『もうすぐ位置に着くよ。そっちはどうかな』
「加山くんは今は大きく動くつもりはないみたいだね。けれど、ユカリが落ちるのも時間の問題だ。だから、このまま手をこまねくだけって事は有り得ないな」
ライは鳩原からの通信を受け、こちらに弾を撃ち続ける加山の姿を見据える。
先程から加山は高速の合成弾生成を用いて、幾度も
単なる
事実、ハウンドであれば無理なく突破は可能だとライ自身自負している。
確かに彼はエスクードにシールドの枠を片方使っている都合上
エスクードによる瞬間加速もある為、その気になれば強引に加山に迫る事は不可能ではなかった。
それをしないのは、偏に防御を固めた加山に不用意に近付くリスクを勘案しての事だ。
加山には彼の代表的な手札であるエスクードの他、スパイダーやメテオラによる設置技に加えてこれまでに見せている合成弾の神速生成がある。
1対1での突破力はそこまで高いワケではないが、何の策もなしに踏み込んで良い相手ではない。
少なくとも、今はそのリスクを無視してまで強引に攻め込むべき時ではないとライは判断した。
『でも、本当に良いの? サポートするのはいいけど、加山くんの使うトリガーってエスクードか射撃トリガーのどっちかでしょ? 銃手トリガーは、今回持ち込んでなさそうだし』
「ああ、9割9分銃手トリガーはセットしていないと見ている。けれど、鳩原のサポートがなければならない理由がきちんとあるんだ。きっと、彼は────────」
ライは当然の疑問を呈する鳩原に対し、自身の見解を説明する。
その話を聞いて鳩原は成る程、と納得した。
『そっか。加山くんならそのくらいはやるよね』
「少なくとも、何の手も考えていない事は有り得ない。けれど、この状況下で出来る事には限界がある。最善の選択ってものは、状況によっては一択しかない場合もあるからね」
だから、とライは笑みを浮かべる。
「僕たちは僕たちが出来る最善の中で、最良のものを選び取れば良い。良い手札を揃えるだけじゃなくて、その中から如何に正解を選び取るかが勝利の秘訣ってやつだからね」
(まだ出て来る気配はないな。加山の方も、紅月さんにかかりきりのようだ)
七海は市街地への爆撃を続けながら、用心深く弓場隊の動向に警戒を張り巡らせていた。
先程から帯島がいる市街地への爆撃を敢行しているが、時折ハウンドで迎撃はして来るものの弾数が多い為に完全に防ぐには至らず、街並みは徐々に瓦礫の山と化しつつあった。
このままであれば、帯島はトリオン切れを待つ他ないだろう。
だから、何か仕掛けて来るだろうと七海は考えていた。
「小夜子、どちらも動きはないか?」
『ええ、相変わらず帯島さんはバッグワームを着たままのようです。射線の切れている場所を移動している為か、茜の方からも正確な座標は把握出来ていません。狙撃手の方も、まだ発見には至っていません』
そうか、と七海は頷き思案する。
現在、不確定要素は二つ。
帯島の最後の抵抗の有無と、狙撃手の存在。
前者は当然加山から何かしらの策を授けられているであろう帯島の動きであり、これには最大限に注意を払っている。
正直、彼女が単騎で熊谷を突破して来るというのは予想していなかった。
帯島が熊谷を倒すには狙撃手の力を借りる可能性が高いとばかり思っていただけに、敢えて援軍を見送っていた面もある。
熊谷を討ち取りに現れた外岡を釣り出し、そのまま仕留める為だ。
しかし、予想に反して帯島は単騎で熊谷を撃破し、こうして七海が対処に回らざるを得なくなっている。
加山に警戒を集中し、帯島への対応が少々甘かった結果と言っても良い。
その事に対する反省は後で行うとして、問題は此処から弓場隊が何を狙って来るかである。
現在、弓場隊は後が無い状況だ。
人数の上では三チームの中で最も多く残留しているが、帯島はトリオン切れが秒読み段階。
