クロスランク戦①
「────────み、七海ってば」
「ん…………?」
ふと、目が覚める。
目の前には、自分を覗き込む熊谷の姿。
どうやら
「大丈夫? 隊室で寝るなんて、調子でも悪いんじゃない?」
「いや、大丈夫だ。意識も覚醒したし、問題はないよ」
熊谷は眠っていた事を咎めるよりも、まず七海の体調を心配していた。
七海は真面目で誠実な性格であり、その彼が
とうの七海は別段体調不良を感じてはいないし、痛覚を取り戻してからは生身でいる時間を長く取るようにしていた為、これまでとの環境の違いに身体が戸惑っているだけだろうと解釈した。
「玲一がそう言うなら、それでいいわ。でも、何処かおかしいと思ったらすぐに言ってね。これからランク戦だけど、それでも無理をさせるワケにはいかないもの」
「心配をかけてすまない。別段無理をしているつもりはないから、気にしないでくれ」
「貴方の無理をしているつもりはない、って言葉はいまいち信用出来ないのだけれど、分かったわ。小夜ちゃん、玲一のバイタルが乱れたりしてたらすぐ教えてね」
「了解しました。逐一モニターします」
さらっとお前の言葉は信用ならないと言われているが、基本的に無理をしがちで一人で抱えがちな七海の自罰的性質は皆が周知するところだ。
この扱いも自業自得だと受け入れ、七海は内心ため息を吐いた。
大規模侵攻を無事に乗り越え、
これもまた前に進む為の工程の一つだと、七海は自身を納得させた。
「さて、七海先輩も起きたようですしミーティングを始めましょう。今回の相手は弓場隊、そして紅月隊の二チーム。MAPは、市街地Bが設定されています」
「まず、那須さんと七海先輩を自由にさせない。これは前提条件です」
弓場隊、作戦室。
そこで加山は開口一番、今回の作戦方針の一つを口にした。
妙に眠たい頭を覚醒させるように、彼はそのまま説明を続ける。
「那須先輩と七海先輩を自由にしちゃうと、戦闘機もかくやっていう爆撃ムーブが出来ちゃうんで、これをされるとこっちの戦術がほぼ崩壊します。なので、狙撃手の外岡先輩には潜伏に徹し続けて貰います。チャンスがあっても、撃つ時は一声かけて下さい」
「了解。俺はそれで構わないよ」
隊の狙撃手である外岡は、隠密に特化した能力を持つ隊員だ。
潜伏行動はお手の物であり、どれだけの時間であろうが隠れ続けられる自信はある。
「けどよ加山ァ、その爆撃の連打は七海一人でも出来んじゃねぇのか? あいつは狙撃が効かないから、好き放題動いて
「それでも、那須先輩と組んで戦闘機になられるよりはマシです。それに、そうなったらきっと紅月先輩が止めに入ると思うんですよね。あちらとしても、俺達の妨害戦術は有用だと思いますし」
まず、と加山は前置きして説明する。
「紅月隊は、完璧万能手の紅月先輩と狙撃手の鳩原先輩の戦闘員二人態勢のチームです。そして、鳩原先輩は人が撃てない。武器破壊専門の狙撃手です。要するに、
「えっと、それで」
「ポイントゲッターが一人しかいない分、力押しには限度があるんです。紅月先輩は一人で文字通りの一騎当千じみた活躍をしますが、那須隊はただ彼が暴れてどうにかなる程甘いチームじゃない。今の那須隊は、相当厄介な性質を持っていますからね」
紅月隊完璧万能手、紅月ライ。
彼はレイジ以来二人目の完璧万能手であり、あらゆるトリガーを使いこなす実力者だ。
一時はA級にも上がった事のある猛者であり、その時はなんと一人部隊でそれを成し遂げているという規格外である。
B級中位にも漆間隊という一人部隊がいるが、この部隊は堅実に得点を稼ぎはするもののA級昇格までにはとてもポイントが足りず、上位に上がった事も殆どない。
これは漆間自身の性格も関係しているが、彼等と比べても一人部隊でA級昇格を一度成し遂げた紅月の実力の高さが良く分かる。
しかし、そんな紅月とて万能ではない。
そして、紅月でさえ慎重にならざるを得ない性質が今の那須隊にはあった。
「那須隊は基本的に、戦力の逐次投入を好んでいます。表に出るのは基本的に狙撃・不意打ち無効の七海先輩で、彼に気を取られた隙に他の隊員の奇襲で点を取るのが彼等の得意戦術です」
「しかも、七海先輩は機動力もメッチャ高いっすよね」
「ああ、狙撃が効かないから射線お構いなしに動いて来るんで狙撃手は見つかったらほぼ
那須隊攻撃手、七海玲一。
彼は感知痛覚体質という
しかもグラスホッパーの二枚装備で機動力がべらぼうに高く、メテオラで爆撃も出来るという遊撃と攪乱に特化した駒だ。
那須隊は彼が前に出て盤面をかき乱し、仲間の奇襲をやり易くするのが基本戦術である。
彼に対しては狙撃手が抑止力にならないどころか見つかり次第撃墜され、不意打ちも効かないから意表を突く事が容易ではなく落とすのは更に難しい。
故に、彼を相手にするには専用の対策が必要不可欠なのである。
