痛みを識るもの   作:デスイーター

461 / 487
クロスランク戦③

 

「まず、弓場隊を狙う動きで紅月さんを釣り出す。転送位置に関わらず、初動はこれで行く」

 

 試合前、那須隊作戦室。

 

 そこで七海が語ったのは、戦術の大前提。

 

 即ち、弓場隊を────────────────加山を追い込み、それによってライを止めに来させるというもの。

 

 それを聞き、真っ先に熊谷が口を出す。

 

「じゃあ、加山くんを狙うのはフリで本命は紅月さんって事?」

「勿論止めに来ないようならそのまま落としに行くが、それはないだろうと踏んでいる。盤面を好き放題に荒らされれば鳩原さんまで炙り出されかねない以上、必ずやって来る筈だ」

「狙撃手は隠れる場所がなくなればなくなる程、不利になりますからね。私も渓谷地帯なんかじゃ正直、晴れの天候だとかなり厳しいですもん」

 

 茜の言う通り、狙撃手というのは隠れる場所があるという大前提があるからこそ、見えない脅威として働くのだ。

 

 隠れる場所がそもそも少ない渓谷地帯などでは、狙撃手は移動すらままならない。

 

 那須隊はランク戦で一度渓谷地帯での戦いを経験しているが、正直砂嵐という特殊な天候でなければ茜はかなり動き難くなっていただろう。

 

 テレポーターという特殊な移動手段があるとはいえ、流石に荒野のど真ん中を無防備に進む狙撃手が無事で済むとは思えない。

 

 同様に、七海が好き放題爆撃して隠れる場所をなくしていけば鳩原や外岡といった狙撃手は相応に動き難くなる。

 

 ライとしてもそれは困る為、十中八九出て来るだろうというのが今回の七海の見解だ。

 

 狙撃手の茜の太鼓判もあるので、この予測は少なくとも的外れではない筈である。

 

「でも、なんでわざわざ紅月さんを? 最優先で対処すべきは加山くんの方だって、さっき言ってたよね?」

「確かにそれは事実だが、だからといって紅月さんは放置出来ない。最悪なのは、弓場隊とかち合ったところを潜伏していた紅月さんに横から奇襲されるケースだ。これをやられると、各個撃破で落とされかねない」

「紅月さんの奇襲は、確かにかなりの脅威ね。旋空の技量がとにかく高いし、不意を撃たれれば厳しいわ」

 

 そう、加山を放置出来ないのは勿論だが、だからといってライを放置するというのも有り得ない。

 

 ランク戦の資料(データ)では、彼は旋空を用いた奇襲で複数人を一気に落とすという離れ業をやってのけている。

 

 ()()()()()()()()()()が、もしも弓場隊とやり合っている最中に横槍を入れる形で奇襲されれば一発で落とされる危険がある。

 

 故に、ライを潜伏させたままにするという選択肢は危険極まりないのだ。

 

「だから、紅月さんには早々に盤上に出て貰う。そこから先は、俺の仕事だ」

 

 七海は彼らしからぬ不敵な笑みを浮かべ、拳を握り締める。

 

 そして、己の意思を告げた。

 

「彼は、俺が足止めする。その間に、作戦を進めていこう」

 

 

 

 

(ようやく出て来たか。今の攻撃は、間一髪だったな)

 

 七海は視線の先に佇むライを見据え、その手に持つ弧月に視線を向ける。

 

 旋空を用いた、高速の二連撃。

 

 紅月旋空と呼ばれるらしいその攻撃の剣速は、七海の想像を超えていた。

 

 生駒旋空に匹敵、もしくは勝るかもしれない。

 

 そんな速度の旋空が、二連。

 

 正直、以前の七海であれば避け切れずに両断されてしまっていた可能性も捨て切れない。

 

「────────」

「────────!」

 

 そして、考える時間すら与えられない。

 

 ライは無造作に旋空を放ち、それを感知した七海は大きく横へ跳んで回避する。

 

 ギリギリの回避は、行わない。

 

 以前、村上は旋空の軌道を途中で変えるという離れ業を披露した事がある。

 

 ライの正確な剣の腕は分からないが、あんな旋空を実現する程の技量だ。

 

 村上と同じ事が出来ないとは、とてもではないが言い切れない。

 

 点の攻撃である射撃や狙撃よりも、線の攻撃である旋空は七海にとって避け難い攻撃の一つだ。

 

 単発であるならまだ何とかなるが、あの速度のものを連続で放たれれば避けるのは容易ではない。

 

 もし、他の隊員と戦っている時に横から奇襲で撃たれればその時点でやられていた可能性がある。

 

「────────!」

 

 故に、警戒は怠らなかった。

 

 七海はその場から、グラスホッパーを用いて全力で後退。

 

 その一瞬後に、彼のいた場所に無数の弾丸が降り注いだ。

 

 光弾の蛇のような不規則な軌道は、見間違える筈もない。

 

 彼の最も大切な少女の得意とする、変幻自在の弾丸。

 

 変化弾(バイパー)

 

 それが、旋空を囮として七海に向かって放たれていた。

 

 毒蛇は獲物を逃がさない。

 

 七海が回避した筈の弾丸は、まるで意思を持つように大きく円を描き、彼に向かって追い縋った。

 

(玲と同じ、リアルタイム弾道制御…………っ!)

