痛みを識るもの   作:デスイーター

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クロスランク戦⑦

 

(────────失態ね。まさか、あそこで弓場さんが待ち構えてたなんて)

 

 那須はビルの中を駆けながら、先程の失敗を思い返し歯を食い縛る。

 

 彼女としては、安全策を取ったつもりだった。

 

 狙撃の脅威を軽減し、尚且つ加山を狙える絶好の策。

 

 あの時点で那須が取れる作戦としては、最上のものを選んだつもりだった。

 

 だが。

 

(加山くんは、その()()を見抜いて来た。きっと、あそこに弓場さんを配置したのは彼の指示ね)

 

 その最良の策をこそ、加山は想定していたのだ。

 

 那須はあの時、加山を止めたいという思惑と狙撃の脅威に晒されるリスクを天秤に掛けていた。

 

 加山を炙り出すのであれば、変化炸裂弾(トマホーク)が最も有効。

 

 しかし、それをすれば何処に潜んでいるか分からない狙撃手の外岡に狙い撃たれる可能性がある。

 

 彼女は、自分の価値を間違えない。

 

 狙撃手が位置を晒すリスクと、相手チームのエースの片翼である那須を仕留める好機というメリット。

 

 どちらを取るかは、明白だ。

 

 那須隊の中距離戦術の中核は、彼女が担っている。

 

 前衛のエースは七海であるが、同時に後衛のエースは那須なのだ。

 

 彼女がバックアップに専念するからこそ、七海はその真価を発揮出来る。

 

 実際、那須と七海が巧く連携出来た試合は相応に有利な条件で戦いに臨む事が出来ていた。

 

 だからこそ、那須は簡単に落ちるワケにはいかないのである。

 

 故に、安全策を取った。

 

 立体的な構造の屋内という狙撃に対処し易い場所で、加山を炙り出す為の合成弾を使おうとした。

 

 しかし、その為に目を付けたビルには弓場が待ち構えていた。

 

 もし、弓場が彼女を追って外からやって来たのであれば幾らでも対応は出来ただろう。

 

 弓場は攻撃手殺しとしての特性を持つ強力な銃手だが、その射程は20メートル少々。

 

 射手としての強みを存分に活かす那須とでは、そもそもの射程距離が違う。

 

 故に、那須としてはその機動力を用いて距離を保ち、相手の攻撃が届かない距離から鴨撃ちを仕掛ければ倒すまではいかずとも時間稼ぎは充分に出来る筈だった。

 

 だが、那須がビルに足を踏み入れた時点で既に彼女は弓場の射程圏内に収まっていた。

 

 中距離での、鉢合わせ。

 

 それが銃手と射手の組み合わせで起こった時、有利なのは前者なのだ。

 

 何故ならば、銃手は射手がその性質上抱えているタイムラグが存在しない。

 

 射手は弾を撃つ時、トリオンキューブを生成しそれを分割、そして射出するという工程(プロセス)を踏まなければ攻撃に移れない。

 

 しかし、銃手の場合引き金を引くだけで攻撃を行う事が出来る。

 

 故に射手が銃手の射程の内に何の準備もなく入ってしまった場合、間違いなく先制攻撃を喰らってしまう。

 

 加えて、弓場は銃手の中でも特に早撃ちに特化したブレードの代わりに銃を用いる攻撃手とも言える存在である。

 

 あの距離に不用意に足を不見れた時点で、那須の被弾は必定であったと言えよう。

 

(今分かった。加山くんは、嫌がらせが得意なんじゃない。人の心理の隙を突く事が、とても巧いんだわ)

 

 盤面を見て相手の嫌がる事を的確に行い、仲間のサポートをする犬飼とはまた異なる戦術眼。

 

 相手の動向をその癖も含めて注視し、そこから分析(アナライズ)した思考傾向から次の動きを読む。

 

 そして、その相手が取るであろう行動に即した対処を行う。

 

 それが、加山のやり方だ。

 

 厄介なのは、戦況から推察しているのではなく、相手の思考傾向から行動を読んでいる事だ。

 

 理論的に最善の一手を、読むのではない。

 

 その相手個人が()()()()()()()をこそ、加山は読んでいる。

 

 それはきっと、犬飼の用いる戦術理論とは真逆の在り方。

 

 彼があくまでも盤面とこれまでのデータから戦況を推察し、自部隊にとって最善の行動を選択するのに対し。

 

