痛みを識るもの   作:デスイーター

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熊谷友子②

「……七海……」

「熊谷か……」

 

 『ボーダー』本部の個人ランク戦ブース、そこで熊谷は七海と顔を合わせた。

 

 七海は村上との模擬戦の後、気分転換を兼ねて個人ランク戦に精を出していた。

 

 熊谷も同様に、出水からの()()を受けてその成果を試しに来た所である。

 

「丁度良いや。一戦、付き合ってよ」

「……ああ」

 

 他にも言うべき事は、言いたい事は、色々とあった。

 

 しかし熊谷が選んだのは、何に置いても()()()だった。

 

 自分は、難しい事を話すのには向いていない。

 

 ならば、直接ぶつかった方が手っ取り早い。

 

 そう判断しての、即断即決だった。

 

 そうして二人は、個人ランク戦のステージへと移行した。

 

 

 

 

「…………」

 

 MAP、『市街地B』。

 

 天候は、『雪』。

 

 否が応でも前回の敗戦を想起させるステージ設定で、個人戦は開催された。

 

 実行する人は滅多にいないものの、個人ランク戦でもMAPや天候設定は弄る事が出来る。

 

 しかし個人ランク戦の場合、個人技を競いたいが為に戦う事が多い為、多くの場合何の変哲もない『市街地A』が選ばれ、天候設定を弄られるのも稀だ。

 

 だからこそ、驚いた。

 

 このMAPは当然ながら七海だけではなく、熊谷にとっても苦い経験をしたものの筈だ。

 

 けれど、熊谷は敢えてそこを選んで来た。

 

 しかも、普段の個人ランク戦のような対面スタートではなく、ランダム位置でのスタートまで用いて。

 

 そこには、何か明確な意図がある。

 

 そう確信しながら、七海は建物の間を縫うように跳び回る。

 

 壁等を足場とする七海にとって、動き難い地形条件はそう問題ではない。

 

 地面に雪が積もっていて動き難いなら、地面を避けて移動すれば良いだけである。

 

 七海はそれを実行に移し、家々の間を跳び回る。

 

 そして遂に、雪道を逃げる熊谷の後姿を捕捉した。

 

「……っ!」

 

 追って来た七海に、熊谷が気付く。

 

 熊谷は走るスピードを上げ、路地を駆けて行く。

 

 しかし、雪道である為その動きは鈍い。

 

 容易に七海に追いつかれ、蹴撃をかけられる。

 

「────『メテオラ』」

 

 七海は、曲がり角の先へ向けて『メテオラ』を使用。

 

 局所的な大爆発が、路地の中で炸裂する。

 

「────」

 

 そうして障害物を破壊した七海は、最短ルートで熊谷に接近。

 

 その手にスコーピオンを携え、斬りかかる。

 

「く……っ!」

 

 しかし、熊谷は受け太刀の名手。

 

 七海の斬撃を、難なく受け止めて見せる。

 

 刃と刃のぶつかる鈍い音が、路地の中で響き渡る。

 

 しかし、一撃だけで終わる筈もない。

 

 七海は左腕にもスコーピオンを出現させ、左下から抉るように突き上げる。

 

「……っ!」

 

 熊谷はそれを、『弧月』の角度をずらす事で当てて防御。

 

 鋭い七海の連撃を、凌いで見せる。

 

「────」

 

 七海は攻撃の手を緩めず、スコーピオンの二刀を振るう。

 

 熊谷は絶妙な姿勢を維持し、それを受け止め続ける。

 

 スコーピオンと『弧月』では耐久力に違いはあるが、斬れ味そのものにさしたる差はない。

 

 故に、攻撃を仕掛ける側でいる限り、耐久力の差は不利には繋がらない。

 

「く……っ!」

 

 流石の熊谷にも、限界が見え始めていた。

 

 刃を受け止める度に後退し、なんとか致命打だけは避け続ける。

 

「────」

 

 膠着状態に、埒が明かないと判断したのだろう。

 

 七海は一旦その場から飛び退き、『グラスホッパー』を使用。

 

 三次元機動を展開し、熊谷を翻弄する。

 

 熊谷は、下手に動かない事を選択。

 

 その場に留まり、七海の出方を見る。

 

「────」

 

 七海は、熊谷の背後に着地。

 

 スコーピオンを振るい、熊谷の胴を狙う。

 

「……っ!」

 

 だが、予め備えていたのだろう。

 

 逆手に持った『弧月』で、その斬撃を受け止める。

 

 しかし、一撃目が防がれる事など承知の上。

 

 左に持ったスコーピオンを、思い切り振り抜いた。

 

「──────……ド……ッ!」

「……っ!?」

 

 ────しかし、その瞬間、熊谷の()()が炸裂。

 

 眩い光が、路地の中で炸裂した。

 

 

 

 

「…………はぁ、いけると思ったんだけどね。流石だわ」

 

 個人ランク戦を終え、七海と共に『那須隊』の作戦室にやって来た熊谷はそう言って溜め息をつく。

 

