痛みを識るもの   作:デスイーター

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志岐小夜子①

「さて、小夜子ちゃん。私の言いたい事は分かってるわね?」

「……はい」

 

 『加古隊』作戦室、人払いを済ませたその場所で、小夜子は加古と向かい合っていた。

 

 小夜子は俯きそうになり顔を必死で上げ、加古の姿を見上げている。

 

 そんな健気な姿を見て、加古は口元に笑みを浮かべた。

 

「…………ふふ、そんなに沈まなくても大丈夫よ。別に、責めようってワケじゃないの。ただ、これから貴方がどうするか…………それは、聞いておきたかったからね」

「これから、どうするか……」

 

 小夜子の声に、困惑はない。

 

 何処か張り詰めてはいるが、それでも何を問われているのか分からないワケではないようだ。

 

 事実、今回は加古にとっても小夜子にとっても()()の意味が大きい。

 

 今回、『那須隊』は七海の弱みを突かれ、その結果那須が暴走して敗北を喫した。

 

 加古としては、相手チームに東がいた以上当然の結果だったと考えている。

 

 東は、相手の弱点を理解し、それを突く事で改善を促す事がままある。

 

 あのROUND2を見た東が、七海の弱点に気付いていないとは加古は考えていなかった。

 

 加古でさえ感じた、ROUND2での『那須隊』の行動の違和感。

 

 即ち、()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()という点。

 

 あの時、那須は無理に合成弾を使わずとも、時間を稼げば七海と合流し、二人がかりで柿崎を仕留める事が出来た。

 

 あの時点で柿崎は仲間が全員『緊急脱出』しており、那須の弾幕を掻い潜る手段もなかった。

 

 あのまま攪乱に徹していれば、七海の合流まで充分に時間を稼げた筈だ。

 

 MAPが広かった事もあり、タイムアップ時間までも余裕があった。

 

 あの場面で、『那須隊』が時間稼ぎを択ばなかったのは違和感でしかないのだ。

 

 もしあの時、『合成弾』を使わずに時間稼ぎを選んでいれば、()()()()()()()使()()()()()()()()を隠し、ROUND3に臨む事が出来ていた。

 

 そうすればもしかすると、那須の合成弾による奇襲で誰かを仕留められていた可能性もあった。

 

 そう考えれば、ROUND2での『変化炸裂弾』の使用は悪手でしかない。

 

 晒さなくて良かった手札を晒した結果、得られたものがあまりに少な過ぎる。

 

 だからこそ、その行動には『那須隊』にしか分からない()()があった。

 

 あの場面、那須に『合成弾』使用を進言したのは他ならぬ小夜子である。

 

 小夜子は加古の助言を聞き、()()()()()()()()()()()と那須を対面させるリスクを恐れ、()()()()()()()()()()を急いだ。

 

 あの状態の七海と合流して、那須が暴走しない保証はなかった。

 

 いや、ROUND3での事を考えれば暴走していた可能性は高いと言わざるを得ない。

 

 だからこそ小夜子はあの場面で決着を急ぎ、那須に『合成弾』を使わせた。

 

 …………そして、それが東に七海の()()を確信させた決定打だろう。

 

 柿崎相手に無理に『合成弾』を使用した違和感の正体を、東は正確に読み取った。

 

 その上で、ROUND3の試合でそれを突く事を決めた。

 

 ROUND3の試合は制圧力の高さ故七海との相性が最悪に近い二宮と、七海と縁深い影浦が揃っていた。

 

 二宮ならば速攻で『那須隊』の誰かを落とす事は充分考えられたし、そうなれば仲間想いが過ぎる那須が暴走する展開も目に見えていた。

 

 那須はあれで、中々の激情家だ。

 

 前期までの試合でも、仲間が落とされた後は鬼気迫る様子で攻め立て、隙を晒して落とされる事が何度かあった。

 

 その暴走が起きる可能性が高いと東は判断し、七海を仕留める為の網を張った。

 

 恐らく、『影浦隊』の狙撃手であるユズルも七海との付き合いの深さ故、彼の弱点には気付いていた筈だ。

 

 だからユズルに先に狙撃させ、シールドが壊れた所を狙い撃った。

 

 那須に心的外傷(トラウマ)を想起させるように、わざわざ右腕を狙って。

 

 結果として那須は完全に暴走し、それを庇う為に七海が射線に自ら入り、落とされた。

 

 呆然自失となっていた那須も、その隙を突く形でユズルが獲った。

 

 東としては、想定通りの試合結果だったと言えるだろう。

 

 かつて彼の下で戦った一員として、加古は東の思考をほぼ完璧に追跡(トレース)していた。

 

 あの試合の解説を引き受けたのは、リアルタイムでその様子を見て、どう動くべきか判断を下す為でもあった。

 

 場合によっては『那須隊』の作戦室に突入する事も考慮していたが、終盤の茜とそれをサポートした小夜子の動きを見て、考えを改めた。

 

 即ち、干渉を行うのは小夜子だけで充分であると。

 

 助言を求められた場合は応じるが、そうでない限りは小夜子以外に自ら干渉はしない。

 

