痛みを識るもの   作:デスイーター

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クロスランク戦⑤

 

(来たか、ダミービーコン。けど、()()()に出るのか)

 

 七海は突如出現したダミービーコンの反応、その発生位置を知り目を細めた。

 

 ビーコンの反応が出たのは、彼等が戦っている場所から北西の位置。

 

 即ち、爆撃包囲網の()である。

 

 素直に考えれば、包囲網の中にいるのは加山ではなく別の隊員であり、このビーコン地帯にこそ彼がいるという事になるが。

 

(けれど、そこまで素直な動きを彼がするのか? ログを見た限り、かなり頭が回るタイプの隊員だ。自分の居場所をわざわざバラすだけの、迂闊な使い方をするとは思えない)

 

 ハッキリ言って、あからさま過ぎる。

 

 弓場隊でダミービーコンを駆使するのは加山ではあるが、だからといってビーコンのある場所に彼がいるとは限らない。

 

 ダミービーコンは、別段使用制限も何もない汎用トリガーに過ぎない。

 

 加えて、ただ設置して起動するだけなら誰でも出来る。

 

 使いこなすまで行くかどうかはともかく、ただ使用するだけであればどの隊員でも可能なのだ。

 

 故に、このビーコンの使用目的は加山が包囲網の外にいると思い込ませ彼の脱出をサポートする事だろう。

 

(逆に言えば、このビーコンの起動で彼が包囲網の中にいるのは確定したとも言える。けれど、本当にそんな露骨な策を打つのか…………?)

 

 しかし、これは少し考えれば分かるような作戦だ。

 

 こちらがそう読む事すら想定して、更なる策を仕込んでいる事すら有り得る。

 

 加山雄吾という隊員は、そういう相手だ。

 

 自分を囮にする事も厭わず、チームの勝利の為ならあらゆるものを利用する。

 

 だからこそ、どちらの可能性も有り得ると思えてしまう。

 

 単純に加山を逃がす為の策なのか、或いはそう思わせての奇襲が狙いか。

 

 どちらも有り得るからこそ、迷わざるを得ない。

 

 ブラフであると考え、包囲網を完成させるか。

 

 そちらに本命がいると想定し、動きを変えるか。

 

 果たして、どちらが正解なのか。

 

 加山は、このビーコン起動で強制的に二択を突き付けて来ている。

 

 無論、間違えればみすみす加山を逃がす結果となってしまう。

 

 そうでなくとも、手痛い一撃を喰らう事は間違いない。

 

 ミスが許されない選択の強制。

 

 それが、加山が那須隊に突き付けて来た宣戦布告だった。

 

(成る程、やり難いな。これが、加山くんか)

 

 今の弓場隊を指揮しているのは、加山だ。

 

 つまり、間違いなくこの戦術は彼が意図したものである。

 

 その狡猾な揺さぶりに、七海は加山の評価を上方修正した。

 

 彼は、データ上の性能(スペック)だけで計って良いような相手ではない。

 

 心理的な駆け引きを最大限に用いて、盤面を揺り動かして来る戦術家。

 

 それが加山雄吾なのだと、七海はこの時理解した。

 

 正直、心理的な駆け引きは七海にとって苦手な部類に入る。

 

 これまでは戦術を無数に用意し、こちらの得意分野を押し付ける事で勝って来たケースが多かった。

 

 半面、心理的な駆け引きとなるとそれまでの対戦の積み重ねから推察するしかなかった。

 

 那須隊は、加山の入った弓場隊と戦った事はない。

 

 彼等が知る弓場隊は神田がいた頃のそれであり、加山という新戦力が加入した弓場隊は未知の存在である。

 

 データとして識ってはいても、その脅威を肌で感じるのはこれが初。

 

 故に、警戒し過ぎという事は無い筈だ。

 

 ああいう手合いを放置すればどうなるかは、嫌という程理解しているのだから。

 

(考えろ。今の俺達にとって、()()なケースはなんだ? どちらを選んだ方が、よりリスクを軽減出来る?)

