃を持った迅くんはかつての私でも苦戦するだろう。

 

 それ程までに、迅くんの未来視と風刃は相性が良過ぎたのだから。

 

 でも、玲一はそれを覆した。

 

 仲間と一致団結して、自分達の全てをぶつけて。

 

 彼等の前に立ちはだかる事を選んだ迅くんを、真正面から打ち倒した。

 

 その時の迅くんの嬉しそうな顔は、とても印象に残っている。

 

 この時、私は決めた。

 

 彼等が、最善の未来という光を目指すのなら。

 

 私は、それを照らす灯火となると。

 

 それが出来る力はこの手に、否────────────────この黒い棺(からだ)にある。

 

 あとは、機会を待って鍵穴を回すだけ。

 

 私は棺の鍵穴に錠が差し込まれる日を、今か今かと待ち続けた。

 

 

 

 

 そして、その時が来た。

 

 第二次大規模侵攻。

 

 四年という歳月を跨いで訪れたその戦いの最終局面で、七海は強大な敵の剣士────────────────剣聖と、戦っていた。

 

 その最中、玲一は私を────────────────黒トリガーの力を、求めた。

 

 私の意識が半覚醒状態から覚醒状態へ移行し、玲一の呼びかけという錠が差し込まれた事によって。

 

 ようやく鍵は開き、黒トリガーの正式な起動に成功した。

 

 そこで玲一と少ないながらも言葉を交わせた事で、心残りはなくなった。

 

 きっと、今の私は死んだ時の後悔が忘れられずにいる残留思念。

 

 その未練がなくなったのなら、消え去るのが通りだ。

 

 死んだのに未練がましく意識だけを残し続けた私だけど、それももうおしまい。

 

 もう玲一や迅くんが大丈夫だって分かったなら、これ以上留まる必要はない。

 

 だから、もういいだろう。

 

 これが夢でも、死ぬ間際に見た妄想でもどちらでも良い。

 

 ただ、幸せな未来を掴み取る大切な人々の姿を見る事が出来た。

 

 それだけで、私には充分過ぎる程幸福な。

 

 一つの、未来(ユメ)だったのだから。

 

 さよなら、迅くん。

 

 さよなら、玲一。

 

 元気でね。

 

 

 

 

「────────! 今の夢、は…………」

 

 意識が覚醒し、七海は自身の目尻から涙が流れている事に気付く。

 

 胸を締め付けられるような想いを抱きながら、彼は今見たばかりの夢の内容を思い出す。

 

 全てを覚えていたワケではないが、夢の中で姉が自分達の軌跡を追いながら自らの心情を吐露していた事は記憶している。

 

 散々自嘲を繰り返す姉に「それは違う」と何度も叫びたかったが、那須との関係性の改善を経た後の姉の想いを聞くにつれてその衝動も収まっていた。

 

 それに。

 

(最後には、安心してくれたのかな。今の夢がなんなのかは分からないけれど、もしそうだったのなら嬉しいな)

 

 自分のやり遂げた戦果を姉が祝ってくれたのならこれ以上の幸福はないと、七海は思う。

 

 そして、気付く。

 

 部屋の、机の上。

 

 そこには城戸から貰ったばかりの、姉と迅達が映っている写真があった。

 

 きっと、今のような夢を見たのはこの写真を受け取ったからに違いないと、七海は根拠のない確信を抱いた。

 

 証拠も、理論建てた理屈だってない。

 

 けれど、それでも。

 

 その方が夢があるし、細かい事を追及する必要もまた無いだろうと。

 

 七海は、思わず苦笑した。

 

 写真を握り締め、その中で笑う姉の姿を見て想う。

 

 本当に、最善の未来という光を掴む事が出来て良かったと。

 

 自分の命を投げ出して七海の命を救ってくれた姉にどれだけ報いる事が出来たかは、分からないけれど。

 

 それでも彼女の最期が安らかであったのなら、それで良い。

 

 七海はそう考えて写真を机の引き出しに仕舞い込み、部屋を出た。

 

 少々早い時間だが、こんな時くらい良いだろう。

 

 そう思って、朝一で愛しい少女に会う為に七海は部屋を出る。

 

 光ある未来は、掴み取れた。

 

 これまで、色々あったけれど。

 

 それでも、掴み取った未来(しあわせ)を手にこれから先も歩んでいこう。

 

 そう誓って(ねがって)、七海は部屋の外へ一歩を踏み出すのだった。

 

 

<想いと少女のユメ~終~>

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