痛みを識るもの   作:デスイーター

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クロスランク戦EX/×厨二なボーダー隊員⑥

 

 穿空虚月。

 

 龍神によってそう名付けられたその技は、参式・姫萩の()()()だ。

 

 元々、姫萩は線の攻撃であるが故に相手に当て易いという旋空のメリットを捨て、射程と剣速のみに特化した()の攻撃である。

 

 ただ薙ぎ払えば良い旋空と異なり、この技の場合相手にピンポイントで当てる必要がある為当然ながら命中確率は低くなる。

 

 加えて、伸縮するブレードによる攻撃という旋空の性質上、いきなり質量が激増した刃を振るっている為、通常の突きよりも扱いは遥かに難しい。

 

 故に、この姫萩は理論だけは出来ていても命中率が安定しない()()()()だった。

 

 それを、弛まぬ鍛錬によって完成に至らせたのがこの穿空虚月だ。

 

 龍神は厨二(しゅみ)に生きる享楽人ではあるが、自分が必要であると感じた事であればその目的を問わず全力を傾け、決して努力を怠らない。

 

 たとえ技の完成を目指した理由が()()()()を求めたものだったとしても、積み重ねた鍛錬は嘘をつかない。

 

 目的がどんなものであれ、過程と結果は確かに繋がっている。

 

 気持ちの強さは勝敗には関係なく、ただ積み重ねた成長の成果が現実となる。

 

 そして、気持ちの────────────────想いの性質に、善悪も強弱もない。

 

 たとえ強さを求める理由が違っていても、上を目指すという意味でそれらは等価。

 

 それが、善でも悪でも。

 

 高尚な理由でも、たとえ傍から見れば下らない理由であったとしても。

 

 鍛錬は、自身の行動の結果は現実となって現れる。

 

 そうして完成に至った奥義こそ、穿空虚月。

 

 空を穿ち、虚ろなる月を貫くという厨二(たつみ)なりの気概を込めた一撃。

 

 それこそが、たった今七海に向けて放たれた攻撃の正体であった。

 

 最初に撃った姫萩は、この完成版の囮とする為敢えて命中精度を甘くさせたもの。

 

 旋空による突きの命中率が安定しないという、錯覚を抱かせる為の一手。

 

 この本命の一撃を、難敵に叩き込む為の見せ札。

 

 その布石が、今此処に結実する。

 

 現在、七海との距離は凡そ20メートル前後。

 

 旋空の射程のギリギリの距離ではあるが、姫萩は突き技である為元々通常の旋空よりは射程が長い。

 

 無論生駒旋空のような劇的な射程の向上は見込めないが、今の七海を狙うには充分な代物である事は間違いない。

 

 たった今、龍神は七海の炸裂弾(メテオラ)を捻花で斬り払い視界は爆発で塞がっている。

 

 この一撃は、その爆発のカーテンを利用して放たれている。

 

 微かに視認出来た可能性はあるが、穿空虚月の剣速は神速の如し。

 

 副作用(サイドエフェクト)で察知してから動いたのでは、まず回避は間に合わない。

 

 だからこそ、この場この瞬間にて龍神はこの奥の手を開帳したのだ。

 

 千載一遇、七海を落とす事の出来る絶好の機会として。

 

 絶死の刃が、迫り来る。

 

 刮目せよ。

 

 其は、空穿つ虚ろなる月の槍。

 

 己が好敵手と定めた標的を屠る、絶殺の鏃。

 

 一人の剣士が積み重ねた、確かな時間(とき)の具現である。

 

 凡百尋常の手段によりては、決して凌ぐ事能わず。

 

 正しく必殺の意思を込めた、絶死穿通の神槍と知れ。

 

(殺った…………っ!)

