痛みを識るもの   作:デスイーター

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那須玲②

「……え……? 小夜、ちゃん……?」

 

 小夜子が扉を開け放ってその眼に飛び込んで来たのは、呆然とこちらを見詰める那須の姿だった。

 

 那須は身体の線がくっきり出ている部屋着のままで、ベッドの上に腰掛けていた。

 

 布団の乱れようを考えるに、恐らく小夜子が来るまで布団の中に籠っていたであろう事は容易に想像出来る。

 

 何故、そんな事をしていたかという事も。

 

(……やっぱり、来て正解だったみたいですね。駄目ですねこれは……)

 

 小夜子はその様子から那須の精神状態がどういったものであるかを察し、溜め息を吐いた。

 

 自分の失敗を反省し、どうすればいいかを考えていたのであれば、まだ良かった。

 

 しかしこの様子では、恐らくひたすらに現実逃避をしていただけだ。

 

 何かを聞いても、建設的な答えなど返って来ないに違いあるまい。

 

 小夜子はそんな那須の不甲斐ない姿を見て、本当の意味で覚悟を決めた。

 

 即ち、此処で那須と本気の喧嘩をする覚悟を。

 

「え……? じゃないですよ那須先輩。私がなんで此処に来たか、本当に分からないんですか……?」

「えっと、その……」

 

 キョトン、とする那須を見て、小夜子の視線の温度が下がる。

 

 そして、遠慮容赦なく斬り込む事を決めた。

 

「…………前の試合、酷いものでしたよね。那須先輩の勝手で、全てが台無しになりました」

「……っ!」

 

 びくん、と那須は目を見開いて硬直する。

 

 彼女自身、前回の失敗の()()は自覚していただけに、その事を責められれば閉口せざるを得ない。

 

 ただし、その()()については今も尚自分を誤魔化し続けている。

 

 何故、彼女はあのような行動を取ったのか。

 

 その、自分自身の行動の理由についての理解が、足りていない。

 

「別にですね、二宮さんを狙った事についてはどうこう言うつもりはありません。ですけど、一度失敗した後も二宮さんを()()()()狙い続ける必要はありませんでしたよね? 他の隊に押し付けて、別の点を取った方が効果的だった筈ですよ」

「それは……」

 

 だからまずは、その()()を詳らかにする。

 

 順を追って、彼女の失態を暴いていく。

 

「熊谷先輩が落とされたから、ですか? ですけど、ランク戦なんですから落とされる事も普通にありますよね? 前期でも、熊谷先輩が何度落とされたと思っているんですか?」

 

 ああ、そういえば、と小夜子はわざとらしい口調で告げる。

 

「────前期も、熊谷先輩が落とされた後は動きが悪くなってそのまま負ける事が多かったですよね。あれ、本当に前衛がいなくなったからってだけですか?」

「……っ!」

 

 小夜子の指摘に、那須が固まる。

 

 彼女の言葉は、事実だ。

 

 前期でも、熊谷が落とされた後は那須は目に見えて動きが悪くなり、そのまま落とされる事が多かった。

 

 茜が落とされた時はそうでもないが、熊谷が目の前で落とされた後となると、途端に動きから精彩が消えていた。

 

 それを、小夜子はオペレーターとして何度も目にしている。

 

 故に、そこを突いたのだ。

 

 何故、仲間が落ちる事を過剰に気にするのか、と。

 

「那須先輩って、基本的に誰かに依存しないと生きてられないですよね? だから七海先輩がいない時は、熊谷先輩でそれを()()してた。違います?」

「そっ、それは……っ!?」

 

 違う、という言葉が出て来なかった。

 

 酷い事を言われている筈なのに、沸いて来たのは怒りではなく、焦燥だった。

 

 自分の脆い所が、暴かれようとしている。

 

 それ故の、恐怖。

 

 しかしだからこそ、小夜子は容赦しなかった。

 

