痛みを識るもの   作:デスイーター

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影浦雅人/優しい猛獣

 

「おう七海、今日暇なら付き合えや。ウチでお好み焼き食わせてやっからよ」

「…………! はい、喜んで行かせて貰いますっ!」

 

 大規模侵攻終結より、数日後。

 

 影浦の誘いを受けた七海は、顔一杯に喜色を浮かべてそれを承諾した。

 

 あの大規模侵攻の後だけあってここ数日は色々と忙しなかったが、今日は丁度身体が空いている。

 

 誘いを断る理由もないし、七海も実のところ楽しみにしていたのだ。

 

 影浦のお好み焼きの()()()()を、確かめられる時を。

 

 これまで七海は無痛症の影響により、味覚が死んでいた。

 

 正確には黒トリガーの誤作動による触覚麻痺であるが、どちらにしろこの数年七海が料理の味を感じられなかったという事実は消えない。

 

 特注のトリオン体の仕様によって影浦が作った七海専用のお好み焼き等の極端に味が濃いものであればなんとか味が分かったのだが、それでも常人と比べれば料理の楽しみを得られていなかった。

 

 だが、その触覚麻痺も黒トリガーの正式起動によって解消し、七海の痛覚は元に戻った。

 

 それに伴い味覚も正常に回帰し、きちんと料理の味が分かるようになったのだ。

 

 大規模侵攻の後、帰宅後に食した那須の料理によってそれは証明されている。

 

 だから、当然の如く大好きな影浦のお好み焼きの本来の味を楽しめる日を今か今かと待ち望んでいたのだ。

 

「他の連中も呼んで打ち上げみてーにすっからよ。おめーも呼びてー奴がいたら、遠慮なく呼んで来いや」

「分かりました。じゃあ、早速声をかけて来ます」

「おう、待ってっからな」

 

 

 

 

「嬉しそうにしやがって。しょーがねぇ野郎だ」

 

 表情はさほど変わっていないが、目に見えて浮かれている七海を見て影浦はニヤリと笑みを浮かべる。

 

 何も、楽しみにしていたのは七海だけではないのだ。

 

 影浦もまた、七海に本来の味付けのお好み焼きを振る舞う機会をずっと待ち望んでいたのだから。

 

 最初に七海の事情を、味覚が死んでいる事を聞いた時、影浦なりの親愛の証である「家に呼んでお好み焼きを振る舞う」という手段が使えない事を知り、正直落胆したのだ。

 

 折角の可愛い弟子に、飯の一つも振る舞ってやれない。

 

 正確には、振る舞ってもそれを味わって貰えない。

 

 その事が、飲食店の息子である彼のプライドを刺激した事は言うまでもない。

 

 しかし、特注のトリオン体ならば薄くではあるが味が分かると聞いて、影浦は奮起する事を決めた。

 

 鬼怒田に頭を下げてトリオン体の仕様と注意点を聞き出し、博識な東にも同様に頭を下げて栄養に関して留意すべき点を聞いて、なるだけ健康に害が及ばない範囲で味を濃くする方法を試行錯誤したのだ。

 

 七海にとって味が分かる料理を作るなら()()は彼本人にして貰うのが一番であったが、最初からその手段を使う事は影浦のプライドが許さなかった。

 

 なので思いっきり味を濃くしたお好み焼きの試食という苦行を彼一人でこなしていたのだが、それを見かねた村上や荒船が名乗りを挙げ、共に七海専用お好み焼きの作成に注力したのだ。

 

 相応の時間をかけて何とか完成したお好み焼きを提供し、七海が「美味しい」と言って喜んだ時の感動は今でも忘れ難い。

 

 ようやく、ようやく七海に料理の楽しみを思い出させる事が出来たと、影浦らしくもなく喜びを露にしたものだ。

 

 その様子を見られていた村上や荒船にからかわれたものの、その日に限っては怒る気になれず、バツの悪そうな顔をしながらため息を吐くに留めた。

 

 しかし、それで満足したかといえばそんな事はない。

 

 この七海専用お好み焼きは、いわば()()()()の類だ。

 

 影浦は、七海の感覚が戻る日が来ると疑わなかった。

 

 何か、根拠があったワケではない。

 

 ただなんとなく直感で、()()()()()()()()()()()()()()と漠然と考えていただけだ。

 

 希望的観測、と言えばそれまでだが影浦には確信があった。

 

 いつの日か、七海が自分の感覚を取り戻す日が来るのだと。

 

 そう、信じていたのだ。

 

 そして、それは現実となった。

 

 大規模侵攻の、最終局面。

 

 とんでもなく強い老剣士を相手に、七海が黒トリガーを起動した事によって。

 

 後から聞けば、七海の無痛症は黒トリガーの()()()に依るものだったのだという。

 

 それが正式に起動した事によって誤作動(バグ)が解消され、痛覚が元に戻った、との事だ。

 

