痛みを識るもの   作:デスイーター

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クロスランク戦EX/×厨二なボーダー隊員①

 

 夢幻の邂逅、有り得ざる交錯による戦いを終えた七海。

 

 彼は暗闇の果てに伸びる光の道を、自身が居るべき世界への帰路を歩いていた。

 

 ライの言葉通りなら、此処は夢の世界のようなものだという。

 

 ならばそこまで急ぐ必要はないだろう。

 

 彼の記憶が確かならば明日は休日だった筈だし、取り立てて予定もない。

 

 多少起きるのが遅れた程度で支障が出ないのであれば、この数奇な体験を少しでも長く実感しておきたい、と思うのは自然な事だ。

 

 以前の余裕がなかった頃の七海であれば考えもしなかった思考であろうが、自身の大一番である大規模侵攻を乗り越えた今の彼には充分な精神的な安定感がある。

 

 そういった感慨に耽る事も悪くはないと、今の七海は考えていた。

 

「あれは…………?」

 

 だからだろうか。

 

 ()()に、気付いたのは。

 

 果てなく続く、光の道。

 

 その中途に、おかしなものがあった。

 

 ()

 

 それも、見たところボーダー本部の部屋────────────────隊室に備え付けられているものと、同じものだった。

 

 最初はこれが夢の()()かとも思ったが、扉のある位置はどう見ても脇道。

 

 何よりも七海の本能が、この先は帰るべき世界(ばしょ)ではないと訴えていた。

 

 けれど。

 

(ちょっと、興味があるな。今度は、誰に出会えるのか)

 

 先の邂逅、得難い経験となった試合の記憶が色濃く残っている七海には。

 

 その()()が、どうにも魅力的に思えた。

 

 馬鹿な考えを抱いている事は、分かっている。

 

 ただでさえ、得体の知れない空間なのだ。

 

 無駄な寄り道をして、万が一にも帰れなくなれば目も当てられない。

 

 けれど、何故だろうか。

 

 多少の寄り道をしても大丈夫だと、根拠もないのにそう思えてしまえるのは。

 

「────────」

 

 気付けば、扉に手をかけていた。

 

 先程味わったばかりの、未知の好敵手との戦い。

 

 その興奮が冷めやらぬままだった彼は。

 

 もう一度、あれが味わえるかもしれないと。

 

 そんな願望を、抱き。

 

 未知へと繋がる扉を、開け放った。

 

 

 

 

「む? 誰だ?」

 

 少年、如月龍神(きさらぎたつみ)は突然開け放たれたドアから現れた相手を見て、目を細めた。

 

 今日は口うるさいオペレーターも、騒がしい三人組もいない。

 

 自分が何故隊室にいるのかという経緯は()()()()()()が、己が主である部屋に単独でいる彼が何をするかは明白だった。

 

 即ち、厨二(しゅみ)の時間である。

 

 彼はなんというか、本当であれば中学生で卒業すべきあれこれな特殊嗜好を抱えたまま高校生になってしまっているので、常人では理解し難い(したくない)行動に出る事がままある。

 

 コーヒーはブラックで飲むのが格好良い、意味深な台詞とか言ってみたい、とにかく見栄えが良い四字熟語を使いたい。

 

 そんな趣味を持つ龍神が一人きりの隊室で行う事など、決まっている。

 

 即ち、ハードボイルドごっこである。

 

 アニメやドラマで探偵とかがやってるムーブ、と言えば分かり易いだろう。

 

 ああいうのも悪くないと考えている龍神は常日頃からその機会を伺っているのだが、オペレーターの少女がいる時はすぐさま突っ込みが入る為やったとしても中々余韻に浸れないという事情がある。

 

 騒がしい三馬鹿トリオは中々ノリが良いのでむしろこちらを盛り立ててくれるのだが、如月とてたまには一人で黄昏たい時があるのだ。

 

 そういう意味で、今回は絶好の機会だった。

 

