痛みを識るもの   作:デスイーター

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村上鋼/想いの刃に込めたもの

 

「お、村上くんじゃないか。今日はどうしたんだい?」

「これまでバタバタしていて先送りにしていましたが、俺に風刃を託してくれた事に関してお礼を言っていませんでしたので。こちらをどうぞ」

 

 大規模侵攻終結より、一週間後。

 

 様々な後処理を終えた頃合いに、玉狛支部に村上が訪れていた。

 

 彼が訪れる事は事前に視ていたので、迅はこうして支部で待っていたワケである。

 

 迅は村上が差し出した菓子折りを受け取ると、何処か困ったように苦笑する。

 

「あれは俺の思惑もあってやっただけだから、そんなに畏まられるような事じゃないんだけどね」

 

 彼としては別段感謝される謂れもないと思っているのだが、こうしてわざわざに贈り物を届けてくれた相手に対してはむしろ受け取られない方が礼を失する。

 

 なので、相手の面子を立てる意味でも菓子折りは受け取ったのだ。

 

 そのあたりの機微は、流石に弁えている。

 

「だとしても、貴方が大切な師の形見を俺に預けてくれたという事実は変わりません。風刃を託してくれたお陰で直接七海の力になれたんですから、感謝するのは当然です」

「真面目だなあ。でも、そう言ってくれて悪い気はしないからね。ありがたく受け取っておくよ」

 

 それに、こうまで真摯に感謝してくれているのだから遠慮する方が無粋というものだ。

 

 少々生真面目過ぎる気がしないでもないが、それを含めて彼の良さなのだろうから。

 

「そういえばこれは単純な興味本位なんだけど、風刃を実戦で使ったみた感想はどうだった? 普段の君のスタイルとは合わないと思うけど、あの後本部に返却したみたいだしやっぱり使い難かったかな?」

「いえ、確かにそういう面もないではないですが、それを含めて俺の未熟でしょう。副作用(サイドエフェクト)の恩恵まであるというのに、情けない限りです」

 

 ですが、と村上は続ける。

 

「言い訳ではありませんが、俺のスタイルと噛み合っていないトリガーであった事は事実です。やっぱり、いつもの武器の方が使い易い事は否めません」

 

 彼の言う事は、事実だ。

 

 風刃は迅が自由自在に使いこなしていたから錯覚しそうになるが、所謂「誰が使っても強いトリガー」では無い。

 

 昇格試験で七海達が気付いていたように、風刃には防御機能の一切が存在しない。

 

 相手の攻撃は回避するか、ブレードで受け流すかのいずれかのみ。

 

 極論、ハウンドやバイパーの包囲射撃を受けるだけでも詰みかねない()()がある。

 

 迅はそれを戦争経験に由来する戦闘経験や未来視でカバーして立ち回っていたからこそあそこまでの無双が出来たワケであり、常人に同じ真似をするのは不可能だ。

 

 たとえ強化睡眠記憶(サイドエフェクト)の恩恵がある村上であっても、通常戦闘で風刃を使って戦い続けるのは厳しいと言わざるを得ない。

 

 無論、その奇襲性や応用性、射程距離は凄まじい。

 

 あの最終決戦の時も、その奇襲性と長大な射程距離を存分に活かせたからこそ勝利への一助となれたのだ。

 

 しかし、基本的に防御は相手の攻撃を「受け止める」事が主体である村上にとって、普段使いが出来る類の武器かと問われれば否だ。

 

 それだけ、風刃というものは正しい意味で諸刃の剣なのだから。

 

「まあ、風刃は攻撃特化のピーキーなトリガーだからね。防御主体の君のスタイルと合わないのは、むしろ当然さ。むしろ、使い難い武器を無理に使わせて悪かったね」

「いえ、とんでもありません。先程も言いましたが、あれがあったからこそ戦いの最後に七海の助けになれたんですから。感謝するばかりです」

 

 されど、それでもあの時風刃のお陰で七海の助けになれた事は事実。

 

 その事に関して、迅に対しては感謝しかない。

 

 師の形見である武器を、他人に預ける。

 

 その心境は想像する他ないが、決して生半可なものではないだろうから。

 

「けど、俺の都合で君に風刃を押し付けた事は事実だ。たとえ合意の上だったとしても、君の七海に対する友情を引き合いに出して半ば強制していた部分は否めない。事実上選択肢のない選択の提示は、強要となんら変わりはないからね」

「いえ、それも含めてです。迅さんが俺に風刃を託そうとしているというのは、七海から聞いて察していましたから」

 

 尚も言い募る迅に対し、村上はそう返した。

 

 昇格試験第三試合の後、七海は村上に対して試合の観戦に来るよう頼みに来た。

 

 恐らくそこに、迅の意図があると察して。

 

 村上はそれを聞いていたからこそ、迅から告げられた「風刃を託したい」という要請に素直に頷く事が出来た。

 