「七海先輩への考えられる対処は二つ。特級の戦力をぶつけるか、七海先輩の
「はいっ! エスクードとスパイダーですねっ!」
「正解だ。この二つは、七海先輩のサイドエフェクトの感知にかからない。だから、紅月隊にとってこの二つを持っている俺達は簡単に機能停止して貰っては困るんだ」
七海のサイドエフェクトは攻撃を感知出来るが、その能力には穴がある。
それは即ち、ダメージが発生しないタイプのトリガーは感知出来ないという事だ。
エスクードとスパイダーはどちらも攻撃能力を持たないトリガーであり、だからこそ七海の感知にはかからない。
この二つの扱い方が、対七海の戦術の肝と言っても過言ではないのだ。
「暫くスパイダーは外していたが、俺がそれを使った事がある事と七海先輩に対してスパイダーが有効なのは知っているだろう。入れない理由はないし、今回はエスクードもスパイダーも両方セットしておく」
加山はランク戦の序盤でスパイダーを使用していたが、現在はトリガーセットから外している。
しかし使用した記録は残っており、尚且つ厄介極まりない駒である七海相手に有効となれば使わない理由はない。
少なくとも、紅月隊は────────────────ライは、加山の思考をそのように読む筈だ。
そう考えて、加山はスパイダーをセットする事を明言した。
「少なくとも七海先輩に痛打を与えるまでは、紅月隊とは疑似的な共闘が可能な筈だ。生存点を狙うなら、七海先輩の撃破は必須だからな」
「ですけど、確か鳩原先輩もスパイダーはセットしていましたよね。ライ先輩もエスクードをセットして来る時がありますし、無理にわたし達を利用する必要はないんじゃないですか?」
「勿論、そう割り切るケースも有り得る。けど俺は、利用しようとする可能性の方が高いと見ている。勿論、両方のケースに対応出来るよう作戦は立てておくけどな」
成る程、と帯島は加山の説明に納得する。
確かに鳩原はスパイダーをセットしているし、ライもエスクードを持ち出して来る事がある。
七海対策の手札を向こうも備えている以上自分達だけで十分と割り切る場合も有り得るものの、加山は乗って来る可能性は高いと見ていた。
「鳩原先輩は、狙撃手だ。確かにワイヤーを張る事は出来るけれど、ワイヤー地帯が早期に那須隊に見つかればそれを辿って七海先輩が炙り出しにかかる可能性がある。向こうとしても、下手に鳩原先輩を動かすよりはそういう仕込みはこっちにやって貰いたい筈だ」
「確かにその可能性は高そうだな。だが、紅月も相当なタマだぜ? 七海を落とすのに全力を使い果たして、紅月を放置するような事になっちゃ眼も当てられねえぞ」
「分かっています。なので、七海先輩相手には紅月先輩に矢面に立って貰います。その為には」
加山は隊の面々に対し、己の作戦を説明した。
一通り説明を受け、帯島は納得し外岡はただ首肯する。
藤丸は「いいんじゃねぇか」と肯定し、弓場は「いいだろう」と頷いた。
「おめェーの作戦は了解した。だが、紅月は狙撃手としても動ける。あっちも潜伏を選んだら、どうするつもりだ?」
「今回、それはないと思います。大駒である七海先輩に狙撃が効かないってのもありますし、正面から七海先輩に対抗出来るカードをみすみす後衛にするメリットがありませんからね」
「今回、僕は前に出て戦う事になると思う。二人とも、サポートを頼む」
「了解」
「了解しました」
紅月隊、作戦室。
そこで、ライの言葉に首肯する二人の少女がいた。
一人は、鳩原未来。
彼女は紆余屈折あって紅月隊の狙撃手を務める事になり、そのサポート能力で隊の勝利に大いに貢献していた。
一人は、忍田瑠花。
紅月隊のオペレーターであり、
初期の紅月隊はライと彼女の二人だけの部隊であり、長く彼を支え続けた相棒である。
今回もまた、彼を全霊で支えるべくその敏腕を振るってくれるだろう。
「前に出て戦う、という事は狙撃手としては動かない、という事ですね」
「ああ、今回の試合では下手に潜伏すると七海くんがメテオラで炙り出しにかかって来るだろうからね。それをされると鳩原が見つかりかねないし、最初から前に出るよ」
「七海先輩には、狙撃が通じませんからね。まあ、ウチの場合は関係ありませんが」
紅月隊の狙撃手、鳩原未来は人を撃てない。
代わりに相手の武器を狙って破壊し、味方をサポートするのが彼女の役目だ。
そして、その性質上彼女は狙撃手でありながら七海に攻撃を察知されない。
七海の武器は出し入れ自在なスコーピオンであるが、ここぞという時にブレードを破壊出来れば戦闘補助としては充分過ぎる。
人を撃てないという鳩原の性質が、対七海においては逆に有効に働くのである。
「七海くんを相手にする時は、場合によっては君にサポートを頼む事もあるだろう。その時はよろしく頼む」