 

 確信する。

 

 この一撃は、間違いなく七海に当たると。

 

 それだけの精度、それだけの速度。

 

 過去始まって以来最高の手応えを、龍神は己の剣から感じていた。

 

「な、に…………っ!?」

 

 だが。

 

 必ず(あた)ると確信した、絶殺の一撃は。

 

 七海が身体を捻り、紙一重の回避をした事で無に帰した。

 

 着弾を確信していた龍神は目を見開き、瞬時にその理由に思い至る。

 

「まさか、読んでいたのか…………っ! あの時の姫萩が、全力ではなかった事を…………っ!」

 

 

 

 

「────────生憎、似たような経験をしたばかりでね。そうでなくとも、違和感があった。こういう時の勘は当たるから、それを信じてみて良かったよ」

 

 公的なランク戦では、ないからだろうか。

 

 普段であれば戦闘中は決着が着くまで殆ど口を開かない七海が、龍神の言に律儀に応答している。

 

 そしてそれは、全くの虚勢というワケでもなかった。

 

 七海は、理解していたのだ。

 

 これまで戦った、如月龍神という人物の練度と────────────────あの時の姫萩の精度の低さが、釣り合わない事に。

 

 龍神は言動こそ大仰だが、その実力は確かなものだ。

 

 特に旋空の技量には目を見張るものがあり、これまで使用して来た数々の派生技の練度を見るに充分ボーダー上位陣に届き得る力を持っている。

 

 だからこそ、気付いた。

 

 序盤で龍神が放った姫萩の、他の技と比べた時に分かる不自然な精度の低さに。

 

 龍神の旋空弧月はどれもこれもちょっとした工夫を加えた旋空に過ぎないが、それでも幾つかは技としてしっかり成立している精度の高いものが並んでいた。

 

 それらと比較して、姫萩の精度は明らかに甘かった。

 

 最初は難しい技術を用いる為であろうと考えていたが、此処まで戦ってみた結果として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思い至ったのだ。

 

 だからこそ、ここぞというタイミングで()()()を使って来ると、七海は確信していた。

 

 未完成版の姫萩でも、あれ程の剣速であったのだ。

 

 完成版となれば、それこそ神速の名を冠するに相応しい一撃と成り得るであろう。

 

 故に、龍神がそれを撃って来るであろう状況では決して気を抜かなかった。

 

 少しでもその兆候があれば、即座に動けるように。

 

 その思惑が功を奏し、七海はなんとか直撃を避ける形で回避に成功。

 

 代価として服の端が削れたが、ダメージはないに等しい。

 

 龍神の渾身、絶殺の一撃は無為に終わった。

 

 そして、龍神の攻撃の最高速度を見た以上、最早接近戦に付き合う理由はない。

 

「…………! 距離を取る気か…………っ!」

 

 七海は何の躊躇もなく、後方へ跳躍した。

 

 グラスホッパーとテレポーターという移動補助はあるが、根本的な機動力では七海の方が上だ。

 

 このまま逃げ回りながら堅実にメテオラで削っていけば、時間はかかるがトリオン量の差で七海が勝つ。

 

 正面からの打倒に拘りがちな龍神と違い、七海は勝てさえすれば手段は基本的に問わない。

 

 真っ向からの斬り合いでも、逃げまくった末の泥試合だろうと、勝ちさえ掴み取れば良い。

 

 それが七海の価値観であり、性質だ。

 

 そも、正面からの斬り合いでは旋空の名手である龍神の方が有利なのである。

 

 七海の戦術の基本は、ヒット&アウェイ。

 

 斬り合いに付き合う義理はなく、龍神の限界攻撃速度を見抜いた今であれば情報収集の為に敢えて近付く必要もない。

 

 あとは、テレポーターによる転移に警戒しながら逃げの一手を繰り返すだけだ。

 

 卑怯でも、姑息でもない。

 

 これは、明確な勝ちへと繋げる為の戦術。

 

 試合のルールに抵触していない以上、正々堂々戦えなどという戯れ言を考慮する必要すらない。

 

 正々堂々とは、正面からただ技術だけでぶつかる戦いの事だ。

 

 そんなもの、単純に技量が高い方が勝つに決まっている。

 

 つまり、正々堂々戦えというのは弱者は強者相手に何も考えずに負けて来いという宣告に他ならない。

 

 それは試合ですらなく、ただ相手に媚びるだけの醜態にしかならない。

 

 そんなものは、真っ当な戦いでは断じてない。

 

 故に、真に相手に敬意を払うのであれば取り得る手段の全てに手を伸ばし、貪欲に勝ちを狙うべきだ。

 

 七海はそれを理解しているからこそ、泥臭い戦術を選ぶ事にも躊躇しない。

 

 故に、彼は最大限の誠意を以て、逃げの一手を始めようとしていた。

 

 

 

 

(マズイ。此処で引き離されたら、もう追いつけないぞ…………っ!)