 予め覚悟は決めていたのだから、むしろそれを待ち望んでいたとも言えるだろう。

 

「迅さんは俺を「利用した」って考えているのかもしれませんが、それは違います。俺は俺の意思で、七海の助けになりたいと思ったんです。だから、俺は選択を強要されたなんて思っていません。正直な話、あの迅さんから頼られて嬉しかったですから」

「……………………頼られて、嬉しかった、か。そうか────────耳が痛い、言葉だな」

 

 ────────────────お前が色々なものを抱え過ぎてる事は、知っている。だが、お前もこれまでの七海と同じで人を頼らな過ぎる。七海にも言ったが、お前はもっと人を頼る事を覚えるべきだ────────────────

 

────────────────お前と七海は、似た者同士だ。どっちも、何もかも自分で背負い込み過ぎる。繰り返すが、少しは頼れ。お前等二人の重荷くらい、幾らでも支えてやる────────────────

 

 不意に、いつかのレイジの言葉を想起する。

 

 もっと人を頼れと、頼って良いのだと。

 

 あの時、レイジと小南はそう言っていた。

 

 あれを機に少しは意識改革したつもりだったが改めて「頼られて嬉しかった」などと言われ、根本の所で分かっていなかったと迅は理解する。

 

 自分は、人を頼るのが苦手────────────────というよりも、人を頼るという意識自体が希薄だった。

 

 迅は未来視で様々な未来の情報を得て、それを元に状況を改善する為に動いて来た。

 

 その中には一刻を争うものもあり、人に頼るという()()を省く事も多かった。

 

 しかし、レイジや小南の叱責でそれではいつか無理が来る、という事も実感出来た。

 

 それまでの迅は、己の労苦を厭わず結果だけに目を向けて()()を度外視していた。

 

 いや、結果以外から目を背けて他の事を考えようとしなかっただけなのかもしれない。

 

 だが、それでは駄目なのだ。

 

 いち個人のマンパワーに頼ったやり方は、いずれ限界が来る。

 

 たとえば、迅がなんらかの理由で倒れてしまった場合、彼が一人で支えていた屋台骨は即座に瓦解する。

 

 そうならないようにする為には、普段から人と繋がり、目的や今後の動き方を共有しておく必要があるのだ。

 

 だというのに、それまでの迅は「自分でやった方が確実で早いから」という理由で、他者を頼る事を避けていた。

 

 それがどれだけ無謀な行いであったかは、言うまでもないというのに。

 

「七海もそうですが、迅さんも誰かを頼るのが下手ですよね。生憎、七海でそういう相手の対応はもう慣れっこなんです。と言っても、あいつが俺達を頼ってくれるようになったのはつい最近からですけどね」

「ぐうの音も出ないな。まったく、若者の成長ってのは早いものだね」

「迅さんだって、俺と一つしか違わないじゃないですか。色々あったのは聞いていますが、年配ぶるのは早過ぎますよ」

「そうだね。俺もまだまだ青二才、かな」

 

 村上の言葉を聞き、迅は再び苦笑する。

 

 近界で数々の戦争を経験し、多くの喪失を経験して来た。

 

 だからこそ、戦争を知らない者達に対して心の何処かで一種の隔意があった事は否定出来ない。

 

 しかし、それは間違っていたのだ。

 

 たとえ、戦争を知らずとも。

 

 たとえ、喪失を知らずとも。

 

 戦う理由に貴賤はなく、気持ちの強さに喪失の有無は関係ない。

 

 戦争を、悲劇を知らずとも。

 

 人は、強くなれるのだ。

 

 迅はそれを、ROUND3の茜の活躍で充分に思い知っていた。

 

 そして、それは目の前の村上も同じ。

 

 彼もまた、戦争や喪失を経験していない類の人間だ。

 

 にも関わらず、NO4攻撃手というボーダーでもトップクラスの実力者に上り詰めている。

 

 副作用(サイドエフェクト)のお陰、だけとは言えないだろう。

 

 少々有利な能力を持っている程度で上位に食い込める程、ボーダーの層は浅くはない。

 

 そこまで至れたのは厳しい鍛錬と、それまでの経験の積み重ねを彼が充分以上に活かして来れたからに他ならない。

 

 人は何かを失わずとも、強くなれるのだ。

 

 そんな当たり前の事を、以前の自分は分かっていなかった。

 

 そう思うと、何処か恥ずかしささえ覚える。

 

 ある種悲劇に酔っていたから彼の周りの人間関係があそこまで拗れたのだ、と言われても反論出来そうもないのだから。

 

「眩しいな、君は。ぶっちゃけると君が正式に風刃の担い手になってS級隊員になる未来は、一つもなかった。どの未来(ルート)でも、君は必ずS級になる道を固辞している。それだけ、今のチームが大切って事なんだろうね」

