(合成弾を、撃って来たか…………っ!)
七海はこちらへ向かう弾幕を見据え、矢張りそう来るか、と現状を認識した。
現在、位置が明らかにされている四人のエースのうち弓場は最も射程が短い。
他三者が射撃トリガーをセットしているのに対し、彼が用いているのは銃手トリガー。
弓場が扱うリボルバータイプのトリガーは射程と弾数を削って弾速と威力に特化したタイプであり、その射程は20メートル強。
旋空が最長の攻撃可能距離である攻撃手に対しては中距離で一方的に有利に立てる弓場であるが、反面射程の長い射手に対しては決定打を持たない。
彼が射手に挑む時は障害物を利用したり仲間と連携したりする等、様々な工夫が必要となる。
もっとも、それは彼が射手に対して不利だと断言する根拠とは成り得ない。
射手は基本的に近付かれる事を嫌い、弓場のような相手からはとにかく距離を取りたがる。
そうやって逃げている間は勿論合成弾のような手間のかかる手段は使えないし、狙いの精度も甘くなりがちだ。
それに、射手は基本的に
弓場のリボルバーは射程と弾数は制限されているが、その反面威力と弾速は折り紙付きだ。
故に彼の射程に入った瞬間、的確な防御か回避行動を取らなければその時点で落とされる。
そういった接敵必殺の脅威を、弓場は持っている。
対して、射手が相手を仕留めるケースというのは前衛に隙を作らせて横から弾を叩き込む等の絡め手が主だ。
だからこそ、逃げながらの攻撃では弓場を仕留めるに足る一撃を入れる事は非常に難しい。
それ故、弓場とかち合った射手は前衛がいなければとにかく逃げる事に徹する傾向がある。
そんな相手は、弓場隊にとってカモに等しい。
逃げた射手を足止めする為にチームメイトを送り込み、挟撃すればそれで終わる。
弓場の対射手の戦術は、概ねそのようなものだ。
しかし、七海とライは厳密には射手ではない。
七海は攻撃手であり、ライは完璧万能手。
そして、
ライは素の機動力が高い上にエスクードを装備しているのでいざとなれば瞬間的な加速を行う事が出来、七海はグラスホッパーを用いる事で三次元機動の強化が可能な為、一手で動ける範囲が尋常ではなく広いのだ。
加えて七海の場合は
トリオン量の差もある為、この二人に機動力で攪乱されつつメテオラやバイパーの鴨撃ちをされ続ければ一方的な蹂躙になりかねない。
それを防ぐ為には、どうするか。
無論、先制攻撃しか有り得ない。
守勢に回った途端に劣勢になるのだから、彼等が動く前に攻撃を仕掛けその動きを制限しなければ近付かなければどうにもならない弓場という駒が浮く事になってしまう。
この状況下でエースの弓場を浮かされるというのは、弓場隊にとっては最悪のケースだ。
加山は確かに強力な駒だが、単独で何もかも出来るという万能性は存在しない。
少なくとも、加山はライにはなれないのだ。
彼の真価は、チーム戦。
仲間と連携した時にこそ、発揮される。
故に、この場で彼が取るべき手段は合成弾を使っての先制攻撃だ。
というよりも、それ以外にこの局面で取れる手が無いとも言える。
今現在、弓場と加山は周囲に障害物が一切存在しない場所で孤立している。
少なくともあの場から移動するか少しでも有利な条件を構築しなければ、エース二人が揃っていたとしても確実に押し負ける。
七海とライの二人を開けた場所で相手取るという事は、そういう事だ。
故に、今七海が思案するべき事柄は一つ。
あれは、一体
(あの合成弾には、俺達を足止めする意図が含まれている筈だ。けれど、
(────────
ライもまた、七海と同じ事を推察していた。
この局面で、二人の動きを制限する為に最適な合成弾の選択肢は何か。
加山が扱う合成弾は、
そのうち、サラマンダーには爆撃による視界封鎖を利用されるリスクがある。
爆破によって生じる視界封鎖を利用して接近もしくは逃亡するという手もあるが、今この場には七海がいる。
そう、
彼ならば、爆撃の被害が及ばない個所を的確に移動し、瞬時に移動する事が出来る。
故に七海がいる状態で
半面、
七海達に対する時間稼ぎとして、最も
(加山くんは奇策を多く用いるが、その戦術思想は基本的に堅実だ。
((
奇しくも、同時。
七海とライは、同じ結論に至っていた。
確かに、加山は基本的に堅実な手を好む。
彼が用いる奇策の類は、その殆どが事前準備を経て充分な担保が確保された状態で使用されて来た。
故に、普通であればこの場はホーネットが最も安定する。
だが。
加山は、たった今その
更に言えば、今の加山はこの試合始まって以来最も危険な立ち位置にいる。
一歩間違えれば、詰みとなる局面。
堅実であれど、確実に読まれるであろう手を捨てて。
懸けに近くとも、成功すればリターンの大きな一手を。
確かに、爆撃は七海相手に行うのはリスクが高い。
しかしそれは、彼がそれを想定していた場合だ。
七海が加山の合成弾をもしもホーネットだと確信すれば、取り得る手は二つ。
大きく離れるか、一気に近付くかである。
前者は、単純に逃げの一手だ。
普通に逃げるだけでは障害物の無い場所でホーネットを撒くのは困難を極めるが、七海の機動力ならやってやれない事はない。
しかし、この場合標的である加山達を射程外に逃がす事になりかねない為まず取るべき選択肢からは除外される。
後者の場合は、シールドを張って強引に弾幕を突破するというものだ。
