(弓場さんが、やられた…………っ! 完全に、俺のミスだ)
加山は唇を噛み、己の失態に拳を握り締める。
今回彼が取った作戦には、
つまり、加山は少なくとも爆煙が晴れるまではライの横槍はないものと考えていたのだ。
(
とは言っても、一切の介入が有り得ないとまでは思っていなかった。
今の攻防の最中、加山も弓場もバッグワームは纏っていなかった。
確かに彼等が使用した戦術の要は弓場によるエスクードジャンプによる奇襲であるが、だからといって彼がバッグワームを纏う必要はない。
レーダーには、対象の高低差は表示されない。
今回、弓場が大きく移動したのは前後左右ではなく上下。
向こうのレーダーには、弓場は僅かに右側へ移動しただけに見えていた筈だ。
この高低差を利用した取得情報の誘導も、今回の作戦には組み込まれていたのだ。
事実、弓場はあと一歩で七海を仕留める段階まで漕ぎつけられた。
あの一瞬。
鳩原が自らの位置を晒す危険を冒してでも、彼の攻撃を妨害しなければ。
加山の計算違いは、そこだ。
確かに、加山の排除は那須隊と紅月隊の共通目的だ。
しかし、七海もまたランク戦では相当厄介な駒である。
その彼を盤面から排除出来るチャンスに乗っかるのであればまだしも、それを防ぐべく自らの駒を動かすなど加山の
誰を落としても、一点。
なら、ポイントを得る為に狙うのは落とし難いエースではなく撃破の難易度が相対的に低い他の隊員で構わない。
故に他の部隊に得点を取られたとしても、厄介な駒は一刻も早く排除すべく動く。
それが加山の戦術思考であり、過程よりも結果を重視する彼らしい方針であった。
その加山の思考からすれば、あのタイミングで七海を救助する為に狙撃手という駒を切るのは有り得ない。
むしろ、何かしらの形で七海を落とすサポートをしてくれるのではないかという思惑さえあった。
(紅月先輩の考えが、分からない。あの場面なら、七海先輩が落ちた後で弓場さんを狙っても問題はなかった筈なのに)
そう、得点が欲しいのであれば七海が落ちた後で弓場を狙っても作戦上は問題なかった筈なのだ。
少なくとも、
弓場は確かに強力なエースだが、まず落とせない駒というワケでもない。
加えて、他の銃手と異なり弓場の射程は20メートル強と銃手にしては短い。
バイパーという応用性の高い射撃トリガーを装備しているライからしてみれば、回避特化の能力を持つ七海よりはやり易い筈だ。
(俺との連携を警戒して、先に落としておきたかった…………? でも、七海先輩を排除する絶好の機会を捨ててまでやる事なのか…………?)
対して、七海はある意味東や二宮と同じ
機動力・回避力が高く、本人の危機回避能力も一級品。
彼が試合に参加するだけで、他のチームは生存点を狙う事が困難になる。
まず被弾させる事すら難しく、落とすとなれば更に困難を極める。
そんな七海を倒す機会があれば、普通であれば乗るだろう。
それこそ、
(まさか、紅月先輩は
そこで、気付く。
確かに、ライが七海を単独で撃破する自信があるという可能性はある。
しかし、彼はそれだけでこんな千載一遇の機会を逃すような甘い相手ではない。
とすれば、何かある筈なのだ。
先程の場面で、弓場隊に七海を落とされる事によって紅月隊が不利益を被る
(そんなの、一つしかない。
そう、あの状況下で紅月隊が被る不都合となればただ一つ。
弓場隊が、得点する事
七海を落とす事に成功すれば、既に那須の撃破によって一点を獲得している弓場隊に二点目が入る。
それまで点を取れていなかった紅月隊として、この点差が広がるという結果を無視出来なかった。
つまり、ライは七海の脱落による脅威の排除よりも、それによって弓場隊に点が入る事自体を忌避したワケだ。
だからこそ、弓場を狙った。
弓場隊への得点を防ぎ、自身の部隊がポイントを獲得する為に。
ただ、それだけ。