「うん。あたしに出来る事なら、なんでもやるよ」
「ああ、頼んだ」
場合によっては勘違いされそうな字面であるが、本人同士は大真面目である。
瑠花も既に鳩原の自己評価の低さから来る卑屈発言やライのどんな台詞でも素面で言ってしまう精神的イケメン力には慣れてしまっているので、今更どうとも思わない。
まあ、自分を対象にして真正面から言われた場合はまた別なのだが。
「それから、弓場隊はきっと漁夫の利を狙って来るだろう。七海くんを相手にする時は彼等の仕込みを借りる事になるだろうけど、隙があれば駒を削っておきたい。特に、加山くんは最優先で落としておきたいな」
「こちらの嫌がる事を、的確にやって来ますからね。放置すれば泥試合になって、向こうにペースを握られかねませんし」
「ああ、高速で合成弾を使う事も出来るから、そっちにも注意を割く必要がある。転送位置にもよるが、場合によっては七海くんより優先して彼を落とす必要もあるだろう」
加山はエスクード使いとしてのイメージが強いが、凄まじいスピードで合成弾を使う事が出来るという手札もある。
合成弾は出水クラスでなければ合成までにある程度時間がかかるが、加山はそれを一瞬でやってのける。
いきなり強力な合成弾がエスクード越しに降って来る可能性があるのは、脅威である。
エスクードを利用した罠同様、注意を払わなければいけないだろう。
「その七海先輩がいる那須隊ですが、こちらはどう動いて来ると思いますか?」
「恐らく、那須隊は七海くんを中心に動いて来る筈だ。単純に、この組み合わせならそれをしない理由がないからね」
「試合では、俺がまず動く。転送位置にもよるが、基本はこれで行く」
那須隊、作戦室。
そこで七海は、作戦の方針を皆に告げた。
初手での、七海の戦線投入。
これまでも幾度かあったパターンだが、当然質問が飛んで来る。
「一応聞くけど、理由は?」
「単純に、弓場隊に時間を与えたくない。少なくとも、向こうが動くまでにその潜伏場所にある程度あたりは付けておきたいからな」
弓場隊には、加山がいる。
加山はエスクードを多用し、地形を利用した罠を張るのが得意な隊員だ。
その性質は射手というより
壁やワイヤーの展開とメテオラによる罠を駆使した地形戦術は、今の弓場隊の代表的な脅威の一つと言える。
「でも、流石にそんな派手な真似をすれば止めに来るんじゃない?」
「そうだな。でも、そこも当然織り込み済みだ。きっと、止めに来るのは紅月さんだろう」
「紅月先輩ですか。狙撃手としても動ける人ですけど、あの人が来るんですか?」
「ああ、きっと今回彼は狙撃手として動く気はないだろう。間違いなく、俺に止めに来る筈だ」
七海は確信に満ちた様子で、そう断言した。
単純に、そうするより他に選択肢がない、という事もある。
七海が爆撃を敢行し続ければ、弓場隊の戦略は崩壊する。
狙撃や不意打ちが効かない彼を止めるには、単純に強力な駒をぶつける必要があるのだ。
そして、その役割に誰よりも的確なのがライなのだ。
彼は一騎当千の実力の持ち主であり、順当に一騎打ちをすれば恐らく七海ではなく彼に軍配が上がるだろう。
そもそも七海は個人戦に向いた駒ではなく、その真価は集団戦でこそ発揮される。
七海の持ち味はその攪乱能力と回避能力であり、大駒に一騎打ちで勝つには仲間のサポートが必要不可欠となる。
「でもそれは逆に、一番厄介な駒を足止め出来るチャンスでもある。状況にもよるけど、時間稼ぎに徹するのもアリだ」
「でも、それだと加山くんに好き放題罠を張られちゃうんじゃない? こっちの嫌がる事をやるのが、本当に巧い子だし」
「勿論、加山を放置するのは有り得ない。だから────────」
七海は那須達に向けて、作戦方針を示した。
全員がその内容に得心し、頷く。
確かにそれならば合理的だと、小夜子もまた太鼓判を押す。
というよりもこれは彼女の発案でもあるので、今更でもあるのだが。
「さあ、そろそろ時間だ。行こう」
「ええ」
「うん」
「はいっ」
那須隊が配置に付き、転送される。
向かうは、仮想の戦場。
「行くぞ」
「はい」
「はいっす」
「了解」
弓場隊もまた、戦場へ赴く。
彼等はいつも通り、各々のやり方で勝利を目指す。
相手が未知のそれである自覚はなくとも、やる事は変わらない。
それが、彼等の
「さあ、行こうか」
「うん」
紅月隊の二人も、戦いの場へ向かう。
片や、異世界からの来訪者。
片や、本来の歴史では既に出奔した密航者。
有り得ざる異邦人二人は、異なる世界線の強敵相手にその腕を振るう。
三つの世界線、本来交わる事のない道筋が。
夢の世界で交わり、そして。
全霊を以て、ぶつかり合う時が来たのだ。
というワケでクロスオーバーコラボ開催です。
現在6話まで書き上がっていますが、今後時期を見て順次投稿していきます。