痛みを識るもの   作:デスイーター

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クロスランク戦⑭

 

 

「…………っ!」

 

 ポスン、と音を立てて生身の熊谷が緊急脱出(ベイルアウト)用マットに落下する。

 

 その何度も経験した感触により、熊谷は自身の脱落を改めて自覚する。

 

 彼女は、あの場面で読みを外し────────────────否。

 

 こちらの読みを当てられ、その裏をかかれた。

 

 最善を選んだつもりが、その選択自体が敗因に繋がった。

 

 結局、自分は那須と違い何の成果もなく脱落してしまった。

 

 あの大規模侵攻でも、ほんの少しの助力が出来ただけ。

 

 矢張り、自分は変われてはいないのか。

 

 壁を乗り越えたつもりで、本当は前に進めてはいないのか。

 

 そんな悲観的(ネガティブ)な思考が過り────────。

 

「いえ、今はそんな事を考えている時じゃないわ。今、出来る事をやらないと」

 

 ────────────────()()()()()()と切り捨て、すぐさまマットから起き上がり小夜子と那須の待つ部屋へ向かった。

 

 今の脱落が自身の力不足である事は分かっているが、それは今思案するべき事ではない。

 

 重要なのは、()()から。

 

 敗北を無為に帰するか、糧とするか。

 

 それは、これからの働き次第で決まって来る。

 

 自身が緊急脱出しても、試合はまだ続いている。

 

 ならば、自分だけが体感した事を情報としてチームに提供し、勝利への道筋を開く仕事が残っている。

 

 反省は、後でも出来る。

 

 戦闘が続いているのであれば、後ろではなく前を向く。

 

 それは、A級まで駆け上がった時に徹底的に遵守した当たり前の事(てっそく)なのだから。

 

「くまちゃん」

「熊谷先輩」

「謝罪は後で。それより、帯島ちゃんの事だけど────────」

 

 那須と小夜子に対し、熊谷は早速情報提供に入る。

 

 二人は共に彼女の意思を汲み、熊谷の語る内容を傾聴する。

 

 そして。

 

 

 

 

『という事で、帯島ちゃんの残るトリオンは僅かです。熊谷先輩から聞いた彼女の挙動からしても、間違いは無いかと』

「了解した。熊谷には感謝だな」

 

 小夜子から通信で伝えられた情報を聞き、七海は頷く。

 

 熊谷と帯島は拮抗状態が続いている事は聴いてはいたが、その戦闘内容まではまだ報告はされていなかった。

 

 帯島が他の戦場に介入する可能性が殆どなかった以上、他の情報の伝達を優先した結果である。

 

 しかし、その帯島を抑えていた熊谷がいなくなった以上彼女の対処も必要になる。

 

 エスクードとダミービーコンという普段セットしていなかった武器を持ち込んでいる事も含めて警戒していたが、帯島の現状が熊谷の口から伝えられた事で状況が見えて来た。

 

 帯島は無理にエスクードを用いた事により、トリオンは残り少ない。

 

 熊谷によれば攻撃に寄って痛打を与えられなかったが、エスクードは使えてあと一度か二度が限度だろうとの事。

 

 数を用いなければそこまでトリオンを食わないダミービーコンは未だ警戒する必要があるが、エスクードに対する脅威はそこまで感じる必要はないだろうというのが小夜子と熊谷の見解である。

 

『ええ、これは貴重な情報ですからね。勿論、それを加味した動きを弓場隊が取って来る事も想定しなければなりませんが』

「ああ、こちらに帯島の残存トリオン量が大まかに伝わった事は気付いている筈だ。なら、それを前提に策を用意している可能性がある」

 

 問題は、それすら加味して加山が作戦を立てているであろうという事だ。

 

 熊谷は帯島相手に瞬間的な機転を利かせる必要に迫られ、その極限状態下での思考を読まれて敗北した。

 