 故に一人でコーヒーブレイクを楽しみながら「フッ」と笑う暇潰し(あそび)に興じていたのだが、そこに現れたのが()だった。

 

 背はそこそこ高いが龍神程ではなく、体つきはスラリとしていて顔立ちは女子にモテそうな端正なものとなっている。

 

 何処か浮世離れした雰囲気もあって、「SF映画の舞台とか似合いそうだな、羨ましい」と一瞬思いもした。

 

 しかし、矢張り見覚えが無い。

 

 如月はボーダー内の交友関係はかなり広く、彼が関わっていない正隊員を探す方が難しいくらいと言っても決して過言ではないだろう。

 

 その如月をして、この少年は全く見た覚えがなかった。

 

 新入隊員かとも思ったが、そもそもC級隊服ではないし何より新人にしては雰囲気が落ち着き払い過ぎている。

 

 かといって部外者がボーダー本部に入れる筈もなく、ボーダーの関係者なのは明らかだろう。

 

「あ、すみません。まさか個室に繋がっているとは思っていなかったもので」

「ほう。見ない顔だな? しかし、ここはあえて────────ようこそ、と。そう言わせてもらおう」

 

 龍神は問い詰めるようなことはせず、鷹揚に告げた。

 

 見た感じ、特に悪意を持ってやって来たワケではないだろう。

 

 むしろ、向こうの方が困惑している様子さえある。

 

 何処か、既視感があった。

 

 確か、前にも何処かでこんな事があったような。

 

 そんな気がして、仕方なかったのである。

 

「えっと、俺は……」

「まあ、待て。そう焦るな。まずはコーヒーでもどうだ?」

 

 きょとん、とする青年に向けて、龍神は新しいマグカップを差し出した。

 

「無論、俺の驕りだ。代金として、自己紹介はしてもらうがな」

「……では、お言葉に甘えて」

 

 龍神の疑問を、向こうも察したのだろう。

 

 想定をは異なり彼は何かを知っているらしい態度を見せ、そして。

 

「────────此処は夢の世界だ、って言ったら信じてくれるかな?」

 

 己の事情を、打ち明けた。

 

 

 

 

「────────成る程、そういう事だったか。まさか夢の世界とは、文字通り夢が広がるなっ!」

「えっと、信じてくれるんだ」

「当たり前だろう。俺には空閑のようなサイドエフェクトはない。しかしこれでも、人を見る眼はあるつもりだ」

 

 七海の説明を受け、龍神は「ふふん」と得意気に頷いた。

 

 パラレルワールド、未知の相手との邂逅。

 

 それは如月龍神という人間にとって、ロマン以外の何ものでもない。

 

 控えめに言って、ワクワクが止まらない。

 

「しかし、流石の俺も夢の世界に来れるとは思っていなかったぞ。しかも、異なる世界線の相手との偶然出会うことになるとは。ふっ、やはり運命(さだめ)は俺を逃がしてはくれないらしい」

「それには同意します。普段会う機会のない、出会う事自体有り得ない出会いに巡り合える────────────────これ程貴重な経験は、もう二度とはないと思っています。運命的であるとさえも」

「っ! そうだろうそうだろう。お前────────────────いや、七海。お前は話が分かる奴だな」

「一応、浪漫というものに理解はあるつもりではありますので」

 

 だからこそ、予想外にノリが良かった七海の返答を聞いて龍神はすっかり上機嫌となっていた。

 

 彼の厨二(しゅみ)は独特であり、大抵の相手からはスルーされるか茶化されるか、馬鹿にされるかであった。

 

 しかし七海はそんな龍神の厨二ちっくな台詞回しも決して茶化さず馬鹿にせず、真摯に応対してくれた。

 

 三馬鹿のようにノリノリで乗って来るのも悪くはないが、こういう対応も中々に悪くはない。

 

 真面目であるが故に誠実な、七海という人間の一面が垣間見えた気がして。

 