脅威が排除出来れば最悪どの部隊が対象を討ち取っても良い、と思考する加山に対して。
ライは、七海という脅威は決して排除が不可能な駒ではない為、自部隊の得点を優先するという方針を取ったのだ。
思考、戦術方針の違い。
それを見抜けなかった為に、加山はライの作戦を読み切れずに弓場を落とされてしまったのだ。
(馬鹿か俺は。俺と紅月先輩じゃあ、そもそも単騎での突破力が違う。七海先輩は、決して無敵の隊員じゃない。実際に、個人戦なんかじゃ太刀川さんや鋼さんに落とされてるみたいじゃないか)
チームランク戦では殆ど落ちる事のなかった七海ではあるが、こと個人戦での勝率となると決して常勝不敗というワケではない。
太刀川や村上といった上位の攻撃手相手には何度も土を付けられているし、前者に至っては当然の事だが黒星の方が多い。
七海がチームランク戦で落ち難いのはあくまでも集団戦という性質が彼の生存率を補強しているからであり、横槍のない一騎打ちともなれば彼とて
そこまで追い込む事が出来れば、七海は非常に落とし難い駒から機動力の高い一個の攻撃手に過ぎない存在となる。
無論それでも撃破は至難の相手ではあるが、ライは間違いなくA級クラスの超抜的なエースだ。
本当の意味での一騎打ちともなれば、彼を倒す事は不可能ではないだろう。
(要するに紅月先輩は、七海先輩以外の
そして、此処まで来ればライの狙いも見えて来る。
彼は最初から、七海を
七海の爆撃を止める為に現れている為、加山の仕込みを利用するつもりがある事自体は間違いないだろう。
しかし、それはあくまでも
そのくらいの方針で、彼はこの試合に臨んでいたのだろう。
少なくとも加山は、そう結論せざるを得なかった。
『加山ァ』
「弓場さん」
『何が言いてぇかは、分かってんだろな』
「はい、分かってます。此処からは切り替えて、点を取りにいきます」
『ああ、行け加山ァ!
「うす」
脱落した、弓場からの通信。
それによって発破をかけられ、加山は戦いに勝つべく動き出す。
エースの弓場を使った奇襲は、もう出来ない。
故に、加山だけで正面から七海やライを相手取るのはほぼ不可能だろう。
しかし、やりようはある。
こちとら奇襲騙し討ち上等な、絡め手こそを得意とする戦術家。
地力で下回っているならば、頭を使って出し抜けば良い。
幸い、これまでの攻防で少なくともライの思考傾向は推測出来た。
七海の方は基本的に受け身の動きが多い為に未だ正確な
恐らく、彼はあくまでエースであり、作戦立案の中心の一人でしかないのだろう。
チームの中核を成す
先程の那須にしてやられた際も、そして今の七海の行動も。
彼女の指示で、二人は動いたのだろう。
どちらの作戦行動も根幹となる思考傾向が似ている為、この読みで間違いは無い筈である。
(多分、俺に思考が読まれている事に気付いてオペレーターに作戦を全部委ねたんだろうな。随分思い切りが良いけど、那須先輩の時はそれにしてやられたのは事実だ)
那須も七海も、決して指揮能力は低くはない。
前者の那須はそこまで突出した指揮官ではないが、七海は違う。
全体を俯瞰する立場であればまだしも、現場指揮官であれば充分優秀と言えるレベルに達している。
その二人が、加山の行動推測に心理計測が含まれている事を悟った途端、部隊の指揮権をオペレーターに丸投げしたのだ。
大胆な決断ではあるが、だからこそ那須に位置の露見という致命的な戦果を持っていかれたのである。
その選択自体は、正解だったと言えるだろう。
(けど、華さんがそうだったように指揮とオペレートの両立はキツい筈だ。香取隊と違って部隊内での戦術レベルに大きな隔たりはないけど、それでもかなりの負担になっているのは間違いない。だったら、徹底的にその負担を増やせばいずれ
しかし、指揮とオペレートの両立はかなりの難行だ。
