痛みを識るもの   作:デスイーター

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クロスランク戦⑥

 

(防がれた…………っ! リスクを鑑みて普通の変化弾(バイパー)にしたけど、合成弾を使うべきだったかしら)

 

 自身の目論見が失敗に終わった事を茜からの報告で知り、那須は内心で舌打ちする。

 

 包囲網を敷き、慎重に封じ込めていた加山に脱出されるケースは幾つか想定はしていた。

 

 今の那須隊は確かに尖った駒を有用に扱い、自身の強みを押し付ける事で盤面を混乱させ、その隙に得点を掻っ攫う事が得意な強力な部隊だ。

 

 しかし、その戦術には自部隊の強みが通用する────────────────即ち、那須隊の得意とする盤面攪乱が有効であるという大前提がある。

 

 加えて、相手のデータから行動を読むのであればともかく、個々人の心理を利用した戦術というのはそこまで得手とはしていない。

 

 逆に、加山はその相手の心理を利用した戦術構築がすこぶる巧い。

 

 先程の帯島を陽動にした脱出策にしても、逃げた後の追撃への対処も、こちらの思惑を完全に読み切っていなければ不可能な事だ。

 

 特に、那須の撃った弾が合成弾ではなく通常の変化弾(バイパー)であった事を見抜いた点が大きい。

 

 出水との切磋琢磨(だんまくしょうぶ)で腕を磨いた今の那須は、彼に匹敵するスピードで合成弾を構築出来る。

 

 つまり、バッグワームを解除して合成弾を生成するまでの時間は僅かあれば事足りる。

 

 故に、その瞬間を見逃してしまえば那須の位置が分からないまま合成弾の斉射を喰らう事になる。

 

 加えて、先程のバイパーは置きメテオラに当てる為のものであった為、速度重心のチューニングを施していた。

 

 だから撃った直後に即座に反応しなければ、あの対応は間に合わなかった筈だ。

 

 それこそ、レーダーを逐一チェックし何かあれば報告するようオペレーターに指示でもしていなければ。

 

 恐らく、加山はそれをやった。

 

 予めレーダー反応があればすぐに報告するようオペレーターの藤丸に頼み、その通達がなかった時点で那須の弾を合成弾ではないと即断した。

 

 だからこそ、エスクードでの射線妨害という手に出たのだ。

 

 これが仮に合成弾、変化炸裂弾(トマホーク)であればエスクードを使ったところで大して意味は無い。

 

 エスクードそのものは破壊出来ずとも、その土台となる家屋を吹き飛ばしてしまえば良いからだ。

 

 故に先程の弾がトマホークであった場合、全力で逃げる以外に道はなかった筈である。

 

 しかし加山はそれをせずに、エスクードでの対処に踏み切った。

 

 結果として彼の目論見が功を結び、加山は自身の正確な位置を晒さないままメテオラの起爆を防ぐ事に成功した。

 

 あの周辺にいる事までは確定されたが、詳細な場所までは分からない。

 

 離れた場所へも起動出来るというエスクードの利点を、巧く使った形となる。

 

(此処からの対処は、凡そ二択ね。バッグワームを解除して合成弾を使うか、それともバッグワームを着たまま奇襲に向かうか。どちらにせよ、リスクはあるけれど)

 

 こうなると、那須に示された選択肢は二つ。

 

 一つは、バッグワームを解除し居場所を晒してでも合成弾を使って爆撃する事。

 

 こちらは、単純に加山の潜伏している周辺の建物を吹き飛ばし、その位置を炙り出す事が出来る。

 

 彼の位置さえ分かれば七海とライはそちらへ標的を変え、袋叩きにする事が出来る。

 

 爆撃さえ成功すれば、一気に加山を追い込めるのだ。

 

 成功した場合のメリットは、限りなく大きい。

 

 問題は、未だ弓場隊の狙撃手の位置が不明である事。

 

 弓場隊狙撃手、外岡は隠密行動に特化した隊員だ。

 

 その潜伏能力は尋常ではなく、一発目を撃つまでに位置が割れる事はまずないと言って良い。

 

 だから、那須がその位置を晒し合成弾生成という無防備な行動を取った瞬間、狙撃で撃ち抜かれる恐れがある。

 

 これは当然無視出来ないリスクであり、こちらの選択肢を全肯定出来ない大きな要因である。

 

 もう一つは、バッグワームを着たまま那須が加山の元へ向かい、奇襲で仕留める事。

 

 こちらは位置を晒す事なく近付ける為、狙撃に晒されるリスクは低い。

 

 しかしそれは、加山が得意とする地形戦術が既に仕掛けられているかもしれない場所へ自ら踏み込む事を意味する。

 

 流石にこの短時間で多くの仕掛けを設置出来るとは思わないが、エスクードの展開はリアルタイムで行えるのだ。

 

 狭い場所に誘い込まれ、エスクードで退路を封じられれば幾ら那須とて劣勢は免れない。

 

