(────────失敗した。以前の那須先輩のイメージに、完全に引きずられた)
加山はこちらを睥睨する二人のエースを見据えながら、舌打ちした。
この事態に至ったのは、偏に彼が那須の性格を読み違えた為だ。
まず、加山は那須の思考傾向から「失態を取り戻そうと捨て身で無茶をする」と読んだ。
那須は責任感の強い性格であり、仲間意識が強い。
自分の所為で隊が劣勢になったと感じれば、そのミスを引きずって無茶をしてでも隊に貢献しようとする。
少なくとも、
だが、今目の前にいる少女は違う。
加山の与り知らぬ事ではあるが、彼女は彼の知る那須玲ではない。
世界線の異なる、異邦の存在。
本来であれば交わらぬ筈の者達が、何かの間違いでこの場に集った。
そのうちの、一人である。
故にこの那須は加山とは面識がないし、直接話した記憶もない。
性質の根本は同じであっても、辿った道程がまるで異なるのである。
正史の那須であれば、恐らく加山の想像通りの行動を取っただろう。
失態を引きずって無茶をして、戦果を挙げられずに退場する。
そのように、結果が収束した筈だ。
しかし、
この試合に参加している那須は、本来の彼女にはない喪失を経験している。
一度はそれが原因となって時計の針を止めて迷い葛藤していたが、そんな艱難辛苦すら乗り越えて成長したのが今の那須だ。
だからこそ、彼女は人を頼る事を識っている。
苦しみを、痛みを識ったからこそ、那須は一人で抱え込む事を止めている。
仲間を頼る事は、決して恥ずべき事ではない。
むしろ、そうしない方が信頼への侮辱であると。
今の彼女は、理解している。
だから、彼女は。
自身の取るべき行動の選択を、信ずる相手に委ねたのだ。
「巧く行きましたね。お疲れ様です那須先輩」
「ええ、ありがとう小夜ちゃん。小夜ちゃんの指示がなかったら、きっとこうはならなかったわ」
那須隊、作戦室。
そこでは爆撃によってトリオンを使い果たして緊急脱出した那須が、小夜子の隣に座っていた。
真っ先に落ちた事は悔しいようでため息を吐いてはいたが、その顔は晴れやかだ。
何故なら、彼女は。
「急なお願いだったけど、流石小夜ちゃんね。私一人だったら、きっと思いつかなかった」
「本当に急でしたからね。
そう、あの時那須が小夜子に行った
自身のこの試合での最後の仕事になるであろう作戦の内容を、小夜子に丸投げしたのだ。
それは、思考放棄などでは断じてない。
何故なら。
「加山くんは、私の思考を読み切ってた。だから、私の中から出る
「ええ、そうでしょうね。あれ程心理戦に特化した相手っていうのは初めてですし、そういう駆け引きは那須先輩も七海先輩も苦手ですから」
────────────────自分の思考が読まれるのであれば、
那須は、そう結論したからだ。
加山は那須の思考傾向を読み切り、その行動に即した対応策を取っていた。
彼女は加山の知る那須ではないが、それでもその性質の根本は同じだ。
だから、那須一人であるならば彼女は加山の推測通りの行動を取っただろう。
事実、あの場で何が出来るかと考えた時に、加山の潜んでいた周辺を爆撃する事を思いついていたのだから。
しかし、それでは彼の裏をかく事は出来ないと那須は判断した。
こちらの性格を読み、弓場のビル内部での待ち伏せという不確実性の高い作戦を取って来た相手だ。
那須が最後の足掻きとして行うであろう事まで、読み切っているに違いない。
そのまま行動に移っても、確実に対応される。
那須は、そう考えたのだ。
だからこそ、彼女は躊躇なく小夜子に頼った。
自分の中から出る方法では、加山の裏をかく事は出来ない。
だったら、自分以外。
他の者の作戦を採用すれば、加山の裏をかく事が出来る。
そして、自身の最後の仕事を委ねる相手として。
小夜子ほど、適任な者はいなかったのだ。
「加山さんは、一度那須先輩を罠に嵌めています。だからこそ、その成功体験から
そして、小夜子はその信頼に見事応えてみせた。
加山が那須に致命打を与える事に成功した事に目を付け、那須の性格を読み切ったと考えていると推測して。
