(強いな。正直、さっきの旋空でダメージを与えられなかったのは驚いたよ)
ライは相対する七海の姿を見据え、目を細める。
現在、彼と七海は市街地の瓦礫の上で戦闘中だ。
少し移動すればまだ爆撃の被害を受けていない家屋が存在するが、そちらは加山が潜伏している可能性のある区画だ。
まだ弓場隊の誰が潜伏しているかは分からないが、仮に加山であるのならその陣地に迂闊に踏み入るのは自ら罠にかかりに行くようなものだ。
故に、七海が破壊し罠が仕込まれている心配のないこの瓦礫の山の上で戦っているワケだ。
加山の用いる罠は、主にエスクードと置きメテオラの二種類。
場合によってはそれにスパイダーも追加されるが、流石にこうまで粉々にされている場所にそんな罠が残っているとは思えない。
エスクードも、足場となる建物がない以上さほど脅威ではない。
燃費の悪さという問題さえ解消出来ればエスクードは様々な状況で役立つトリガーではあるが、これを発生させるには相応の広さを持った
今現在、この場所は七海が破壊した家屋の残骸が散乱し自分たちはその上で戦っている。
無造作に転がる瓦礫の山では、エスクードを発生させられる足場を確保するのは容易ではない。
七海がこの場でライを迎撃しているのも、そういう意図があっての事だろう。
本来、彼は複雑な地形でこそ真価を発揮する攻撃手だ。
その極めて高い機動力は、足場となる地形が立体的で尚且つ複雑であればある程捉え難くなる。
しかしこの瓦礫の山の上では三次元機動は制限され、グラスホッパーの使用を半ば強要されている状態にある。
そんな無理を推してこの場での戦闘に応じているのは、偏に加山の罠を警戒しての事だろう。
加山の得意とするエスクードとスパイダーは、どちらも七海の
狙撃も不意打ちも察知可能な七海の感知痛覚体質は、一見すると影浦の能力の上位互換のようにも思える。
だが、影浦のそれが感情という攻撃だけではない相手の思惑を看破する事が出来るのと異なり、七海の能力はあくまでダメージの発生範囲を機械的に感知する。
能力の発動条件がダメージを伴う攻撃の発生である以上、トリオン体への直接攻撃力のないエスクードやスパイダーはその感知の対象外。
影浦であれば自分に視線を向けられた時点でその相手の感情を察知する為対応も可能だが、七海の能力ではそれは出来ない。
故に、エスクードとスパイダーは七海という厄介な駒への明確な
自身の能力を知り尽くしている七海は当然その弱点も承知しており、だからこそ警戒をしない筈がない。
七海がこの場に留まっているのは、そういった理由だろう。
また、ライにとってもこの場所での戦闘にはメリットがある。
まず、視界が開けている為狙撃を察知し易いという事だ。
七海と異なり、ライの
故に狙撃による不意打ちは当然警戒の対象であるが、周囲に何もないこのような場所であれば弾丸の到達までに気付く事は出来る。
遠距離からの狙撃は無論の事警戒しており、どんな地形が危険かも理解している。
一見こういった開けた場所は射線を遮るものが何もない為狙撃の的とされがちだが、ライにはその超絶的な反射神経がある。
超高速精密伝達。
分類上
遠くから自分を狙った攻撃であれば、到達までに回避行動を取る事は容易い。
逆に距離を詰められてからの狙撃では回避が間に合わない可能性もあり、だからこそこの場所は都合が良かった。
七海が爆撃で蹂躙していた為、周囲一帯の建物は軒並み粉砕されている。
無事な家屋のある場所までそこまで離れているというワケではないが、そちらに潜むという事は自分たちの射程範囲内まで近付かなければならない事になる。
この場には、狙撃が効かない七海がいる。
隠密特化の狙撃手である外岡としては、この距離で撃って居場所をバラせば七海に即殺されるであろう事が明白である為に近付く事は躊躇うだろう。