 正直、細かい理屈は分からないし興味もない。

 

 重要なのは、ただ一つ。

 

 七海が痛覚を取り戻し、まともに料理を楽しめるようになったという事実だけだ。

 

 彼だけを呼んで七海の喜ぶ顔を独占したいという想いもないでもなかったが、七海が感覚を取り戻して喜んでいる人は大勢いる。

 

 なら、そいつらにも喜びを共有させるのが筋だろうと影浦は考えたのだ。

 

 七海は最終決戦での影浦の助力に感謝していたが、あの戦いは誰一人が欠けても勝利を手には出来なかっただろう。

 

 遠距離から射撃支援を行っていた二宮と出水、那須の後方支援組。

 

 敵に重石を撃ち込み勝利への切っ掛けを作った、遊真の働き。

 

 それを支援した弓場や三輪、小南といった面々。

 

 風刃を用いて遠距離から支援を行った、村上。

 

 更に最後の一撃に繋げる為に剣聖の刃に身を晒した荒船・熊谷・影浦の三人。

 

 生駒旋空で最後の一押しを手伝った生駒に、己が身を顧みずスパイダーで敵を拘束した茜。

 

 そして言うまでもなく、剣聖に刃を届かせた七海自身。

 

 直接最終決戦に助力した彼等だけではなく、あの大規模侵攻に関わった全ての隊員。

 

 誰が欠けても、あの勝利は有り得なかった。

 

 だから、あの戦いの勝利に貢献した面々に喜びを共有するのは悪くない。

 

 何より、決して口には出さないが影浦も彼等に対し感謝しているのだ。

 

 確かに影浦は七海に対して黒トリガー起動に踏み切る切っ掛けを与えたかもしれないが、それが実現出来たのはあの戦いに参加していた全員の奮闘があったからだ。

 

 遊真が磁力使いの近界民を無傷で倒していなければ、決戦に充分な助力を行えなかったかもしれない。

 

 嵐山隊を中心とした面々が空を飛ぶ砲撃使いの敵を落としていなければ、被害はもっと広がっていた可能性がある。

 

 影浦自身が撃破に助力した液体化トリガーの使い手も、あそこで下していなければ何をしでかしていたか分かったものではなかった。

 

 旧東隊が打倒したという敵の首魁も、放置すれば甚大な被害を生んだだろう。

 

 他の敵を全て倒し、あの剣聖相手の戦いに注力出来たからこそ、あの勝利は生まれたのだ。

 

 だから、勝利を喜ぶ権利は戦いに参加した全員にある。

 

 故に、影浦は誰が来ても今日に限っては受け入れるつもりだった。

 

 

 

 

「────────ったく、まさかおめーまで来るとはな」

「いいじゃん、今日は無礼講なんでしょ。まさか、二宮さんや太刀川さんを受け入れておいて俺だけお断りって事もしないでしょ」

「チッ」

 

 なので、二宮や辻と共にやって来た気に食わない相手(犬飼)の事も、色々呑み込んで受け入れたのだ。

 

 影浦としては、まさか彼が来るとは思っていなかったので正直面食らっている部分もある。

 

 これまで、犬飼がこの店にやって来た事は一度もない。

 

 それもその筈で、影浦は犬飼が嫌いだと公言しており、それを犬飼自身も知っているからだ。

 

 影浦が犬飼を厭っている理由は、その性格にある。

 

 感情受信体質(サイドエフェクト)によって、影浦は相手の感情を文字通り肌で感じ取ってしまう。

 

 故に、表面上浮かべている感情とは全く異なる()()とも言える部分が否応なく影浦に突き刺さって来る犬飼は、対面していてあまり気持ちの良くない相手だったのだ。

 

 人は、誰しも二面性を持っているものだ。

 

 その事は嫌になる程知っているし、ある程度()()()()()()()と諦めて受け入れてはいる。

 

 しかし、犬飼の場合あまりにも表面上の感情と内面が乖離し過ぎていて、影浦からしてみれば気持ちの悪い事この上ないのだ。

 

 自分の副作用(サイドエフェクト)が原因なのだから身勝手な言い分だという事は自覚しているが、それでも好き好んで接していたい相手ではないのだ。

 

 元々犬飼のようなタイプがあまり好きではない事も相俟って、ランク戦で戦う時以外は極力お互いに接点を持たないという暗黙の了解が二人の仲で出来上がるまでそう時間はかからなかった。

 

「つれないなぁ。折角弟子の晴れ姿が見れたんだから、もう少し楽しそうにしたらどう?」

「おめーが来なきゃ、そうしてたんだよ。ったく、邪険にされんの分かってんならわざわざ来んなよ」

「そう言いながら追い出そうとしないあたり、本当に丸くなったよねカゲ。それも、七海くんのお陰なのかな」

「あ?」

 

 しかし、一向に影浦の犬飼に対する印象が良くならないのは時折彼がこうやってこちらを煽るような事を言って来るからだ。

 

