(帯島は動き出したか。じゃあ俺も、こっちをどうにかしないとな)
加山は帯島からの連絡を受け、背後を警戒しながら前方へ走る。
今の加山は後方をライ、前方を七海に挟まれた形となっている。
この陣形は七海とライを食い合わせるにも適しているが、そう簡単にいくとは思っていない。
何故なら、七海には回避に使えるサイドエフェクトが、ライには純粋に高い個人戦闘力と卓越した判断力が備わっているからだ。
お互いへの被弾を考慮はしないだろうが、加山を狙った流れ弾に当たるような者達ではない。
彼等はチームメイトではないが、この場に置いての利害は一致している。
加山が落ちるまでは、お互いを積極的に狙う事はないだろう。
(俺が位置を晒されなければどうとでも出来たんだが、それを言っても仕方がない。今は、この状況から出来る事を全力でやるだけだ)
試合は自隊にとって理想的とは程遠い展開になってはいるが、だからといって此処で諦める程加山は潔くはない。
別に何かが懸かった戦いであるとか、負ければ何かを失うだとか、そういう戦闘でもない。
けれど、やるからには勝ちたい。
相手の鼻をあかして、ドヤ顔をしてやりたい。
そんな欲が、今の加山には芽生えていた。
だから、手段を選ぶつもりはないが一線は弁えている。
ヒュースの時のように個人的事情が絡んだなりふり構わない戦いであったのなら鳩原の狙撃にわざと被弾し精神的揺さぶりをかける、といった手管も使っていたかもしれないが、この試合でそれをやるのは無粋というものだ。
あの時はヒュースの件があったから一線を越えてしまったが、彼女は加山にとってなんら含む所のない相手である。
何故か個人的に好感を抱き難い相手ではあるが、近界民に対するそれのような明確な嫌悪感は抱いていないので気の所為だろう。
ともあれ、帯島に指示した作戦を実行する為には最低限此処から七海のいる場所へと近付かなければならない。
無論接近すれば容赦のない攻撃に晒されるだろうが、このまま此処に留まっても状況は悪化するばかりだ。
ならば、賭けに近い策であってもやり遂げるしかない。
(帯島に頼り切りにならないよう、俺も出来る事をやってやる。上からこっちを見下ろしてるエース二人に、目に物見せてやるよ)
『地形から帯島さんの逃走ルートを計測、表示します。そこは茜の監視の圏外ですので、あくまでも参照程度に留めて下さい』
「了解。助かるわ」
熊谷は小夜子のナビゲートを受け、路地に消えた帯島を追っていた。
かなり入り組んだ路地である為、帯島の姿は視認出来ない。
しかし前方から足音は続いている為、そう離れた場所にいない事は分かる。
足音の発生源は小夜子が提示した逃走ルートに沿っており、その事からもまだ追いつける範疇にいる筈だ。
(旋空で建物を斬る…………? いえ、その隙を突かれる可能性も0じゃないわ。私には、生駒先輩のように自在に旋空を使えるワケじゃない。一手を無駄どころか足を止めるだけの結果にもなりかねない以上、博打は打つべきではないわ)
だからといって、旋空で建物を斬って進むというのも憚られる。
生駒のように跳んだり跳ねたりしながらでも自在に旋空を撃てるのであれば別だが、熊谷は生憎そこまでの域には到達していない。
旋空を撃つには、足を止める必要がある。
その隙に距離を空けられたり、斬った建物を隠れ蓑に奇襲をかけられるリスクは冒すべきではない。
それに。
(来た…………っ!)
向こうからの攻撃も、想定しなければならないのだから。
曲がり角の向こうから襲い来る、無数の弾丸。
その軌道から、弾種は間違いなく
これまで幾度となく帯島が使用していた弾が、自身を追う熊谷を足止めすべく降り注ぐ。
「このくらいっ!」
熊谷はそれを回避するのではなく、広げたシールドを使って防御。
足を止める事なく、路地の先へと突き進む。
(見えた…………っ!)
路地の向こう。
その曲がり角の先に曲がる、小柄な人影が垣間見えた。
今の背格好からして、間違いなくあれは帯島。
レーダーの反応も、曲がり角の向こうにある。
追いつける。
そう確信し、勢い込んで駆け出そうとして。
(────────────────待ちなさい。本当に彼女は、ただ逃げているだけなの?)
