痛みを識るもの   作:デスイーター

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七海玲一③

「行くぞ」

「……っ!」

 

 MAP、『市街地A』。

 

 くじ引き(ランダムに)決定された何の変哲もない住宅地が立ち並ぶその場所で、向かい合った七海と村上は共に地を蹴り、跳躍する。

 

 村上は、前へ。

 

 七海は、後ろへ。

 

 逃げる七海を、村上は『弧月』を携え追い縋る。

 

 正面からまともに打ち合えば、耐久力の低い『スコーピオン』を使用している七海が不利。

 

 故に、七海は正面からではなく、側面から隙を突こうと、距離を取る。

 

 だが、それを許す村上ではない。

 

「スラスター、オン」

「……っ!」

 

 村上は『レイガスト』のオプショントリガー、『スラスター』を起動。

 

 ブースターの推進力を得た村上が、七海に向かって斬りかかる。

 

「く……っ!」

 

 七海は仕方なく、右手に構えた『スコーピオン』で迎撃。

 

 『弧月』の刃と『スコーピオン』の刃が、ぶつかり合う。

 

 だが、耐久力に優れる『弧月』と比べ、『スコーピオン』の太刀は脆弱。

 

 受け太刀をした所為で罅割れ、刃が欠ける。

 

「……っ!」

 

 たまらず七海は、足元に『グラスホッパー』を展開。

 

 それを踏み込み、強引に距離を取ろうとして────。

 

「────甘い」

「が……っ!?」

 

 ────それを予測した村上が、その移動先を『旋空弧月』で薙ぎ払った。

 

 胴体を両断された七海は成す術なく倒れ、致命。

 

『戦闘体活動限界。『緊急脱出(ベイルアウト)』』

 

 そして機械音声が七海の敗北を告げ、彼の身体は仮想空間から弾き出された。

 

 

 

 

『第二戦、開始』

 

 個人ランク戦、二戦目。

 

 その、開始が告げられた。

 

 先程と同じように向かい合った七海は、またもや村上から距離を取る。

 

 今度は最初から『グラスホッパー』を起動し、ジグザグな軌道を描きながら建物の影へ退避する。

 

「────『旋空弧月』」

「……っ!」

 

 だが、そこへ村上が『旋空弧月』を放つ。

 

 家屋が斬り裂かれ、七海の姿が浮き彫りになる。

 

「……っ! 『メテオラ』……っ!」

 

 七海はその時点で視界を封鎖すべく、『メテオラ』を使用。

 

 分割されたトリオンキューブが、無数に展開される。

 

「スラスター、オン」

「な……っ!」

 

 村上はそこで回避ではなく、『レイガスト』を手放しスラスターを使用する事を選択。

 

 シールドが展開されたままの『レイガスト』が、七海の『メテオラ』を吸着。

 

 そのまま押し戻され、無数の『メテオラ』が付属したシールドが七海に突き返される。

 

「くぅ……っ!」

 

 そして、起爆。

 

 無数の『メテオラ』の予期せぬタイミングでの起爆により、七海の身体は爆風に呑み込まれた。

 

 だが、そこで終わる七海ではない。

 

 『固定シールド』を用いて爆発から身を守った七海は、すぐさまその場から離れる為『グラスホッパー』を展開し────。

 

「────『旋空弧月』」

「ぐ……っ!」

 

 ────振り抜かれた『旋空弧月』に両断され、その斬撃を避け切れず致命。

 

『戦闘体活動限界。『緊急脱出』』

 

 機械音声によって、彼の脱落が知らされた。

 

 

 

 

「────甘い」

「が……っ!?」

 

 三戦目、逃げてばかりではいけないと考え、距離を取るのではなく詰めた七海であったが、単純な剣の勝負に持ち込んだ時点でサイドエフェクト、『強化睡眠記憶』を持つ村上に対する勝ち目などない。

 

 相手は、これまでに幾度も七海と対戦を繰り返した村上鋼。

 

 村上は七海の()()()()()()()は知らなかったが、逆に言えば()()()()()()()()()()は知り尽くしている。

 

 故に、七海の動きは村上に対して筒抜けに等しい。

 

 サイドエフェクト、『強化睡眠記憶』は睡眠によって学習記憶を100%定着させる事が可能な能力である。

 

 彼は一度眠れば、それまでの経験を100%の効率で自身に刻み込む事が出来る。

 

 言うなれば、自動(オート)で発動する復習記憶能力。

 

 彼に対し、一度使用した動きは二度と通用しない。

 

 案の定、軽くいなされた七海は隙を突かれ、『弧月』で切り裂かれる。

 

『戦闘体活動限界。『緊急脱出』』

 

 そして七海は敗北を告げるアナウンスと共に、戦場から脱落した。

 

 

 

 

「────これでもう4:0だぞ、七海。いつもの手応えはどうした」

「く……」

 