「はい、迅さんには多大な感謝をしていますが、俺は今の部隊を────────────────来馬先輩の元を離れるつもりは欠片もありません。俺にとって来馬先輩は太陽みたいな存在ですし、太一や今も大切な仲間です。鈴鳴支部こそが、今の俺の居場所ですから」

 

 そう語る村上の眼には、なんの迷いも翳りもない。

 

 実のところ村上は、自身に対して「来馬先輩を守る戦い方を止めればもっと強いのに」という陰口を囁かれている事を知っている。

 

 来馬の両攻撃(フルアタック)解禁によって強化された鈴鳴第一だが、それでも村上の戦術の基本骨子である「来馬を守る事を第一にする」という主軸は一切ブレていない。

 

 たとえ戦略的に見捨てるのが正しい場面であっても、村上や太一は来馬を守る事を最優先する。

 

 それは相手チームからしてみれば紛れもない付け入る隙であり、事実ROUND1では容赦なくそこを突いた那須隊に敗北している。

 

 しかし、だからといってこれを変えるつもりは村上には欠片もなかった。

 

 戦略的にどうこうだとか、そういう理屈はどうでも良い。

 

 だからと言って、勝ちを求めていないワケではない。

 

 単に、村上が自身の潜在能力(ポテンシャル)を最大限に発揮出来るのが、今のスタイルであるというだけだ。

 

 村上の剣は、誰かを()()剣だ。

 

 その背に誰かを庇っている時にこそ、彼の真価は発揮される。

 

 もしもその矜持に反して来馬を見捨てるような事があれば、彼の剣はその場で折れて砕けるだろう。

 

 気持ちだけでは、勝てない。

 

 しかし、己の骨子となる想いを裏切るような真似は自分の屋台骨を自壊させるに等しい愚行だ。

 

 それを理解していない第三者に何を言われようと、村上がそれを一顧だにする事はない。

 

 来馬を、守る。

 

 それが、自分の存在意義だと信じているが故に。

 

「そうか。幸いな事に来馬さんが危ない目に遭う未来は────────────────いや、これは蛇足かな」

「ええ、いつ何時来馬先輩に危機が訪れようと関係ありません。俺は、ずっと傍でお守りしてあの人を守り抜くだけですから」

 

 それに、と村上は続ける。

 

「俺の手が届く範囲のものは、可能な限り守り抜きたいと思っています。俺程度の腕で傲慢かもしれませんが、それでも友人の一人くらいちゃんと守れるようになりたい────────────────それが、俺の目標ですから」

 

 彼が守るのは、来馬だけではない。

 

 チームの皆、そして七海を始めとした戦友(なかま)たち。

 

 それに、今こうして話している迅さえも、彼にとっては「守りたい相手」である事に違いはないのだ。

 

「俺は迅さんの事を、そう詳しく知っているワケじゃありません。人づてに聞いた情報も多いですし、貴方を理解しているとは口が裂けても言えません」

 

 ですが、と村上は告げる。

 

「それでも、貴方というボーダーの屋台骨を支える方に頼られたのは、俺の誇りです。だから、貴方も胸を張って欲しい。あの戦いで誰も失わなかったのは、紛れもない貴方の功績なんですから」

 

 真っ直ぐに迅の眼を見据え、村上はそう言い切った。

 

 以前の迅であれば、適当な事を言ってお茶を濁したかもしれない。

 

 「自分なんて」という諦観が染み付いている彼であれば、そうだったろう。

 

「────────ありがとう。そう言われたなら、胸を張らない方が失礼だ。君のような後輩を持てた事は、本当に嬉しいよ」

 

 しかし、今の迅は違う。

 

 七海が、レイジが。

 

 小南が、瑠花が。

 

 これまでの迅の奮闘を、口々に称えている。

 

 故に、此処で謙遜する方が礼を失するのだと、迅は理解している。

 

 いや、そんな小難しい理屈ではないだろう。

 

 ただ、自分を誇りに思う人々の想いに背きたくない。

 

 つまるところ、そこに尽きるのだから。

 

「ついでに、何か要望はあるかい? 君を頼った分、そのお礼をしたいんだけど」

「それなら、一手御指南願います。迅さんとは一度も戦った事がないので、機会があれば剣を交えてみたかったんです」

「そういう事なら、お安い御用だ。言っておくけど、手加減はしないよ」

「望むところです。胸をお借りします」

 

 村上はそう言って、晴れやかな顔で迅と共に訓練場へ向かっていく。

 

 そしてその日、風刃のかつての担い手とそれを一時的に借り受けた者同士の刃が交わった。

 

 結果として敗北はしたが、この上ない経験になったと後に村上は語る。

 

 それを聞いた太刀川が迅にしつこく個人戦を要求するようになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

<想いの刃に込めたもの~終~>

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