「熊谷先輩、男勝りで格好良いですもんね? 七海先輩が近くにいない時の代わりとしちゃ、最適だったんじゃないですか? 那須先輩は他の男なんて目に入ってなかったでしょうし、女相手なら浮気にはなりませんものね」

「……っ! 何を……っ!?」

 

 流石にそこまで言われてカッとなったのか、那須の眼に怒りの色が入り混じる。

 

 鋭い視線が、小夜子を射抜く。

 

 だが小夜子は全く動じず、胸を張って那須と対峙した。

 

「違うんですか? 誰かに一緒にいて欲しいけど、他の男を傍に置いて七海先輩に見放されたくない。だから男勝りで自分を守ってくれる熊谷先輩に依存して、七海先輩の代わりにしてた。だから熊谷先輩が落とされると、心の支えがなくなってまともに戦えなくなってたんでしょう?」

「わた、しは……」

 

 那須の瞳から、怒りの色が消えていく。

 

 代わりに表出したのは、()()

 

 これ以上追及しないで欲しいという、恐れの感情。

 

 けれど、尚も小夜子は踏み込んだ。

 

「今回の試合で熊谷先輩が落とされた後、執拗に二宮さんを狙ったのは、熊谷先輩の仇を取るという()()()を示す事で熊谷先輩に媚を売っていたんでしょう? 自分の為に怒ってくれれば、悪い気はしないだろうと考えて」

 

 まあ、結果はあのザマでしたけど、と小夜子は詰る。

 

 そして更に、那須の精神を追い詰める。

 

「七海先輩の右腕が吹き飛ばされて暴走した時も、あれ、割と正気だったんじゃないですか? 七海先輩が撃たれて脱落までそう遠くないと悟って、一人で戦うのが嫌だったから、()()()()()()()()()()()()()()()って心の何処かで考えてたんじゃないですか?」

「そんな、事……っ!」

「ないって言えるんですか? 本当に」

 

 最早、那須は泣き出す寸前だった。

 

 言葉に詰まり、嗚咽を漏らす。

 

 しかし小夜子は、容赦しない。

 

 那須を、的確に追い込んで行く。

 

「それなら、今後同じ事があっても同様の間違いを冒さないって誓えますか? 無理ですよね? 自分の気持ち一つも自覚出来てない人が、感情のコントロールなんて無理に決まってますよね?」

「自分の、気持ち……?」

 

 その言葉に、何かを感じたのだろう。

 

 那須は小夜子の言葉を復唱し、予定通り食いついて来た彼女に対し小夜子は口元を歪めた。

 

「一つ聞きますけど、那須先輩にとって七海先輩って()ですか? ()()()()()()()()()、じゃ、ありませんよね?」

 

 小夜子の問いに、那須はポカン、と口を開ける。

 

 そして、絞り出すような声で呟く。

 

「……私にとっての、玲一……?」

「そこで即答できない時点で駄目なんですよ」

 

 はぁ、と盛大に溜め息を吐いて、小夜子は続けた。

 

「あれだけ盛大に媚を売っていたんです。恋愛感情を持っているという答え以外、有り得ないでしょう? まさか、違うとでも言うつもりですか?」

 

 那須の七海に対する好意は、本人が自覚していたかはともかく、周囲から見れば割とあからさまだった。

 

 他の人とは向ける視線の温度が明らかに違うし、那須は七海に対して執着している事も一目瞭然だった。

 

 あれで()()()()()()()と言うのは、無理があるだろう。

 

「でも、でもそれは……っ!」

 

 ────「私には、その()()がない」のだと、那須は告げる。

 

 七海に恋慕の情を抱いている事は否定せず、けれど。

 

 自分にはそれは許されないのだと、彼女は言った。

 

「…………へえ、それはどうして、ですか……?」

 

 小夜子は、その言葉を聞いて自らの中の熱が燃え上がる温度を感じ取った。

 