潜伏してこそ最大限に力を発揮出来る加山は現在ライとの戦闘の最中であるし、七海に狙撃は効かない為外岡を有効活用出来る機会は限られている。
エースの弓場の欠落は、火力不足という致命的な瑕疵を弓場隊に生んでいたのだ。
それでも戦えるのが今の弓場隊であるが、その戦術の肝となる加山の位置が晒されている以上出来る事は少ない。
(けれど、このまま終わるとも思えない。必ず、何か仕掛けて来る筈だ)
七海は、加山を侮らない。
最大の強みを潰した状態とはいえ、それでも彼の心理面を利用した戦略にはこれまで散々してやられて来た。
幾ら有利な状況とはいえ、警戒を緩めれば間違いなくそこを突かれる。
加山雄吾とはそういう相手だと、七海は既に認識していた。
「…………!」
だから、それにはすぐに気付いた。
正確には、
加山の生成した、合成弾。
ライへ向かうその弾の半数が、こちらを狙っている事に。
七海の
無数の弾丸が、上空へ向かった後山なりに落ちて来る。
その軌道の、意図は不明。
わざわざ上に撃ち上げた以上は、意味がある。
少なくとも、ただの派手な攻撃とは思わなかった。
(迎撃は悪手。あれは
七海は、その攻撃に対する対処を即断。
メテオラで迎撃するのではなく、グラスホッパーを使用。
加山の撃った弾の軌道から外れるように、跳躍。
彼から離れる形で、市街地上空付近へと移動した。
『今だ。帯島』
「了解っ!」
しかし、それこそを彼等は待っていた。
帯島は、加山からの合図を受けエスクードを起動。
(あれは、車…………っ!?)
突然飛来して来た物体に、七海は思わず瞠目した。
市街地から打ち上げられたのは、黒い乗用車。
普通であれば空を飛ぶ筈のないそれが、エスクード
無論、現実であればともかく此処は仮想空間。
加えて、トリオン体に通常に物質による攻撃は無意味。
生身の肉体であれば勢いの付いた車体が当たれば無事では済まないが、トリオン体であれば精々弾き飛ばされる程度で済む。
だからこそ、七海の
ぶつかってもダメージのない車であるからこそ、七海のサイドエフェクトは反応しない。
あと一歩気付くのが遅れていれば、車体は直撃し彼はバランスを崩していただろう。
「────────メテオラ」
しかし、何かして来ると警戒していた七海に限ってそれは有り得ない。
七海は分割すらせずに
空飛ぶ車は爆発により、吹き飛ばされた。
無論、七海の位置はその爆発に巻き込まれない。
自身の放った爆撃であっても、
自分が爆発に巻き込まれない位置で爆破するなど、お手の物だ。
背後で地面に着弾した加山の
「ええ、七海先輩ならそこまで対処するでしょうね。それくらいは、読んでました」
加山は、車の射出に難なく対処した七海を見上げ笑みを浮かべる。
それは、作戦の失敗した者の浮かべる表情では断じてなく。
ただ、己の目論見の成功を彼は思案していた。
「だから、当然二段構えです。行け、
「…………!」
そこで、気付く。
爆発の、その上。
そこに、弧月を振りかぶった帯島がこちらに向かって迫っていた。
何が、起きたのか。
簡単だ。
帯島はただ、車に捕まる形で跳躍し、車体を囮として七海の上を取ったのだ。
車体の射出が迎撃されるであろう事は、計算の上。
本命は、帯島を彼のいる高度まで上げる事。
加山の
エスクードジャンプで届く位置にまで、彼を誘導する事こそが狙いだったのだ。
(巧いな。けれど、対応は出来る)
こちらも気付くのが遅れていれば間に合わなかっただろうが、このタイミングであればギリギリで対処は可能だ。
旋空は確かに防御不能の斬撃であり空中では回避は難しいが、七海にはグラスホッパーがある。
帯島の一撃を躱して彼女を仕留める事は、容易い。
向こうにはグラスホッパーはなく、射撃トリガーは攻撃までにタイムラグがある為咄嗟の対応は不可能。
七海はグラスホッパーを展開し、迎撃の構えを取った。