これまで幾度も格上殺しに貢献して来た熊谷の経験が、帯島の行動の不自然さに気付いた。
確かに、彼女が加山との合流を狙うのはおかしな事ではない。
弓場を失った以上、単体の突破力で他の二部隊のエースに劣る加山はチームメイトと連携するしか勝ち筋がないように見える。
加山の真骨頂が絡め手による奇襲である以上、これ事態になんらおかしな事ではない。
問題は、果たして今の加山が単純な合流
加山は報告によれば、障害物のない瓦礫の上を走っているらしい。
しかも、その向かう先では今まさに七海による爆撃が継続している。
帯島が加山に合流するのなら、七海の爆撃を潜り抜けるか、遠回りになるのを覚悟しつつ迂回するしかない。
身内贔屓というワケではないが、七海の爆撃を帯島が突破するのは現実的ではないように思える。
確かにエスクードを盾には出来るだろうが、爆撃で障害物を吹き飛ばされればそのまま削り殺されるだけだ。
帯島には加山程のトリオンがない以上、エスクードを使用出来る階数には限度があるしシールドの強度も熊谷と大差はない。
加えて、帯島はシールドを片枠エスクードに変えている可能性もある。
帯島の基本のトリガーセットでは、空き枠は一つのみ。
そこからエスクードとダミービーコンという二つのトリガーをセットするのであれば、何かしらトリガーを抜く必要がある。
この場合、選択肢としては二択。
アステロイドか、シールドだ。
熊谷との戦闘が始まってから帯島はアステロイドを使う素振りはなく、
しかし、両防御を行った方が良い場面でもそれをしなかった事から、シールドを片方エスクードに変えている可能性は高いと熊谷は考えている。
その事からも、帯島が加山との合流と言う実現難易度の高過ぎる目標に向かっているのは違和感がある。
(帯島ちゃんは、加山くんとの合流が狙いじゃない…………? そういえば、帯島ちゃんはエスクードの他にもう一つ、普段は使ってないトリガーを使っていた。つまり、この反応は…………っ!)
更に、この試合で帯島がエスクードの他にもう一つ新たにセットしていたトリガー。
ダミービーコン。
このトリガーは、トリオン反応を偽装しレーダーを攪乱する事の出来るオプショントリガーだ。
確かに、帯島の反応はこの曲がり角の先にある。
けれど、ただ反応を示すだけならば。
それは、
つまり、帯島の狙いは────────。
(ビーコンの反応を囮とした、不意打ち…………っ! なら、今のうちに建物ごと薙ぎ払う…………っ!)
ダミービーコンでその場にいると見せかけ、その反応を追って来た熊谷を奇襲で仕留める。
これに、違いないだろう。
ならば、こちらが帯島の狙いに気付いた事を悟られる前に。
旋空で、建物ごと両断する。
恐らく、帯島は路地の向こうの目立たない場所でバッグワームを纏って隠れている筈だ。
ならば、旋空で不意を突ければそれで仕留められる可能性もある。
そうでなくとも、向こうの想定にない動きをすれば意表を突ける筈。
先程はリスクを鑑みて使用を控えた手ではあるが、この状況で躊躇っている暇は無い。
(旋空弧月)
熊谷は迷いなく弧月を抜刀し、そして。
旋空を、撃ち放った。
(そうだ。
加山は、七海の待ち受ける場所に向かいながら帯島の動向に意識を向ける。
こちらの狙いがある程度バレる事は、承知の上。
那須隊の練度が加山の知るそれよりも遥かに高いのは、既に理解した。
故に、あからさまな釣りには乗らないだろうという確信があった。
(もう、あれは俺の知る那須隊じゃない。それこそ、A級部隊を相手取ると思って動くべきだ。なら、これが
それは、相手が優秀である事を前提とした策。
最善を掴み取り、格上を打ち倒して来た相手にこそ効く罠。
加山は、それを仕掛けた。
(帯島の狙いが熊谷先輩の撃破にある事には、気付いただろう。だからこそ、逆に不意を撃つべく旋空を使う。生駒さんがそうであるように、壁越しの攻撃ってのは奇襲に最適だからな)