(けど、日浦さんはテレポーターがある。場合によっては転移からの近距離狙撃をやって来るかもしれないから、注意が必要だ)
那須隊狙撃手、日浦茜。
彼女に関しては、また別種の警戒が必要だ。
茜には、テレポーターという移動手段がある。
十数メートルの距離を一気に転移可能なそのトリガーは、撃った後で行方を晦ます手段としても有効であるし、場所を変えての転移狙撃といった荒業も可能だ。
連続転移が出来ないという仕様上近距離まで転移すれば最早逃げる事は出来ないが、
捨て身の転移狙撃で、こちらを討ち取りに来る。
そういった可能性も、充分にある。
だからこそ、七海には少しでもダメージを与えてトリオンを削っておきたかったのだが。
(想定以上に、回避能力────────────────いや、危機感知能力が高い。これは、
ライの予想以上に、七海の回避能力が飛び抜けて高かったのだ。
影浦と同種の攻撃感知能力を持つと識って、警戒はしていた。
普通に攻撃するだけでは、まず被弾させる事すら出来ないだろうと。
だが、影浦がそうであるように回避系の副作用の持ち主といえど無敵ではない。
感知出来ても避けられない攻撃はあるし、向こうの動きを上回る速度で刃を届かせれば躱す隙は与えない。
そう考えて戦っていたが、ライはこの時点で自分の想定がまだ甘かった事を理解した。
七海の動きは、決してサイドエフェクトに頼り切ったものではない。
むしろ、
あれは、そういう動きだ。
ライは知らないが、七海のサイドエフェクトが攻撃を感知するのは相手の攻撃の発生が
即ち、攻撃発生から着弾までが早過ぎる攻撃は七海といえどそう簡単には躱せない。
そういった意味で、尋常ならざる剣速を持つ紅月旋空はこれ以上ない程七海にとっては有効な攻撃なのだ。
されど、有効であるからといってそれを使われただけで落とされる程七海の培って来た経験の厚みは軽くはない。
太刀川や出水を始めとした、敬愛する師の面々。
ランク戦で相対した数々の好敵手達に、大規模侵攻でぶつかり合ったアフトクラトルの精鋭達。
そういった者達との戦闘経験が、七海の動きをより鋭く精錬させていた。
故に、ただ対策をした程度では彼に刃を届かせる事は出来はしない。
彼の事情を知らずとも、刃を交わす内にライはその経験に裏打ちされた実力の程をある程度察していた。
このまま何の策もなしに戦って落とせる程、甘い相手ではないと。
(認めよう。僕は、彼を侮っていた。正面からぶつかれば時間はかかるが倒せない相手ではないと、慢心していた。それなりに研鑽を積んで来た自負はあったけど、まだまだ精進が足りないって事か)
自分に厳し過ぎるスタイルのライは自身の認識の甘さを悔い、そして頭を切り替える。
戦力評価を見誤ったのは忸怩たる想いだが、今は戦闘中だ。
戦場において結果を鑑みてそこから情報把握に努めるのは重要だが、
そういった反省は戦闘終了後に顧みるべきものであり、一分一秒が状況を左右する戦闘中にそれをやるなど愚の骨頂だ。
故に、ライは思考する。
逐次瑠花と鳩原から送られてくる情報を元に、盤面を頭の中で整理して。
此処から、どう戦況が動くのかを。
(そろそろ、弓場隊のアクションがあっても良い頃だ。幾ら僕たちがこの場で戦っているとはいえ、この包囲網の中にいるであろう弓場隊の
とはいえ、とライは思考を先に進める。
(それは、那須隊とて承知の上の筈だ。確実に、
七海が作り上げた爆撃包囲網は、未完成だ。
ライが途中で迎撃に出て来た為に、西側に穴が空く形で爆撃痕は止まっている。
つまり、包囲網の中にいる隊員が建物に隠れながら外側に出るには西側を通るしかないという事だ。
この西側の穴は、ある意味で意図的なものだ。
初動とこれまでの動きから察するに、七海はライが出て来るのを半ば予想していた。
