痛みを識るもの   作:デスイーター

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七海玲一⑥

「迅、そこに座れ」

「え、なん…………はい」

 

 七海が迅を連れて支部の中へ戻ると、リビングで仁王立ちするレイジが険しい表情で迅を睨みつけ、有無を言わさず着席させた。

 

 いつの間にか部屋の入口には小南が同じく仁王立ちしており、何が何でも迅を逃がさない構えだ。

 

 その二人の視線に挟まれた迅は観念し、その場に座り込んだ。

 

「話は全て聞かせて貰ったぞ、迅」

「え……? いやだって、レイジさん達ずっと中にいたんじゃ……」

「その場にいなくても、話を聞く方法はあると言う事だ」

 

 レイジはそう告げると七海に右手を差し出し、七海はポケットから()()()()()()()を取り出し渡した。

 

 その光景を見た迅は、何が起きたかを正確に理解する。

 

 実は七海は、レイジ達に頼まれて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 迅に会いに行く直前、あれだけ七海の事を避けていた迅が自ら彼に会おうとしているという事を聞いた二人はその行動を不審に思い、七海に無理を言って盗聴まがいの事をさせていたのだ。

 

 とうの七海としても迅を騙すようで気が引けたのだが、「迅が抱えているものを、俺達も知りたいんだ」という言葉に押し切られ、承諾した形である。

 

 七海にとって迅は色々助けてくれた恩人にあたるが、玉狛の面々もまた、様々な便宜を図ってくれた恩人である事に違いはない。

 

 特に日頃から模擬戦等で何かと世話になっているレイジ達の頼みは、七海としても断り難かった。

 

 それに、彼等の気持ちも分かるのだ。

 

 迅は、色々なものを自分一人で抱え過ぎている。

 

 その重荷を少しでも軽くしたいという願いは、七海もレイジ達も共通している。

 

 だからこそ、七海はレイジ達の願いを承諾した。

 

 迅の悩みを、仲間同士で共有する為に。

 

 つまり今のレイジ達は、七海に対するあの迅の告解を聞き、この場を設けたワケである。

 

 その事を察した迅は迂闊な発言は出来ないと考え、押し黙る。

 

 それを見て、レイジは溜め息を吐いた。

 

「…………お前が色々なものを抱え過ぎてる事は、知っている。だが、お前もこれまでの七海と同じで人を頼らな過ぎる。七海にも言ったが、お前はもっと人を頼る事を覚えるべきだ」

「いやあ、もう色々頼ってるよ? 『ボーダー』の皆には、これまでだって……」

「────────それは皆の未来を守る為の()()であって、お前個人が誰かを頼ったワケではないだろうが」

 

 ふぅ、とレイジは再び嘆息する。

 

 そして、じっと迅の顔を見据えた。

 

「お前は皆の為に自分が奔走する事を当然だと思っているのだろうが、それは違う。俺達は、これまでずっとお前の力に助けられて来た。お前がいなければ、今の平和は存在しないだろう」

「そうよ……っ! アンタは当然のように皆を守る為に動くけど、別に辞めたくなったらいつでも辞めていいんだから……っ! 文句言う奴は、あたしが黙らせるわ……っ!」

「小南、それは……」

 

 出来ない、と告げる迅に、小南は大きく溜め息を吐いた。

 

「なら、もっと仲間を頼りなさいよ。アンタとあたし等の付き合いは、そんなに浅いモンだったとでも言うワケ? 弱音くらい、いつでも聞いてあげるわよ」

「そうだな。他の場所ならともかく、此処でなら誰かに話が漏れる心配はない。お前が一人で抱え込む淀みを吐き出すには、絶好の場所の筈だ」

「レイジさん、小南……」

 

 迅の声は、心なしか少し震えていた。

 

 きっと、今までなかったのだろう。

 

 ()()()()()、なんて言われた事は。

 

 迅はこれまで、『ボーダー』の為に、街の平和の為にその全霊を捧げて来た。

 

 それが当然だと、考えていた。

 

 それは、未来視(特別な力)を持って生まれた自分の責務なのだと、ずっと思って来た。

 

 だからこそ、仲間にも弱音を吐いた事はなかった。

 

 弱音を吐けば、立ち止まってしまうかもしれない。

 

 そんな想いが、彼の中にはあったのだろう。

 

 けれど二人は、()()()()()()と言った。

 

 弱音を吐いて、立ち止まっても構わないのだと、言ってくれたのだ。

 

 恐らくレイジ達は、ずっとこんな機会を待っていたに違いない。

 

 迅の本音を聞いて、その心に踏み込む時を。

 

 今まで、迅の在り方を見続けて、一番歯痒かったのは恐らく彼等だろう。

 

 ずっと一緒にいるのに、何も出来ない。

 

 迅が自分から弱音を吐かず、聞いても煙に巻いてしまう以上、踏み込みようがなかった。

 

 だからこそ、多少強引な手段を用いてでも踏み込む事を決意したのだろう。

 

 迅の心に刺さった棘を、抜く為に。

 

