(追って来たか。
加山は追撃を仕掛けて来た七海の姿を見据え、内心でガッツポーズを取った。
無論、そう出来れば上々ではある。
しかし現実問題として、突出した機動力を持つ七海相手にまともにやって逃走を成功させられるとは思っていなかった。
加えて言えば、七海の得意とする戦術であるメテオラ殺法は爆撃の合間をすり抜けて相手を追い込むものである。
つまり、爆発を起こしたところで七海にとってそれは通常の障害物と大差ない
故に、彼ならばすぐに爆発を抜けて追って来ると思っていた。
(七海先輩を落とすには、こっちから追いかけちゃ駄目だ。あっちから来させないと、まずまともな戦闘にすらならない)
加山がわざわざ爆発のカーテンを敷いたのは、逃げる為ではない。
七海
爆撃をタイムラグなしに突破出来るのは、七海の専売特許だ。
この爆破のカーテンは、ライにはしっかりと機能する。
その証拠に、ライは未だに爆発の向こう側から動いていない。
レーダーの座標は、未だに彼があの場に留まっている事を示している。
矢張り、想定通りライは手堅く動くタイプだ。
その高い技量からの蹂躙が目に付くライではあるが、その戦術の根底には精密な計算を元にした確かな戦術理論がある。
傍から見れば滅茶苦茶な戦術であっても、彼から見ればしっかりとしたロジックに基づいたものなのだ。
修めた技術が高過ぎる為に無茶な動きに見えるだけで、戦闘理論そのものは極めてロジカルなのだ。
だからこそ、この場面で無理はしないと加山は読んでいた。
あの爆発で双方共に足止めを喰らったのならば追撃に来る可能性もあったが、今その役割は七海が担っている。
故にライは爆発を迂回、もしくはそれが収まってから動く筈だと加山は想定している。
だからこそ、今しかないのだ。
七海を仕留めるまでいかずとも、せめて手傷を負わせる。
そうでなくては、この生存率が極めて高い七海を相手になど出来はしない。
(記録によれば、七海先輩がチームランク戦で落ちたのはたったの一度だけ。それも東さん相手に相打ちに近い形だったっていうんだから、普通にやったって落とすのは無理だ)
七海玲一という攻撃手は、攻撃を凌ぐのであればともかく「落とす」という観点から見れば非常に厄介極まりない相手だ。
基本的に、七海は
同じく回避に使える
これは影浦隊のチームの構造として、サポーター二人の支援を受けて影浦が点を稼ぐというエース特化型の性質を持つ為だ。
影浦隊は影浦が突っ込んで相手を乱戦に巻き込み、北添の爆撃やユズルの狙撃で揺さぶって点を稼ぐのが基本的な
エースとして点を獲得する事を役割として期待されている影浦は、失点のリスクよりも得点を稼ぐチャンスを優先する傾向にある為、そう易々とは撤退しない。
無論戦況が不利になれば撤退するだけの判断力はあるが、多少のリスクであれば呑み込んで点を取りに行くのが影浦という攻撃手の性質である。
対して、七海は自分で点を取る事が絶対に必要だとは考えていない。
彼の役割は、あくまでも遊撃と攪乱。
だからこそ、こちらから追うのでは七海は捉えられない。
彼に匹敵する機動力や高い射程と攻撃速度がなければ、その機動力に翻弄されて終わりだ。
場合によっては相手が有利な地形に誘い込まれる危険もあり、七海を追う事は極力止めた方が良いのだ。
故にこその、この一手。
ライという特級戦力が一時的に戦闘領域から排除され、七海一人に集中出来る今だからこそ。
彼にダメージを与える、チャンスが生まれるのだ。
(勝負は一瞬。これを逃がせば、次は無い)
弓場にアイコンタクトで合図を送り、加山はその場でキューブ二つを展開。
それを瞬時に合成し、射出。
先程と同じ、介入を許さない神速の合成弾。
無数に分割された弾幕が、七海へと襲い掛かった。
(そう来るか。やっぱり、とんでもない合成速度だな)
七海は、自らに向かう弾幕を見据え目を細めた。
改めて、彼の合成弾の異常な生成速度に目を見張る。
師匠の出水や恋人の那須が使用している為、合成弾そのものには見慣れている。