那須が取るであろう行動に、加山であればどう対応するか。
それを知り得たデータから推測し、解答を導き出した。
即ち、加山は堅実に、そして大胆に那須の攻撃をやり過ごす策を取るであろうと。
あの状況下で、那須が取れる行動は多くはない。
ビルの内部で弓場を迎え撃つか、加山を狙うかのどちらかだ。
そして、あの傷で十全な戦闘が望めない以上、後者の可能性が非常に高い。
だからこそ、加山は自分が狙われる事を考慮に入れた上で
この場合、安全な場所とは何処か。
まず、加山が最初に逃げ込んだ付近は真っ先に除外される。
既にある程度の位置が露見していた以上、そこに留まれば確実に爆撃で炙り出されてしまうだろう。
また、帯島の援護に向かおうとすれば那須がそう読んでそちらを狙って来る可能性があった。
依然として狙撃手の茜や鳩原の居場所が割れていない以上、高所から姿を見られる可能性を0には出来ない。
また、加山はその動きから七海やライを無理には狙わず、取れる点を稼ごうという意図が見える。
なら、那須の脱落を確認した後は返す刀で帯島の援護に向かいたい筈である。
その上で幅広い対応が可能なように、弓場との合流を優先するのは必然。
加えて、那須がビル内部に攻撃を行う可能性は低いと踏んだ以上。
そのビルの近辺こそ、安全な場所と踏む筈だ。
また、那須がビルから脱出し奇襲を仕掛ける可能性もゼロではない。
そういった可能性を摘む為にも、ビルの付近に仕掛けを施そうとする可能性は高かった。
更に加山であれば陽動の為にダミービーコンを使う事も予想出来た。
だから、小夜子は指示したのだ。
ビーコンの反応があった場合、ビルの周囲を爆撃するようにと。
結果として、読みは当たり。
那須の爆撃は加山が仕込んでいたメテオラにも誘爆し、広範囲を爆破。
加山の位置を、白日の元に曝け出す事に成功したのだ。
「これで、加山さんの位置は明白になりました。あそこから雲隠れするのは、もう不可能でしょう。那須先輩は、出来る中での最善の戦果を掴み取ったと言っても過言ではありません」
ただ、加山を負傷させるよりも。
ただ、ビーコンを吹き飛ばすよりも。
余程重い戦果を、那須は持ち帰る事が出来た。
エースの片翼である、彼女が落ちた事は確かに痛い。
けれど。
加山の完全な雲隠れという最悪のケースは、これで排除出来たのだ。
「あとは、こちらの仕事です。強制的に、大舞台の上で踊って頂きましょう」
(あの那須先輩が、俺の知っている那須先輩とは違うと何処かで分かっていた筈なのに、それを失念していた。一度の成功で、浮かれた結果か)
加山は自身の失態を完全に把握し、すぐさま思考を加速させた。
此処で後悔しても、意味は無い。
重要なのは、これからどう動くか。
それだけだ。
以前の香取隊のような無様は、晒せない。
あの時、向こうから求められたとはいえあそこまで彼等をこき下ろしたのだ。
彼等と同じ失態を演じる事は、自身を案じ動いてくれた
(此処から姿を晦ます事は、もう出来ない。エスクードで逃げようとしても、狙撃で撃ち抜かれるのがオチだ)
そして、認識する。
此処から逃げる事は、最早出来ないという事を。
加山の当初のプランでは、エース二人は食い合わせた上で他の隊員を各個撃破していく予定だった。
勿論、出来る事なら七海やライも落としておきたい。
あの二人は放置すれば戦場が好き放題に蹂躙される厄介極まりない駒であり、地形戦術を得意とする加山としても可能な限り早期に落ちて欲しい相手でもあった。
しかし、現実として彼等を落とす事はかなり難しい。
ライは単純に実力が凄まじく対応力が並外れており、七海は回避に利用出来る
彼等二人を落とすには、相応の犠牲を覚悟しなければならないのは明白だった。
ならば、話は簡単。
誰を落としても、得られる得点は変わらない以上。
無理にエースを狙うよりも、それ以外を狙って点を稼ぐ方が余程効率的だ。
二人を放置する事は出来ないが、だったらエース同士で食い合わせればその動きは制限出来る。
