(速い────────しかも、
振るわれた、ライの旋空。
神速の三連斬が迫る最中、七海は体感時間の拡張を感じ取っていた。
これは、そう。
自らに迫る絶死の刃を前に、走馬灯の如き思考加速が発生した瞬間だった。
ただ、この脅威に抗する為。
七海の思考の全てが、最高速で駆動する。
(これまでに使った二連撃の旋空は、本気ではなかった。全ては、この攻撃────────────────
たった今振るわれた旋空は、剣速も射程距離も────────────────加えて、斬撃の数もこれまでとは異なっている。
先程のそれも充分に通常の旋空を凌駕する性能ではあったが、
これまでに使用された紅月旋空の射程は凡そ30メートル弱といったところだが、現在の七海の高度はそれを超えている。
なのに七海の
更に、剣速も凄まじい。
明らかに、これまでの旋空では加減をしていたと確信する攻撃速度。
そのとんでもない剣速が、三連撃────────────────否。
三連
無論、物理法則に従う以上全くの同時に三連撃が振るわれるワケではないが、極限までそれに近い速度での攻撃を実現させている。
まさしく、必殺の技。
絵物語に過ぎないそういった致死の極技を、技量と
これが、紅月ライ。
文字通りの一騎当千を体現する、
これ程の相手は、A級でもそうはいない。
七海が戦って来た猛者の中でも、間違いなく最高クラスの使い手だろう。
あらゆるトリガーを使いこなすセンスに、的確な状況判断能力。
そして、驚異的な技量の高さとそれを補佐する
全ての面に置いて、隙のない最高峰の剣士。
彼ならば、太刀川とも充分に斬り合う事が出来るだろう。
それだけの、それ程の相手なのだ。
自身に迫る致死の斬撃も、彼だからこそ放てたものだ。
これと同じ攻撃を、果たしてどれだけの者が実現出来るか。
そう、感嘆する他なかった。
(けれど、負けられない。あの大規模侵攻を乗り越えた者として、何よりも迅さんに認められた者として────────────────此処で、彼に負けるワケにはいかないんだ)
されど、想う。
確かに、ライは尋常ならざる使い手だろう。
その実力に驕らず、勝つ為のあらゆる手段を駆使する所も好感が持てる。
けれど、だからといってそれは彼に勝ちを譲る理由にはならない。
あの局面を、自身の
理由は分からない。
だけど、心が叫ぶのだ。
此処で負けるようでは、自分を支えてくれた全ての仲間達に。
何よりも、自分自身に申し訳が立たない。
故に、負けるワケにはいかないのだと。
成る程、全力の紅月旋空は最上級の脅威だろう。
逃げ場のない空中では、この神速の三連撃を回避するのは至難の業だ。
七海の
つまり、攻撃開始から着弾までの時間が異様に短い攻撃である程、彼の感知から回避に繋げるまでのタイムラグが致命的になる。
そういう意味で、七海相手にこの旋空を選んだライの選択は正しい。
他のどんな攻撃よりも、七海を仕留められる可能性の高い攻撃。
それこそが、神速の拡張斬撃なのだから。
(いつもの回避方法では、間に合わない。かといって、身体を捻った程度で躱せるような攻撃でもない。けれど、まだ手はある。それに────────)
七海は思考加速を終え、襲い来る三つの斬撃を直視する。
その軌跡を、剣速を見据え。
(────────────────
────────────────かつて乗り越えた最強の剣士のそれには及ばないと、心の中で啖呵を切った。
同時、七海はグラスホッパーを展開。
普段通り、それを踏み込んで回避────────────────は、しない。
加速台を踏む、という行為自体がこの斬撃の前では致命的なタイムロスとなる。
故に、七海がグラスホッパーを展開したのは自身の
正確には、肩甲骨付近。
今の七海は、グラスホッパーの加速を得て上空へ跳躍した状態だ。
即ち、静止状態ではなく上昇の最中にある動の状態。
その勢いのまま自身の直近に展開したグラスホッパーに触れた事で、加速台の機能が発動。
凄まじい加速を得て、七海の身体が地上に向かって跳ね飛ばされた。
「…………!」
その光景に、ライは目を見開いた。
今の攻撃は、間違いなく七海に届く筈だった。
そうなるように仕込んでいたし、これまでに見せた七海の動きからも今度ばかりは回避出来ないと思っていた。
けれど、躱された。
絶対に当たる、そう確信した攻撃が。
自分の体勢を崩してまで至近に展開したグラスホッパーに慣性の力を以て