しかし、そんな七海からしても加山の合成弾の生成速度は異常だった。
合成弾は、天才射手出水が偶然生み出した高等技術である。
今でこそ高い実力を持つ一部の射手が使えるようになっているが、そうなる前は真実彼の
この合成弾は出水は2秒程で合成可能だが、他の射手の場合はもう少し時間がかかる。
しかも合成中は
だが、加山はその常識を覆す。
こうして逃走している最中、こちらの対応が挟まる前に合成を完了し発射するなど、尋常に出来る事ではない。
彼の
音を色として認識出来る感知タイプの能力であり、ライの超高速精密伝達のように技術面にブーストをかけられるタイプのそれではない。
だというのにあの技量は驚愕の一言に尽きるが、それを気にするのは今ではない。
今はただ、現状を認識し最適解を打つべき時だ。
こちらに向かって来る、無数の弾幕。
あれの正体を、掴まなければならない。
あの弾の種別は、いずれなのか。
(今、彼等はこの場から逃げる事を念頭に置いている筈だ。なら、今一番彼が避けたがる展開は────────)
「────────紅月先輩に、追撃に加わられる事です」
小夜子は作戦室で、七海に対して通信でそう告げた。
その眼は、確信に満ちている。
隣に座る那須も、異論は挟まない。
何故なら、彼女もまた。
小夜子と、同意見だったからだ。
「ですから、七海先輩。今は────────」
「了解」
七海は小夜子からの指示を受け、即応。
グラスホッパーを踏み込み、上空へと跳躍した。
「…………!」
それを見て、加山は瞠目する。
そして、直後に応えは出た。
彼の放った弾幕は七海を追う事なく空を切る。
この挙動は、
つまり、この弾は十中八九
読み勝った七海は、その場でトリオンキューブを展開。
眼下の加山達をその場に釘付けにするべく、爆撃の準備を完了させた。
このまま爆撃で固めれば、足止めを喰らったライもこの場に追いついて来る。
ライとも敵同士である為勿論警戒を怠らないが、この場での最優先事項が加山の排除であるという認識は共通している。
疑似的な共闘さえ成立すれば、高確率で加山を落とす事が可能だ。
「────────甘ェ」
だが。
そんな七海の思惑は、弓場の一手で打ち砕かれた。
ホルスターから抜き放った、二丁拳銃。
そこから放たれた銃撃が、加山の弾を撃ち貫いた。
「────────!」
広がる、爆発のカーテン。
それは、七海から二人の姿を覆い隠し。
既に爆撃の準備を完了させていた七海は、一手の遅れが出た。
その場で爆撃を敢行しても、爆発に巻き込まれて誘爆するだけ。
更に、相手の位置が分からない状態で迂闊に近付けば弓場の射程内に入ってしまう恐れもある。
しかし、だからといって此処で止まってしまえば今度こそ加山を逃がしてしまう可能性が出て来る。
故に、七海は即断した。
爆撃の向こう、加山達が逃げていた方向へ跳躍。
高度を極力下げず、上空を移動した。
瞬間的とはいえ加山達の姿を見失ってしまったのは痛いが、それならば逃げる先に回れば良いだけの話だ。
最悪なケースが加山の逃亡と雲隠れである以上、それを防ぐ為に先回りすればそれで済む。
『七海先輩…………っ!』
「…………!」
だが。
そんな七海の行動に、小夜子からの
悪感を感じて、振り返る。
「────────」
そこには、七海と同じ高度に到達しホルスターに手をかけた弓場の姿があった。
何が起きたかは、瞭然。
エスクード。
瞬間的な加速装置としても使えるそれを用いて、加山が弓場をこの高度まで撃ち上げたのだ。
既に、彼との距離は20メートルを切っている。
弓場の早撃ちは、まさに神速。
射程内に無防備に入ってしまった瞬間に被弾が確定する、恐るべき弾速。
その脅威が、七海に向けられた。
七海の
ブレードならば、振り下ろす瞬間。
銃撃であれば、引き金を引いた瞬間に彼のサイドエフェクトはその攻撃を感知する。
故に、攻撃開始から着弾までが異様に短い攻撃速度の高い攻撃である程、七海に対しては有効なのだ。