 

 龍神は、現状を正しく認識していた。

 

 今だからこそ、分かる。

 

 たった今放った穿空虚月は、七海に()()()()()ものであると。

 

 あれで恐らく、彼は龍神の限界攻撃速度を把握した。

 

 だからこそ、今は逃走に全力を尽くしこちらを削り殺す行動に出ようとしている。

 

 龍神は、それを卑怯だとは思わない。

 

 ルールには抵触しておらず、そもそも七海の思惑を見抜けなかった龍神の方にこそ責がある。

 

 龍神自身は格好良い正面からの戦いを好むが、かといって絡め手やルールの抜け穴を突くようなやり方を否定するつもりはない。

 

 自分が好む事を、自分が正しいと思う事を相手に押し付けるのはただの傲慢だ。

 

 だからこそ龍神は自身の趣味を隠しておらず、その価値観を誰かに強要した事もない。

 

 自分が好き勝手やる分には、迷惑をかけない範囲であれば何の問題もない。

 

 しかし、自分本位の価値観を相手に押し付ける事は間違っている。

 

 そのあたりの線引きがしっかり出来ているからこそ、龍神は多くの者達に慕われているのだ。

 

 七海の戦術にしても、彼はただ限られたルールの中で自身に出来る最善を選んでいるに過ぎない。

 

 故に、その選択を責めるような無様はしない。

 

 問題は、それをやられれば龍神の負けが濃厚になるという一つの事実のみ。

 

 此処で彼を止めなければ、地に伏すのは高確率でこちらの方なのだから。

 

(赤花を────────────────いや、迂闊に転移すればそれこそ相手の思うツボだ。きっと、あいつはそれを狙っている)

 

 かといって、焦って強引に距離を詰めれば間違いなくカウンターを喰らう。

 

 七海が逃げの一手に入ろうとしている理由の一つには、龍神を焦らせ無理をさせるという狙いもある。

 

 後先を考えずに突貫すれば、やられるのはこちらの方だ。

 

 七海には、攻撃を感知出来る副作用(サイドエフェクト)がある。

 

 サイドエフェクト、感知痛覚体質。

 

 これがある限り、転移斬撃は彼にとって奇襲には成り得ない。

 

 何せ、何処から攻撃が来るか察知出来るという事は────────────────龍神の転移した場所が、その時点で割れるという事なのだから。

 

 転移直後の隙の多い状態を狙われれば、流石の龍神でも痛打は避けられない。

 

 かといって転移から時間を置いて攻撃しようとすれば、そもそも転移による奇襲性は失われる。

 

 かといって、通常の手段ではグラスホッパーが1枚のみの龍神では機動力特化であり尚且つグラスホッパー2枚装備の七海には追いつけない。

 

 こと、撤退と回避に置いては七海の右に出る者はそうはいない。

 

 生存率、と言う点で東とはまた別ベクトルの強みを持っているのが七海なのだから。

 

(駄目だ、この場から直接攻撃出来る手段がない以上、どうしようもない…………っ! 生駒旋空が使えれば、なんとかなるかもしれないが…………っ!)

 

 生駒旋空。

 

 それは、ボーダーで唯一生駒達人のみが可能とした居合技術を用いた旋空の発展技。

 

 実家で祖父に居合いの手解きをされていた彼は、そのノウハウを用いて旋空の効果時間を極限まで削減した上での発射を実現。

 

 40メートルという驚異の射程と、尋常ではない剣速を持つ固有技術────────────────生駒旋空を、完成させたのだ。

 

 これは無論、誰にでも出来る事ではない。

 

 居合い技術という技能を身に着け、それを十全に活かす事が出来た生駒だからこそ可能となった超高等技術。

 

 当然ながら、そんな下地のない龍神にそれを使える筈もない。

 

 彼は特殊な技術も副作用(サイドエフェクト)も持たない、ただの人間に過ぎないのだから。

 

(ないものねだりをしていても仕方────────っ!?)

 

 ────────■■究■、枳■────────

 

 ────────────────そう、思っていた。

 

 その、刹那。

 

 脳裏に、身に覚えのない情景が浮かんだ。

 

 ハッキリとは、視えなかった。

 

 記憶にも、残っていない。

 

 あんな戦いをした事はないと、龍神の記憶は訴えている。

 

(今のは、なんだ…………っ!? いや、それよりも…………っ!)