 しかし努めて冷静に、那須に尋ね返す。

 

 即ち、()()()()()()()()()()()()()と。

 

「…………玲一は、私の所為で右腕も、痛みも、お姉さんも、なくしちゃった。だから、私は一生かけて償わなくちゃ。何をしてでも、玲一の力にならなくちゃ。だから、私は幸せになっちゃいけないの……」

 

 絞り出すような声で、那須は告げる。

 

 自分の所為で、七海は大切なものを失ってしまった。

 

 だから、自分には彼と結ばれる資格がない。

 

 自分は、幸福になる権利なんてないのだと、那須は言う。

 

 それが、どれ程傲慢な想いであるかも、気付かず。

 

「玲一の零しちゃった幸せは、私が拾い集めなきゃいけないの。だから、私の幸せは求めちゃいけないの。そうしなきゃ、私は玲一に顔向け出来ないから」

「……………………」

 

 …………彼女達の抱える事情を、知ってはいた。

 

 だが、赤裸々に彼女が語るその想いは、酷いくらいの生々しさに満ちていた。

 

 四年前の大規模侵攻で七海は右腕を失い、彼の命を救う為に彼の姉はその命を投げ出した。

 

 那須は、その事を今でも悔いている。

 

 自分さえいなければ、七海があんな想いをする事はなかった。

 

 そう考えているから、那須は七海に対して素直になれない。

 

 七海の為に生きるのだと、後ろ向きの覚悟を決めてしまっている那須では。

 

「…………玲一の事は、勿論好きだよ。好き、だけど…………私は、玲一に好いて貰う資格なんてないんだ。私は、幸せになる権利なんてないんだ。だから、このままがいいの。このままで、いいから」

 

 だから、放って置いて、と那須は告げる。

 

 その姿は弱弱しく、また痛々しい。

 

 元より儚げな那須の容姿が、より一層その悲壮感を際立たせた。

 

 その場面だけを切り取れば、美しい彫像のようでさえあっただろう。

 

 だが、那須も小夜子も、生きた人間だ。

 

 物言わぬ彫像でも、考える事のない人形でもないのだ。

 

 無機物であろうとする事を、決して許されはしない。

 

「────そうですか。なら、七海先輩は私に下さい」

「……え……?」

 

 ────だから、そこで小夜子は切り込んだ。

 

 間違いなく那須を激昂させるに足る、()()を放り投げて。

 

「七海先輩を、好きになっちゃいけないんでしょ? なら、私に下さいよ。私も、七海先輩の事は()()()()()()()()好きですから」

「……な……っ!?」

 

 その言葉が、あまりに予想外だったのだろう。

 

 那須はその口を大きく開けて、唖然としている。

 

 小夜子はそんな那須の態度を嘲るように、思い切り唇を歪めた。

 

「あのですね、少しは疑問に思わなかったんですか? 男性恐怖症の私が、何で七海先輩を平気になったのかって事を。何の理由もなく、私が先輩を受け入れたと思っていたんですか?」

 

 簡単な話ですよ、と小夜子は続ける。

 

「私は、七海先輩に恋しちゃったんです。詳細は省きますが、私は七海先輩に惚れちゃったんです。だから先輩がチームに入る事を受け入れたし、オペレートも了承した。好きな男性には、傍にいて欲しいものですからね」

 

 那須先輩と同じですよ、と小夜子は敢えて強い口調で告げた。

 

 その言葉に那須は息を飲み、顔面が蒼白になっていく。

 

「那須先輩も、七海先輩に傍にいて欲しいから、同じチームに入って貰ったんでしょう? 勝てるかどうかはどうでも良くて、ただ傍にいて貰えればそれで良い。だから、勝敗よりも先輩に気に懸けて貰えるかが大事で、結果としてチームを敗北に追い込んだ」

 

 そう。思えば、那須がこれまで勝利に執着した事は一度もない。

 