「…………っ!?」
瞬間、七海の顔が衝撃で歪む。
彼の
家屋の一部と思われる、拳大の瓦礫だった。
ダメージはない。
トリオン体は物がぶつかった程度では傷一つ付かないのだから、当然である。
しかし、顎下に直撃した瓦礫の影響で、七海の視界は強制的に上を向かされる。
その隙は、致命的だった。
そもそも、帯島との距離はかなり近い。
先程のタイミングで迎撃がギリギリのタイミングだった以上、一瞬であろうともそれが遅れる事は即ち致命の隙を生んだに等しい。
帯島の旋空が起動し、刃が振り下ろされる。
『鳩原』
「了解」
されど、それに待ったをかける者達がいた。
アパートの屋上に上がっていた女狙撃手は、己の信ずる隊長の命を受け。
迷いなく、その引き金を引いた。
「…………っ!」
撃ち放たれた、一発の弾丸。
それは狙い過たず、帯島の持つ弧月を撃ち砕いていた。
「────────!」
そして、硬直から回復した七海が
その直後。
下方から飛来した弾丸が帯島の胸を貫き、致命傷を与えた。
誰が撃ったかは、瞭然。
爆風のカーテンの向こう側から、ライがイーグレットを用いて彼女を撃ち抜いたのだ。
今回もまた、七海を助けたのはあくまでも弓場隊に点を与えない為。
同時に、那須隊を出し抜いて帯島を討ち取る為であった。
『トリオン供給機関破損。
機械音声が帯島の脱落を告げ、トリオン体が崩壊。
帯島は光となって、戦場から脱落した。
「ごめんね。紅月君が君を落としたいって言うから」
それを見届けた鳩原は、彼女らしいコメントを呟きスコープから視線を外した。
空中で動いている相手の武器のみを破壊するという絶技を難なくこなして見せた鳩原は、先程のライの言葉を思い返していた。
────────────────恐らく、弓場隊はユカリをエスクードで跳躍させて直接七海くんを狙って来る筈だ。だから、ユカリの弧月を破壊して隙を作って欲しい。僕は、そこを叩く────────────────
結果として、ライの読みは的中。
予測通り空中に跳び出し七海を狙った帯島の弧月を、彼女は正確に撃ち抜いた。
人が撃てない。
これはどうあっても覆せなかった鳩原の瑕疵であり、彼女自身その事について思い悩んだ回数は数えきれない。
けれど、そうであっても彼女の狙撃手としての技術が卓越している事は事実。
ボーダーでも最高峰のその技術は、たとえ直接点を取れなくとも紅月隊にとって充分過ぎる貢献を果たしていた。
今回もまた、彼女は己の役割を果たし切った。
「え…………?」
────────────────だから、次の瞬間己の頭を弾丸が撃ち抜いた事に呆然となった。
狙撃を終えた後の、一瞬の隙。
そこに叩き込まれた弾丸によって、彼女は致命傷を負った。
鳩原は、うそ、と驚きを露にした。
先程弓場を狙撃した時に反応がなかった事から、他の部隊の狙撃手は自分を狙える位置にはいないと判断していた。
それに、この場所は付近の建物の中でも最も高い建造物だ。
今の一撃は、彼女のいるアパートに隣接している建物から放たれたものだった。
最初から鳩原が此処に陣取ると分かっていなければ、この狙撃は有り得ない。
そこに狙撃手を仕込めた理由が分からず、鳩原は困惑する。
『戦闘体活動限界。
機械音声が、鳩原の脱落を告げる。
紅月隊の女狙撃手は、混乱のまま光となって戦場から消え失せた。
「やれやれ、これで仕事完了っと」
鳩原を撃ち抜いた弾丸の主、外岡はスコープ越しに彼女の脱落を確認しふぅ、とため息を吐く。
これまで散々隠密に徹して来たが、この大一番で仕事が出来たのであれば何よりである。
「じゃあ、後は任せたっすよ加山くん。
そして、予め与えられていた指示通りに外岡は自ら緊急脱出を敢行。
弓場隊の狙撃手は、自分の意思で戦場から離脱した。
もう最終話まで書き上げてるから今日も投稿。