 加古はそう決めて、小夜子を隊室に呼び出したのだ。

 

 小夜子はどうやら加古の意図を正確に理解していたらしく、すぐさま彼女の招集に応じた。

 

 何処か、覚悟を瞳の奥に秘めながら。

 

 故に、加古は心配ないだろうと思いつつも、確認の為に小夜子に声をかけた。

 

「今、『那須隊』はバラバラよね? 那須さんは閉じ籠って出て来ないらしいし、七海くんもどうすればいいか分からずにいる。熊谷さんも迷いがあるようだけど、七海くんと熊谷さんは多分大丈夫でしょうね」

 

 あの二人、頼れる相手が多いから、と加古は続けた。

 

 確かに、そうだろう。

 

 熊谷はその社交的な性格から交友関係が広く、相談を持ち掛けられる相手もそれなりにいる。

 

 七海にしても、攻撃手界隈に知り合いは多く、村上や荒船などとは特に仲が良い。

 

 村上とは良きライバル関係であり、もしかすると今頃村上がお節介を焼いている真っ最中かもしれなかった。

 

 そういう意味で、七海と熊谷の二人は大丈夫だろう。

 

 茜に関しては、最初から何も問題はない。

 

 彼女はただ、チームメイトが戻って来るのを待っている。

 

 七海と那須の問題に気付けなかった者として、待つ事が自分の仕事であると割り切っている。

 

 彼女はお世辞にも相談相手として向いているとは言えず、人を上手く説得する術にも長けていない。

 

 ただ、彼女は思うが儘に振る舞うだけだ。

 

 それが、皆の為の最善であると信じて。

 

「問題は、那須さんね。彼女、相談できる相手に心当たりはあるかしら? ()()()()()()()()()

「…………いえ、小南先輩がそうだとは思いますが、その……」

「ええ、悪いけれど相談相手として適切なアドバイスが出来る子じゃないわね」

 

 加古はバッサリと、ただの()()としてそう告げた。

 

 小南は素直で純粋、それでいて騙され易いが芯の強い少女だ。

 

 旧『ボーダー』時代から戦場を生き抜いて来た事もあり、その精神性は()()としてある意味完成されている。

 

 普段は色々と隙が多いが、こと戦闘となれば別人のような切れを見せるのが小南だ。

 

 戦闘員として、彼女以上に頼りになる者はそういないだろう。

 

 しかし彼女は、那須のような()()()()を持つ者の相談相手としては向いていない。

 

 自分の精神が一つの完成形として安定しているが故に、那須のように自分の心を誤魔化し続けて来た者の悩みは理解出来ないのだ。

 

 更に言えば、加減が出来る性格でもない。

 

 彼女が那須の悩みを聞いたならば、全力で那須の性根を叩き直そうとするだろう。

 

 それが無意識に分かっているからこそ、那須が彼女に相談する事はない。

 

 そして、小南の方からは恐らく干渉して来る事はない。

 

 彼女はあれで、人との距離の取り方は割とシビアな方だ。

 

 頼られたのなら応じるが、そうでない限りは余計な干渉は避ける。

 

 それが、彼女のスタンスである筈だ。

 

 つまり、今那須が相談出来る相手は誰もいない。

 

 七海が自分から那須に歩み寄ろうとしても、今の那須の状態でそれを受け入れられる筈もない。

 

 熊谷もまた、遠慮と今まで問題を放置した負い目から、那須を強引に連れ出す事は出来はしない。

 

 茜もまた、そういう面では頼れない。

 

 つまり。

 

 つまり。

 

 小夜子しか、いないのだ。

 

 那須を連れ出し、性根を叩き直す。

 

 その大役が務められるのは、現時点で小夜子しかいない。

 

 現状をどうにか出来るのは、彼女を置いて他にいないのだ。

 

「状況は理解出来てるみたいね。その上で聞くわ。貴方は、どうする気なの?」

「…………そうですね。那須先輩と、話をしてみたいと思います」

 

 加古に問われた小夜子は、迷う事なくそう答えた。

 

 それを見て、加古は唇を吊り上げる。

 

「へえ、何を話すの?」

「全部、ですかね。那須さんが悩んでいる事と、現状の問題点。そして────私の、七海先輩への想いを」

 

 小夜子は、顔を上げる。

 

 その顔には、燃え盛る闘志のような────それでいて、真っ直ぐな女の情があった。

 

 その瞳に宿すのは、チームメイトを心配するが故の決意だけではない。

 

 今まで秘めて来た、解き放つべきではないと考えていた激情。

 

 それを、表に出す覚悟を決めた。

 

 彼女の眼は、それを雄弁に訴えていた。

 

「先に言っておきますね。私、ROUND2で那須先輩に『合成弾』を使わせた事が間違いだったとは思ってません」

「あら、それはどうして?」

「あれがあったから、今回のROUND3でうちの隊が抱える()が浮き彫りになったからです。あそこまでやられれば、全員が自分の隊の問題点を嫌でも自覚したでしょう」

 

 オペレートしていた私が言うんだから間違いありません、と小夜子は断言する。

 