 更に回数を重ね、五戦目。

 

 七海は、一度も勝ち星を挙げる事が出来ずにいた。

 

 その敗北のいずれも、七海が村上から逃げようとしてその隙を突かれる形でやられている。

 

 元々、七海の攻撃能力は村上や影浦と比べると一歩劣る。

 

 だからこそこの結果はあるい意味では予想通りだが、二人とも結果に不満を持っているのは明らかだった。

 

 七海の顔には明確な焦りが見え、村上もまたいつもの仏頂面が極まっている。

 

 七海は、自分の不甲斐なさに溜め息を吐き。

 

 村上は、そんな七海を見て顔を曇らせた。

 

 元々、個人戦の戦績では七海は村上に負け越している。

 

 だからこそこの結果はある意味では順調なものなのだが、肝心なのはその()()()だ。

 

 どの試合も碌に粘る事も出来ず、あっさりと落とされてしまっている。

 

 普段であれば負けるにしても粘った末の接戦が見られ、見応えのある戦いになるのだ。

 

 それが、今は出来ていない。

 

 明らかに、七海の動きは精彩を欠いていた。

 

 理由は、言わずとも明確である。

 

 昨日の敗戦を、未だに引きずっている。

 

 自分を責めて、調子を崩している。

 

 それが、一目瞭然の結果と言えた。

 

「ハッ……!」

「く……っ!」

 

 村上が攻め、七海が退く。

 

 これまでに、何度も繰り返された光景。

 

 しかしそれを見る度に村上の眉間に皺が増えていき、表情が険しくなっていく。

 

「…………いつもの攻めはどうした? そんなに、()()()()()()()のか?」

「……っ! それは……っ!」

 

 七海の太刀筋が、ブレる。

 

 村上はそこを容赦なく突き、七海の手から『スコーピオン』は弾き飛ばされる。

 

「なんで分かったって顔だな。見れば分かるんだよ……っ!」

「く……っ!」

 

 七海は素早く腕から『スコーピオン』を生やし、村上の太刀を迎撃する。

 

 強度重視で小さく凝縮した『スコーピオン』が、村上の斬撃を受け止める。

 

 しかし二の腕から直接生やした刃に、汎用性などある筈もない。

 

 村上は敢えて腕から力を抜き、七海のバランスを崩す。

 

「……っ!」

「────貰った」

 

 ────その隙を突き、一閃。

 

 村上の攻撃は七海の右腕を斬り飛ばし、傷口から大量のトリオンが漏れ出した。

 

 その光景を見ながら、村上は一歩、また一歩と七海に近付いて行く。

 

「…………お前の剣には、気迫が足りないと前々から思っていた。()()()()()()()()()()()()()()()で、相手を落とせると思っているのか?」

「それは……」

 

 村上の言葉にどう答えていいか分からず、七海は黙りこくる。

 

 そんな七海を見た村上は、溜め息を吐いた。

 

「無自覚か…………いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()か? お前の剣を見れば分かる。お前には、()()()()()()()()()()()()()…………良くも悪くもな」

 

 村上はそう告げると、七海に『弧月』の切っ先を突き付ける。

 

「確かに、チームランク戦であれば自分で得点せずとも仲間の援護で得点に繋げられる。実際、ROUND1では俺もしてやられたしな」

 

 けれど、と村上は続ける。

 

()()()()()()()()()()のと()()()()()()()()()()のは明確に違う。自分一人で点を取ろうとする努力は、最低限するべきだ」

「一人で、点を取る努力……」

 

 村上の言葉を復唱する七海に、村上は優し気な声色で重ねる。

 

「別に、無理をしろと言っているワケじゃない。単に、心情的な問題だ。仲間と協力して点を取るスタンスは、間違ってるワケじゃない。けど、()()()()()()()()()()()()()()のは良くないってだけだ」

 

 たとえば、と村上は続けた。

 

「お前が時間を稼いで、日浦さんの狙撃で相手を倒す。それ自体は間違っていない。けれど、もしお前が一人で相手を倒す事が出来れば、その分日浦さんに別の相手をマークさせる事も出来る。()()()()と言ってるんじゃない。()()()()()()()()()()()()()と言っているんだ」

 

 勿論、と村上は告げる。

 

「そうした方が良い場面っていうのは、やっぱりある。確実性を取るのは、何も悪い事じゃない。ただ、()()()()()()()のと()()()()()()()()()()ってのは、やっぱり違う。選択肢の()()ってのは、武器になるからな」

 

 そう語る村上の眼には、何処か誇らしげな光が浮かんでいた。

 

 何か、思い当たる事があるのかもしれない。

 

 七海はROUND2の『鈴鳴第一』の試合は見ていないが、そこで何かがあったのかもしれない。

 

 後で見てみようか、と彼は思い立った。

 