「お前と七海は、似た者同士だ。どっちも、何もかも自分で背負い込み過ぎる。繰り返すが、少しは頼れ。お前等二人の重荷くらい、幾らでも支えてやる」

「言っとくけど、これだけ言って理解出来ないようなら理解出来るまで身体に叩き込むからね……っ! 分かった……っ!?」

 

 小南はその手にトリガーを握り締めながら、じろりと七海と迅を睨みつける。

 

 彼女は、本気だろう。

 

 此処で否と言えば、二人纏めて訓練場に叩き込む勢いだ。

 

 逆に言えば、それだけ彼女は彼等を心配しているのだと言える。

 

 それを理解した二人に、否と言う答えは持ち合わせていなかった。

 

「…………大丈夫。分かりましたから」

「ああ、七海にも言われたしな。これからは、時々寄りかからせて貰うよ」

「なら良し……っ! ホント、約束破ったら酷いんだからね」

 

 最後に一言そう念押しすると、小南はふぅ、と嘆息した。

 

 その様子を見ながら、迅は七海に目を向ける。

 

 そんな迅に、七海はくすりと笑みを漏らした。

 

「ホラ、これでおあいこですよ。上手くやったでしょう?」

「…………ああ、参った。降参だよ、降参」

 

 やれやれ、と迅はかぶりを振ってそのままソファーに腰掛けた。

 

 七海としては、此処で敢えてレイジ達に手を貸した事を強調する事で、迅が抱く七海への負い目を少しでも軽減する狙いがあった。

 

 自分もこんな真似をしたのだから、負い目なんて感じ続ける必要はないのだと。

 

 その意図を正確に感じ取った迅としては苦笑する他なく、そんな二人を小南がジト目で見詰めていた。

 

「…………けどホント、なんか腹立つわね。今まであたしたちには何も話さなかった癖に、七海にだけは話すとか。あんたが玲奈さんにぞっこんだったのは知ってるけどさ、それにしたって薄情じゃない?」

「いや、別に小南達を信じてなかったワケじゃないよ。ただ、小南達もきつかった時期に俺だけ弱音を吐くのは、なんか出来なくてさ」

「…………そう。ま、気持ちは分からなくはないけどね」

 

 あたしもそうだったし、と小南は呟く。

 

 彼女達が言っているのは、あの過去の大規模侵攻の前、『ボーダー』が表に出て来る前の時期なのだろう。

 

 詳しくは聞いていないが、過去に近界での戦争により、『旧ボーダー』にいた面々の多くが亡くなったのだと聞く。

 

 当時は『緊急脱出』システムも存在せず、負ければ死、という状況下で迅や小南は剣を執って戦っていた。

 

 そんな時に、他者を気にかける余裕などある筈もない。

 

 近界の戦争による欠員で人手が足りなくなり、その結果過去の大規模侵攻では被害を防ぎ切る事が出来なかった。

 

 七海は、そう聞いている。

 

 迅は当時、少しでも良い未来を掴み取る為に必死だった筈だ。

 

 それこそ、全てを投げ出す勢いで。

 

 故に迅は一人で負担を抱え込み、今日まで至ってしまった。

 

 一度付いた習慣は、中々抜けるものではない。

 

 まるで息をするかのように、迅は自ら進んで重荷を背負い続けてしまう。

 

 だから、一計を案じた。

 

 彼が、隙を見せるように。

 

 その隙を、活かす為に。

 

 七海としても、あの迅がこれから素直に頼って来るとは思っていない。

 

 精々、見かけた時に誘いを断らない程度だろう。

 

 だからこちらとしては、その誘う頻度そのものを増やすくらいしか対応策がない。

 

 その為には、迅をなるべく人のいる場所に来させる必要がある。

 

 迅の事だから、姿が見えない時は人気のない場所で暗躍しているに違いない。

 

 本気で雲隠れした迅を探すのはほぼ不可能なので、見かけたら声をかけるくらいがベストだろう。

 

 恐らくそのあたりが、妥協点だ。

 

 迅のスタンスと、こちらの気遣いとの。

 

 それが分かっているのだろう。

 

 小南は、盛大に嘆息した。

 

「ま、言って聞くような奴じゃないのは知ってるし、いざとなれば力づくでも言う事聞かせるから覚悟しなさいよ」

「はは、参ったな。実力派エリート、大人気じゃないか」

「そうよ。人気者なのよアンタは。だからもうちょっと、人を頼りなさいよね」

 

 迅の冗句も的確に返しの手を打ち、小南は迅を窘めた。

 

 乾いた笑いを浮かべる迅だが、その眼には明確な親しみの色がある。

 

 小南の気遣いは通じた、と思って良い筈だ。

 

「それで? 七海には()()()()は聞かせるワケ? 次のROUNDの時に告知するんだっけか」

「おいおい、それは極秘事項だろう。七海にだけ聞かせるのは、フェアじゃないな」

「例の、発表……?」

 

 不意に変わった話題に気を引かれ、七海が小南の言葉を復唱する。

 

 その様子を見た迅は、ふふ、と薄く笑みを浮かべた。

 

