「成る程、確かにこれは夢の世界以外有り得んな。如何に俺といえど、こんな光景は見た事がない」
「ああ、俺も最初はびっくりしたよ。ライ先輩の説明がなければ、途方に暮れていたと思う」
龍神の言葉に、七海はそう言って同意する。
今、彼等がいるのは先程までいた仮想の戦場でも、如月隊の隊室でもない。
見渡す限りの、黒。
果てなき漆黒の闇の中、光の道が遥か先まで続いている。
二人は、そんな光の道の中途────────────────七海が龍神に出会う直前に入った、不可思議なドアの前に立っていた。
無論、自発的に来たワケではない。
試合が終わった次の刹那、気付けばこの場に立っていたのである。
細かい理由や理屈を考えても、恐らく意味はないだろう。
此処は、
「まあ、突然別れるよりはマシな状況ではある。流石に試合をして何の言葉も交わさず終わり、では寂しいからな」
「そうですね。俺も、このような機会が出来た事は僥倖だと思っています。今回は────────」
「待て待て、俺達は既に全力でぶつかり合った
丁寧に謝辞を告げようとした七海に対し、龍神はそう言って笑う。
そういえば、先程龍神は自分は17歳だと言っていた。
彼の前に邂逅した加山は年下、ライは年上だった為、思えば今回出会った者の中では唯一の同年代となる。
龍神の立ち振る舞いからなんとなく年上相手のような感覚で接していたが、確かに彼の言う通り同年代からあまり畏まって接されるのもやり難く感じるかもしれない。
「分かった。正直同年代の男子と接する機会が多くないから希望通りにはなれないかもしれないが、俺なりに遠慮を抜きに話させて貰うよ」
「それで構わん。別に、何から何まで無礼講にしようというワケじゃない。ただ、折角戦ったのにいつまでも他人行儀では寂しいと思ってな。もう会う機会もないだろうから、腹を割って話したかったという理由もあるがな」
そう言って、龍神はニヤリと笑う。
龍神とて、こう話しただけで七海が自分の良く知る友人達のような態度になるとは思っていない。
これまで話して来た結果として、龍神は七海の性格をクソが付く程生真面目で誠実な人物のそれであると理解している。
加えて、良く知らない相手との会話はどちらかといえば不得手であるようだ。
コミュニケーション能力に若干の難がある相手との接し方については、ベクトルこそ違うが自隊のオペレーターで慣れている。
そういう相手に自分と同じやり方の対人の振る舞いを強要するのは無理があるし、そもそも龍神としては必要以上に固くなって欲しくないというだけだ。
相手が妥協をしてくれているのだから、此処はこちらが合わせるべき所だろう。
太刀川相手でもあるまいし、やりたいようにやらせるのが一番良い。
自分はただ、もう会う事はないだろうこの異邦人と親交を深めたいだけなのだから。
「しかし、感知痛覚体質だったか。中々に戦闘向きな能力を持っているとは思ったが、あそこまでとはな。正直、これまで戦った誰よりもある意味戦い難かったぞ」
「誉め言葉として受け取っておくよ。えっと、如月と呼ばせて貰って良いかな」
「無論構わん。好きなように呼ぶがいい」
龍神としては名前の方で呼んで欲しかったが、これまでの話を聞くうちに七海は基本的に相手を名字呼びする事が殆どであると理解している。
彼の話を聞いているうちに、誰かの名前を呼んだ時にそうだったからだ。
例外は彼の恋人でもある那須くらいで、彼女だけは名前を呼び捨てで呼んでいる。
恐らく、これは彼なりの那須とその他の人物を区別する区切りのようなものなのだろう。
それ以外の人物に対してはチームメイトですら名字呼びやさん付けであり、彼の癖のようなものであると理解出来る。
ちなみに、小夜子に関しては彼女の二人きりの時以外は名前で呼ばないという約束を徹底している為、那須以外の例外について龍神が気付く事はなかった。
まあ、気付いていてもそういう事に疎い龍神は「何か理由があるのかもしれんな。詮索は止めておこう」くらいにしか思わないだろうが。
「じゃあ、如月。君も、相当な使い手だった。まさか、あそこまで旋空を使いこなせる相手が太刀川さんや生駒さん以外にいるとは思わなかったよ」
「あのくらい出来なければ、太刀川を倒すなど夢のまた夢だ。俺は、必ず太刀川を倒さなければならんからな」
「何度も挑んで、一度も勝てていなかったんだったか。君くらいの腕があれば、一本くらい取れてもおかしくなさそうだけど」