 七海の事を揶揄された影浦はギロリ、と犬飼を睨みつける。

 

「てめー、本当に追い出されてーのか」

「ごめんごめん、そんなつもりじゃないってば。ただ、俺への態度は塩対応のまんま変わんないのに七海くんだけそんなに溺愛して、羨ましいなーって思ったんだよ」

「気持ちワリー事言ってんじゃねぇ。俺がおめーを嫌ってんのは、おめーも分かってんだろうが」

 

 影浦は相変わらずな犬飼に、思わずため息を吐く。

 

 だが、その表情に呆れはあっても嫌悪感はない。

 

 以前の犬飼相手なら、会話もせずに無視していたところだ。

 

 しかし、今そうしていないのは。

 

「だから、こうして本音を言ってるんじゃないか。一応、俺なりに努力してんだよ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

「…………チッ」

 

 犬飼が、これまでの会話で殆ど表向きの感情と内面を一致させていたからだ。

 

 癇に障る物言いやこちらを煽る話しぶりに苛立ちは覚えるが、以前のような話しているだけで感じる嫌悪感は無い。

 

 これは犬飼の言葉通り、影浦に対してだけは本音を話しているからに他ならない。

 

 以前、影浦は犬飼に何故自分を嫌うのかを聞いた時に、「表向きと内面の感情が違いまくっていて気持ち悪い」と言った覚えがある。

 

 その時はさっさと犬飼との会話を切り上げたくて正直に話したのだが、まさかそれを彼なりに真摯に受け止めて態度を変えて来るとまでは考えていなかった。

 

 犬飼のこのオブラートに包まない会話も、彼なりの誠意なのだ。

 

 それが分かるからこそ、影浦は本気で犬飼を拒絶出来ない。

 

 素の性格の相性の悪さはさておき、こちらの意見を汲み取り態度を変えて来た相手には最低限の筋は通さなければならない。

 

 色々あって考えを変えた影浦だからこそ、誠意には誠意で対応するしかなかったのだ。

 

「けど、これ以上七海くんとの時間を奪ったら本気で嫌われそうだからね。俺は大人しく、ろっくんでもからかいながら楽しませて貰うとするよ」

 

 しかし、元々性格的な相性が悪いのもまた事実。

 

 それを自覚していた犬飼は、そう言って弟子の若村の元へ向かっていった。

 

「ったく、余計な奴が来やがったもんだ」

「そう言うなって。今の話を聞いた限り、あいつなりに努力してるんだろ」

「ザキさん」

 

 その直後、声をかけて来たのはボーダー屈指の人格者である柿崎であった。

 

 流石に彼ほどの人格者を無碍には出来ず、影浦はため息を吐いた。

 

「聞いてたんすか」

「すまん、近くを通りがかったら聞こえちまったんだ。お前達が仲が悪いのは知ってたけどよ、思ったより歩み寄りの芽はありそーじゃねぇか」

「ないっすよ。あの野郎が本音で話そうが、元々合わない奴ですし」

「そうか。ま、これ以上口を挟むつもりはねーから安心してくれ。今日はたらふく食わせて貰う予定だから、楽しみにしとけ」

 

 柿崎はそう言って、チームメイトの照屋と虎太郎の元へ戻っていった。

 

 どうやら偶然影浦と犬飼の会話を聞いてしまい、嫌いな相手との会話で水を差された形になる影浦に気持ちを切り替えて貰おうと話しかけたようだ。

 

 口には出さないがその気遣いをありがたく思い、影浦は心の中で柿崎に感謝を告げる。

 

「さて、七海が喜ぶ顔も見れたが、今日はまだあいつが食ってねーメニューがたくさんあっからな。全部食えっつーのは無理だとしても、一つ一つの量を少なくすりゃ色々味見出来んだろ」

 

 犬飼の横槍で水を差されはしたが、今日の目的は七海の喜ぶ顔を最後まで見届ける事だ。

 

 先程食べさせた海鮮ミックスも喜んで食べていたが、食べさせたいメニューはたくさんある。

 

 全部食べ切るのは無理だとしても、量を少なめにしてやれば少しずつ味見する事は出来るだろう。

 

 一玉分を焼いて、それを切り分けて別々の相手に配れば良いだけだ。

 

 幸い、今は村上や荒船といった良く食べるメンバーが七海の傍にいる。

 

 加えて食べられる容量がとにかく大きい北添もいるし、余してしまうという事もあるまい。

 

 影浦は早速その提案をすべく、七海達の元へ戻っていった。

 

 結果として、その日は全品制覇とはいかなかったが、影浦の提案が功を奏しそれなりの数の種類のお好み焼きを七海に食べさせる事が出来た。

 

 一つ口にする度に盛大に喜びを露にする弟子を見て、優しい猛獣はその度に笑みを深くするのであった。

 

 

<優しい猛獣~終~>

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