 

 そう、これは那須の得意とする────────────────というよりも、彼女と出水以外は誰一人行えないと言われている高等技術。

 

 変化弾(バイパー)の、リアルタイム弾道制御だ。

 

 通常、変化弾は予め決めて置いた軌道に沿った弾道で撃ち出すのが一般的だ。

 

 バイパーは自由度が高い分制御が難しく、そうでもしないと見当違いの方向に弾が向かいかねない。

 

 だからこそ予め数パターンの弾道を決めておき、そこから選択する形で射出するのが普通だ。

 

 しかし、那須や出水はその常識を覆す。

 

 彼女達は文字通りのリアルタイムで弾道を引き、その場その場でバイパーの軌道を設定する。

 

 それ故に変化弾の名の通り変幻自在な軌道を描く弾を操る事が可能であり、通常射線の妨げになる障害物すら彼女達にとっては弾の隠れ蓑として利用出来るものに過ぎない。

 

 そしてその技術の応用として、一度撃った弾が空ぶった時に更に相手を追尾するような軌道で撃つ事が出来る。

 

 故に、この技術を持つ者のバイパーは一度避けたからと言って安心は出来ない。

 

 毒蛇は、獲物に食らいつくまでその動きを止めはしないのだから。

 

(バイパーが本命────────────────いや、違う。()()()()か…………っ!)

 

 七海は自らに追い縋るバイパーを回避しようとして、気付く。

 

 これは、本命の攻撃ではない。

 

 那須の戦いを間近で見ていたからこそ、分かる。

 

 この変化弾(バイパー)は、陽動だ。

 

 その目的は、七海に回避機動を()()()()事。

 

 そして、その先には────────。

 

「────────旋空弧月

 

 紅月旋空。

 

 鋭い軌跡を描く拡張斬撃、二連。

 

 それが、七海の行き先に置かれていた。

 

「────────!」

 

 本命の攻撃を予測していた七海は、バイパーを回避するのではなく広げたシールドで弾く。

 

 そして、グラスホッパーを用いた跳躍で旋空の檻から逃れ切った。

 

(危なかった。バイパーを回避していれば、やられていたな)

 

 今の攻撃は、七海がバイパーを回避する事を前提として軌道計算が行われていた。

 

 四方八方から飛来するバイパーを避ける為には、おのずと光弾の密度が低い場所へ向かって跳躍する事になる。

 

 だからこそライは敢えて光弾の薄い個所を設定しておき、そこへ七海が向かうように仕向けたのだ。

 

 土壇場でそれに気付けなければ、恐らく七海は回避軌道を取っていただろう。

 

 そして、今の旋空にやられていたに違いない。

 

(二宮さん相手に時間稼ぎをした経験が役に立ったな。あれがあったから、紅月さんの狙いにも気付けた)

 

 B級ランク戦の最終ROUND、七海は二宮相手に決死の遅延戦闘を行った。

 

 そこで長時間に渡り彼は二宮の猛攻を凌ぎ続け、その後の勝利に繋げてみせた。

 

 二宮は単なる力押しだけではなく、その高い技量を駆使した追い込みを行う。

 

 トリオン量によりごり押しで仕留められる相手であればそのまま削り殺すが、そうでない相手には追尾弾(ハウンド)を用いた陽動を用いる。

 

 ハウンドで動かされた相手に、高威力のアステロイドを叩き込む。

 

 それが二宮の両攻撃(フルアタック)の必勝戦術であり、これを受けて生き残れる者は殆どいない。

 

 七海も二宮が単独で尚且つ狙撃手が生き残っていた為に彼が両攻撃を控えていたからこそ時間を稼ぐ事が出来たのであり、そうでなければあそこまでの抗戦は出来なかっただろう。

 

 その経験があったからこそ、ライのバイパーの軌道から七海は彼の目的を看破する事が出来た。

 

 数々の戦闘経験が、自らの糧となっている。

 

 それを実感し、尚。

 

 目の前の相手は尋常なそれではないのだと、否応なく実感させられた。

 

(あの翁ほどとは言わないが、強い。まるで、忍田本部長を相手にしているみたいだ)

 

 ボーダー本部長、忍田真史。

 

 ライの放つ威圧感は、ノーマルトリガー最強の男と謳われる彼の存在を想起させる。

 

 忍田はあのヴィザ相手に抗戦を成功させていた、数少ない人物の一人だ。

 

 それも七海のようにガン逃げで時間を稼ぐのではなく、正面から斬り合って無事な時点で大分おかしい。

 