 

 ケース1.加山が包囲網の中にいると断定し穴を埋める為に動く。

 

 メリット/包囲網の中にいるのが加山でなくとも確実に一人、弓場隊の隊員の動きに制限をかけられる。

 

 デメリット/ビーコン地帯に加山がいた場合、そのまま雲隠れされる恐れがある。

 

 こちらの場合、やる事は単純だ。

 

 包囲網の穴を埋め、中にいる隊員を孤立させる。

 

 これを行えば中にいるのが加山以外の隊員であっても、その動きを制限出来る。

 

 しかし、仮に加山がビーコン地帯にいた場合にはそちらに雲隠れする隙を与えてしまう。

 

 可能性は低いとは思っているが、それでもリスクがあるのは確かだ。

 

 ケース2.ビーコン地帯に加山がいると仮定しそちらに攻撃を開始する。

 

 メリット/ビーコンを排除した上で、それを仕掛けた隊員を炙り出せる可能性がある。

 

 デメリット/包囲網の中にいる加山に逃げる隙を作ってしまう。

 

 こちらは優先してビーコン地帯に攻撃を仕掛け、その内部にいる隊員を炙り出す選択肢だ。

 

 ビーコンは存在するだけで邪魔な代物である上に、今起動しているもの以外にも使用せずに設置したまま隠蔽したものも存在する可能性がある。

 

 それら未起動のものまで纏めて薙ぎ払い、更に潜伏している二人目の隊員を炙り出すというメリットは魅力的だ。

 

 しかし、こちらへの対処を優先すれば包囲網の中にいる隊員を逃がす隙を与えてしまう。

 

 もし中にいるのが当初の想定通り加山だとすれば、七海達は千載一遇のチャンスを自ら逃す事になりかねない。

 

(逆に考えろ。これは、弓場隊から突き付けられている二者択一だ。けれど、何もその流れに完全に乗ってやる必要はない。要は、()()()()()()()()()()()()()()()()を考えれば良い)

 

 リスクを最小限に、尚且つ弓場隊がやられて嫌な事は何か。

 

 そう考えれば、選択肢は一つだった。

 

「────────メテオラ」

 

 ()()()包囲網の穴を埋め、中にいる隊員が逃げる隙を潰す。

 

 一度包囲網を完成させてしまえば、そのまま返す刀でビーコン地帯を爆撃すれば良い。

 

 恐らく、ライの邪魔は入らない。

 

 向こうとしても、加山を逃がす可能性を潰す事に関しては利害が一致するからだ。

 

 そう判断し、七海は上空へ跳躍。

 

 メテオラを、唯一残った包囲網の穴に向けて撃ち放った。

 

 

 

 

「────────そうですよね。七海先輩なら、そうしますよね」

 

 一方。

 

 それを見ていた加山は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

 これで、良いのだと。

 

 これで、()()()()()()()()と。

 

 内心で歓喜しながら。

 

予想通り(ビンゴ)。当たりだ」

 

 彼は。

 

 その引き金(トリガー)を引いた。

 

 

 

 

「な…………っ!?」

 

 七海が射出した、メテオラ。

 

 その射線上に、飛び出して来たものがあった。

 

 それは、恐らく駐車場にでも置いてあったのであろうバイク。

 

 乗り手のいない二輪車が、カタパルトか何かで撃ち出されたような勢いで飛んで来た。

 

 何が起こったか、考えるまでもない。

 

 (バリケード)トリガー、エスクード。

 

 それを用いて、駐車してあったバイクを空へ向けて射出したのだ。

 

 恐らく軌道計算もされていたであろう空飛ぶバイクは、正確にメテオラのキューブへ着弾。

 

 同時に、大爆発を起こした。

 

「く…………っ!」

「…………!」

 

 爆発が視界を覆い、七海達からは地上が見えなくなる。

 

 そしてそれは、この場を上から監視していた狙撃手達の眼を塞ぐ事をも意味していた。

 

