第四戦、開始
────10月17日、ROUND4当日。
『那須隊』の作戦室には、その全員が揃っていた。
いつものように、既に作戦方針は那須邸で決めている。
此処でするのは、あくまでその詳細を詰める
戦いに臨む彼等に、懸念の色はない。
誰もが前を向き、顔を上げている。
前回の敗戦直後の暗い雰囲気など、既に微塵も存在しなかった。
「今回の相手は、『香取隊』と『王子隊』。『香取隊』はエースの香取さんが中心のチームで、他の二人が彼女をカバーする形ね」
「エースを他の隊員がカバーするって事は、ある意味うちと似たコンセプトのチームって事か」
那須の話を聞き、熊谷が素直な感想を口にする。
だが、そこに七海が待ったをかけた。
「…………いや、それは見た目だけだ。『香取隊』は、結果的にその形になっているに過ぎない」
「どういう事ですか? 七海先輩」
それはな、と茜の質問に七海はすぐさま答える。
「『香取隊』は、隊長の香取の
「丁度、前回の那須先輩と七海先輩みたいですね」
「…………返す言葉もないな」
小夜子が悪戯っぽく笑いながら告げて来た言葉に、七海は押し黙る。
確かに、小夜子の言う通りではある。
前回は那須の暴走を止められずに惨敗を喫したが、『香取隊』はある意味毎回それをやっているに等しい。
香取が点を獲れれば良いが、何かの拍子で崩れればあっという間に敗退する。
それが、『香取隊』。
エースの香取の戦闘能力と運動センスは特筆に値するが、正直彼女一人で戦っているようなチームだ。
前期はB級上位に居残れていたようだが、今期はROUND2の得点で『那須隊』が上位に上がった際に入れ替わりで中位落ちしている。
良くも悪くも、香取次第のチーム。
香取個人の能力は警戒すべき代物ではあるが、チームとしての脅威は薄い。
正直、幾らでも付け入る隙があるだろうというのが七海や小夜子の見解であった。
「でも、香取さんは強いわよ。近接寄りの『万能手』で機動力も高いし、油断すればあっという間に獲られてしまうわ」
「それは理解してる。けど、問題ない」
七海は薄く笑みを浮かべ、告げる。
「布石は、既に打って置いた。『香取隊』への対策は、ある意味もう終わってるんだよ」
「MAPは『市街地D』で行くわよ。『那須隊』も『王子隊』も、まとめてぶっ潰してやろうじゃないの」
『香取隊』、作戦室。
珍しく意気込んで、隊長の
その様子に若干引き気味のチームメイトの
「お前にしちゃ、随分と気合い入ってるじゃないか。そんなに、中位落ちしたのが嫌だったのかよ?」
「別に。ただ、まぐれで上位に上がって来たような部隊に見下されるのが嫌なだけよ」
「それ、もしかして『那須隊』の事……? 前回の試合は、確かに惨敗してたけど……」
香取の言葉に追随するように、隊員の
それを聞くと香取は、我が意を得たとばかりににやりと笑みを浮かべる。
「そうよ。前回、ボロ負けだったそうじゃない? 所詮、その程度のチームなのよ。新しく加わった七海って奴も、大した事ないわ。こないだ、個人ランク戦でギタギタにしてやったしね」
「へえ、お前七海と戦った事あるのか」
若村の問いに、香取はええ、と頷く。
「今期のランク戦が始まる、直前くらいにね。ぴょんぴょん跳ね回るのは鬱陶しかったけど、屋内戦にしちゃえば全然怖くないわ。あの時も、屋内に追い込んでボコってやったしね」
「そうか。だから『市街地D』を」
「そ。避けるのが得意なら、避ける場所の少ないトコに追い込んじゃえばいいのよ」
好戦的な笑みを浮かべ、香取は告げる。
「見てなさい。あんな奴、ギタギタにしてやるんだから。個人戦と同じようにね」
「とまあ、そんな風に考えているだろうから、その油断を突いていこう」
話を終えた七海に対し、那須は苦笑し、茜は驚き、熊谷は唖然としている。
それだけ、七海の
「つまりアンタは、今期のランク戦が始まる直前のタイミングで香取さんと個人戦をやって、
「そうだ。個人戦で多少俺の『スコーピオン』のポイントが減ろうが、チームランク戦には関係ない。なら、利用しない手はないだろう」
あっけらかんと、七海はそう告げる。
七海は別に、香取の実力を軽く見ているつもりはない。
むしろ、正面から当たるのはマズイと考えたからこそ、彼女の油断を誘う策を打った。
その為に個人ポイントを犠牲にしてわざと負けるというのは、些か行き過ぎにも思える。
だが、元々七海は個人のポイントには執着していない。
仲の良い攻撃手連中と切磋琢磨する間にマスタークラスには到達しているが、多少の増減は気にしていないのだ。
自分のポイントより、チームの勝利を。
そういった思考を持つ七海だからこそ、打てた手と言える。
「ついでに、その対戦で
「『市街地D』。大型のショッピングモールが主戦場となり易い、縦に広く横に狭いMAPですね」
小夜子の言う通り、『市街地D』は中央の大型ショッピングモールが主戦場となる事が多いMAPである。
大通りは射線が通る為、モールの中に入らなければ常に狙撃の危険に晒される事になる。
故に、大抵の場合モールの中に入っての戦いとなるのだ。