そういった意味で、弓場の早撃ちは七海に対する
加山は、それを承知していたからこそ。
その
撃ち出された弓場という銀の弾丸は、狙い過たず七海に照準を向けている。
間に合わない。
七海はそう理解し、被弾を覚悟した。
「今だ。
『了解』
されど。
その瞬間こそを待ちわびていた者が、いた。
彼は、ライは。
己が信ずる狙撃手へ、その引き金を引く指示を下した。
「な、にィ…………ッ!?」
弓場の顔が、驚愕に染まる。
七海を撃ち抜かんとした神速の銃手は、その手に持つ二丁のリボルバーを穿たれて瞬時に無力化された。
何が起きたかは、理解出来る。
鳩原未来。
紅月隊の狙撃手が、その精密狙撃で彼の武器を撃ち抜いたのだ。
それも、一発の弾丸で二丁同時に。
七海への攻撃を、阻止する形で。
その技量は瞠目すべきものだが、弓場が驚いたのはそのタイミング。
今の瞬間、弓場の攻撃が成功すれば確実に七海に痛打を与えられていた筈だった。
だというのに、鳩原は己の位置を晒すリスクを承知した上で狙撃手の命とも言える最初の一発を七海を助ける為に使用した。
その彼女の────────────────否。
紅月隊の意図が、読めない。
確かに、此処で七海が脱落すれば加山を逃がしてしまう可能性は上がる。
しかし同時に、七海という落とし難い厄介な駒を排除出来る千載一遇の機会でもあった筈なのだ。
それをふいにして、あまつさえ狙撃手の鳩原の位置を晒してまで七海を助ける意味。
その意図が理解出来ず、困惑する。
「────────」
だが、戸惑っている場合ではない。
武器を破壊され、丸腰となった弓場は空中という無防備な場所で棒立ちに近い状態にある。
回避も出来ず、恐らく防御も間に合わない。
故に。
弓場は躊躇なく、奥の手を。
テレポーターを、切った。
「────────!」
七海の目前から、弓場の姿が消失する。
同時に、遥か下。
加山の待つ地上に、その姿が現出する。
万が一の時の為の、緊急回避。
その為に弓場はテレポーターではなく、エスクードで空中に跳躍したのだ。
今はそれが功を奏し、絶体絶命の危地から脱した事になる。
「弓場さん…………っ!」
「…………!?」
されど、己が未だ危機から脱していない事を弓場は加山の叫びで思い知らされる。
この状況下で、己に迫る危機とは何か。
無論、この付近で未だに動いていなかった大駒。
ライによる攻撃しか、有り得ない。
振り返れば、自身に迫る無数の弾幕。
ライの操る毒蛇の群れが、転移を終えたばかりの弓場の至近へ迫っていた。
「く…………!」
弓場は瞬時に、シールドを広げて展開。
迫り来る鳥籠を、間一髪で防御する。
バイパーは、応用性は高いが威力の乏しい弾だ。
広げたシールドであれば、余程トリオン差がない限りは凌ぎ切れる。
紅月隊の不意打ちは、これで防げた。
「────────な、に…………?」
「…………っ!」
否。
鳥籠はあくまでも、囮だった。
爆煙のカーテンの合間から高速で飛来した一発の弾丸が、弓場のシールドを撃ち抜きその胸を貫く。
この威力、攻撃の正体は最早明瞭だ。
イーグレット。
狙撃トリガーの一種であり、集中シールドでもなければ防げない高威力の弾丸。
しかし、それを装備している鳩原は人が撃てない。
ならば、この弾の主は誰なのか。
言うまでもない。
紅月ライ。
確かに、彼は狙撃手としては動かなかった。
しかし、だからといってトリガーセットからイーグレットを外したとは一言も言っていない。
全ては、この時の為。
弓場隊に点を稼がせず、自らが点を取る為に。
不意打ちが通じない七海を排除する事よりも、弓場を討ち取りポイントを獲得する事をこそ優先したのだ。
『トリオン供給機関破損。
機械音声が、弓場の敗北を告げる。
弓場隊のエースの片翼は光となって、戦場から脱落した。
紅月ライ 今試合トリガーセット
メイン 弧月 旋空 エスクード イーグレット
サブ バイパー メテオラ シールド バッグワーム