 その寛容さを一瞬で看破した龍神は、アクセルを全開でキメる事を勝手に決断していた。

 

「良い機会だ、色々と語り合おうじゃないか。そちらの世界線についての情報も、大いに興味がある。もっとも、並行次元に影響を及ぼす危険を見過ごせないのであれば無理にとは言わないがな」

「ライ先輩の話だと全てが終われば記憶からは消えるとの事なので問題はないと思いますし、構いませんよ。こちらの世界がどうなのか、というのは俺も興味があります」

「決まりだな。では、この俺がボーダーで歩んで来た輝かしい運命の軌跡(クロニクル)を語って聞かせよう────────────────では、第一幕は」

 

 そうして。

 

 龍神はたっぷりと脚色しつつ要点だけは分かり易くした自分の経歴を、七海に話し始めたのであった。

 

 

 

 

「そうだったんですか。鋼さんやカゲさんとも、仲が良いんですね」

「ああ、こちらこそ驚いたぞ。まさか、カゲさんが弟子を取るとはな。まあ、元々世話焼きだから身内判定してしまえばそんなものかもしれないが」

 

 20分程の時間を使って自身の武勇伝(描写は脚色しつつも内容は忠実)を語った龍神の話を聞き、七海は予想以上の交友関係の重なりを感じてそう返した。

 

 聞けば、龍神は七海が慕っている影浦や荒船、そして好敵手としてしのぎを削り合う親友の村上とも懇意にしているらしい。

 

 加古とも親しいようだし、迅ともそれなりに交友があるようだ。

 

 加えて七海が師事している太刀川の事を不倶戴天の宿敵と評しており、龍神本人はあれこれ言っているものの相当重い感情を彼に対して抱いているらしい。

 

 そこは七海が指摘する事ではないのでさておくとして、問題は。

 

「玲とも、仲が良いんですね」

 

 七海の愛する少女である那須とも、割と親しい様子であった事だ。

 

 勿論、別の世界の事と割り切るのは簡単だが、とある事情で精神性が思春期のそれに寄っている七海にとっては彼女に親しい異性がいるというだけでもやもやするのだ。

 

 こちらの那須はそもそも七海以外の異性とは必要最低限の会話くらいしかしないのがデフォルトであった為、そのギャップもあるのかもしれない。

 

 何にせよ、多少面白くないのは確かであった。

 

「まあ、まて。わかる、わかるぞ、七海。お前の言いたいことはわかる。那須とはそれなりに親しいが、心配するな。お前の恋人に懸想するような不義理はしないとも。くまの奴があれこれうるさそうだしな」

 

 しかし、そんな七海の葛藤をすかさず察知した龍神のフォローで彼の心に燻りかけたもやもやは一瞬で霧散した。

 

「そうですか。すみません、気を遣わせてしまって」

「なに、それだけお前が那須を想っているという事の証左だろう。人を好きになるという気持ちが、間違いである筈はない。別の世界の那須には良きパートナーがいて、その那須が幸せだというのなら、それは俺にとっても喜ばしいことだ」

 

 龍神は言動は独創的だし語気も強いので俺様系とも思われがちだが、その実人との交流を大事にする気配り上手でもある。

 

 ただ趣味が特殊なだけの変人では、数多くのコネクションを築く事は出来ない。

 

 相手が本気で嫌がる事を察知し、その許容範囲の中で動く。

 

 礼が必要と考えれば準備は欠かさず、手回しもしっかりとやり遂げる。

 

 そういう事が出来るからこそ、彼は口では色々言われながらも多くの人間に慕われているのだ。

 

 傍若無人に見えて、世話焼きで配慮の出来る善人。

 

 それが、如月龍神という男の性格判定(パーソナリティ)だ。

 

 彼の交友関係が広いのには、それなりに理由があるのである。

 