地上へ撃ち出された七海のいた場所を、旋空の連撃が通過する。
空振りに終わった渾身の攻撃が、ライの身体を硬直させる。
今の旋空は、間違いなくこれまでで最高の出来だった。
少なくともそう考えるに相応しいだけの手応えを、ライは感じていた。
しかし、それは逆に言えば後先を考えずに己の持てる全力を今の攻撃に注ぎ込んでいた事を意味する。
次の一手ではなく、この一撃で決める為に。
ライの
無論、その停止は一時的なものだろう。
時間にして、1秒以下。
埒外の殺傷力を持つ攻撃の代価としては、微々たるものだ。
されど、それはこの状況では致命的だ。
相手は、七海玲一。
自分の物語を、終わらせた者。
相手が晒したこの隙を、彼が突けない筈がない。
急降下して来る七海の手に、短刀型のスコーピオンが握られる。
彼は、マンティスを使えるのだという。
通常のスコーピオン使いと同じと考えていては、射程の外から斬られるだろう。
既に、無理な加速によって崩した体勢は元に戻りつつある。
急降下の最中でそれをやってみせるのだから、彼の動体視力も大したものだ。
ライの硬直は、七海に既に気付かれている。
いや、あれだけの攻撃を見せたのだ。
自然と、その代償について考え至ってもおかしくはない。
だからこそ、普段グラスホッパーを使う時のうような曲線軌道ではなく、最短距離の直線軌道を選んだのであろう。
今ならば。
この瞬間であれば、反撃はないと判断して。
(悪いけど、そうはいかない。新しい世界での
されど、七海は知らない。
ライもまた、一つの物語を走り切った者である事を。
確かに、新たな世界での彼の物語は途上であろう。
しかし、彼が生を受けた世界でのライの物語は既に完結している。
それに、彼には誓いがある。
かつての世界で自分を信じてくれた、唯一無二の親友が。
彼の力を、信じてくれていたから。
だから、戦う以上は必ず勝利を。
少なくとも、彼に受けた信に恥じない結果を見せると。
ライは己自身に、
それは超常の力に依るものではない、純然たる彼の
されど、侮るな。
彼自身は、与り知らぬ事ではあるが。
ライのいなくなった、その後の世界。
そこで彼の友は、想いの力によって世界そのものに
気持ちだけでは、想いだけで勝てる事はない。
それは太刀川が言うまでもなく、ライ自身も理解している。
されど。
だからといって、想いの力は決して軽視して良いものなどではない。
想いは、全ての力の源なのだ。
それがなければ人は努力をする事も、目的を見定める事もない。
漫然と流れに身を任せるような者では、ある種の極地へは至れない。
どれだけ言葉を重ねようと、どれだけ現実を突き付けられようと。
目指すべき場所へ向かう為には、その原動力となる想いの強さが必要不可欠なのだから。
(────────これしかない)
ライは、七海と同様の思考加速の末一つの選択を導き出した。
この状況で使える手は、限られている。
シールドを張ろうとも、
エスクードで上空に逃げても、狙撃の的にされるだけだ。
ならば、どうするか。
「…………!」
ライは、エスクードを起動。
それによって、彼は
刀を振り抜いた状態で固まっていた、ライの両腕。
その腕が、直下から発生したエスクードによって弾かれる。
当然、その手に握っていた弧月はその衝撃によって宙へ跳ぶ。
しかし、エスクードによって強制的に硬直から解放されたライは、腕を引っ張り
ワイヤートリガー、スパイダー。
ライは序盤に七海と接敵する前に一度鳩原と合流し、彼女のそのトリガーによって自身の腕と弧月を接続して貰っていたのだ。
これは、戦闘中に弧月を弾かれた時等の為の保険であった。
加山はエスクードを多用するし、七海や那須はグラスホッパーを使用する。
何かの拍子で弧月が弾かれる可能性は、0ではなかった。
だからこそライは各所に置きメテオラを設置しながら鳩原と一端合流し、その後に七海の前に姿を現したのだ。
置きメテオラを仕掛けた殆どの場所は戦場にならなかった為そちらは無駄に終わったが、那須の爆撃によって加山の位置が露見した際の爆発があれだけ大規模になったのは丁度ライが仕掛けたメテオラの幾つかがあの場所にあった為だ。
そういった経緯があり、ライは万が一の時の為の仕込みを怠らなかった。
その成果の一つが、これだ。
ワイヤーによって接続されていた弧月は弾かれて尚持ち主の手元に戻り、その手に収まった。
既に、硬直は解かれている。
七海はすぐそこまで迫っているが、問題はない。
彼の真価は、その機動力と回避能力。
