「これで出来る事は全部やった。完全な相打ちに持ち込めなかったのは、少し残念だけどな」
作戦室の
彼の脱落により、弓場隊は全滅。
しかし、種は撒いた。
七海を可能な限り万全な状態で生存させ、ライに痛打を与えた。
戦闘が長引けばライの
その為に、七海には余計なダメージを与えなかったのだから。
(お膳立ては整えた。後は、七海先輩次第だけど────────────────もう、賽は投げたんだ。あとは結果を待って、それを受け入れるだけだな)
(成る程、これはしてやられたな)
七海は自身と対峙するライ、その脇腹の傷を見ながら拳を握り締めた。
後がなくなり腹を括った加山の奇襲を警戒して
これまで弓場隊は、加山は、様々な方法で七海達の裏をかいてきた。
故に、相応に彼に対する警戒度は跳ね上がっている。
紅月隊の介入がなければ痛打を受けていた場面も、幾度かあった。
ライの方針次第では七海が真っ先に脱落する可能性も、当然の如く有り得たのだ。
那須の策で位置を曝け出されるという圧倒的不利な状況に陥っても尚、加山は思考を止めなかった。
その結果として那須に続いて熊谷も討ち取られ、更には紅月隊の鳩原も落とされて弓場隊は三点を獲得した。
現在の各部隊のポイントは、那須隊0Pt/紅月隊3Pt/弓場隊3Ptである。
紅月隊は、弓場・帯島・加山を。
弓場隊は那須・熊谷・鳩原を。
それぞれ落として、同数のポイントを獲得している。
そして、ライのあの傷。
加山の捨て身の一撃によって穿たれた傷は、浅くはない。
致命傷、というワケではない。
しかし、かといって無視出来るレベルの傷でもない。
行動に阻害はないだろうが、場合によっては時間経過でトリオン漏出による緊急脱出も充分有り得る。
その場合、ポイントが加算されるのはそれまでにライに最も大きなダメージを与えた隊員の属する部隊となる。
つまり、仮に七海との戦闘中にトリオン切れでライが脱落する事があれば、弓場隊は四点目を獲得する事になるのだ。
そうなれば那須隊の場合はライを倒して更に生存点を得ても三点止まり、紅月隊の場合も茜を落とせなければ四点で弓場隊と同位となる。
まだ、結末は決まっていない。
この先は、どのような結果に至る事も有り得るのだ。
全ては、此処から。
七海とライ。
二人の戦いが、全ての趨勢を決するのだ。
(厳しい相手だが、それでもあの
(最後の相手は七海くんか。
ライもまた、状況は理解している。
加山が残した爪痕は、想像以上に大きい。
彼は恐らく、弓場が落とされた時点で選択肢の一つとしてこの展開を考慮に入れていた。
即ち、自部隊の勝ちの芽を残し、最悪でも
帯島の弧月が破壊された時、外岡は既に狙撃位置に着いていた筈だ。
にも関わらず、彼は帯島への狙撃を止めようとはしなかった。
そういう
何故彼は、帯島への狙撃を防がずみすみす七海に一撃を入れる機会を見逃したのか。
なんの事はない。
加山は、弓場隊は、七海を一撃で仕留める保証がなければ
七海の真価は、集団戦にこそある。
茜のサポートがあるとはいえ圧倒的な単騎での突破力を持つライ相手の一騎打ちは、ただでさえ厳しいのだ。
それに加えて腕や足を失っていれば、最早劣勢は明らかだろう。
勝率は、今より遥かにか細いものになっていた筈だ。
その場合、ライが那須隊を全滅させて弓場隊の得点を上回る可能性が出て来る。
だからこそ、加山は七海に余計なダメージを与えないよう鳩原の狙撃を妨害しなかったのだ。
最初から、鳩原を落とす事だけに焦点を絞り。
自分が落ちた後の展開を、少しでも自部隊の利益に繋がり易いように。
盤面を、調整していたのだ。
これが、弓場隊が鳩原の狙撃を
最後まで勝つ為の思考を止めなかった、加山の足掻きの結果である。