 あの後、熊谷の()()は七海に手傷こそ負わせたものの、七海はその場で『メテオラ』を乱打。

 

 成す術なく爆発に呑み込まれ、熊谷は『緊急脱出』したのだった。

 

 上手く行かなかった事を後悔する熊木に対し、七海が問いかける。

 

「……あれは、誰に……?」

「出水くんからよ。どうやら、あの試合を見て心配してくれたみたいでね」

 

 それだけじゃないでしょうけど、と熊谷は言う。

 

 確かに、出水は割と面倒見が良いものの、自分から率先して人に教えるタイプではない。

 

 もしかすると、気を回してくれたのかもしれない。

 

 七海はふとそう考え、戦闘面では頭の回る師匠の一人の顔を思い浮かべた。

 

 …………頭の中の彼は「戦おう」ばかりで碌に話も出来なかったのだが。

 

「ま、でもアンタに手傷を負わせられたんだから上出来と言えば上出来ね。びっくりしたでしょ?」

「…………ああ、意識の外からの攻撃だったのは間違いない。サイドエフェクトがなければ、直撃していただろうな」

 

 七海の言葉は、誇張でもなんでもない。

 

 あの一撃、七海は予想していなかった。

 

 それでも手傷だけに留められたのは、七海のサイドエフェクトあってのものだ。

 

 そうでなければ、きっとあそこでやられていたのは七海の方だったに違いあるまい。

 

「…………ねえ、あたし達は、これでもまだ頼りない?」

「え……?」

 

 突然の言葉に、七海がキョトンとした顔をする。

 

 それを見て、熊谷が溜め息を吐いた。

 

「アンタにとって、あたしや茜は()()()()()()なんでしょ? アンタだけじゃなく、玲にとっても」

「それは……」

「…………ま、あのザマを見れば反論出来ないのは確かなんだけどね」

 

 熊谷は今回の試合、開幕直後に落とされた時の話をしているのだろう。

 

 手は固く握られ、唇は引き結ばれている。

 

 あの敗北は、熊谷にとっても手痛い記憶らしかった。

 

「けど、あたしだってこれくらいはやれるのよ。いつまでも、守られるだけの存在じゃない。茜だって、そうでしょ? あの子の活躍は、アンタもその眼で見た筈でしょ」

「……それは……」

 

 熊谷の言葉に、七海は言葉を詰まらせる。

 

 前回の試合、茜は七海達が落ちた後も孤軍奮闘し、一人で戦果を挙げて見せた。

 

 あの活躍は、記憶に新しい。

 

 茜に対し、心の何処かで援護に徹さなければ何も出来ない、という想いがあったのかもしれない。

 

 茜も熊谷も七海にとっては守るべき対象であり、戦友と言うより庇護対象という意識が強かった。

 

 けれど、茜のあの活躍は、そんな意識を吹き飛ばすには充分だった。

 

 茜は、一人でもあれだけの事が出来た。

 

 これまでの積み重ねは、きちんと形になっている。

 

 熊谷もまた、成長している。

 

 新しい技を習得し、前を向いて歩いている。

 

 その事を、深く実感した。

 

「アンタや玲に比べれば、あたし等は弱い。けれど、それならそれで弱いなりにやり用ってものがあるわ。それに、いつまでも弱いままでいるってワケでもないしね」

 

 今回見た通りにね、と熊谷は言う。

 

 確かに彼女の言う通り、七海は彼女達を甘く見過ぎていたのかもしれない。

 

 熊谷の言葉に、反論出来なかったのが良い証拠だ。

 

 守るべき対象。

 

 聞こえの良い言葉だが、それは裏を返せば()()()()()()()()()()()()()事を意味している。

 

 だからこそ、彼女が落とされた時那須は過敏に反応し、あそこまで戦況を狂わせた。

 

 ()()()()()()が、害された事に怒って。

 

 しかし、それでは駄目なのだ。

 

 守るべき対象、ではなく。

 

 共に戦う仲間、として見なければ。

 

 この先、とてもではないが上を目指す事など出来はしない。

 

 そんな()()が残ったままで通用する程、B級上位は甘くはない。

 

 上を目指すのなら、そういった意識から変えていかなければ駄目なのだ。

 

 一方通行の感情は、必ず破綻を来たす。

 

 それは、今回の試合で嫌という程思い知った。

 

 ────俺はこれでも、お前の()()のつもりだからな。困った事があるなら、いつでも相談に乗るくらいはしてやれる。だから、もっと頼れ。俺は、そんなに頼りないか?────

 

 

 先程の、村上の言葉が想起される。

 

 そうだ。その通りだ。

 

 自分は、本当の意味で仲間を頼って来なかった。

 

 心情的な意味でも、戦う仲間としても。

 

 仲間を頼り、戦う。

 

 その意識が、足りていなかった。

 

 これまでの試合、確かにそれぞれの隊員を単独で動かす事が多かったが、それでも最低限の()()はしていた。

 

 即ち、()()()()()()()()()()を確保した、少々弱気な采配を。

 

 しかし、これからB級上位でやっていく以上、それだけでは駄目なのだ。

 