ホーネットは確かに避け難い合成弾であるが、威力そのものは高くはない。
広げたシールドでも充分に伏せげる以上、七海であればピンポイントで自分に当たる弾だけをガードして弾幕を突っ切る事が可能だ。
恐らく、加山はこちらを想定しているのだろう。
仮に七海がこの方法を取り、尚且つ合成弾の正体が
七海は、自ら爆弾の中に突っ込む事となってしまう。
それでダメージを与えられれば、御の字。
もしくは、咄嗟にシールドを張ってその場に足止めが出来れば上等。
加山の選んだ策は、そういったものだと七海は結論した。
ならば、取るべき行動は一つ。
弾幕の、誘爆だ。
あの弾幕は、真っ直ぐこちらを照準している。
七海の
被弾範囲が弾数に対して小さいのは、恐らく一点集中による一斉起爆を狙っている為だろう。
ならば、その軌道にこちらの弾を置いてやれば。
あの弾は空中で一斉起爆し、視界を爆発が覆う筈だ。
七海とライはその隙に的確な位置へ移動し、優位な盤面を構築すれば良い。
無論全員が敵同士である以上油断は出来ないが、今この場で加山を逃がす事は絶対に出来ないという見解は一致している。
なら、こちらの手に乗って来る筈だ。
「────────メテオラ」
故に、行動は即座に行われた。
七海は無数に分割したメテオラのキューブを、加山の弾幕に向かって射出。
彼の一手を利用すべく、無数の弾丸が飛んでいく。
これが当たればあの
その時こそ、好機だ。
那須の脱落という無視出来ない代償を支払った以上、戦果はきちんと持ち帰る。
それがその身を賭してこのチャンスを作ってくれた那須に対する最大の貢献であり、自身の責務なのだから。
「え…………?」
しかし。
その思惑は、次の瞬間崩れ去る事になる。
こちらへ向かっていた、加山の弾幕。
その半数が、一斉に
ハウンドやバイパーと異なり、メテオラの軌道は直線のみ。
下へ向かった弾幕に追い縋る事は出来ず、七海の弾は空に残った全体の数割ほどの光弾に触れ起爆。
連鎖的な誘爆で空が埋め尽くされるのと、同時。
地面に向かった無数の弾が着弾し、大爆発を起こした。
(そう来ると、思ってたぞ)
加山は弓場と共に全力で駆け出しながら、作戦の成功に笑みを浮かべる。
彼の思考の道程自体は、七海達が推測したものと大差はない。
しかし、加山は自分の思考を読まれる事を前提に置いた上で一計を案じた。
即ち、
馬鹿正直に彼等二人を狙えば、間違いなく撃墜される。
その上で爆破の場所までコントロールされ、逆にこちらが追い込まれる事になる。
故に、加山は撃ったサラマンダーの7割ほどを地面へ向かうよう誘導設定を調整しておいたのだ。
流石に那須の
要は爆発で視界を封鎖出来れば良いのだから、細かい狙いを付ける必要はないのだ。
空中に留まる弾を残したのは、そうでもしなければ七海のサイドエフェクトによって狙いが看破されるからだ。
彼のサイドエフェクトは影浦のそれとは異なり、相手の意図ではなくその行動の結果のみを察知する。
故に視線を向けただけでブラフと本命を看破される事はないが、逆に言えば表面上でどう取り繕おうと
だからこそ、加山は数割の弾の標的として七海を設定し、彼の眼を欺いたのだ。
合成弾を撃った本当の狙いを、隠す為に。
結果として、目論見は成功。
見事に爆発のカーテンを敷く事に成功した加山は、弓場と共に全速力で瓦礫の上を駆けていた。
まずは、この爆撃痕から逃げなければ話にならない。
開けた場所では、高い機動力を持つあの二人の独壇場だ。
少なくとも、利用出来る地形の近くまで行かなければ勝負の土台にも上がれないだろう。
加山は、そう結論していた。
「────────」
この作戦に関して、弓場は異を唱えなかった。
顔つきも声音もパンチが効いている弓場だが、仲間の意思は最大限尊重するし、その意図を理解すれば積極的に強力も行う。
今の彼は己が好む一騎打ちを尋常に行う事よりも、加山の策に乗って勝ち筋を少しでも上げる事を優先したのだ。
それは、このままでは厳しいと弓場自身が察していた為でもあるが。
何よりも、吹っ切れた顔の加山が「そうしたい」と言ったのだから、従わない理由がない。
漢、弓場拓磨。
彼は
それこそが、彼の。
仲間を何より大事に想う、男としての矜持だった。
そも、極論ランク戦では結果が全てだ。
どう戦ったかという過程よりも、どういった結果を得られたかが重視される。
しかし、その過程に満足出来たかは個々人の問題だ。
弓場のやり方で尋常に戦い結果として彼が負けたとすれば、本人は満足であっても他はそうはいかないだろう。
少なくとも、ようやくランク戦を楽しむという感覚を覚えてくれたこの後輩は。
何がなんでも、勝ちたい筈なのだから。
ならば、やるべき事は決まっている。
加山が己のやり方で勝ちに行くのであれば、己はそれに全力で
どれだけ不格好だろうと、どれだけ地味に見えようと。
勝負の世界は、勝った方が正義なのだから。
「────────来たか」
そして、ただで逃走を許す程彼等は甘くない事を。
弓場は、本能で理解していた。
爆撃のカーテン、その直近。
尾を食む蛇の隊章を胸に刻む少年の瞳が、二人の姿を映し出す。
逃がさない。
その強い意志を込めた視線を向けたと、同時。
七海はグラスホッパーを踏み込み、逃げる二人へ追撃を開始した。