染井がそうであったように、指揮に処理能力を集中すればその分オペレートの精度は甘くなりがちになる。
以前の香取隊は指揮をほぼ染井に丸投げした状態であった為、彼女にかかる負担が尋常ではなかった。
香取が成長した今でこそ負担が減少してオペレート能力の精度も向上しているが、香取隊が燻り続けた原因の一つであった事である事は間違いない。
今の小夜子は、その時期の染井に近い負荷がかかっている。
ならば、その処理能力に更に圧迫をかけてやれば良い。
幾ら小夜子が優秀なオペレーターといえど、人間である以上精神的な限界はある。
迅が未来を視る事に夢中になって、攻撃を受けてしまう事があるように。
(やるべき事に、優先順位を付けるべきだ。まず、鳩原先輩は今追っている暇は無い。放置するしかないな)
先程の狙撃で、鳩原の位置は割れている。
しかし、残念ながら外岡は彼女を狙える位置にはおらず、加山が向かうにしても相当な無理をしなければならない。
帯島は熊谷と戦闘が拮抗状態で継続している為、動かせない。
今鳩原を狙いに行ける駒がいない以上、此処は放置一択である。
(それに、鳩原先輩はスパイダーを装備している。迂闊に踏み込めば、罠に絡め取られてそのまま紅月先輩に仕留められる危険もある)
加えて、鳩原はスパイダーをセットしている。
人を撃てないという特性を持つ彼女は、自分なりに隊に貢献するべく多くの手段を模索して来た。
スパイダーはその一環であり、彼女は地形戦術を駆使する事も可能なのだ。
今強引に向かおうとすればそのワイヤー地帯に踏み込む結果になる可能性が高く、何より彼女を狙えばライからの集中攻撃が予想される。
ハッキリ言って、武器破壊をメインとした狙撃手を排除する為に取るリスクとしては大き過ぎるのである。
(鳩原先輩のサポートは無視出来ないけど、武器破壊をメインとする性質上彼女の一番の標的と成り得ていた弓場さんはもういない。だから排除する優先順位は、そこまで高くはない)
無論、放置していればライのサポートとして戦場に今後も介入して来るだろう。
しかし、その介入方法が武器破壊一択であればやりようはある。
幸いと言うべきか、今回加山は銃手トリガーを装備していない。
合成弾という手札を優先し尚且つスパイダーまでセットした為、この試合では使いどころが殆どないと思われる銃手トリガーは外しているのだ。
銃手トリガーは射撃トリガーと違い、応用が利かない。
引き金を引くという
七海もライも、迂闊に近付けばその時点で仕留められる危険のある実力者だ。
那須や茜はそもそも近付かせてはくれないだろうし、熊谷相手なら有効かもしれないがそれならば射程の有利を活かして射撃トリガーで攻めた方が効率的だ。
そういった事情で、今回加山は銃手トリガーをトリガーセットから外している。
故に、鳩原の武器破壊の被害を被る可能性は彼に限って言えば存在しない。
だから、鳩原排除の優先順位はそこまで高くはないのだ。
そもそも、今は彼女を追うだけの余裕が弓場隊にはない。
狙撃手は迂闊に使うワケにはいかず、帯島は熊谷と戦闘中。
そして加山は超級のエース二人に狙われており、まずはこの場を凌がなければそのまま負けすら見えて来る。
此処で、選択を誤るワケにはいかない。
今この場で、最善と言える────────────────否。
加山はそれを思案し、そして。
「帯島。俺は────────」
仲間に通信を繋げ、動き出す。
劣勢は明白、しかし命運はまだ尽きてはいない。
(俺はやれる事を────────────────やるべき事を、やるだけだ)
いつか聞いた、とある少年の言葉。
それと同種の決意を、抱きながら。
加山は、行動を開始した。
加山 今試合トリガーセット
メイン ハウンド メテオラ エスクード ダミービーコン
サブ ハウンド シールド スパイダー バッグワーム