 何処かで必ず、()()()()()()()()()()必要が出て来るだろう。

 

 そういった采配が出来なければ、これから上へは行けはしない。

 

 その為に必要なのは、信じる事。

 

 仲間を頼って大丈夫だと、心の底から信頼を置く事だ。

 

 作戦の中で仲間が落とされたとしても、取り乱す事なく戦い続ける。

 

 それが出来ないようでは、この先やっていけない。

 

 それは、今回の試合で深く思い知った。

 

 他ならぬ、東の狙撃によって。

 

 東は恐らく、あの狙撃で那須が暴走すると確信していたのだろう。

 

 だからこそ、撃った。

 

 明確な弱みを、突かれた。

 

 あの一撃で、恐らく今の『那須隊』の弱みは知れ渡った筈だ。

 

 このままでは、勝てはしない。

 

 意識を、変える必要がある。

 

 その為に、必要な事。

 

 ────七海くんって、過保護よね。良い意味でも、悪い意味でも────

 

 ふと、いつかの加古の言葉が想起される。

 

 あの時、彼女は何と言ったのであったか。

 

 ────私が色々とお節介を焼き過ぎるのもあれだけど、一つ言えるとすれば────

 

 

 そう、あの時加古は……。

 

 ────()()とは、きちんと話した方が良いと思うわよ────

 

 ────那須と話せと、そう言ったのだ。

 

 顔を上げる。

 

 前を向く。

 

 目の前にいる熊谷を、真摯な眼で見据えた。

 

「…………ごめん。これからはちゃんと、戦う仲間として見るよ。そうでなくちゃ、いけないからな」

 

 それと、と七海は言う。

 

「ちょっと、行く所が出来た。話は、また後でな」

「うん、行って来て。多分、そうするのが一番良いだろうから」

 

 熊谷に見送られ、七海は隊室を後にした。

 

 向かう先は、決まっている。

 

 七海は携帯を手に取り、メールに文章を打ち込んだ。

 

 

 

 

 

「…………これで、なんとかなったかな……」

 

 熊谷は隊室から出て行った七海を見送り、溜め息を吐いた。

 

 出て行く間際の、七海の表情。

 

 そこにあったのは、迷いや葛藤ではない。

 

 明確な、覚悟を決めた男の顔だった。

 

 あれなら、大丈夫だろう。

 

 意識の改革も、出来た筈だ。

 

 自分の事も、認めて貰えた筈だ。

 

 勿論、茜の事も。

 

 昔から、七海は仲間の安全に対し、過剰に配慮し過ぎるきらいがあった。

 

 過去に、大切なものを失ってしまった反動なのかもしれない。

 

 七海はとにかく、身近なものを()()事を恐れるのだ。

 

 恐れるあまり、二の足を踏んでしまう。

 

 それが、これまでの七海の弱点と言えた。

 

 だけど、あれなら大丈夫。

 

 まさか出水が自分に教えを授けてくれるとは思っていなかったが、恐らく太刀川あたりが気を回したのだろう。

 

 私生活が壊滅的なあの男は、こと戦闘に関する事であれば気が回る。

 

 弟子の七海の為に、一肌脱いだのだろう。

 

 出水はそんな太刀川の意向を組んで、動いてくれたに違いない。

 

 熊谷は二人に感謝し、これまでの事を想起した。

 

 那須と七海の、致命的なすれ違い。

 

 それが生んだ、今回の敗戦。

 

 もう駄目かと思っていたが、事態はどうやら快方に向かっているらしかった。

 

 那須に関しても加古や小夜子が動いてくれているらしいし、自分が出来る事はもうないだろう。

 

 強いて言えば、那須達が戻って来た時に温かく迎えてやる程度だ。

 

 多分、大丈夫。

 

 七海は、やると言ったからにはやる男だ。

 

 後は、彼に任せておけば問題ない。

 

 背中は、充分押せた筈だ。

 

 自分の役目は、果たせた筈だ。

 

 これまで先延ばしにして来た問題に、終止符を打つ。

 

 その為の最善は、出来た筈だ。

 

 あとは、習ったばかりの()()を他の部隊にバレないように形にするだけ。

 

 そう考えて、熊谷は丁度良い相手がいる事に気が付いた。

 

 ────小南は口で説明するのは苦手な方だし、攻撃重視の立ち回りだから熊谷の基本スタイルとは合わないかもしれないけど、それでも戦闘経験豊富なベテランなのは間違いない。彼女と戦うだけでも、良い経験になる筈だよ────

 

 以前、七海が練習相手として小南を紹介する、と言った事を思い返す。

 

 結局あの時は村上に頼んだのだが、今後の事を考えればランク戦でぶつかる相手にこの()()()の存在は伏せて置いた方が良い。

 

 そう考えれば、ランク戦と関りの無い場所にいる小南は最適な相手と言えた。

 

 頼んでみよう。

 

 七海が戻ってきたら、小南とのマッチアップを。

 

 熊谷は己の進むべき道を見つけ、立ち上がった。

 

 『那須隊』は、その全員がようやく前を向こうとしていた。


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