(見事だ。けれど、僕も負けてやるつもりは毛頭ない。勝利条件は、あと少しでクリア出来る────────────────なら、全力で事に当たるだけだ)
ライは弧月に手をかけ、姿勢を低くする。
それと同時に七海は身体を沈み込ませ、グラスホッパーを展開。
二人の視線が、ぶつかり合う。
七海とライの視線が交差し、そして。
「────────」
「────────」
────────疾駆。
瓦礫の山の最中。
最後に残った二人のエースの戦闘が、始まった。
「────────メテオラ」
初手は、七海。
その手から展開されたキューブが無数に分割され、射出。
こちらへ向かって来るライへと、弾幕が向かう。
この試合で加山を散々追い込んだ、広範囲に及ぶ爆撃。
トリオン強者たる七海が放つ弾は、直撃すればそのまま固められるだろう。
「────────バイパー」
しかし、ライはそれに即座に対応。
バイパーを繰り、無数の弾を空中で撃墜。
瓦礫の山の上に、次々に爆発が連鎖。
爆音が、周囲を席捲した。
「────────!」
しかし、それで止まるような七海ではない。
否。
その爆発の隙間を縫うように移動し、曲芸の如き動きでライへと迫る。
空中で撃墜されたとはいえ、トリオンを注ぎ込んだメテオラの爆破範囲は地上にまで及んでいる。
それを躱すには相応に姿勢を低くするか、七海のように的確な移動経路を見付ける他ない。
メテオラを至近で爆破し、それを相手の目晦ましとしながら行動を封鎖。
自身が被弾する攻撃の範囲を正確に察知出来るその力をフルに活用し、自身のみが有利な環境で立ち回る。
メテオラ殺法。
七海が得意とする、必殺の遊撃戦法である。
これは巧く嵌まれば相手の行動を一方的に封殺し、徐々に逃げ道を塞ぐ事が出来る強力な固有戦術だ。
「────────そこか」
「…………!」
しかし、万能の必勝戦術というワケではない。
ライは、待機させていた無数の光弾を射出。
爆発の合間を縫う七海へと、同じように爆煙の隙間を通り抜ける形で
その光景に、七海は表情を険しくする。
このメテオラ殺法は一見強力極まりない戦術に見えるが、弱点もある。
それは、幾ら七海が爆発の合間を縫うように移動出来るとはいえ、爆破が発生している事自体は変わらない為自分自身の移動経路もおのずと制限されてしまう事だ。
普通であれば、爆撃の隙間を移動する七海を射撃トリガーなどで狙える筈がない。
射撃トリガーは弾体をカバーで包み込み、その
その場にダメージを発生させる、という仕組みだ。
そして無論、このカバーは爆撃によっても破壊される。
七海を狙おうとしても、
(なんてコントロールだ。まるで、玲みたいだな)
しかし、ライはそれを精密な弾道のコントロールによって実現した。
爆発の間の細い道筋を、的確な
移動経路に制限がかかっている七海に、集中砲火を浴びせる。
それを実現しているのは、彼の並外れた弾道制御能力だ。
那須や出水以外にこれ程の精密な技巧を持つ射撃トリガー使いがいるとは、考えてもみなかった。
七海の眼から見ても、ライの弾道制御は那須のそれと比べても差支えが無い程の練度を誇っている。
まるで、彼女から直接教わったかのような。
そんな、既視感を抱いた。
無論、そんな事は有り得ない筈だ。
那須は、ライと直接話した事も戦った事もないと言っていた。
それなら、気の所為だろう。
引っかかる事はあるが、それは今考えるべき事ではない。
七海は冷静に、ライの攻撃への対処を導き出した。
迫り来る無数のバイパーに対し、七海はシールドを張りつつ疾駆。
グラスホッパーは使わず、己の機動力のみで変化弾の追撃を振り切る。
「まだだ」
「…………!」