 最初から、これが狙い。

 

 七海が包囲網の穴を爆撃すると読み、そのタイミングにエスクードを用いて障害物を射出。

 

 空中でメテオラを迎撃し、誘爆させて視界を潰す。

 

 トリオン強者たる七海の、分割なしのメテオラだ。

 

 当然爆破の規模は相当に大きく、視界を塞ぐには充分過ぎる。

 

 此処に来て、七海のトリオンの大きさが仇となった。

 

 この瞬間。

 

 内部にいる隊員────────────────加山は、千載一遇の脱出の機会を得る事になる。

 

 それを許す気は、七海にはなかった。

 

「熊谷…………っ!」

 

 

 

 

「了解…………っ!」

 

 七海の指示を受けた熊谷は、すぐさま動き出す。

 

 彼女は予め、包囲網から出て来る加山を迎撃する為にバッグワームを纏って待機していた。

 

 視界が塞がれたとはいえ、わざわざ障害物のない瓦礫地帯を通る理由はない。

 

 あそこから脱出するのであれば、十中八九この包囲網の穴から出て来る筈だ。

 

 爆発が収まり、視界が開けるまでの間は。

 

 他の隊員の援護は、期待出来ない。

 

 だからこそ此処を狙うだろうと、七海は判断した。

 

 それに、仮に外れたとしてもリカバリーは効く。

 

 何故なら、先程のエスクードはこの近辺で使用されている。

 

 ならば、少なくとも加山はあのバイクが視認出来る位置にはいた筈だ。

 

 故に、このタイミングで脱出するのであればこの穴かその近辺しか有り得ない。

 

 そして。

 

(来た…………っ!)

 

 熊谷が隠れる路地の向こうに、人影が垣間見えた。

 

 路地の向こうに、特徴的な弓場隊の白い隊服が見える。

 

 恐らく、まだこちらには気付かれていない。

 

 ならば、このまま旋空で不意打ちを行う。

 

 聞いた通りの副作用(サイドエフェクト)を持っているのであれば、奇襲だけで倒せるとは限らない。

 

(旋空弧月)

 

 故に反撃に備えてバックワームを解除し、熊谷は旋空を撃ち放った。

 

「…………!」

 

 路地の向こうの人影は、その旋空の一撃を跳躍して回避する。

 

 そして、その顔が露になった。

 

「え…………っ!? 帯島ちゃん…………っ!?」

「はいっす。お相手願います、熊谷先輩」

 

 弓場隊万能手、帯島ユカリ。

 

 熊谷が加山だと考えて攻撃を仕掛けた相手は、彼女だった。

 

 完全に予想外な事態に、熊谷は硬直しかけ────────────────思考を加速させる。

 

 此処で思考停止に陥るようでは、取り返しがつかなくなる。

 

 考えろ。

 

 今ある情報から状況を把握し、最善手を打て。

 

 一瞬でそう決意し、熊谷は思考を回す。

 

(さっきのエスクードを使ったのは、帯島ちゃんか…………っ! ダミービーコンも、多分そう。トリガーセットから考えて何かを外して二つセットしたんだろうけど、トリガーセット(そこ)を考えるのは後で良い)

 

 状況から考えて、ダミービーコンとエスクードを使ったのは帯島だ。

 

 加山を逃がす為の囮と考えられたビーコンの本当の役割は、帯島が包囲網の境界ギリギリまで移動するのを隠す為。

 

 エスクードは、近くに加山がいると誤認させる為。

 

 ならば、彼女の行動の真の狙いは。

 

「玲…………っ! 加山くんが、逃げたわ…………っ!」

 

 

 

 

「分かったわ」

 

 那須は熊谷からの報告を受け、キューブサークルを形成する。

 

 帯島の行動の意図は、最早明らかだ。

 

 即ち、彼女を影武者に仕立て上げ加山を包囲網から脱出させる。

 

 これしかない。

 

 このまま放置すれば逃げられてしまうだろうが、しかしまだリカバリーは効くのだ。

 