「お前は、仲間を気にし過ぎるきらいがある。仲間の事を考えるのは大事だが、それにしたって限度がある」

 

 自分の事を疎かにし過ぎだ、と村上は言う。

 

 そうかもしれない。

 

 客観的に見れば、七海は自罰的な傾向が強く、仲間に気を回し過ぎるタイプではあった。

 

 その為自分の主張というものが薄く、我を通す場面というのは殆ど見ない。

 

 誰かの助けになる、という事は得意だけれど。

 

 誰かを引っ張る、という事に関してはむしろ苦手なのだ。

 

「お前は、その気になれば他の人を引っ張る事が出来る奴だ。けど、お前は色々と遠慮し過ぎだ。自分を通さなきゃいけない時まで黙ってちゃ、何も解決出来ないぞ」

「俺は……」

「ま、気持ちは分かるけどな」

 

 お前も分かってるとは思うが、と村上は前置きして告げる。

 

「俺は、来馬先輩を狙われたらどんな状況だろうが庇いに行く。それは今後も変わらないし、変えていくつもりもない」

 

 けどな、と村上は言う。

 

「その上で俺は『鈴鳴第一』を上に連れて行くつもりだし、太一だって同じ気持ちだ。この気持ちに、偽りはない。それに、そう遠い話でもなさそうだしな」

 

 確かに彼の言う通り、今の『鈴鳴第一』はかなりポイントを稼いでいる。

 

 次のROUNDの結果次第では、上位に上がって来る可能性も充分考えられるだろう。

 

 それだけの地力が、彼等にはある。

 

「…………まあ、お前が那須を大事にしてるのは知ってるよ、見れば分かるし、それ自体は何の問題もない」

 

 けど、と村上は告げる。

 

「他人からしてみれば、お前のそれは()になるってのは覚えておいて損はない。俺も他人の事を言えた口じゃないが、()()()()()()()()()()()()ってのは割と大事だからな」

 

 そこを突かれて負けた以上偉そうな事は言えないがな、と村上は言う。

 

 確かにROUND1では、七海達は村上の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という性質を利用し尽くし、村上に何もさせずに完封した。

 

 来馬を狙えば村上の動きを制限出来ると分かっていたからやった事だし、たとえ親しい友人だろうと試合は試合だ。

 

 試合の中で容赦する気は、微塵もなかった。

 

 だが、村上はそれを例に挙げて()()()()()()と言って来た。

 

 そうかもしれない。

 

 事実、ROUND3では七海が那須を庇うという性質を利用され、結果的に二人共落とされている。

 

 奇しくもそれは、来馬を必ず庇うという性質を利用されて落とされた、村上の状況に酷似していた。

 

「昨日の試合を見れば、お前の弱みは嫌でも分かる。今のままじゃ、同じように弱みを突かれて負けるだろう。これは何の誇張もない、ただの事実だ」

 

 上位はそんな甘い場所じゃないみたいだからな、と村上は告げる。

 

 確かに、七海はROUND3で思い知った。

 

 B級上位陣の層の厚さと、そのシビアな判断能力を。

 

 二宮は、安定した高い地力を押し付ける危なげない試合展開を見せた。

 

 影浦は、自分の強みを活かした苛烈な攻めを見せて来た。

 

 そして東は、的確にこちらの()()を突いて来た。

 

 そのどれもが安定して強く、上位という場所の壁の厚さを痛感する結果になった。

 

 覚悟の据わり方という点で、『那須隊』は上位陣の面々と比べて劣っていると言わざる負えなかった。

 

「…………まあ、お前と那須の関係については俺が口出し出来るような事じゃない。そういう事には俺は疎いし、無暗に干渉して良い事でもないだろう」

 

 けど、と村上は続けた。

 

「俺はこれでも、お前の()()のつもりだからな。困った事があるなら、いつでも相談に乗るくらいはしてやれる。だから、もっと頼れ。俺は、そんなに頼りないか?」

「あ……」

 

 その、村上の優しい声に、七海は呆けたような顔をした。

 

 七海には、誰かを頼る、という意識が欠如していた。

 

 チームメイトであれば協力体制を築くのはむしろ当然だが、それ以外────困った時に友人に頼るという発想は、今までになかった。

 

 頼るまでもなく、協力してくれる者が多かった弊害かもしれない。

 

 鍛錬についての相談という実利以外の面でも、悩みがあるから相談する、という当たり前の事をして来なかった。

 

 村上からしてみればそれは存外、寂しい事だったらしい。

 

「…………そうだな。これからは、いざという時は頼りにさせて貰うよ」

「ああ、そうしろ。そっちの方が、俺も嬉しいからな」

 

 そして、個人ランク戦の制限時間のタイムアップが告げられる。

 

 仮想の戦場で相対していた二人は、共に苦笑を浮かべながらその場所から現実へ戻って行った。


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