 帯島の戦闘記録とこれまでの動きを見る限り、彼女単体でそれ程の読みが出来るとは考え難い。

 

 十中八九、予め加山から策を授けられていたに違いない。

 

 無論熊谷がそうであったように瞬間的な機転は帯島自身が行わなければならないが、事前にそうなった時の行動を指示されていれば彼女はその通りに動くだろう。

 

 普通に作戦を立てたのでは、読まれる。

 

 そういう意識をしていかなければ、加山相手には裏をかかれて自滅するだけだ。

 

 心理戦に長けた相手との戦いの厄介さを、七海は改めて実感していた。

 

 まさか、堅実な論理だけではなく推測を含めた不確定要素塗れの戦術を使う相手が此処まで脅威だとは、考えてはいなかった。

 

 単体での戦力はそこまで突出しているワケではないが、チーム戦での厄介さは群を抜いている。

 

 七海同様、集団戦でこそ真価を発揮する駒。

 

 それが、加山雄吾。

 

 今自分達が相手にしている、狡猾な戦術家である。

 

「どうする? 今取れる選択肢は、多くはない筈だが」

『裏をかこうとして奇策ばかりを撃っても、安定性が消えますからね。此処はあくまで堅実に、地力を押し付けに行きましょう』

 

 しかし、その性質は既に理解出来ている。

 

 熊谷の時は帯島が単騎で熊谷を倒そうとする可能性を半ば捨てていたので、加山が何らかのアクションをするか外岡を投入すると考えていた為に読みを外してしまったのは痛恨だが、これで向こうの思惑は理解出来た。

 

 後は、それを前提に作戦を組み上げるのみ。

 

 とは言っても、熊谷が落ちた時点で既にそれは用意出来ている。

 

 熊谷の情報を得てリアルタイムでアップデートした情報を元にしているが故に、その精度は高い筈だと。

 

 小夜子は、そう自覚していた。

 

『まずは、帯島ちゃんを削り殺しましょう。爆撃を続けて、近付かせる間もなくトリオン切れまで追い込むんです』

 

 

 

 

「…………!」

 

 帯島は自身のいる一帯に向けて放たれた無数の光弾を見据え、すぐさま追尾弾(ハウンド)を放った。

 

 威力ではなく手数を重視している為か一つ一つの弾丸がさほど大きくはなく、代わりに数が多い。

 

 全てを迎撃するのは無理だと諦め、特に弾幕の密度の高い場所へ向けてハウンドを撃ち込む。

 

 帯島の弾は無数の光弾に着弾し、起爆。

 

 空中で連鎖的に爆発が起こり、同時に撃ち漏らした約半数の弾が飛来。

 

 建物に着弾し、次々に爆発が発生した。

 

「く、やっぱりこのまま削り殺すつもりっすか」

 

 この爆撃の意図は、すぐに分かった。

 

 恐らく、七海は熊谷から帯島の残りトリオンが少ないであろう事を聞き、爆撃を継続する事でトリオンが切れるまで封殺するつもりだ。

 

(この傷があるから、トリオン切れで落ちれば那須隊にポイントが入る。それは避けたいって、加山先輩は言ってたっすね)

 

 帯島は大きなダメージこそないが、熊谷との鍔迫り合いを続ける中で掠り傷程度の小さな傷は負っていた。

 

 トリオン切れで緊急脱出した場合、その隊員に試合中最も大きなダメージを与えた部隊にポイントが加算される。

 

 たとえ戦況に影響がない掠り傷であろうと、ダメージはダメージとして換算される。

 

 エスクードを三度も使った帯島の残るトリオンは、僅かだ。

 

 このままトリオン切れまで爆撃を続けられれば、彼女は脱落し那須隊に点が入ってしまうだろう。

 

 それは避けたいと、先程加山は言っていた。

 

『帯島、労う暇もなくて悪いが次の指示だ。お前は────────』

 

 そこに、加山から通信が入る。

 

 この状況を見越していた彼は、帯島に短く指示を伝える。

 