「少し、ランク戦に関して()()()があってね。その発表を、次のROUNDでするつもりなんだ。丁度、俺も解説に呼ばれてるしな」

 

 俺と太刀川さんがお前等の試合の解説になる、と迅は話す。

 

 ROUND4、その試合。

 

 自分達『那須隊』が当たる組み合わせは、『香取隊』と、『王子隊』。

 

 その試合の解説に、迅と太刀川がやって来る。

 

 これは、是が非でも気合いを入れて試合に臨まねばならないだろう。

 

「今のお前達なら、良い試合が出来ると確信してる。だから、遠慮なくやって来い。七海達の力はB級上位でも充分通用するんだと、皆の前で示して来な」

「はいっ、任せて下さい……っ!」

「ああ、期待してるよ」

 

 気合いの入った返事をする七海を、迅は眩しそうに見詰めた。

 

 これなら、大丈夫。

 

 そんな信頼の籠った視線が、七海に向けられた気がした。

 

 それは、小南も同意見だったのだろう。

 

 七海の姿を見た小南は、盛大に笑みを浮かべた。

 

「もう大丈夫そうね、七海。なんなら景気づけに一発戦ってく? 言っとくけど、こないだみたいな真似はもうさせないかんねっ!」

「…………なら、一戦お願いします。俺も丁度、身体を動かしたかった所ですし」

「よしっ! じゃあ早速行くわよっ!」

 

 ほら早く早く、と小南に急かされるまま、七海は訓練場へ向かう。

 

 その後姿を迅は見据え、笑った。

 

 その笑みからは憑き物が落ちたような印象があり、今回の出来事は迅自身にとっても良い経験であったようだ。

 

 そんな迅を見て、レイジは安堵の息を吐いた。

 

 彼にとっての重荷が、一つ降りた。

 

 その事を、喜びながら。

 

 

 

 

「鋼さん。ご心配、おかけしました。もう、大丈夫です」

「そうか。少しでも助けになれたんなら、幸いだ」

 

 翌日、七海は鈴鳴支部を訪れ、村上に礼を言っていた。

 

 もう、自分は大丈夫だと。

 

 そう、彼に伝える為に。

 

 七海の様子を見た村上は笑みを浮かべ、その肩に手を置いた。

 

「俺達もすぐ、上位へ辿り着く。だから、上で待っていてくれ。ROUND1の借りは、その時に返してやるさ」

「ええ、望む所です。次も、返り討ちにしてみせます」

「ああ、その意気だ。それでこそ、倒し甲斐があるってモンだ」

 

 七海と村上は、そう言って笑い合う。

 

 互いに信を置く好敵手は、再戦を誓う。

 

 その誓いが果たされる時は、きっとそう遠くはない筈だ。

 

 

 

 

「カゲさん。前回の試合では不甲斐ない姿を見せてしまって、申し訳ありませんでした」

「…………」

 

 七海は、『影浦隊』の作戦室を訪れていた。

 

 作戦室には影浦が一人だけ座っており、他の隊員は不在だった。

 

 だから、七海は正直に謝意を告げた。

 

 前回の試合の、自らの不甲斐なさについて。

 

 影浦に、どれ程の失望を与えてしまったか知れない。

 

 もう、見放されているかもしれない。

 

 けれど、けじめはつけなければならない。

 

 そう考えて、此処に来た。

 

 深々と頭を下げる七海に対し、影浦はぼそりと告げる。

 

「…………もう、大丈夫なのかよ……?」

「…………はい、大丈夫です」

「そうか。なら良いさ。顔を上げな」

 

 影浦に促され、七海は顔を上げる。

 

 そうして恐る恐る見た影浦の顔には、笑みが浮かんでいた。

 

「シケた面してんじゃねえよ。もう、あんな真似はしねぇんだろ? だったら、俺としちゃあ文句はねぇよ。うだうだ言うのは好きじゃねえし、おめーが大丈夫っつーならそれを信じるだけだ」

「カゲさん……」

「…………だからまあ、なんだ。気にすんな。俺は別に、お前の事を嫌いになってたりはしてねーからよ」

 

 影浦はぼそぼそと言葉を選びながら、そう告げる。

 

 それは不器用な彼なりの、気の使い方だった。

 

 それを感じ取り、七海は笑みを浮かべる。

 

 矢張り彼は、尊敬すべき兄貴分であると。

 

 そう、強く思い直した。

 

「はい……っ! 今度こそ、ちゃんと挑ませて貰います……っ! だから待ってて下さい、カゲさん……っ!」

「おう、待っててやる。だから、さっさと来いよ。おめーなら、その気になりゃ上位(ここ)でも充分やってける筈なんだからよ」

「はい、必ず」

 

 そう言って、七海と影浦は笑い合った。

 

 影浦は弟子の変化を祝福し、七海はそれを受け入れる。

 

 なんだかんだで、良い師弟関係であった。

 

 翳りは消えた。

 

 関係は、正常化された。

 

 俯いていた者は、顔を上げた。

 

 ────────『那須隊』は此処に、復活した。

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