「────────さあ、始めようか」
「ああ、問題ない」
月光。
ビル群の窓から放たれる文明の灯に比しても尚、煌煌と輝く月の光が戦場を照らす。
黒雲の狭間に浮かぶ満月を背にするように立つ白コートの少年は、腰から己の愛刀を抜き放ち。
向かい合うビルの屋上に立つ今宵の武踏の相手へと、開戦の合図を送る。
MAP、摩天楼A。
時刻、深夜。
それが、龍神が選んだ
特に何の異論もなく採用されたその地形は、彼が有利に戦いを進める為のものか。
否。
必ず勝つ必要のある、チームの勝利が懸かったランク戦であればともかくとして。
異邦の、もう二度と出会えぬであろう好敵手相手に盤外の小細工など彼は好まない。
理由は一つ。
ただ、「見栄えが良いから」という一点である。
夜の摩天楼という
龍神がこのMAPを選んだ理由は、概ねそのあたりに集約される。
彼の部隊のオペレーターであれば呆れてため息を吐き、例の三馬鹿であればノリノリで同意してくれるだろう。
それくらい、彼を知る者であればこのMAP選択は「如月らしい」と口を揃えて言った筈だ。
尚、七海は特に何の抵抗もなくこのMAP選択を受け入れた。
特段自分が不利になる地形でもないし、むしろ割と得意な部類に入るMAPでもある。
一応その旨を説明はしているが、対する龍神はただ一言。
「俺も、
そう言い放ち、選択を変えようとはしなかった。
ならばと、七海は龍神の決定を尊重する事とした。
説明責任は、しっかり果たした。
それでも選んだのであれば、何も言うまい。
それに。
七海は荒船に付き合って、アクション映画をそれなりの数見ている。
だから、彼の言う事も理解は出来るのだ。
夜の摩天楼。
これ程
「いくぞ。摩天の
「────────行きます」
ノリノリで口上を告げる龍神に対し、七海は短く応答。
同時、試合開始の刻限となる。
七海は、短刀型のスコーピオンを。
龍神は、腰から抜いた弧月を。
それぞれ、携えて。
ビルの屋上から、跳躍。
刃を交え、鈍い金属音が開戦の
「旋空壱式────────
一合。
七海と刃を交わし、再び別のビルへと跳び移った龍神は即座に旋空を起動。
大仰な
されど、侮るなかれ。
ただの旋空とはいえ、龍神はボーダーきっての旋空使いの名手の一人。
その技のキレは上位の攻撃手陣も認めるところであり、何の変哲もない旋空であったとしてもその剣速・技巧は最上位のもの。
常人が振るうそれよりも更に鋭く、的確な拡張斬撃が七海に向かって降り下ろされる。
「────────」
しかし、七海には通用しない。
振り下ろされた上段の旋空に対し、七海はグラスホッパーを展開。
大きく横へ跳躍し、その攻撃を回避した。
「旋空弐式────────
だが、この程度躱される事は承知の上。
龍神は七海と同じくグラスホッパーを展開し、跳躍。
その勢いに乗ったまま、第二撃を放った。
放たれたのは無論、旋空弧月。
こちらも大仰な技名に反してただの旋空弧月ではあるが、その軌道は的確に七海の移動先へと置かれていた。
七海は確かに、攻撃手としてトップクラスの機動力を持つ。
それにグラスホッパーによる加速まで加わるのだから、只人がその動きを捉えるのは至難の業だ。
しかし、龍神の戦闘センスと技巧はその動きを捕捉するに足るものを備えている。
七海が踏み込んだグラスホッパーの角度や手足の動きから正確に彼の跳躍経路を読み取った龍神は、その移動先へと重なるように拡張斬撃を放つ事に成功した。
今の七海は跳躍の直後という事もあり、精々身体を捩じる程度しか回避行動は行えない。
加えて放たれたのが防御不能の旋空であるが故に、シールドでの回避という選択肢も使えない。
絶死の刃。
この一撃はそう謳うに足る、そういったもの。
「────────ほぅ」
否。
この程度、七海にとっては
七海は跳躍中にも関わらず身体を捻り、放たれた旋空を
振るわれた斬撃を、間一髪で躱してのけた。
傍から見れば、曲芸の如き回避を成功させた神業にも見えるだろう。
しかし、この程度は七海にとって通常の技巧の範疇にしか過ぎない。
何故ならば。
(これが
敵の攻撃を感知出来る能力を持つ七海にとって、今の奇襲は単なる
サイドエフェクト、感知痛覚体質。
それが、龍神が聞かされた七海の
これは試合をするにあたり、最低限その程度は明かしておかなければフェアではないと七海の方から説明があったのだ。
その能力の内容は、放たれた攻撃の軌道上に自身が居る場合その攻撃による被弾範囲が察知出来るというもの。
それを聞いて龍神が真っ先に思い浮かべたのが、影浦のサイドエフェクト感情受信体質だった。
(だが、カゲさんの能力と違いも感じる。随分と機械的なようだな。相手の攻撃意思ではなく、攻撃
攻撃を感知可能と言う点で、影浦の
しかし、決定的に違う部分が幾つか存在する。
「旋空参式────────
龍神は無理な体勢変更をしたばかりの七海に向け、腕を突き出し拡張斬撃を放った。
「────────!」
その時、七海は目を見開き即座にグラスホッパーを起動。
自身の身体そのものにジャンプ台をぶつける事で、強引な回避を行った。
そして、その次の刹那。
凄まじい速度の刺突が、彼のいた場所を通り過ぎた。
旋空参式、姫萩。
これはこれまでの二つの旋空と違い、明確な「技」として成立している彼の固有技能だ。
その正体は────────。
(旋空弧月を利用した、
旋空弧月を利用した、突き技。