「了解」

 

 帯島は一言、返答を行い。

 

 信頼する指揮者の命に従い、動き出した。

 

 

 

 

(予想通り、帯島を削り殺しに来たか。単純だけど、だからこ効果的で裏をかき難いのが困りどころだな)

 

 帯島に指示を伝えた加山は、七海の方へと駆けながら舌打ちした。

 

 熊谷を敢えて加山の作戦だと分かる方法で仕留めた事でこちらの裏をかこうと奇策に走ってくれる可能性も期待していたが、矢張りこの程度では揺れてはくれないらしい。

 

 弓場を失った以上、正面切っての戦いでは自分達が明らかに不利だ。

 

 この状況でこちらがやって欲しくない事を、敵の指揮官は良く理解している。

 

 今回の場合、こちらの裏をかく奇策を投入されるよりも、正攻法のごり押しで来られるのが一番厄介なのだ。

 

 何せ、総合的な戦力の部分で負けている以上、正面から地力を押し付けられれば崩す隙が殆どないからだ。

 

 奇策は確かに決まれば効果的だが、反面読みを外したり期待していた程の効果が出なかった場合は却って状況が悪化する諸刃の剣なのだ。

 

 弓場の待ち伏せという奇策はああするしか盤面を覆す手段がなかったからこそ敢行したが、本来ああいった策はあまり採用すべきではないのだ。

 

 これに関しては、二宮隊がその見本である。

 

 彼等は二宮というMAP兵器じみた強さの駒を十全に動かす事を第一として行動し、その作戦行動は基本的に正攻法で王道を行くものだ。

 

 戦術面で相手の裏をかく事すらも、賭けなどではなく彼等にとっては自身の経験を元にした堅実な戦術に過ぎないのだ。

 

 自ら隙を晒すような愚を、彼等は決して冒さない。

 

 だからこそ、B級一位の王冠を被り続けていられたのだから。

 

 それと同じで、今の弓場隊は戦力がかなり低下している。

 

 エースの弓場は落ち、帯島はトリオン切れによる脱落が秒読みの状態。

 

 加山も単騎ではなくチーム戦を主軸とする駒である以上、帯島が落ちてしまえば残る駒は自身と外岡の二枚のみ。

 

 七海やライが健在である以上一度きりしか使えない外岡という伏せ札だけで戦うには、幾ら彼とて限界がある。

 

 それを見抜いているからこそ、那須隊は奇策に走るのではなく正攻法で帯島を潰しにかかって来た。

 

 作戦を読めたとしても対処そのものが難しい、力押しの戦略(ノースサウスゲーム)

 

 此処でその択を取れる相手は、強い。

 

 自分たちの強みと、相手の性質。

 

 それを良く理解出来ていなければ、取れない一手だ。

 

(けれど、そう来る事自体は分かっていた。それならそれで、こちらに出来る手を打つだけだ。問題は────────)

 

 そこで、加山をチラリと後ろに目を向ける。

 

 同時、既に待機させていた強化追尾弾(ホーネット)を射出。

 

 こちらの様子を伺っていたライへと、無数の弾幕が降り注いだ。

 

 そう、敵は七海だけではない。

 

 背後から迫るライもまた、同様に彼にとって大きな脅威なのである。

 

 普通であれば帯島の救援に向かいたい場面ではあるが、牽制のホーネットを撃ち続けなければライに距離を詰められて仕留められるのが目に見えている。

 

 今こうして合成弾を使っているとはいえライを牽制出来ているのは、此処が障害物のない瓦礫の上であり尚且つ彼が加山と同じくシールドの枠を片方エスクードで埋めている為に両防御(フルガード)が出来ない為だ。

 

 加山もライも、トリオンに余裕がある為トリガーセットは8枠全て使用している。

 

 しかし様々な状況に対応出来るようにトリガーを選んだ結果、使い方によっては防御に使用出来るエスクードをシールド片枠の代わりにする他なかったのである。

 