 もし、爆発から離れた場所から脱出しようとすれば狙撃手に見つかり位置を捕捉される。

 

 そして、七海達が戦っている南側へ逃げるのは有り得ない。

 

 故に、加山の逃走ルートは北西一択。

 

 ならば、そこに攻撃を叩き込めば良い。

 

変化弾(バイパー)

 

 那須は周囲に従えていたキューブサークルを射出し、標的目掛けて毒蛇の牙が襲い掛かった。

 

 

 

 

「やっぱ来たか」

 

 那須の想定通り、包囲網を抜け北西側の市外へ入り込んだ加山は空から降り注ぐ無数の弾幕を視認して舌打ちした。

 

 対処が早い。

 

 加山の記憶している那須隊とは、対応速度が段違いだ。

 

 その違和感に気付く事なく、加山はただ念の為に用意していた手札を切らざるを得ない事だけを不満に思う。

 

 最善は居場所が特定されない事だったが、この段階で攻撃が飛んで来たという事は十中八九位置がバレている。

 

 だが、恐らくあれは合成弾ではない。

 

 予め藤丸には、レーダーに他の隊員が映ったら即座に報告するよう言ってある。

 

 それがないという事は、那須は合成弾を使う為にバッグワームを解除してはいない事を意味する。

 

 つまり、あれはただの変化弾(バイパー)

 

 シールドを張れば防ぐ事が出来る、威力の低い弾丸に過ぎない。

 

 当てずっぽうで、市外に入り込んだ加山を炙り出すべく無差別に撃ったのか。

 

 そんなワケがない。

 

 この場所は、熊谷が潜んでいた近辺だ。

 

 ならば、確実に何かが仕込んである。

 

 というか、加山ならそうする。

 

 此処まで、熊谷には充分な準備期間があった。

 

 ならば、ただ潜伏していただけというのは考え難い。

 

(きっと、爆弾がセットしてあるんだろ。そして、那須さんのあれはそれを起爆する為の引き金だ)

 

 十中八九、置きメテオラが仕込んである。

 

 熊谷はメテオラの扱いは巧いとは言えないが、キューブを置くだけなら簡単だ。

 

 そも、那須隊は置きメテオラを好んで使う部隊だ。

 

 那須の使用する変化弾(バイパー)は応用性は限りなく高いが、反面威力が低いという欠点がある。

 

 鳥籠や一点集中攻撃、そして合成弾はその火力の低さを補う為の手札なのだ。

 

 故に、合成弾を使わずバイパー単体で撃って来た以上は、確実にその向かう先に()()()がされている。

 

 ならば、話は簡単だ。

 

 爆弾を、起爆させなければ良い。

 

 その為の手札は、既に加山が持っている。

 

「エスクード」

 

 家屋の隙間を埋めるように、無数の壁がせり上がる。

 

 加山が発生させたエスクードは、バイパーの軌道を的確に塞ぎ。

 

 強固な(バリケード)トリガーは、その弾幕の一切を弾き防ぎ切った。

 

「悪いけど、何処に爆弾を仕込むのが有効かは分かるんですよ。その場所に最速で弾を叩き込むならどの軌道(ルート)が有効かも、含めてね」

 

 確かに、置きメテオラは那須隊の使う得意技だ。

 

 しかし、戦場に罠を仕込みそれを利用する事にかけて加山の右に出る者はいない。

 

 故に、分かるのだ。

 

 何処に罠を仕掛け、どうやってそれを起動するのが最善かが。

 

 たとえ、これまで那須隊を支えて来た得意戦術であろうとも。

 

 こと罠の扱いに関しては、加山の方に一日の長があったワケだ。

 

「そろそろ、反撃開始だ。試合でやられたくない事は、文字通り嫌と言う程知ってる。これまで好き放題された分、存分にやってやるよ」

 

 檻から解き放たれた工作兵が、動く。

 

 盤面が、大きく動こうとしていた。


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