故に七海とライをぶつかり合わせた上で裏で動き、各個撃破で得点を稼ぐのが加山の立てた作戦であった。
しかし、こうまで明瞭に姿を晒されてしまえばその手はもう使えない。
無理でも無謀でも、目の前の二人のエースを相手取らなければ負けるだけだ。
自分の失態を取り戻すには、此処を巧く凌ぐしかない。
その為に、自分は────────。
「────────加山ァ、余計な事ァ考えんじゃねぇ。おめェーはただ、巧く俺等を動かして勝つ事だけ考えてろ」
そんな風に考えている最中、加山の葛藤に気付いたのだろう。
弓場が眼鏡をギラつかせ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせた。
「弓場さん」
「それに、俺としちゃあ願ったりだ。あの二人たぁ初対面だが、どっちも思わず
「────────うっす、そうっすね。ありがとうございます。色々すっきりしましたわ」
己が敬愛する隊長の叱咤激励により、加山は顔を上げる。
いつの間にか自分の責任を重く捉え過ぎて思考の迷路に陥りそうになっていたが、なんて事はない。
とんでもない強者を相手にするのなんて、いつも通りだ。
ランク戦で勝ち上がり、あの二宮さえ下したといっても何が変わるワケでもない。
勝てそうにない相手に勝つ為の方法を考えるのは、自分の仕事だ。
神田という指揮官が抜けた弓場隊の穴を埋める為には、この程度で満足しているワケにはいかない。
探せ。
光明など、幾らでもある。
ないなら作るだけだし、それは彼の得意分野だ。
別に、七海もライも完璧な人間ではない。
無敵というワケでもないなら、何処かに必ず突破口はある。
(こうなった時の対処も、考えていなかったワケじゃない。大分厳しい状況だけれど、やりようはある)
転送運等も絡む以上、加山は自分の位置が露見する可能性もゼロではないと考えていた。
流石にこうまで露骨に位置を炙り出されるとは思ってもみなかったが、何の対策も用意していなかったワケではない。
自分達がいる位置と七海とライの立つ位置はある程度離れてはいるが、彼等であればすぐにでも到達出来る距離である事に違いはない。
故に、一手目をしくじればその時点で終わりかねない。
今度こそ、失敗は許されない。
けれど、気負い過ぎても駄目だ。
相手は、容易には落とせないA級クラスのエース二人。
淀んだ思考では、抵抗すら許さず落とされる。
(この状況で、取るべき一手は────────)
(流石だな。あの那須さんがただで落ちるとは思っていなかったが、こうまで明瞭に加山君を炙り出すなんてね)
ライは対峙する七海への警戒を続けながら、遠目にこちらを見据える加山達に目を向けた。
彼等の位置を白日の元に曝け出した爆撃は、間違いなく
この試合でそれを使えるのは、那須しかいない。
故に、先程の光は彼女の緊急脱出の時のものだろう。
詳細は分からないが、那須は弓場隊との戦闘で深手を負ったのだろう。
故に最後のトリオンを用いて爆撃を敢行し、加山と弓場の位置を露見させた。
その功績は、大きい。
ライ達もまた加山を逃がすワケにはいかないという認識は共通していた為、爆撃と旋空で街を破壊しながら戦闘を継続してこの場にやって来たワケだが、それが功を奏したようだ。
見る限り、加山と弓場の周囲は完全に瓦礫の山と化している。
最も近い建物へ辿り着く為には、ある程度の距離を踏破しなければならない。
加山も弓場も足の遅い隊員ではないが、それでも機動力に置いては自分と七海に分がある。
自分達なら、二人のいる場所まですぐに辿り着ける。
それは、彼等とて分かっているだろう。
もっとも、だからと言って迂闊に近付くというワケにもいかない。
少なくとも、弓場の射程である20メートル弱の位置まで近付けば不利なのはこちらだ。
故に、相手が弓場だけであれば距離を保ったまま
(矢張り、そう来るか)
それを、加山が分かっていない筈がない。
加山は二つのトリオンキューブを展開すると、それを即座に合成。
神速の発射
無数の弾幕が、七海とライへ向かい降り注いだ。