(いやらしいわね。どちらにも無視出来ないリスクがある上に、どちらも選ばなければ更に状況が悪くなる。こういう心理戦に長けた相手は、本当に厄介)

 

 どちらを選んでも、リスクがある。

 

 しかし、成功した場合のメリットの大きさは無視出来ない。

 

 いや、どちらにしろ二択を選ばざるを得ないという意味でこの仕掛けは悪辣だ。

 

 まず、彼を放置して逃がすというのは有り得ない。

 

 完全に加山に潜伏されれば好き放題にMAPに仕掛けが設置される上、どう動いて来るか読めなくなる。

 

 地形利用戦術が本格的に動き出せば、最早弓場隊の独壇場だ。

 

 何処に仕掛けてあるか分からない罠に翻弄され、弓場や加山といった高火力の駒の奇襲に常に警戒しなければならなくなる。

 

 その展開に至った時点で、ほぼ負けのようなものだ。

 

 故に、絶対に此処で加山を逃がすワケにはいかない。

 

 しかし、それに対処する為の行動はどちらも大きなリスクを孕んでいる。

 

 苦渋の選択。

 

 まさに、それを突き付けられた瞬間だった。

 

 

 

 

「流石に、那須先輩に好き放題動かれたらたまりませんからね。このくらい嫌がらせをしないと、あっという間に蜂の巣だ」

 

 加山は路地を走りながら、周囲の警戒を行っていた。

 

 居場所を大まかながら特定された事は、確かに痛い。

 

 だが、まだリカバリー出来る範囲ではある。

 

 この周辺にいる事は露見したが、まだ詳細な位置まではバレてはいない。

 

 だから、爆撃で炙り出されでもしない限りは七海やライに狙われる事はないだろう。

 

 故に、目下今の加山にとって最大の脅威は変化炸裂弾(トマホーク)という手札を持つ那須という事になる。

 

 仮に彼女の爆撃で周囲一帯が吹き飛ばされでもすれば、加山の位置は露見する。

 

 七海やライが直接加山を叩きに来ないのは、彼の正確な位置が特定出来ていないからだ。

 

 この周辺にいるという事は理解しているだろうが、その詳細な位置が分からなければ即座に追い込む事は出来ない。

 

 ライも一発の爆撃程度は見逃すだろうが、もしも七海がそれ以上に爆撃を敢行しようとすれば容赦なくその隙を突くだろう。

 

 彼にとっては加山は目下最優先で排除するべき対象だが、七海もまた同様に落とし難い駒であるが故に落とせる機会は逃したくはない筈だ。

 

 七海もまた、ライのそんな思惑は承知している。

 

 だからこそ、強引に爆撃をするという選択肢が取れないでいるのだ。

 

(だから、この状況下で動かせる駒は那須先輩一択。問題は、那須先輩が()()()を選ぶか)

 

 居場所を晒すリスクを承知で、バッグワームを解除して爆撃するか。

 

 もしくは、潜伏したまま直接加山を叩きに来るか。

 

 どちらを選んでも、大きなリスクがある事は分かっているだろう。

 

 しかし、どちらも選ばないという選択肢はない。

 

 加山は、そのように盤面を構築した。

 

 相手の動向を図る為の材料は、何も試合のデータや隊員の性能(スペック)だけではない。

 

 その個々人の好む戦術傾向や、その()()

 

 そこから相手の行動を推察し、対応するのが加山のやり方だ。

 

 そして、これまでの戦闘である程度()()()那須の性質は読み取れた。

 

(あそこで那須先輩は合成弾ではなく、通常のバイパーを撃って来た。これは、()()()()()()()()()()()では有り得なかった事だろう)

 

 現在の那須隊の中核とも言える隊員、七海玲一の有無はあの部隊にとって大きな要因(ファクター)だ。

 

 彼が入隊した事で、以前の那須隊に不足していた「那須に匹敵する機動力を備えたエース」兼「那須以外の点取り要員」が加わったのだ。

 

 それによって変わった事とは、何か。

 

 最大の違いは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

 それまでの那須隊は、点を取るには那須が無理をしてでも動くしかなかった。

 

 彼女以外のポイントゲッターがいなかった頃の那須隊では、そうする以外に勝ち筋がなかったからである。

 

 攻撃手の熊谷はどちらかといえば防御重視の駒であるし、茜もまたサポーターが本領だ。

 

 だからこそ那須隊は熊谷と茜が那須をサポートし、本来射手という後衛のポジションである彼女が強引に前に出て点を取るしかなかったのだ。

 

 しかし、今の那須隊は違う。

 

 七海という、攪乱に特化した攻撃手────────────────つまり、()()()()()()()()()()()()()()が入った事で、那須が無理に前に出て行く必要がなくなったのだ。

 

 故に、現在の那須隊の戦術は七海が前に出て盤面を攪乱し、そこから戦力を逐次投入する事で隙を突いて点を取る、という形が基本となっている。

 

 戦力の逐次投入は場合によっては愚策となりかねないが、那須隊はその性質上奇襲への適性がかなり高い。

 