ならば、包囲網が完成前に途切れるのは予測の範疇の筈だ。
だからこそ、その穴に何も仕掛けていない筈がない。
それは、弓場隊とて理解しているだろう。
(ただ西に向かうだけでは、那須隊の仕掛けた罠にかかる。けれど、瓦礫の道を通ろうと姿を晒せば高所の狙撃手に見られて即座に対応される危険がある)
恐らくではあるが、那須隊の狙撃手である茜は何処かしらの高所に陣取ってこの包囲網を監視している筈だ。
爆撃包囲網の穴が此処まで狭くなったのは、ライが出て来るまでに時間がかかったからだ。
そうでなければ包囲網の穴はもっと広くなっていた筈であり、場合によっては包囲網と呼べない範囲で爆撃が停止していた可能性もある。
(その可能性は、多分切っていただろうけどね。僕がある程度出て来るのを遅らせる事自体は、那須隊も予想していた筈だ)
しかし、那須隊と紅月隊には共通する利害がある。
即ち、加山を此処から逃がしたくないというものだ。
ライとしては加山の仕込みは利用したいが、だからといって得意の雲隠れをされては困る。
加山は勝機が見えるまで、もしくは戦術上の理由がない限り幾らでも潜伏に徹する事の出来る隊員であり、一度逃げに徹した彼を炙り出すのは至難の業だ。
だからこそ、爆撃包囲網という檻の存在は紅月隊にとっても都合が良かったのだ。
故に、ライは姿を現すタイミングを包囲網が完成するギリギリまで遅らせた。
勿論他にも理由はあるが、那須隊が加山らしき隊員の位置を捕捉したと断定した時点でそれを利用する方針に切り替えたのだ。
加山の仕込みを利用するのは、あくまでも彼を発見出来ない時の次善の策である。
もしこの包囲網の中に閉じ込められているのが加山本人であった場合、取るべき行動は一つだ。
そしてそれは、きっと七海も同じ筈である。
(これは恐らく、加山くんも察しているだろう。だからこそ、そろそろ動きがあってもおかしくない)
自分達が加山の位置を完全に捕捉すれば、どういった行動に出るか。
それは、加山も承知しているに違いない。
故に、そろそろ動きがあっても良い頃合いの筈なのだ。
(もしかして、この包囲網の中で陣地を作る心づもりなのか、それともこの中にいるのは加山くんじゃないのか。どちらにしろ、時間がない事は分かっている筈だ)
このまま膠着状態が続いた場合、ライは敢えて七海の動きへの制限を緩めて爆撃を再開させるつもりでいる。
居場所が割れていても、好き放題に罠を仕込まれていては何をされるか分かったものではないのが加山の厄介な所だ。
だからこそこのまま弓場隊に動きがなければ、包囲網の完成を仕向けるつもりなのだ。
この意図は、当然七海もすぐに察するだろう。
極論、ライとしては序盤で加山が落ちても問題はない。
利用出来るのなら利用はするが、そもそも彼がいなくとも那須隊の相手は出来るように戦術は複数用意している。
得意な勝ち筋だけに頼るようでは、戦術家としては二流だ。
戦場は常に変化する、生き物のようなもの。
だからこそ想定される状況を無数にシミュレートし、最適な解答を適宜即座に実行する。
それが出来る者が優秀な指揮官と呼ばれるのであり、必勝の策という思考停止に陥った者から脱落していくのが戦場の常識だ。
そして、加山はそんな甘い相手ではないとライは認識している。
これまでの彼の戦闘データを鑑みるに、間違いなくここらで何かを仕掛けて来る。
(…………! これは…………)
そして。
その予測は、すぐさま現実となった。
レーダーに映る、無数の光点。
それは他チームの隊員の反応を示すものではあったが、
一つや二つではなく、確認出来るだけでも十数ヵ所。
ダミービーコン。
偽のトリオン反応を発生させ、レーダーによる索敵を妨害するオプショントリガー。
それが、包囲網の
西側の区画で、無数に発生していた。