この状況下で自分と帯島の合流の達成が困難な事は、充分に理解している。
故に、最初から帯島との合流を第一とするつもりはなかった。
そんな無為な事に帯島を使い潰すよりは、きちんと役割を果たして貰った方が遥かにメリットがある。
だからこそ、最初から目標は決まっていた。
それを、読まれる事すらも。
加山の中では、想定内なのである。
(那須先輩の時は違って、オペレーターに相談する時間なんか無い筈だ。今後の作戦の指示なら受けられるかもしれないが、モタモタしていると本当に帯島を見失いかねない以上は自分で機転を利かせるしかない)
那須の時は、ある程度向こう側に準備する時間があった。
その間にオペレーターの指示を受け、あの作戦を実行したのだろう。
那須をターゲットとした心理分析を元に作戦を組み立てていた以上、加山の想定が外れたのは当然と言えば当然である。
しかし、今回はそのような時間はない。
帯島の機動力はずば抜けて高くはないが、低くもない。
並程度の機動力しか持たない熊谷では、一度見失えばそのまま追いつけなくなる可能性がある。
故に、即断で行動しなければ手遅れになる。
それを分かっているからこそ、熊谷は自身の判断で動くだろう。
彼女の心理傾向、それに則った形で。
(オペレーターの心理分析はこの試合じゃ難しいが、熊谷先輩の思考傾向はある程度推測出来た。だからこそ、これで良い)
ニヤリと、内心で笑みを浮かべつつ加山は拳を握り締めた。
(那須隊にはやりたい放題やられた分、お返しをする時だ。やってやれ、帯島)
「え…………?」
旋空を撃った、その直後。
熊谷は、予想外の光景に瞠目した。
確かに、彼女の推測した通り曲がり角の向こうには宙に浮かぶダミービーコンがあった。
しかし、彼女の────────────────帯島の姿が、見当たらない。
てっきり物陰に隠れているとばかり思っていた帯島が、何処にもいない。
それは、刹那の思考の空白。
完全な想定外に、虚を突かれる。
『熊谷先輩、
「…………!」
小夜子の
上空。
暗い路地の上方に、彼女はいた。
バッグワームを脱ぎ捨て、弧月を構えた帯島が。
屋上に手を付き、跳躍。
こちらに向かって、剣を振りかぶっていた。
「く…………!」
弧月は、旋空を撃った直後の硬直で迎撃には回せない。
より広範囲を薙ぎ払おうと、全力で振り抜いたのが裏目に出た。
如何に、熊谷が受け太刀の名手であろうと。
剣が使えない状況では、その技能は発揮出来ない。
加えて、あの体勢から放たれる攻撃は間違いなく旋空だ。
通常の弧月では、そもそも旋空を防ぎ切れない。
ならば、やる事は決まっていた。
「ハウンドッ!」
射撃トリガー、ハウンドの射出。
無数に分割した弾幕で、降下して来る帯島を迎撃する。
当たらずとも、足を止められればそれで充分。
その隙に体勢を立て直し、迎撃すれば良い。
弧月を使用可能になりさえすれば、鍔迫り合いではこちらに分がある。
対処出来る。
熊谷は、そう考えた。
「な…………っ!?」
だが。
その思惑は、分厚い壁によって遮られる事になる。
熊谷のハウンドが向かう先に突き出た、ボーダーのマークが刻まれたバリケード。
エスクードが、家屋の壁から突き立っていた。
分割や誘導設定が甘かった事もあり、熊谷のハウンドはエスクードによって弾かれ消滅する。
オプショントリガーの中でも最高クラスの硬度を持つその壁は、ハウンド如きの威力では傷一つ付きはしない。
されど。
「────────!」
「ぐ…………っ!!」
高レベルの硬度を持つエスクードすら斬り裂く、防御不能の斬撃。
それこそが、旋空。
帯島が上段に振り下ろした斬撃が、エスクードごと熊谷を両断。
壁によって斬線を見極められなかった熊谷はその一撃を受け、致命。
『戦闘体活動限界。
機械音声が、熊谷の敗北を告げる。
熊谷のトリオン体は罅割れ、崩壊。
光の柱となり、戦場から消え去った。