純粋な
流石に先程のような三連撃を放つ時間はないが、そも至近の敵を倒すのならば一撃あれば事足りる。
既に、七海までの距離は数メートルを割っている。
ならば、刀身の拡張は最低限で構わない。
ただ、防御不能の斬撃として剣を振るえばそれで良い。
先程見せたような回避は、もうさせない。
この至近距離であのような無理な回避をするようであれば、その隙に攻撃を叩き込むだけだ。
茜が捨て身で狙撃に来ようと、それこそ迎撃してみせれば良いだけだ。
一人たりとも落とされてはならない那須隊と異なり、ライはただ一人でも落とす事が出来ればそれで勝ちなのだ。
現在の紅月隊のポイントは、3点。
弓場隊が同位の3点であり、那須隊は0Pt。
七海であっても茜であっても、倒せば一点には変わりない。
どちらかを落とせば、紅月隊は四点。
七海がライを落として生存点を得たとしても三点止まりであり、紅月隊の勝利に終わる。
それを理解している為、茜はこの場では狙撃手の存在による牽制として伏せ札にするしかない。
これだけ開けた場所にいる以上、長距離からの狙撃は丸見えだ。
頭と胸部は常に意識して守っているし、イーグレットの弾速なら問題なく対応出来る。
ライトニングまでは流石に反応出来るかは分からないが、そもそもそちらの射程は他の狙撃銃と比べて短い。
射程内にライを収める為には近くまで来る他なく、落とされる危険を冒してまで来るとは思えない。
捨て身でも良いのであればともかく、絶対に落とされてはならない以上それはない。
そう考えて、ライは旋空を起動し────────。
「な…………っ!?」
────────────────弧月を持ったライの手首が飛来した弾丸によってワイヤーごと消し飛ばされ、持ち手を失った刀が落下する。
何が、起きたのか。
遅れて理解したライは、狙撃のあった方角を見る。
今の一撃が飛来したのは、後方。
しかも、明らかに低所から放たれていた。
そして。
(瓦礫の、下…………っ!)
積み重なった、瓦礫の山。
その下に、こちらに向けられた
遠方からの狙撃であれば、対応出来た。
至近に転移しての一撃であっても、ライは対処出来ただろう。
だが。
まさか、テレポーターを用いて瓦礫の下に潜んでいた茜からの狙撃があるとは夢にも思わなかったのだ。
確かに、彼女の体格であれば乱雑に積み重なった瓦礫の中に潜む事も可能ではあろう。
しかし当然転移の際には物音が聞こえるだろうし、狙撃の為のスペースを確保する為に動く必要もあった筈だ。
そんな事をすれば、近くにいたライが気付かない筈が────────。
(いや、違う。七海くんがメテオラを撃ったのは、
否。
つい先ほど、放たれた七海のメテオラ。
あれは、こちらの動きを制限する為だけのものではなかった。
その本当の目的は、茜が近くに転移して来ていた事を気付かせない為だったのだ。
警戒は、していた。
しかし、その先を行かれた。
これが、那須隊。
七海を主演者として物語を終わらせた、乗り越えた者達の強さ。
そして。
「────────負け、か」
「ああ、俺達の勝ちだ」
────────────────七海の付き出した右腕から放たれたマンティスが、ライの胸を貫いていた。
咄嗟に張った集中シールドは、曲線軌道を描く刃の前に意味はなく。
これ以上ない程正確に、彼の急所を穿っていた。
七海の攻撃に対処しようとすれば、茜が。
茜の追撃に対応しようとすれば、七海が。
それぞれ、トドメを刺す算段だったのだろう。
どちらを取っても、終わり。
最初から、そういう作戦だったというワケである。
彼にとっても予想外だった
結果的に見れば、そう言って差し支えはないだろう。
「なんとか、同着か。勝てはしなかったが、生き残れただけ御の字か」
「勝負に勝って試合に負けた、ってのよりはマシだけどね。本当に、加山くんにはしてやられたよ」
「同感だ。本当に、彼にはかき回された」
致命傷を負い、最早消えるのみとなったライは自分を刺した七海と笑い合う。
そこには、何の蟠りもなく。
ただ、互いの健闘を称え合う二人の戦士の姿があった。
『戦闘体活動限界。
機械音声が、勝負の結末を告げる。
ライのトリオン体は崩壊し、光となって消え去った。
| 部隊 | 得点 | 生存点 | 合計 |
| 那須隊 | 1 | 2 | 3 |
| 紅月隊 | 3 | 3 | |
| 弓場隊 | 3 | 3 |
────────試合終了。
────────Result/