痛みを識るもの   作:デスイーター

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クロスランク戦⑫

 

『すみません。私の想定が甘かったです』

「問題ない。小夜子に作戦を委ねると言ったのは俺だ。負い目を感じる事はない」

 

 七海は通信で謝って来た小夜子に対し、そう言ってフォローを入れる。

 

 加山の読んだ通り、七海もまた作戦内容をほぼ小夜子に任せていた。

 

 それは彼の思考を読まれる事で那須の時のように行動予測をさせない為でもあるが、先程七海が陥った窮地は純粋な加山の作戦勝ちと言える。

 

 あの場面で、加山を放置すると言う選択肢は存在しなかった。

 

 もしも街中へ逃げ込まれれば、折角那須が作ってくれたチャンスをふいにする事になる。

 

 これだけの好条件で加山を追い込める機会は、もう殆どないだろう。

 

 彼の盾となる障害物がないこの場所で追撃をかける事自体は、当然の選択だったと言える。

 

 しかし、だからこそ彼はそこに罠を張った。

 

 先程まで七海がいた高高度ではなく、エスクードによる跳躍で届く程度の距離まで。

 

 彼を引き寄せ、仕留める為に。

 

 あの一瞬は、本当に危なかった。

 

 もしも紅月隊の介入がなければ、七海は恐らく落ちていた。

 

 こればかりは、ライの方針に感謝しなければならないだろう。

 

(借りというワケではないが、このままだと少し収まりが悪い。この分はきっちり、戦いで返すとしよう)

 

 もっとも、だからこそ容赦も躊躇もするつもりはない。

 

 ライが七海を助けたのは戦略上の理由だろうが、彼等の干渉がなければ落ちていたという事実は覆らない。

 

 ならば、この借りは戦いによって返却を。

 

 そうする事が、彼への最大の返礼となるのだから。

 

「それよりも、加山くんはこれからどう動く? 弓場さんを失った事は、彼にとってかなりの痛手な筈だ」

『そうですね。恐らく、帯島さんとの合流を目指すのではないかと。彼は、仲間と連携してこそ活きる隊員です。帯島さん単体での脅威度はそこまで高いワケではありませんが、彼と組まれるとなると相当厄介な事になると予想されます』

「成る程。俺も同意見だ」

 

 それには、まず此処からどう動くべきかを考えなければならない。

 

 加山は今、弓場というチームの最大火力を失った形になる。

 

 基本的に弓場隊という部隊は、加山が盤面をコントロールして弓場という鉄砲玉をどう相手にぶつけるか、という方向性で作戦を練る。

 

 弓場は、攻撃手キラーとも呼ばれるエースだ。

 

 その早撃ちは近距離ではまず碌に反応は出来ず、中距離攻撃手段を持たない攻撃手相手には一方的に攻撃可能な鬼札となる。

 

 それ故に加山は相手を弓場の射程内へ向かわせるよう誘導し、必殺の早撃ちを以て仕留める。

 

 そういった方針を、彼等は取っていた。

 

 丁度、那須が彼の策に嵌まった時のように。

 

 弓場という弾丸を、策を用いて的確に相手に叩き込む。

 

 それこそが、弓場隊の得意とする戦略方針だった。

 

 しかし、現在弓場隊はその弾丸(エース)を失っている。

 

 となれば、取れる方針にも違いが出て来る。

 

 弓場隊の最大のポイントゲッターは隊長の弓場である事は間違いないが、それは他の隊員が点を取れないという事ではない。

 

 ただ、格上殺しがやり易いのがその戦術(スタイル)であるというだけで、香取隊と異なりエースがいなくなれば戦略が瓦解するという程極端なワケではないのだ。

 

 加山は合成弾と炸裂弾(メテオラ)トラップ、今回は持ち込んでいない可能性は高いが銃撃による奇襲等、点を取る為の決め技は無数にある。

 

 狙撃手の外岡は言うまでもなく、帯島もまた加山と連携して点を取るというケースもあった。

 