 確かに、今の『那須隊』の面々が沈んでいるのは自分達が抱える問題を明確に自覚したが故だ。

 

 あそこまでの惨敗がなければ、こうはならなかったであろう。

 

 そういう意味で、ROUND3は良い機会だったと、小夜子は言い切ったのだ。

 

「恐らく、ROUND2で那須先輩が暴走した所で、大した被害は受けなかった筈です。言っちゃ悪いですが、あの時点でうちの負けはほぼありませんでした。暴走しても、充分フォローが効く範囲だったと言えるでしょう」

 

 ですが、と小夜子は続ける。

 

「上位陣相手にその弱みを晒した事で、那須先輩達は否応なく自分達の弱点に気付いた筈です。あそこまでコテンパンにやられたんですから、当たり前ですけど」

「でも、その所為で1点しか取れなかったわよ? 今後の事を考えると、あの惨敗は響くんじゃない?」

「そうでもありません」

 

 小夜子は加古の面白がるような質問に、間髪入れずに答えた。

 

「ROUND2までに、うちの隊は合計16点という大量得点を獲得しています。結果として、あそこまでの惨敗をしても上位に留まる事が出来ました。茜が1点取った事も大きかったですがね」

 

 そう、『那須隊』は彼女の言う通り、ROUND1で8点、ROUND2で8点の計16ポイントを獲得している。

 

 その()()があったが為に、ROUND3で1点しか取れていなくとも、上位に残留する事が出来た。

 

 そして、上位陣の力をその身を以て体験する事が出来た。

 

 そういう意味では、非常に有意義な試合であったとも言える。

 

「茜は那須先輩達と違い、一切の間違いを冒しませんでした。獲れる点を取って、獲られる事なく離脱する。あの状況では、ベストな判断だったと言えるでしょう」

「そうね。それは認めるわ。あの状況で、彼女は己の最善を尽くした。誰にも、文句が言えない形でね」

「ええ、そして、私はそれを那須先輩達に何の口出しもさせずに見せ続けました。あの時の作戦室は、お通夜のような雰囲気でしたね」

 

 当時の事を思い返すように、小夜子が呟く。

 

 彼女は三人が落ちた後、問答無用でモニターの前に立たせ、茜が孤軍奮闘する様を見せ続けた。

 

 状況判断を誤り、落ちてしまった三人に何か口出しが出来る筈もない。

 

 三人は黙ったまま、一人で見事な戦果を挙げる茜の姿を瞼に焼き付けた。

 

 その内心は、最早グチャグチャになっていた筈だ。

 

「判断ミス、というか暴走ですね。それで落ちた那須先輩には、特に()()()筈です。一番年下の茜が自分と違って判断を間違えず、あそこまでの戦果を挙げた事実に、心がポッキリ折れた筈ですね」

「それを分かっていて見せたあたり、小夜子ちゃんもやるわね」

「正直、あの時点でもう覚悟は決めていましたから」

 

 小夜子はそう告げると、溜め息を吐いた。

 

「…………いつか、こんな時が来るんじゃないかとは思っていました。中位までは地力と作戦でなんとか出来ていましたけど、致命的な弱みを抱えたままじゃ上位じゃ通用しない事は分かり切っていましたから」

 

 そう、今の『那須隊』は確かに強いが、それでも多くの()()がある。

 

 その最たるものが、()()()()()()()()()()()()()事である。

 

 誰か一人でも落ちれば那須が暴走する事が分かり切っているが故に、隊員に捨て身の作戦を指示出来ない。

 

 ランク戦では、捨て身の作戦────言うなれば()()()()()()()()()()()()()()()()を取れるか否かで、戦略の幅がまるで違って来る。

 

 姿を晒しての捨て身での狙撃、巻き添えを狙った『メテオラ』での自爆。

 

 取れる手段は、とても多い。

 

 それが出来ない時点で、『那須隊』の選択肢は必然的に少なくなって来る。

 

 ROUND3で言えば、熊谷が落ちる覚悟で二宮を釣り出し、その間に他のメンバーが点を取る、という動きも出来た筈なのだ。

 

 だが、『那須隊』が抱える弱み故にその選択肢が取れなかった。

 

 捨て身の作戦が()()()()()()はともかく、選択肢を自分から潰しているのは頂けない。

 

 特に、捨て身が必要になる場合が充分考えられる上位での試合に置いては。

 

 だから、綻びが出るのはむしろ当然であったのだ。

 

 それを理解したからこそ、小夜子の覚悟が定まったと言える。

 

 加古の助言を受け、現状の問題点を身を以て体感した。

 

 故に、今の小夜子に迷いはない。

 

 ただ、やるべき事をやる。

 

 今の彼女には、それしかない。

 

「だから今日、那須先輩の所に行きます。だからちょっと、そこまで送って貰えますか?」

 

 加古の返事を待たず、小夜子は告げる。

 

「ちょっと、女の喧嘩をやりに行きますので」

 

 臆面もなく、彼女はそう言い放った。

 

 それに対する加古の返答は、分かり切っていた。


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