 無論、その選択のリスクは加山自身誰より承知している。

 

 両防御(フルガード)が出来ないという事は、もしも回避が不可能な状態でアイビスのような威力の高い攻撃を撃ち込まれれば巧くエスクードで防御出来なければ凌ぐ手段がないという事だ。

 

 特に、エスクードを使えない空中ではそれが顕著となる。

 

 故に加山は強化追尾弾(ホーネット)を用いて上方と下方から同時攻撃を行い、ライの進軍を阻んでいた。

 

 どちらも相手に当てるのではなく、相手に防御を()()()事を目的とした軌道に設定した上で。

 

 此処が複雑な地形であれば三次元機動で突破されていたかもしれないが、今この場は七海の爆撃によって更地となった地点。

 

 この場限りに置いて、彼の牽制は有効だった。

 

(この膠着も、長くは続かない。きっと今紅月先輩を無理をしてでも攻め込んで来ないのは、鳩原先輩が狙撃位置に着くのを待っているからだ)

 

 されど、これがいつまでも続かない事は理解している。

 

 今ライが強引に攻めて来ないのは、より確実に加山を仕留める準備を整えているからだ。

 

 先程の弓場の拳銃を破壊した際に、鳩原の居場所は割れている。

 

 だが彼女を追う余力はなかった為に、今鳩原はノーマークだ。

 

 恐らくライは、鳩原が新たな狙撃位置に着くのを待っている。

 

 彼女に人は撃てないが、逆に言えばそれ以外であれば何でも撃てる。

 

 あの局面で弓場の二丁拳銃を一発の弾丸で同時破壊した手並みを見る限り、その狙撃技術はボーダーの中でもかなりの上位にあるだろう。

 

 あんな変態技を成功させられる以上、東のようにこちらの弾を撃ち落とすような真似をやってのけても何ら不思議ではない。

 

 このまま鳩原の準備が完了してしまえば、彼女のサポートを得てライはこちらを圧殺しに来るだろう。

 

 それが出来るだけの力量を、彼は備えているのだから。

 

(どっちも奇策は使わずごり押しをして来る以上、もうこっちのやり口は読まれてるな。こちらの土俵に上がるんじゃなく、自分たちの強みを押し付ける事を専念して来た。こうなると、出来る事は少ないな)

 

 けど、と加山を顔を上げ慎重にこちらの様子を伺うライの姿を見据える。

 

 彼等の実力は、既に嫌という程思い知った。

 

 成る程、あれだけの地力があればそれを押し付けるだけで勝てるだろう。

 

 こちらが四苦八苦しながら頭を悩ませていたのに良いご身分だ────────────────とは、思わない。

 

 他人の事情なんてそう簡単に理解出来る筈はないし、彼等には彼等なりの苦難や葛藤があったのだろう。

 

 それは自分の与り知るところではないし、加えて言えば関係のない事柄でもある。

 

 憎むべき近界民であればともかく、相手はボーダーの隊員。

 

 その実力を羨みはするが、醜い嫉妬を表に出すなど格好悪過ぎる。

 

 少なくとも、ボーダーで戦うという決意を示して正隊員になった時点で、大なり小なり何かしらの事情は抱えているものなのだから。

 

 彼等は、相容れない()ではない。

 

 ただ、試合と言う形式で戦っているだけの同じ組織の仲間なのだ。

 

 ならば、今やるべき事は変わらない。

 

 自分なりのやり方でこの試合を戦い抜き、目に物を見せてやって気持ち良く勝つ。

 

 それだけだ。

 

(さあ、付き合って貰いますよ先輩方。泥臭いやり方でしょうが、こっちはそれが本領なんでね。エネドラ(あいつ)の言葉じゃねぇが、吠え面かかせてやりますよ)

 

 三者が、三様に動く。

 

 各々が死力を尽くす、異邦の戦場は。

 

 佳境に、突入しようとしていた。

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