 加山は、それまでに得たデータから相手の思考傾向を読み取り、その隊員()()がやりそうな手を読んでそれに対処する。

 

 二宮あたりからすれば、「相手の気まぐれで失敗する不安定な策」だと評価するだろう。

 

 だが、これは相手の心理ではなく盤面から戦況を読んで来た那須隊にとって天敵とも言えるやり方だ。

 

 那須は自分のチームの強さを疑ってはいないが、反面心理戦に関しては苦手な部類であると理解している。

 

 コミュ障の那須は勿論、七海も口が巧い方ではなく会話を通じた思惑の看破等は苦手な方だ。

 

 だからこそ徹底的に戦況とそれまでのデータを分析し、あくまでも論理的(ロジカル)な根拠に基づいて戦術を構築していた。

 

 那須の今回の選択もまた、そういった論拠から決めたものだった筈だ。

 

 まさかそれを、こちらの思考傾向そのものから読まれるとは予想の外にも程があった。

 

(やっぱり、彼は放置出来ない。この傷じゃあトリオン切れも遠くないけど、それまでにやれる事をやらなきゃいけないわ)

 

 改めて、理解する。

 

 加山は、今の那須隊の天敵だ。

 

 論理に基づいた戦術を、心理の側から攻略する。

 

 それは、各隊員の現場判断能力が高い那須隊だからこそ効果的だ。

 

 大本となる作戦は、勿論ある。

 

 しかし、その場その場での対処はいちいち仲間に伺いを立てていたのでは間に合わない。

 

 故にそういった瞬間的な機転は、各隊員の判断に任されている。

 

 そして加山は、そういった現場での判断をこそ読み取る。

 

 この状況であれば、この隊員はどのように動くか。

 

 それを先読みし、的確に対処の手を打つ。

 

 那須がビルを利用すると読み、そこに弓場を配置したように。

 

 思いも依らない方向から、加山は彼女の行動に対応してみせた。

 

 このまま彼を放置すれば、同じ事を他の仲間に対してもやりかねない。

 

 というよりも、やらない理由が無い。

 

 盤面攪乱を得意とし、戦場を縦横無尽に荒らし回る那須隊。

 

 ライという特化戦力を中核に、正面突破から絡め手までありとあらゆる手段を駆使して一騎当千の動きを見せる紅月隊。

 

 どちらも、まともにぶつかれば強力無比である事は間違いない。

 

 だからこそ、加山はその裏をかく。

 

 エースを無理をして狙うのではなく、相手の心理を読んで予想外の方向から横槍を刺して点を稼ぐ。

 

 自分が狙われている状況すらも利用し、相手を罠に嵌める策の一助とする。

 

 その性質は、自分達にとって厄介極まりない。

 

 今の弓場隊はある意味、エースを得て進化した王子隊とでも言うべき戦術スタイルとなっている。

 

 彼を放置すれば、どれだけ被害が広がるか分かったものではない。

 

 今の那須は、弓場から受けたダメージにより遠からず脱落する。

 

 急所は避けたものの、傷口が大き過ぎるのだ。

 

 既にかなりのトリオンが漏れ出しており、生身に置き換えれば出血多量の状態だ。

 

 当然、長く保つ筈がない。

 

(それはきっと、加山くんも分かっている筈。なら、私を放置してくまちゃんの所に向かう可能性も────────────────いえ、逆にそう思わせて私が何も出来ないよう更に追い込んで来るケースも有り得る)

 

 今の那須の状態は、当然弓場隊も看破している筈だ。

 

 故に、加山が取るであろう選択は二つ。

 

 既に致命傷を与えた那須を放置して、熊谷と戦う帯島の援護に向かうか。

 

 弓場と合流し、このまま那須を追い詰めるか。

 

 その、いずれかだ。

 

 これは、単純に消去法である。

 

 狙撃手である茜と鳩原の位置は、今現在を以て不明。

 

 そして、これまでの行動から察するに彼は七海とライを無理に狙うつもりはない。

 

 つまり、彼等の標的は那須か熊谷のどちらかだ。

 

 熊谷は現在、帯島と戦闘状態にある。

 

 報告によれば拮抗しているらしいが、防御重視の熊谷とサポータータイプの帯島の組み合わせであればなんらおかしな事ではない。

 