 

 しかし、重要なのはそこではない。

 

 たった今、七海が「無理だ」と断じた手段。

 

 何故かそれを、使()()()気がしたのだ。

 

 根拠はない。

 

 この場に他の誰かがいれば、龍神の思考に、行動に、疑問を抱いただろう。

 

 何故ならば、「ただ出来ると思った」という論拠にもなっていない暴論に依って、彼は己に可能な筈もない技術に手を伸ばす事を決めたのだから。

 

「旋空、()()────────」

 

 言の葉が、彼の口から紡がれる。

 

 それは、白昼夢の中無意識に記憶された技の名。

 

 彼自身が究極の一刀とすると決意した、幻の秘奥。

 

 未だ辿り着いていない筈の、龍神の想いの果て。

 

────────枳殻(カラタチ)

 

 

 

 

「な…………っ!?」

 

 その一撃を、七海は回避し切れなかった。

 

 七海は、龍神がこの時取るであろう選択について、十中八九転移からの奇襲を狙って来ると考えていた。

 

 此処で彼を逃がす程、龍神は甘い男ではない。

 

 危険性を承知の上で、勝率を0にしない為にリスクを孕んだ行動であっても取らざるを得ない筈だ。

 

 加えて、龍神の限界攻撃速度を見極めたという認識もあった。

 

 だからこそ。

 

 だからこそ七海は、異様な長さに伸びた龍神の旋空の一撃に反応しきれなかった。

 

 それ程までに、その一撃の剣速は凄まじかった。

 

 明らかに、先程の穿空虚月を超えている。

 

 その様は、本物の生駒旋空にも決して劣ってはいない。

 

 粗削りな部分はあるが、仮に生駒がこの場にいれば大騒ぎをしたに違いない。

 

 それ程の、再現度。

 

 それだけの技量が、今の一撃には詰め込まれていた。

 

 奇跡の一刀は、七海の右足の膝から下を切断。

 

 これで、先程までの機敏な動きに大幅な制限がかかる事となる。

 

 しかし、七海には足スコーピオンという脚部の代替手段がある。

 

 トリガーの枠を片方潰すのは痛いが、機動力が減るよりはずっとマシだ。

 

 だからこそ、七海はすぐさま右足の断面からスコーピオンを展開。

 

 即座に、次の手に移ろうとした。

 

「旋空死式・赤花『連』────────」

 

 されど。

 

 その()を紡ぐ声が、すぐ傍から聞こえた。

 

 そこには、今の一瞬で至近へと転移した龍神の姿。

 

 未だ、七海の副作用は反応を示さない。

 

 攻撃動作が完了していないからか、否。

 

 その一撃を放つのに、一切の時間がかからないが故。

 

────────穿空紅月(センクウコゲツ)

 

 其れは、テレポーターを用いる斬撃、赤花と突き技である姫萩を組み合わせた連携技。

 

 転移した瞬間、最高速度で姫萩を放つ転移斬撃ならぬ転移刺突。

 

 その一撃は確かに、七海の胸を貫いていた。

 

 代価として、己の胸を彼の刃にて穿たれながら。

 

「ぐ、やられたな。まさか、土壇場で回避を捨てて相打ち狙いに切り替えるとは」

 

 間違いなく、双方共に致命傷。

 

 しかし、龍神は晴れやかな顔で七海を称賛した。

 

 今の瞬間、七海は攻撃が回避不能だと判断すると即座に回避動作を停止し全力で迎撃(カウンター)を放つ選択をしたのだ。

 

 そうする他ない程龍神の一撃は鋭く、また行動に移れたタイミングも紙一重であった。

 

 もし、どちらかの判断が刹那でも遅れていればこの結果には至らなかっただろう。

 

 それだけ、ギリギリの戦いであった。

 

「そちらこそ、まさか生駒旋空を使えるとは思っていませんでした。俺もまだまだですね」

 

 同様に、七海もまた龍神の健闘を称賛する。

 

 どちらも、全力を尽くした結果。

 

 悔いが無いとは言わないが、満足する戦いは出来た。

 

 それだけで、彼等にとっては充分だったのだ。

 

「「次は、負けない」」

『『トリオン供給機関破損。緊急脱出(ベイルアウト)』』

 

 二人の啖呵と同時、機械音声が双方の脱落を告げる。

 

 仮想の戦場にて雌雄を決していた二人は、同時撃破────────────────引き分けという結果を以て、戦いの幕を閉じたのだった。

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