 神速の旋空を操るライの剣は、そんな彼を想起させた。

 

 というよりも、彼の剣筋は何処か忍田本部長に似ているのだ。

 

 細かい動きは違うものの、彼の剣は忍田のそれを模倣したような軌道を見せていた。

 

 もしかすると、直接本部長に指南を受けた可能性もある。

 

 分かってはいたが、一筋縄で行く相手ではない。

 

 全力で戦闘に集中しなければ、一瞬で落とされてしまうだろう。

 

(まずは此処で、彼を足止めする。俺の仕事は、彼を再び潜伏させない事だ)

 

 だからといって、逃げるという選択肢はナシだ。

 

 直に戦って実感したが、矢張り彼を潜伏させるワケにはいかない。

 

 あの旋空を不意打ちで撃たれれば、高い確率で各個撃破される。

 

 最悪、潜伏と奇襲を繰り返すだけで彼の独壇場になりかねない。

 

 そうさせない為にも、此処でライを足止めする必要がある。

 

 そして現状、それが出来るのは七海だけだ。

 

 爆撃する七海を正面から止められるのが、ライだけであるように。

 

 ライ相手に一人で時間稼ぎが出来るのも、また七海だけなのだ。

 

 七海は、彼を此処から逃がすワケにはいかず。

 

 ライは、七海にこれ以上爆撃をさせるワケにはいかない。

 

 互いの思惑は一致した。

 

 やるべき事は、変わらず。

 

 両雄は、瓦礫と街並みの境界線にて。

 

 高速戦闘を、続行した。

 

 

 

 

(七海先輩と紅月先輩がやり合い始めたか。これ以上の爆撃はない、と思って良いだろうな)

 

 一方、潜伏していた加山は遠目に垣間見える二人の戦う姿に思わず安堵の息を漏らした。

 

 ライは、他の事をやりながら片手間で相手に出来るような駒ではない。

 

 彼と七海が戦闘している間は、再度の爆撃はないと思って良いだろう。

 

(問題は、此処からどうするか、だな。一応包囲網は完成前に途切れたから、西側に抜ける事は出来る。けどそれは、向こうも分かり切っている事だ)

 

 七海による爆撃包囲網は、ライが止めに入った事で西側に穴が空いている状態だ。

 

 加山のいる場所から西へ向かえば、姿を隠したまま包囲網を抜ける事が出来る。

 

 だが当然、それは那須隊も承知している筈なのだ。

 

(恐らく、七海先輩は紅月先輩に止められる事を見越して動いていた。なら、そうなった時のリカバリーを用意していない筈がない)

 

 前提として、加山の大まかな居場所は既に那須隊に捕捉されている。

 

 少なくとも、包囲網の圏内には必ずいると確信しているだろう。

 

 だからこそ、包囲網の穴を()()()手段を間違いなく用意している筈なのだ。

 

(このまま西に抜ければ、十中八九待ち伏せを喰らう。というか、俺ならそうする。此処で俺を逃がすなんて真似は、絶対にしない)

 

 加山は、放置すればするだけ戦場の状況を悪化させる事が出来る駒だ。

 

 他チームからすれば何が何でも落として置きたい厄介者であり、集中して狙われ易い駒であるとも自負している。

 

 だから、那須隊の策がライの釣り出しだけで終わるとは到底思えなかった。

 

 仮に加山であれば、この包囲網の穴を埋める形で人員を配置する。

 

 それも、必ず加山を仕留められるような布陣で。

 

(このまま西に行けば、那須隊の仕掛けた罠が待っている。けど、だからといってこのままこの場所に留まればいつあの二人の戦闘の巻き添えで炙り出されるか分かったものじゃない。七海先輩達に見つかれば、最悪二人がかりで仕留めに来られる恐れもある)

 

 頭が痛いのは、加山を仕留めておきたいという方針は紅月隊も同じであるという事だ。

 

 ライもまた七海を落とす為に彼の仕掛けを利用したいのは事実だろうが、それは加山が落とし難く潜伏の得意な駒であるからという理由もある。

 

 言うなれば、加山の仕掛けを使うのは紅月隊にとって()()()()なのだ。

 

 加山が見つかり難く落とし難いから、逆にその仕掛けを利用する。

 

 その前提の上で、この疑似的な共闘は成り立っている。

 

 もしも、此処で加山が見つかるような事があれば七海とライは一時停戦してでも彼を仕留めに来る可能性が高い。

 

 それだけ加山の齎す盤面への影響力は大きく、どちらの部隊にとっても看過出来ないのだ。

 

 故に。

 

「弓場さん、俺はこれから────────」

 

 彼は仲間に指示を伝え、動き出す。

 

 判断は一瞬、迷う暇などない。

 

 加山は派手な戦闘が続く中、彼らしい戦いをやり遂げる為に。

 

 静かに、動き始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。