 しかし、弓場という最大火力を失ったというのは事実。

 

 その補填を、仲間との合流でカバーしようと考えるのはなんらおかしくはない。

 

「じゃあ、どうする? 此処は紅月さんに任せて、俺は熊谷の援護に向かうか?」

『いえ、これまでの行動を見るにそう思わせる事こそが狙いでその隙にこの場からの離脱を狙っている可能性もあります。紅月先輩が幾ら強いとはいえ、七海先輩の爆撃の圧がなくなるのは大きいですし』

 

 しかし、だからといって先んじて帯島を落とすべく七海が此処を離れればその隙を突いて加山が離脱してしまう可能性があった。

 

 以前にも加山は帯島にエスクードを使わせ、それを囮として逃走している。

 

 派手な動きやあからさまな最善の選択をこそ、彼は罠の仕込みとする。

 

 加山雄吾という少年は、そういう類の戦術家だ。

 

「ならどうする? 堅実に空から爆撃を続けるか?」

『それも良いですが、もう一手詰めたいですね。私に考えがあります』

 

 厄介なのは、その読みを外す為には最善の選択肢を捨てなければならないという事だ。

 

 巧く加山の裏をかければ良いが、そうでなければ堅実な勝ち筋を潰す結果にもなりかねない。

 

 加山の読みを外そうと思うのであれば、そういったリスクを許容しなければならなくなる。

 

 しかし、小夜子は。

 

 笑みすら浮かべて、七海に指示を告げた。

 

『まずは、逃げ道を()()()ましょう。これなら、一石二鳥ですよ』

 

 

 

 

(…………! 動いた…………っ!)

 

 加山は上空にいる七海が、グラスホッパーを展開。

 

 それを踏み込み、一気に前方へ。

 

 加山が目的地としていた市街地へ向かい、跳躍するのを見た。

 

 先回りをして、彼の道を塞ぐのが目的か。

 

(違う。それだけじゃない)

 

 否。

 

 それだけではない。

 

 七海は、メテオラのキューブを展開。

 

 それを分割すらせず、市街地へ向かって射出。

 

 着弾した弾丸は大爆発を起こし、その一角を吹き飛ばした。

 

(爆撃を使って市街地を瓦礫の山に変えて、目的地(ゴール)を遠ざける事そのものが目的か。それに、あのまま爆撃が続けば帯島が熊谷さんと戦ってる場所まで吹き飛ばされる。そうなれば、帯島の作ってくれた拮抗が崩れちまう)

 

 

 

 

『てワケだが、そっちはどうだ。やっぱり厳しいか?』

(はい、今は何とかエスクードを見せ札にする事で凌いでいますが、それが出来なくなると厳しいっす…………っ!)

 

 帯島は熊谷をハウンドで牽制しながら、加山の通信にそう答えた。

 

 彼女は今、熊谷と市街地で鍔迫り合いを繰り広げていた。

 

 加山の想定通りこの場で彼女の足止めの役割を担った帯島は、徹底的に遅延戦闘を行った。

 

 まともに鍔迫り合いを続ければ、受け太刀の名手である熊谷の方に分がある。

 

 故に、帯島が取ったのはヒット&アウェイを軸とした遊撃スタイル。

 

 ハウンドで牽制しつつ突っ込み、それが防がれれば即座に撤退。

 

 位置を変えて再びハウンドを撃ち、機を見て接近戦を仕掛ける。

 

 その繰り返しで、熊谷相手に拮抗状態を継続していた。

 

 熊谷を落とすのではなく遅延戦闘を行っていた目的は当然加山からの指示でもあったが、純粋に帯島だけでは彼女を撃破するのが難しいからだった。

 

 この熊谷は、以前にランク戦で戦った時よりも数段強い。

 

 太刀捌きも勿論だが、ハウンドという手札を自在に扱う事で以前は苦手としていた中距離戦も完全にカバーしている。

 