 そこに加山、もしくは弓場が加われば流石に熊谷とて厳しい筈だ。

 

 以前のランク戦では帯島と神田のコンビ相手に奮戦した熊谷ではあるが、攻撃手である彼女にとって攻撃手キラーである弓場や地形操作に長ける加山は天敵とも言える相手だ。

 

 優秀なサポーターである帯島に加え彼等まで参戦されては、熊谷の劣勢は明らかだろう。

 

 また、那須は大ダメージを負ったとはいえ合成弾を撃つ事は出来る。

 

 未だ潜伏している加山としては、後先を考えずに彼女に変化炸裂弾(トマホーク)を撃たれるのも困る。

 

 故にそれを阻止する為、確実に那須を削りに来る可能性もある。

 

 どちらも、充分有り得るパターンだ。

 

 そして、今度こそ失敗は許されない。

 

 此処で那須が何も出来ずに落とされれば、まず間違いなく那須隊は劣勢に追い込まれるのだから。

 

(迷っている時間はないわ。此処は────────)

 

 那須は考える時間さえ惜しいと、通信を開く。

 

 そして、頼れるオペレーターにそれを告げた。

 

「小夜ちゃん、お願いがあるんだけど────────」

 

 

 

 

(恐らく、那須先輩は捨て身で合成弾を撃って来る。この状況で無為に落ちる事を、彼女は良しとはしない筈だ)

 

 加山は、那須の思考を読みその為の対処に走っていた。

 

 現在、彼は弓場と合流する為にビルの前までやって来ている。

 

 先程いた場所には、無数のダミービーコンを仕込んで来た。

 

 後は頃合いを見てこれらを起動し、那須の合成弾を誘うだけだ。

 

(那須先輩は、責任感がかなり強い。さっきの失敗を自分の所為だと思って、何か戦果を残そうと躍起になるだろう)

 

 加山は先程の不意打ち成功で、那須に精神的ダメージを与える事が出来たと確信していた。

 

 彼が分析した那須の人物像は、責任感が強く抱え込みがちな女傑タイプだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()やこれまでの戦い方や資料から考えるに、那須は自分の失態を後まで引きずるタイプだ。

 

 彼女は試合で一度失態を冒した後は、無理をしてでも部隊に貢献しようとする傾向が見られた。

 

 そして、その結果として防御が疎かになるケースも当然あった。

 

 なら、此処からは無理をして戦果を挙げようとする那須の梃子を外して、最後の余力を無駄撃ちさせれば良い。

 

 あの傷であれば、合成弾を撃つのは一発が限度の筈だ。

 

 故に、ダミービーコンに紛れて姿を晦ますと見せかけて、那須の攻撃をこの場でやり過ごせば良い。

 

 残る可能性として加山ではなく帯島を狙うケースもあった為、必然的彼が逃げる先はこのビルとなった。

 

 まさか那須も、自分の足元に加山が潜んでいるとは思っていないだろう。

 

 弓場と組んで自分を追い詰める可能性くらいは考えたかもしれないが、ただ攻撃をやり過ごす為にビルの付近に隠れるとは思わない筈だ。

 

 場合によってはビルから逃げるという選択をする可能性もあるが、それならそれで弓場と二人がかりで仕留めれば良い。

 

 その為の準備は、勿論怠ってはいない。

 

 近くの路地には置きメテオラをワイヤーと共に仕込んであるし、逃げようとそちらへ向かった時点でドカンだ。

 

 あくまで万が一の為の備えである為、使わない可能性はあるがそれならそれで今後の為の仕込みとして利用すれば良いだけだ。

 

 試合は、那須を倒しただけでは終わらない。

 

 もしやすると彼女を助ける為に茜がやって来る事もある為、唯一の懸念事項だった彼女の動向が分かれば最上である。

 

「そろそろ仕掛けるか。藤丸先輩、ビーコンの起動お願いします」

『よし。任せろ』

 

 加山はオペレーターに頼み、先程いた場所に仕込んだビーコンを起動させる。

 

 MAP上に浮かび上がる、無数のダミービーコンの反応。

 

 これは当然那須隊側にも見えている筈であり、加山の予想通りであれば。

 

(来たか)

 

 ────────ビルの内部から、合成弾が放たれる。

 

 推測した通りの絵図に加山はほくそ笑み、物陰に身を隠しながらビーコン地帯へ向かう弾幕を見据える。

 