「しかし、お前もあの翁と刃を交えたんだな。しかも正面から打倒するとは、実に大したものだ」

「いえ、それを言うならあの剣士相手に痛打を与えた如月さんこそ凄いですよ。俺の時は皆の力を黒トリガー(こいつ)で借りて、ようやく届いたんですから」

 

 そう言って、七海は右腕の義手────────────────黒トリガー、群体王(レギオン)に目を向ける。

 

 そこで、初めて。

 

 龍神は、彼の右腕に対して言及した。

 

「成る程、義手型の黒トリガーか。格好良いな」

「…………! ありがとうございます。なんだか、嬉しいですね」

「言っておくが、世辞ではないぞ。本心だ」

 

 ニヤリと笑いながら、龍神は己の言葉選びが間違っていなかった事を確信した。

 

 亡き姉が変じた、黒トリガー。

 

 その事情は、先程龍神が己の経歴を話した時にお返しとして話してくれた七海から聞いていた。

 

 唯一の肉親が遺した、形見でもある代物。

 

 しかも、その姉は彼の眼の前でそうなったのだという。

 

 だからこそデリケートな代物であると考え自分からは話題にしなかったのだが、七海が義手に視線を向けて話を振った事で龍神は彼がそれを話題に挙げたいのだと考えて言葉を選んだのだ。

 

 大変だったな、ではなく気持ちは分かる、でもなく。

 

 ただ、格好良いと、外見の称賛をする事で。

 

 七海の歩んで来た境遇は、過酷なものだ。

 

 その苦労や葛藤は彼だけのものだし、訳知り顔で知ったかぶりをするべきではない。

 

 それに、折角の奇跡の邂逅を好き好んで暗い空気にする趣味もない。

 

 だからこそ龍神は話題を外見の称賛のみに留め、七海が話したい範囲だけを話せるように誘導したのだ。

 

 こういった細かい所に、龍神の対人能力が光るのである。

 

「きっと、姉さんもそう言って貰えて嬉しいと思います。俺も、悪い気はしませんし」

「そうか、なら良かった。しかし、仲間の力をブーストする黒トリガーか。中々に特殊な代物だな」

「ええ、だからこそS級にならずに那須隊のままでいられたのでそこは幸いでしたが」

「一人では多少の出力アップしか出来ない、のだったか。確かにそう考えると、迅さんや天羽と同じ扱いには出来んな」

 

 龍神の言う通り、七海の黒トリガー群体王(レギオン)は単独で発動しても多少トリガー出力が向上するだけで黒トリガーに見合った戦闘力を引き出す事は出来ない。

 

 集団戦を前提とした能力であり、それを加味すれば文字通りの一騎当千を実現する他のS級隊員と同じように扱うのは無理があるだろう。

 

 彼自身の実力も相当なもののようだが、流石にあの面子と比べるのは────────。

 

「────────いや、そういえばお前は風刃を持った迅さんに勝ったんだったか。俄然、お前の実力に興味が湧いて来たな」

 

 ────────────────そこまで考えて、龍神は彼があの迅悠一に勝利した、という事実を思い出す。

 

 未来視を持ち、それを十全に活かせる風刃を装備した迅を倒す。

 

 同じ事をやれ、と言われて実行出来るかは未知数────────────────いや、限りなく不可能に近いだろう。

 

 しかし、七海はそれを成し遂げた。

 

 その事が、龍神の闘志に火を点けた。

 

「やはり、この機会は活かさなければ損というものだ。お前も、そう思うだろう」

「ええ、異存はありません」

 

 そして、それは七海も同じ。

 

 元より、刃を交わし合う事を最も分かり易い交流の場として来た七海だ。

 

 そういうノリは、彼とて嫌いではないのである。

 

「戦ろうか。此処からは、剣で語る方が好みだ」

「望むところです。如月さん」

 

 二人の意思は、合致を見た。

 

 共に立ち上がり、そして。

 

 戦いの舞台へと、歩を進めるのであった。

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