 しかも、これは帯島も同様だが彼女は決して無理をしない。

 

 彼女達のようなサポータータイプの剣士が点を取る際には、大なり小なり安定を捨てて攻め込む必要がある。

 

 故に、少しでも彼女に攻めっ気があればそこを突いて崩す事も出来た筈だ。

 

 しかし、熊谷はこれまで強引に帯島を攻め落とそうとはしなかった。

 

 敢えて隙を見せても、それに釣られては来ない。

 

 以前の熊谷であれば乗って来たであろう誘いにも、応じる素振りを見せない。

 

 それは、彼女がチームの駒として自身の役割に徹している事を理解させられた。

 

(多分、それだけじゃないですよね。熊谷先輩が攻めて来ないのは、こっちにエスクードがあるからだ)

 

 加えて、帯島は熊谷が攻めっ気を見せない理由にもう一つ心当たりがあった。

 

 今回、加山の指示でセットした(バリケード)トリガー、エスクード。

 

 先の交戦で帯島がこれを使った事で、エスクードによる奇襲を警戒しているからだ。

 

 エスクードは単純な盾としての運用や射出速度を利用した跳躍の他、地形を封鎖したり相手にぶつけて宙に浮かせるといった活用法がある。

 

 その真価は複雑な地形であればある程発揮され、屋内戦がメインである市街地Dなどではエスクードを十全に扱えば盤面を自在に操作出来る。

 

 熊谷の動きは、明らかにエスクードを警戒していた。

 

 帯島と撃ち合っている時も常に壁や地面に注意を払っていたし、一息でこちらを斬り伏せられる位置に誘導しても決して攻め込む事はなかった。

 

 あれはきっと、()()()()()()使()()()()()との戦いを想定────────────────否。

 

 ()()()()()()()()()()()からこそ、可能な動きだった。

 

(でも、七海先輩がいる那須隊と戦った記憶はないんですよね。加山先輩が入ってから那須隊とは戦いましたけど、その時はいなかった筈ですし────────────────いや、今はそんな事を気にしてる場合じゃないか)

 

 記憶と現実の齟齬に違和感を抱きつつも、帯島はそれを即座に一蹴。

 

 今考えるべき事ではないと思考を切り替え、対峙する熊谷を見据えた。

 

(加山先輩の作戦を成功させるには、熊谷先輩に何とか隙を作らないといけない。でも、それが簡単に出来るような相手じゃないすね)

 

 先程の加山の指示を実行する為には、熊谷相手に一瞬でも良いから隙を作らせなければならない。

 

 ()()()()がある以上、無駄な手は打てない。

 

 確実に、作戦を成功させる必要があるのだから。

 

(加山先輩の指示で一回、熊谷先輩相手に見せ札として二回。これだけで、トリオンをごっそり持っていかれたっす。エスクードはやっぱり、燃費が激しいです)

 

 これまでに三度、帯島はエスクードを使用していた。

 

 一度目は、加山の指示でバイクを吹き飛ばした時に。

 

 二度目と三度目は、熊谷相手にエスクードを見せる為に。

 

 それぞれ、使用している。

 

 加山の作戦遂行にはエスクードが必須であるが、正直あと一回か二回使えれば上々だと帯島は分析している。

 

 エスクードはその強度も然る事 ながら応用性が高く、様々な場面で役に立つ優秀なトリガーだ。

 

 だというのに使用者が少ないのは、偏にその燃費の悪さがある。

 

 エスクードは他のトリガーと比較しても、極端に燃費が悪い。

 

 加山のようにトリオンが豊富な者であればまだしも、帯島は彼のようなトリオン強者ではない。

 

 決して低い数値ではないが、それでも彼のようにエスクードを自在に扱える程ではない。

 

 加えて帯島は攻撃手段として弧月だけではなく、ハウンドを多用している。

 

 射撃トリガーは物質化すれば良いブレードと異なり、使用する度にトリオンを消費する。

 