「悔しいが、事実として全敗だ。無論、それは諦める理由にはならない。太刀川を地に伏させるまで、俺の挑戦が止む事はない」
何処か悔し気に拳を握り締めながらそう零す龍神に対し、七海は何処か違和感を持った。
太刀川は、確かに一位の名に相応しいA級最強の剣士だ。
その実力は他とは隔絶しており、並の剣士では万が一も有り得ない。
彼に師事した七海はその力の程を充分過ぎる程知っており、太刀川に勝ち越す事がどれだけの難行であるかも理解している。
しかし、だからといって龍神が
ハッキリ言って、龍神は並の、などという言葉が当て嵌まる剣士ではない。
高い旋空使いとしての技量に、立ち振る舞いの迷いのなさ。
そして道化を
それらを鑑みても、太刀川から一本たりとも取れていない、というのはおかしい。
聞けば、彼は影浦相手に勝ち越すまではしないもののこれまでの間にそれなりの数の黒星を挙げているという。
影浦相手にそこまで戦える龍神が、太刀川に
何か、理由があるのではないか。
そうは思ったが、同時にこれは自分が関わって良い問題ではない事も察していた。
(気にはなるが、これはきっと俺が踏み入って良いようなものじゃない。あまり、他者の
薄々と、これがデリケートな問題である事に七海は気付いている。
その上で、あくまでも部外者である自分に立ち入る資格はないと判断した。
これはきっと、彼の世界に生きる人々が解決すべき問題だ。
完全なる第三者の自分が手を出したも、良い結果になるとは思えない。
だったら、自分が言うべき事は。
「君なら、きっとやれるさ。太刀川さんは強いけど、無敵じゃない。
「────────そうか」
ただ、当たり前の事実を突きつける事だけだ。
太刀川は、確かに強い。
しかし、ミスを一切しないというワケでもない。
ただ、素の技量と機転の鋭さ、極限まで鍛え抜かれた集中によって多少のミスは力業でカバー出来ているに過ぎない。
彼は四万以上というおかしな桁のポイントを保持しているが、あれは太刀川が大学の単位すらそっちのけにしてランク戦ブースに入り浸っている結果に過ぎない。
つまり、太刀川は確かに最強クラスの使い手ではあるが、一切の黒星がないかと言われればそんな事はない。
無論早々彼が負ける事態には成り得ないが、同時に絶対無敵の存在というワケでもない。
故に、あとは地道な鍛錬と気持ちの持ちよう次第である。
少なくとも、大抵の相手よりは余程太刀川を一騎打ちで討ち果たす可能性があると七海は見ている。
先程見せた生駒旋空もそうだし、彼の剣は可能性の塊だ。
何をして来るか、全く予想がつかない。
そういう意味で、龍神は確かな
どんな実力者だろうと、本当の意味で初見殺しが通じない相手は稀だ。
通じていないように見えるのは、彼等がその有り余る才覚と地力を用いて強引に隙をカバーしているだけに過ぎない。
どれ程勝てない相手に思えたとしても、必ず何処かに攻略法は存在する。
その事を、七海は迅との戦いで学んでいる。
故に、出来る筈だと。
七海は、自信を持ってそう告げた。
「────────そうか。お前は、無謀だとも無茶だとも言わないのだな」
「ああ、むしろ無謀でも無茶でも手を伸ばさなければその先に至る可能性自体ないからな。だから、無茶無謀は当たり前だ。その上で、持てる力を全てぶつければ良い」
それに、と七海は笑う。
「格上殺しは、達成感が半端ないからな。あの爽快感を知る為にも、努力を続ける事をお勧めするよ」
「成る程、確かにそれは通りだな。捕らぬ狸の皮算用はしないと決めているが、モチベーションの為ならば幾らでも狸の皮を剥ぐ算段をしてみても良さそうだ。安心しろ。
そう言って、龍神はニヤリと笑みを浮かべる。
太刀川を超えた、
言われてみれば、太刀川を倒すという目的ばかりが先行してその後の事など考える機会はなかった。
しかし、彼の言う通り目標達成の快感には興味がある。
長年の(精々数年だが)目的が達成されたその時、自分は何を思うのか。
確かにそれには、興味がある。
やっと倒せたとはしゃぎ回るのかもしれないし、もしくは燃え尽き症候群に陥る可能性もゼロではない。
後者にならない為にも、
(それに、さっきの生駒旋空────────────────
加えて、先程何故か使えてしまった生駒旋空という気がかりもある。
元々旋空使いとして、生駒旋空には興味を抱いていた。
自分にも出来ないかと生駒を訪ねてやり方を聞き、試した事もある。