それが、旋空参式・姫萩の性質である。
伸縮自在のオプショントリガー、旋空。
その性質に着目した七海が編み出した、オリジナル技。
これまでの、単に大仰な名前を付けただけのそれではない、紛れもない彼の固有技能。
それこそが神速の刺突、姫萩だ。
線ではなく点の攻撃である分ピンポイントで相手に当てなければならない以上技自体の難度は高く狙いも甘いようだが、それでも尚あの剣速は警戒に値する。
それに。
(恐らく今の攻防で、俺のサイドエフェクトの
(────────あのサイドエフェクトは、攻撃開始と
龍神は今の攻防で、七海の副作用の性質を看破していた。
類似した能力を持つ影浦のそれとは異なる、決定的な差異。
それは、感知の
影浦の場合は攻撃意思が発生した段階────────────────つまり、攻撃の
故に狙撃手が影浦をスコープ越しに見てしまえばその時点で大まかな位置が把握されるし、射撃トリガーはキューブを展開して照準を付けた時点でその軌道を看破される。
だが。
七海の
つまり影浦のように事前に攻撃の軌道を知る事も、相手の位置を把握する事も出来ない。
その分被弾範囲の感知精度そのものは上のようだが、こと1対1の戦いとなれば相手の意図も大まかに把握可能な影浦の能力に軍配が上がるのだ。
(恐らくこの能力が真に生きるのは乱戦────────────────それも、1対多の状況で最も輝くと見た。本人の戦闘スタイルもきっと、そちらに寄ったものの筈。七海の真価は、集団戦にこそあるんだろう)
影浦は乱戦にも強いが、一騎打ちの状態になれば本人の体捌きもあってまともに攻撃を当てる事自体至難の業だ。
弾幕飛び交う戦場で砲火を潜り抜けながら肉薄し、獰猛に牙を突き立てて来る戦い方は野生の獣の如し。
影浦の戦いはつまるところ乱戦を強引に突破し、強制的に1対1の状態を作り上げてそのまま仕留めるといった戦術スタイルとなる。
対して、七海の場合は真逆だ。
一騎打ちはなるべく避けて、ヒット&アウェイで敵を攪乱。
盤面を滅茶苦茶にした上で、仲間がその隙を突いて得点する。
影浦と異なり強引に前に出る事がない為被弾率は彼よりも低く、チーム戦においては生きているだけで害悪となる厄介極まりない駒となる。
しかし、個人戦の場合は全くの別だ。
集団戦でない以上自分で得点しなければならない為、強引にでも前に出る必要が出て来る。
回避に優れた反面突破力や爆発力は影浦程ではない為、攻撃のタイミングこそが隙となる。
故に、個人戦では決して勝てない相手ではないだろうというのが龍神の下した評価だった。
(だが、それだけではあるまい。黒トリガーの力を借りたとはいえ、あのアフトの黒トリガーを倒したのだ。個人戦は集団戦と比べて得手ではないというだけで、ヤツの実力は紛れもなくトップ攻撃手クラスだ。油断はできん。気を引き締めていくか)
(この様子だと、油断はしてくれそうにないな。迅さんと同じく、口では色々言ってはいても本質的にはかなり考えて戦うタイプだろうな。見掛けや言動で侮っていては、痛い目を見るだろう)
七海は龍神の眼に油断や慢心といった感情が一切宿っていないのを見て、警戒度を引き上げた。
確かに七海の
しかしそれは、彼が個人戦を不得手とする理由にはならない。
かつての未熟だった頃であればいざ知らず、今の七海はあの剣聖すらも打倒した経験値がある。
集団戦でこそ彼の真価は発揮されるが、個人戦とて苦手というワケではない。
サイドエフェクトの性質を見抜かれた事で七海が本質的にはチーム戦特化型である事には気付かれた様子だが、その情報を得て油断するのではなく警戒を強めているあたりに龍神の本質が垣間見える。
彼は口では大仰な台詞やノリの良い事ばかり言っているが、その本質は冷徹な戦術家だ。
自身の趣味を優先するところはあるが、それでも勝つ為の努力は決して怠らない。
常に分析を続け、思考を止めずに勝利の為の最善手を模索する。
そんな性質が、今の彼からは伺えた。
(加えて、旋空の練度がとんでもなく高い。今の突き技以外にも、何かしら手札を隠しているのは間違いないだろう)
故に今見せた姫萩は、そんな彼が持つ無数の手札の中の一つに過ぎないと認識すべきだろう。
あんな真似が出来る時点で、引き出しが一つだけと決めつけるのは早計過ぎる。
少なくともあと二つか三つ、もしくは更に多くの手札を隠していると見るべきだ。
それが何なのかは分からないが、グラスホッパーを利用した技の一つくらいはありそうだ。
グラスホッパーの応用性は、他ならぬ七海自身が知っている。
スコーピオン程応用の利かぬ弧月とはいえ、それを可能にする技量を彼は持っていると感じた。
(これがチーム戦なら、少なくとも日浦の援護は欲しいところだが────────────────それがない以上、今持てる手段を尽くすしか方法はない。成長の成果を、今こそ見せる時だ)
それこそ昔の七海であれば、一騎打ちではまず勝ち目はなかっただろう。
だが、今はそうではない。
確かに、彼の真価が発揮されるのは集団戦だ。
しかし、今の七海には数々の激戦を潜り抜けた経験値がある。
戦いの成果は、これまで積み重ねて来た戦歴は嘘をつかない。
かつて不得手だった1対1であろうとも、幾らでもやりようはある。
「────────メテオラ」
七海は、不敵な笑みを浮かべ。
グラスホッパーで、大きく後方に跳躍。
それと同時に、摩天楼のビル群に向けて無数の爆撃を撃ち放った。