されど、その行動は既に予測されていた。
ライは七海が向かった爆撃の道の出口に、無数の光弾を向かわせていた。
どうやら、彼は予めバイパーの一部を迂回させ、この場所に来るよう設定していたらしい。
爆発の間を進む以上、グラスホッパーのような加速補助の利用は厳禁だ。
何せ、
繊細な制御が必要な曲芸に、加速の
だからこそ、これは利く。
加速が制限された状態であるからこそ、バイパーへ対処する為にはシールドを張って足を止めざるを得ない。
無数の爆発の連鎖で視界も塞がれている以上、
爆発を
それは、先程弓場隊相手に見せたそれと同じだ。
「こっちの台詞だ」
「…………!」
七海は、シールドをとグラスホッパーを同時に起動。
シールドでバイパーを凌ぎつつ、グラスホッパーで上空へと跳躍した。
今の攻防で、七海は即座にメテオラ殺法を悪手だと判断。
空へと跳び上がり、メテオラを生成。
上空からの爆撃に、戦術を切り替えた。
ライの持つ最大射程のトリガーは、イーグレットだ。
こいつがあれば上空にいる相手を狙い撃つ事も可能だが、そもそも七海にとって狙撃は
幾ら威力が高くとも、単発の攻撃など七海にとっては問題にならないのだ。
加えて、ライは先程イーグレットをフェイントの為に投げ捨てている。
再び撃つには再生成する必要があり、この状況下でそんな悠長な事をするとは思えない。
もう一つ、七海のいる高度に追いつく為ならエスクード
グラスホッパーを持たない彼が空へ上がれば、攻撃を回避する事は難しくなる。
故に、
相手の攻撃が届かない上空からの、一方的な爆撃。
これは、トリオン漏出による
早くこちらを倒したいのに、七海がいるのは上空。
攻撃が届かない中、一方的に爆撃の雨に晒され続ける。
それを回避する為に、何かしら無理をして来る可能性は大いにある。
七海は、それこそを狙っていた。
尋常な手段では、一騎打ちでライを突破する事は不可能に近い。
実力が突出して高い事もそうだが、とにかく
ポイントゲッターが一名のみという、特殊な構成の部隊を率いている事もあるのだろう。
彼は自分が落ちる可能性のあるケースを常に思考し、徹底して危険を排除した上で行動に移る。
隙など殆ど存在せず、無理に攻め込もうとすればその瞬間鋭い攻撃によって倒される。
それが、紅月ライ。
かの剣聖には届かずとも、個人の隊員としては最上に近い位置にいる一騎当千の猛者である。
その相手に対して、七海は自身が落ちないよう配慮しながら戦う事を強いられている。
相打ちで良いのであれば、幾つか手段はある。
しかし、那須隊のポイントを考えれば紅月隊にはこれ以上1Ptたりとも与えてはならないのだ。
故に、自身の安全に配慮した上で追い込むのであればこれがベターな筈だ。
少なくとも、七海は。
そんな
「────────っ!?」
瞬間、七海の背筋に悪感が走る。
この感覚は、忘れもしない。
あの時。
大規模侵攻で、彼の剣聖と対峙した時。
自身の喉元に円環の刃が迫った際に感じた、絶対なる死の予感。
ただ、ヒトとしての本能が叫ぶ。
この場に座すれば、己の命運は尽きると。
そんな警鐘が、己の脳裏を駆け巡った。
「旋空────────」
その直感を、肯定するかのように。
ライは逃走ではなく、弧月に手をかけ迎撃態勢に入った。
普通に考えれば、届く筈のない距離。
しかし、忘れてはならない。
彼の扱う旋空は、通常のそれではない。
生駒旋空ならぬ、紅月旋空の名を冠した彼の一閃は。
文字通り、あらゆるものを斬り裂くのだと。
「────────弧月」
旋空、
これまで、敢えて二連撃に留めていたそれを。
全力の剣速を以て、解放。
地へ落ちんとする無数の光弾ごと全てを斬り裂く斬撃が、七海に向けて撃ち放たれた。