(これで、那須さんの最後の余力は尽きた。後はトリオン切れの緊急脱出を見届けて、帯島の援護に向かえば良い)

 

 加山の作戦は、成就した。

 

 とにかく厄介極まりなかった那須の排除は、これで完了。

 

 後はエース二人を食い合わせつつ、堅実に点を稼げば良い。

 

 そう考えた、刹那。

 

「な…………っ!?」

 

 ────────────────ビーコン地帯を狙った筈の弾丸が、弧を描いて軌道を変え加山の元へと降り注いだ。

 

 それは、加山にとって完全なる予想外。

 

 弾丸が軌道を変えた、それそのものは驚くに値しない。

 

 那須は、出水と同じリアルタイム弾道制御という高等技術の持ち主。

 

 弾丸の軌道を自在に描ける彼女は、外した弾がもう一度戻って来るよう設定する事すら朝飯前だ。

 

 問題は、このタイミングでビーコン地帯ではなく加山のいる場所をピンポイントで狙った事。

 

 加えて、どうやらこの弾は速度重視のチューニングが成されている。

 

 故に、一手。

 

 対応の為の刹那の時間が、足りない。

 

「く…………っ!」

 

 加山は止む無く、自身の周囲にシールドを広げる。

 

 合成弾とはいえ、あくまでも変化炸裂弾(トマホーク)はメテオラの亜種だ。

 

 爆発による攻撃範囲は広いが、反面貫通力はさほどでもない。

 

 素のメテオラそのものよりは威力が高いだろうが、広げたシールドであれば問題なく対応可能。

 

 故に、この弾で加山が落とされる事はない。

 

 

 

 

「────────なんて、考えているんでしょうね。でも、甘いですよ」

 

 那須隊、作戦室。

 

 そこでは画面を見据えながらキーボードを操作する小夜子が()()()()()()()()()を注視しながら、ほくそ笑む。

 

「悪だくみは、此処でお終いです。そろそろ、強制的に舞台に上がって頂きましょう」

 

 

 

 

「え…………?」

 

 加山は。

 

 本当に今度こそ、目を見開いた。

 

 自分に向かって、降り注ぐ弾幕。

 

 それは加山にぶつかる直前に、その軌道を変えた。

 

 その向かう先は、二ヵ所。

 

 弾が出て来たビルの根元と、()()()()()()()()()()()()()()

 

 完全に自分に対する防御のみの対処をしていた加山に、その弾の行く手を阻む手段はなく。

 

 吸い込まれるように着弾した変化炸裂弾(トマホーク)は、一斉に起爆。

 

 加山の仕掛けたメテオラを巻き込み、()()()()()()()()()()()

 

「うわ…………っ!」

「────────!」

 

 恐らく、ビルの内部にも炸裂弾(メテオラ)を仕掛けていたのだろう。

 

 変化炸裂弾の着弾によって、ビルの内部が連鎖起爆で倒壊。

 

 ダイナマイトによる爆破解体の如く、ビルは一瞬にして瓦礫と化した。

 

 間一髪で窓から飛び出し、弓場が地面へ着地する。

 

 しかし、既にそこは。

 

 周囲に瓦礫しか存在しない、()()()()()()()()()()と化していた。

 

「────────」

「────────」

 

 そして。

 

 当然、二人の姿は七海とライの二人の眼に捉えられる。

 

 ビルの跡地から那須のものであろう緊急脱出の光が上がる中、ようやく加山は察した。

 

 那須が────────────────否。

 

 ()()()が狙っていたのは、加山を直接落とす事ではない。

 

 そう思わせておいて、加山を誘き出し強制的に直接対決の場に引きずり出す事だった。

 

 今の攻撃で加山や弓場はダメージを受けなかったが、その代価としてこれ以上ない程明白な形で彼等の居場所は明らかとなった。

 

 スコーピオンを携え、不敵な笑みを浮かべる七海。

 

 表情を変えず、二人の姿を見据えるライ。

 

 舌打ちし、両者を見上げる加山。

 

 何処か嬉しそうな笑みを浮かべ、いつでも動けるよう構える弓場。

 

 四者のエースの視線が、交差する。

 

 舞台は、整えられた。

 

 前哨戦は、終わりを告げる。

 

 異邦の主演者同士が今、激突する。

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