 作戦も実際は七海と小夜子が草案を練ったもので、那須は具体的な方針を示してはいない。

 

 彼女が作戦を立てたROUND3ではただ七海との合流を優先する、という意思表示しかしなかった。

 

 ある程度の現場指揮はやっていたものの、隊長として過不足なく振る舞えていたかと聞かれれば、疑問は残る。

 

 無論、それは那須に限った話ではない。

 

 隊長をあくまでエースとして扱い、作戦はオペレーターや他の隊員が立てている、という方針のチームは他にもいる。

 

 今回戦った『東隊』も東は奥寺達の教育の為に率先して作戦を提示したりは基本的にしないし、『香取隊』や『生駒隊』も隊長ではなく他のメンバーが作戦を立てている。

 

 それ自体は、別に問題はない。

 

 適材適所という言葉があるし、別段隊長が指揮を執らなければならないという道理も無い。

 

 …………問題なのは、那須が隊長としての権限を使い、チームを不利に追い込んでしまった点だ。

 

 那須はROUND3に置いて、隊長としての指示を出し、二宮を狙い続けるようチームを動かした。

 

 勝算あっての事ではなく、ただ自分のエゴを通す為に。

 

 チームの、私物化。

 

 小夜子が問題視していたのは、それである。

 

 指示を他人任せにしていたのなら、まだ良い。

 

 しかし那須はあろう事か隊長としての権限を使い、成功率の低い二宮相手の戦いを部隊に強いた。

 

 勝つ為ではなく、ただ自分の心の安定を得る為に。

 

 その行為は、断じて看過出来る代物ではなかった。

 

「自分の都合でチームを好きにされると、迷惑なんです。七海先輩や茜が、どれだけ努力して来たかご存じですか? その努力を、那須先輩の勝手で踏み躙ったんですよ? その事を、申し訳ないとは思わないんですか?」

「……っ! わた、しは……っ!? でも……っ!?」

「でもも何もありません……っ! 那須先輩がやったのは、そういう事なんですから……っ!」

 

 此処に来て小夜子も声を荒げ、那須に詰め寄った。

 

 那須の襟首を掴み、至近距離で顔を突き合わせる。

 

「今の那須先輩は、隊のお荷物です……っ! これ以上無様を晒す気なら、隊長から降りて下さい……っ! 隊長は、七海先輩に務めて貰いますから……っ!」

 

 だから、と小夜子は続ける。

 

「心配しなくても、那須先輩が放り出した七海先輩の面倒は、()()()()()()()()()()()()から。公私共に、七海先輩のパートナーになって」

 

 素晴らしいでしょう? と、小夜子は告げる。

 

 敢えて嫌味ったらしく、那須の神経を逆なでするように話す。

 

 那須の気持ちを、引き出す為に。

 

「七海先輩は、中々に義理堅いですからね。泣き落としでもすれば、案外既成事実まで持っていけるかもしれません。きっちり、七海先輩に私の匂いを刻み込んであげますから」

 

 くすくす、と小夜子は敢えて悪ぶった笑みを浮かべる。

 

 お前の男は私のものだ、と告げるように。

 

 那須の激情を、誘い出す。

 

「一回だけ、七海先輩に抱き締めて貰った事があるんですよね。先輩の身体、大きかったなあ…………今度は、()()()()()()()()()()()()やって欲しいですよねえ」

「……っ! 小夜、ちゃん……っ!」

「おや、怒りましたか?」

 

 変ですねえ、とわざとらしく小夜子は告げる。

 

 からかうように、馬鹿にするように。

 

 那須の神経を、逆撫でする。

 

「だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んでしょう? だったら、私が七海先輩とどうなろうが関係ないですよね? だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……っ!」

 

 そう、それは他でもない、那須自身が語った言葉。

 

 自分は、幸せになってはいけない。

 

 那須は確かに、自らの言葉でそう告げた。

 