 ハウンドという中距離戦が可能な手札が加わった熊谷は足止めと遊撃の両方の役割がこなせる駒として成長しているし、茜の転移狙撃の脅威は言うまでもない。

 

 そして、七海という頼れる前衛が加わった事により那須は本来の射手の動きに徹する事が可能になった。

 

 即ち、前衛をサポートする後衛として。

 

 確かに那須は機動力がウリだが、だからといって自ら攻撃手へ近付くのは当然ながらリスクが高い。

 

 以前はそうしなければ点が取れなかった為止む無く接近していたが、自分が無理に動かずとも点を取る事が可能になった以上徒に危険を冒す意味はない。

 

 だからこそ、那須はリスクを孕む合成弾ではなく堅実なバイパーという選択肢を取った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()という、正しくはありながらある意味後ろ向きな思考によって。

 

 無論、彼女の選択が間違っていたとかそういう話ではない。

 

 隊のエースの一人である彼女が落ちる事は、那須隊にとって大きな損害だ。

 

 それを避けるよう行動するのは当然だし、合成弾という選択肢を選んだ事によって更に状況が悪化していた可能性は捨てきれない。

 

 しかし、それは。

 

 加山にとっては、非常に()()()()行動パターンでもあったのだ。

 

(隊の現状と、那須先輩自身の性格。加えて、狙撃手の外岡先輩が未だ潜伏している事。これらを鑑みれば、あの場面で合成弾を撃って来る可能性はかなり低いと思っていた)

 

 現在の戦況と、資料から分かる那須隊のデータ。

 

 更に那須自身の性格と、彼女の隊内での立ち位置。

 

 それらを考慮した結果、あの場面で合成弾を使う可能性は殆ど切っていた。

 

 勿論何かあれば報告して貰うよう藤丸に頼んではいたが、結局彼女からレーダーに反応があったという通達はなかった。

 

 だからこそ、あそこでエスクードによる妨害という最善手を打つ事が出来たワケである。

 

(さっきので、今の那須先輩の思考傾向は大体分かった。この場面で、那須先輩が選ぶのは────────)

 

 そして。

 

 加山は外岡からの報告を受けて。

 

 ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

(────────此処なら、狙撃が来ても対処出来る)

 

 那須は、とあるビルの内部へと足を踏み入れていた。

 

 この建物は七海が敷いた爆撃包囲網の北側に位置し、場所的にも加山のいる位置を狙うには都合が良かった。

 

 元々、彼女が潜伏していたのはビルの北西に当たる場所だった。

 

 万一加山が包囲網を抜けたとしても、すぐに対処出来るように。

 

 不測の事態があった時に、即応出来る場所に潜んでいたのである。

 

 那須は先程の位置で爆撃を行うのでなく、この建物の中から合成弾を使う事を選択した。

 

 このビルは比較的広く、仮に窓越しに狙撃が飛んで来たとしても射線はかなり限定される。

 

 それに、相応の階数のある建物である為いざとなれば天井を吹き飛ばして立体機動で動く事も出来るので彼女を追ってやって来た相手を迎撃、もしくは状況を見ての撤退をする事も充分に可能だ。

 

 そう考え、那須はこのビルを利用する事を選択した。

 

 そして。

 

「────────来たか」

「────────っ!?」

 

 ────────────────ビルの中で待ち構えていた、二丁拳銃を携えた男。

 

 弓場拓磨の姿を目にした事で、那須は自らの失敗を思い知る事になる。

 

「…………!」

「遅ぇ…………っ!」

 

 那須はシールドを張ると共に、回避行動を取る。

 

 だが、一手遅かった。

 

 那須が、ビルに足を踏み入れた時点で。

 

 彼女と弓場の間の距離は、20メートル弱。

 

 既に彼の射程圏内に入っていた以上、気付いてから回避行動を取ったのでは遅過ぎる。

 

「く…………!」

 

 結果として、那須は弓場の12連射を防ぎ切れずに被弾。

 

 脇腹を大きく抉られ、そのままビルの上階へと撤退した。

 

 

 

 

「────────逃がしたか。だが、ダメージは与えた。あれなら、そう長くは保たねぇだろ」

『ええ、想定通りそのビルを使ってくれて助かりました。これで、那須先輩の行動には大きな制限がかかる。上出来でしょう』

 

 そう、弓場がこのビルの中に潜んでいたのは偶然ではない。

 

 加山が那須の行動を読んで、彼をこのビル内に配置していたのだ。

 

 結果として弓場の奇襲が通り、七海と同じく非常に落とし難い駒である那須に大きなダメージを与える事が出来た。

 

 読み合いは、一先ず加山の勝ちと言えるだろう。

 

『此処から、詰めていきます。追う側と追われる側は、もう逆転しました。俺達の戦いを、見せてやりましょう』

 

 通信越しに、加山は笑う。

 

 それは、獲物を前に舌なめずりをする類のものでは断じてなく。

 

 ただ、冷徹に標的を狙う。

 

 狩人の浮かべる、怜悧な微笑みだった。

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