 これまでに相当な数の追尾弾(ハウンド)を撃っている為、帯島のトリオン残量は相応に少なくなっている。

 

 これ以上、長々と遅延戦闘を続ける余裕はない。

 

 弓場が落ちた以上、此処から先は一手の間違いも許されないのだから。

 

(なら、自分が取るべき手段は────────)

 

 帯島はそう決意し、そして。

 

 その場で踵を返して、()()()()()

 

 

 

 

(…………! 此処で逃げる? いえ、加山くんと合流に向かうつもりね)

 

 熊谷は突然逃走した帯島を見て、即座にその意図を理解した。

 

 これまでひたすらに遅滞戦闘を行った帯島に付き合った熊谷であるが、弓場が落ちた事は既に聞いている。

 

 この状況下であれば、帯島の狙いは加山との合流にあるのだろう。

 

 正直、帯島と加山に組まれれば熊谷とて厳しいと言わざるを得ない。

 

 これまで遅滞戦闘が成立していたのは双方の思惑が一致していた事もあるが、両者共に攻撃に向いた駒ではない事も関係している。

 

 熊谷も帯島も、基本的な役割は隊のサポーターだ。

 

 チャンスがあれば点を取りに行く事もあるが、この試合での役割は専ら相手チームの防御役の足止めにあった。

 

 熊谷が那須のカバーに回れば弓場相手でも落とされなかった可能性はあるし、帯島が弓場と共にいれば彼の隙をフォロー出来ていた可能性もある。

 

 それをさせなかった以上、彼女達の遅滞戦闘には相応の意味があったのだ。

 

 しかし、弓場が落ちた事で帯島には時間がなくなった。

 

 これまではエスクードを警戒して無理に攻め込まなかった熊谷であるが、既に帯島にエスクードを連打するだけの余力がない事は理解していた。

 

(昇格試験での経験が活きたわね。あの時あの時選択肢の一つとしてエスクードも練習してみたけど、素の私のトリオンじゃ碌な数を使えなかったし)

 

 以前の昇格試験、第三試合。

 

 ビッグトリオンルールという特殊ルール下で行われる試合で、彼女は14という二宮と同等のトリオンを設定された上で参戦した。

 

 その時にビッグトリオンを活かす為にどんなトリガーを使うべきか色々と試していたのだが、その中に当然ながらエスクードという選択肢も挙がっていた。

 

 試しに元のトリオンのままエスクードを使ってみたのだが、結果としては数回しか碌に出せずにそのままトリオン切れに陥った。

 

 燃費が悪いとは聞いてはいたが、あれ程とは思わなかった。

 

 帯島はそれを、既に3度も使っている。

 

 彼女のトリオンは恐らく自分よりも高いだろうが、七海のようなトリオン強者ではない事はハッキリしている。

 

 燃費が最悪なエスクードを三度も使用し、ハウンドもあれだけ使っているのだ。

 

 残るトリオンはそう多くはないと、熊谷は察していた。

 

 そんな彼女が向かう先など、加山の所以外は有り得ない。

 

 つまり、この場で熊谷を抑える事よりも加山と合流した方が勝率が高いと帯島は────────────────否。

 

 弓場隊は、判断したのだ。

 

 無論、何の策もなく逃げを選ぶとは思っていない。

 

 恐らく加山から何かしらの策を授けられているだろうし、油断すれば一気に食われかねない。

 

(でも、折角孤立した加山くんにチームメイトを合流させるワケにはいかないわ。追うしかないわね)

 

 罠がある事は、承知している。

 

 しかし、追う以外の選択肢は残されていない。

 

 那須は落ち、茜も己の役割がある以上。

 

 この場で彼女を追えるのは、熊谷以外にいないのだから。

 

「小夜子、帯島さんを追うわ。ナビをお願い」

『分かりました。サポートします』

 

 熊谷はオペレーターにナビゲートを依頼しつつ、弧月を納刀。

 

 いつでも対応が可能なように警戒しながら、帯島が向かった路地へと駆け出した。

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