 それが自分の本心なのだと、言ったのだ。

 

 その揚げ足を取る形で、小夜子は彼女の心を抉り出す。

 

「それなら、私が七海先輩を幸せにしてみせます。こう見えて私、尽くす女ですので。これからは私が、七海先輩の為に生きる女になりますから」

 

 だから、と小夜子は告げる。

 

 決定的な、一言を。

 

「私が、七海先輩を愛してあげます。だから那須先輩は、彼の事は諦めて下さいね」

 

 しん、とその場が静まり返る。

 

 静かな空間で、小夜子の言葉が部屋に響く。

 

 一瞬の静寂の後、那須の瞳に明確な激情が宿り。

 

 そして、弾けた。

 

「う、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……っ!!!!」

「ぐ……っ!」

 

 那須が、凄まじい形相で小夜子に掴みかかる。

 

 明らかに正気をなくして、小夜子の首を締め上げる。

 

 その姿は、まさしく鬼。

 

 情を抱くが故に変じた、女の鬼の姿だった。

 

「渡さない……っ! 貴女なんかに、玲一は絶対渡さない……っ! 玲一は、私の、私の……っ!」

「ぐ、かは……っ!」

 

 一切の加減なしに、那須の指が小夜子の首に食い込んだ。

 

 そのまま絞め殺すような勢いで、那須は小夜子の首に力を込める。

 

「それ、は…………こっち、の…………台詞、です……っ!!」

「きゃ……っ!」

 

 だが、小夜子もやられてばかりではない。

 

 那須の脇腹に思い切り蹴りを叩き込み、痛みで怯んだ那須をそのままベッドに押し倒した。

 

 そのまま馬乗りになり、那須の襟首を掴み上げる。

 

「そのくらい好きなら、何で自分を誤魔化すんですか……っ!? 七海先輩を渡したくないなら、何で()()()()()()()()()()なんて馬鹿な事が言えるんですか……っ!? そんな事言うって事は、その程度の想いだったって事でしょう……っ!?」

 

 なら、と小夜子は叫ぶ。

 

「私に、下さいよ……っ! 那須先輩が七海先輩を自分のものにしないなら、私にくれてもいいじゃないですか……っ! あの人の心を独り占めしておいて、()()()()()()()()()()だとか、いい加減にして下さいよ……っ!」

 

 小夜子もまた、目尻には涙が浮かんでいる。

 

 彼女も那須と同じように、自分の想いを叩きつけている。

 

 全ては、チームの為に。

 

 そして、大好きな先輩達の為に。

 

 彼女は、己が役割を貫くと決めたのだから。

 

「私がどんな想いで、今まで自分の気持ちを隠して来たか分かりますか……っ!? 全部、七海先輩に幸せになって欲しいからですよ……っ!? なのに、その先輩を唯一幸せに出来る那須先輩がその資格がないとか、ふざけるのもいい加減にして下さい……っ! それじゃあ、それじゃあ……っ!」

 

 そして、小夜子は告げる。

 

 己の、本当の想いを。

 

「────────私が身を引いた意味が、なくなっちゃうじゃないですか……」

「…………あ…………」

 

 ────その言葉を聞いた、那須の瞳に理性が戻る。

 

 何故、彼女がこんな事をしたのか。

 

 その全てを理解した那須が、小夜子の意図を汲み取った。

 

 それを確認した小夜子は、疲れた様子で脱力し、そのまま那須の上へと倒れ込む。

 

 そして、泣いた。

 

 さめざめと、声を殺して。

 

 馬乗りになっていた那須の上に倒れ込んだまま、嗚咽を漏らして泣き続けた。

 

 那須はそんな彼女を自分の服が涙で汚れるのも構わず抱き締め、耳元で囁く。

 

「…………ごめん、なさい」

 

 返答は、なかった。

 

 ただ、泣き続ける小夜子の声だけが、那須の部屋に響いていた。


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