その時は、何度やっても手応えすら掴めなかった。
最初から出来ないと思い込んでいた節もあるとはいえ、何の成果も得られずに終わったあの出来事は龍神にとって苦い経験だ。
それ以降、思い出したように生駒旋空の練習をしても、具体的な手応えを掴む事は出来なかった。
だというのに、今回の試合で龍神は「出来る」という
それがどれだけおかしい事なのかは龍神自身理解している。
きっと、何か裏がある。
龍神は、そんな気がしてならなかった。
(こっちについては、慌てても仕方あるまい。念頭に置いた上で────────────────と、そういえば此処での記憶は残らないんだったか)
そこで、この場での記憶は恐らく残らないだろうという七海の話を思い出した。
ならば、此処での会話に意味は無い────────────────とは、思わない。
たとえ記憶に残らずとも、自身に刻んだ
龍神はそう信じているし、七海もそれは同じだろう。
そうでなければ、このような交流などするまい。
(いや、そんな事はどうでもいいな。折角出会う事の出来た友人との別れに、水を差したくはない。理由など、その程度で充分だ)
否、逆だ。
だからこそ、この奇跡のような出会いを大切にする。
そこに大きな理由はなく、強いて言えば「そうしたいと思ったから」だ。
自分の問題だとか、今後の課題だとか、そういった事とは別に。
ただ、得難い友人との一時を大切にしたい。
龍神は心底から、そう考えていたのだから。
「しかし、楽しかったぞ。摩天楼ステージは前々から目を付けてはいたが、中々戦う機会がなくてな。今回は存分に堪能出来たし、今後も定期的にやってみるつもりだ」
「チームランク戦では、中々選ばれる事が少ないMAPだからな。その気持ちも分かる気がするよ。正直な話、ビルの合間を駆け抜けるのは気持ち良いからな」
「そのあたり、那須と似ているんだな。ああいった場で跳び回る快感は理解出来るし、当たり前か」
ああ、と七海は頷く。
「玲も俺も、戦い易い地形は割と似てるからな。あのMAPで戦った荒船隊と柿崎隊相手には、コールドゲームが出来たし」
「確かにあのMAPでお前がエースを務める那須隊を相手にすれば、そうなるだろうな。荒船隊そのものが、お前とは相性が悪いワケだし」
荒船隊は、三人全員が狙撃手という異色の部隊だ。
隊長の荒船だけは弧月のマスタークラスでもある為近接にも対応可能だが、他二人は純粋な狙撃手である為接近を許せばそのまま落ちるしかない。
しかし狙撃手三人体勢という構成は地形によっては鬼のように強く、MAP次第ではワンサイドゲームにもなりかねないチームである。
だが、狙撃無効の七海相手にはその強みが死ぬどころか発見次第確定で落とされるのだから、相性が悪いどころの騒ぎではない。
その上で七海が動き易い上下に広く複雑な地形の摩天楼で戦えば、結果を火を見るより明らかだろう。
余程の策がなければ、自分とてチーム戦で七海相手にこのMAPを選ぶのは御免被る。
それだけ、立体的なMAPと「自分が点を取る必要性が薄い」七海という組み合わせは厄介極まりないのだから。
「ああ、荒船さんにも散々愚痴られたよ────────────────さて、名残惜しいけどそろそろ行かなくちゃ。今回は、本当に楽しかった。また、機会があれば戦ってみたいよ」
「それはこちらの台詞だな。確かに個人戦では引き分けに終わったが、俺の隊が仕上がった時には是非ともチーム戦でお相手願いたい。まあ、あいつらが出来上がるまでには相当時間がかかりそうだからすぐには無理かもしれんがな」
「それなら、幾らでも待つさ。そもそも、もう一度会えるかどうかすら分からないんだ。なら、少しくらい都合の良い期待をしたってバチは当たらない筈さ」
「違いない」
二人は顔を見合わせ、笑い合う。
次、などというものが恐らくないであろう事は、七海も龍神も承知している。
けれど、湿っぽい別れのシーンは彼等にはそぐわない。
別れるのならば、後腐れの無い笑顔で。
既に二人は、言うまでもなくそう決めていたのだから。
「じゃあな、如月。また会える日を楽しみにしてる」
「ああ、じゃあな七海。俺も、再び会える日を楽しみにしているぞ」
それが、最後。
二人は共に背を向け、己の在るべき世界へと帰っていく。
七海は、綴り切った物語の先の未来へ。
龍神は、彼の未来を決める運命の一戦が待つ世界へ。
淀みない足取りで、歩んで行った。