香取が本当に
「欲を言えば『展示場』あたりを選んで欲しいが、『展示場』は障害物が多くて射線を誘導し易い、『那須隊』にとっても有利なステージだ。流石にその選択は、オペレーターあたりが止めるだろう」
「確かに。前期でもあたし等がステージ選択権を得た時は、『河川敷』か『展示場』を選ぶ事が多かったからね。流石に、そこを選んではくれないか……」
でも、と熊谷は告げる。
「『市街地D』ってなると、狙撃手の茜がやり難くなるんじゃない? そうなると、うちが有利って感じはしないけど……」
熊谷の言う通り、『市街地D』はモールが主戦場となる為、狙撃手はその利点を失ってしまう。
壁抜き狙撃を当てるのは至難の業だし、そもそも茜の主武装は『ライトニング』だ。
『アイビス』ならともかく、『ライトニング』に壁抜きが出来る程の威力はない。
かと言って狭いモール内に茜を入れてしまえば、一度狙撃した後追撃を避けるのは困難になる。
今回、狙撃手がいるのは『那須隊』だけだ。
狙撃手対策という意味では、『市街地D』はなんらおかしい選択ではないように思える。
「そこはどうとでもなる。射線が通り難いなら、
つまりな、と七海はチームメイトにその
熊谷は息を飲み、茜は「やれます!」と力強く返答し、那須はそれを見て微笑んだ。
小夜子も、「充分可能だと思います」とコメントしている。
七海の作戦は、概ね賛成されたようだ。
「気を付けなければいけないのは、むしろ『王子隊』の方だ。隊長の王子は、中々の曲者だからな」
「今回、
『王子隊』作戦室、そこで隊長の
いきなり突飛な仇名を相手チームの面々に付けているが、彼がヘンテコな仇名を初対面の相手だろうと問答無用で付け、躊躇いなくそれを呼ぶのはこの隊では見慣れた光景だ。
見慣れ過ぎて、誰も突っ込む者はいなかった。
シンドバットも何故か七海という苗字から七つの海→七つの海を股にかける→じゃあシンドバットだ、という斜め上の発想から来た仇名だ。
ナースも那須を伸ばしただけだがまるで
初見では誰の事を言っているか意味不明だが、王子語に慣れた此処の隊員達はそれを流してしまっている。
もしも関係の内第三者がこの場にいた場合、会話内容が意味不明になる事請け合いだろう。
「王子先輩っ! 何故日浦さんを真っ先に狙うんですかっ!? 七海先輩は、放置できるような相手ではないのではっ!?」
そんな王子の作戦方針の意図を素直に尋ねたのは、真面目を形にしたような少年隊員、
王子は生徒を諭す教師のように、「良い質問だね」と答えた。
「さて問題、何故シンドバットを放ってまでヒューラーを狙うのか。考えてみて、樫尾くん」
「……………………………………あっ、そうかっ! これまでの試合では、日浦さんが『那須隊』の得点源でしたっ!」
「よく気付いたね。及第点をあげよう」
王子はそうだね、と言い話を続ける。
「ROUND3までの試合、確かにシンドバットが一番目立っているように思えるし、隊長のナースも厄介だ。けど、実際一番得点を挙げているのは実はヒューラーなんだよ」
「確かに、日浦はROUND3までに5得点を挙げている。七海の派手さに目が行きがちだが、今の『那須隊』の真のポイントゲッターは彼女か」
「そういう事さ」
王子はもう一人の隊員、
ROUND3までの試合、確かに七海が最も派手に立ち回り、活躍しているように見える。
しかし、実際に得点を挙げているのは、実は狙撃手の茜なのだ。
七海がROUND3までに挙げた得点は、ROUND1の最終局面で設置した『メテオラ』の起爆に村上と来馬を巻き込んで仕留めた事による二点と、ROUND2で荒船を討ち取った際の一点の合計三点。
対して、茜はROUND1では堤と太一を狙撃で仕留め、ROUND2でも半崎と照屋を狙撃で仕留めている。
ROUND3に至っては、隊の誰もが脱落した中、単独で得点を挙げて逃げ切ってさえいる。
今の『那須隊』の強さを語る上で欠かす事の出来ない要素、それこそが茜なのだ。
「『那須隊』の基本戦法は、シンドバットが斬り込んで攪乱し、その隙をチームメイトに
「成る程、だから真っ先に日浦を狙うのか」
「そうなるね。でも、彼女は狙撃手だ。普通に追うだけじゃ、まず見つからないだろうね」
だから、と王子は続ける。
「次のROUNDでは恐らく、カトリーヌがシンドバットに突っかかる筈だ。そしてきっと、シンドバットと戦っている彼女をヒューラーの狙撃で仕留めるのが、『那須隊』の筋書きだろう」
「つまりお前は、こう言いたいワケか。
蔵内の指摘に、王子はその通り、と答える。
「流石に一度狙撃すれば、狙撃手の位置は割れるからね。僕等はそこを狙って、彼女を仕留めれば良い」
「成る程、理解出来ましたっ! ご説明ありがとうございますっ!」
生真面目にそう話す樫尾に笑いかけながら、王子は続ける。
「幸い、彼女の機動力自体はそこまで高くはない。『テレポーター』も、一度使用した後は連続使用出来ないから視線の先を見逃さなければ問題ない。僕達は彼女が姿を見せるまで主戦場の傍で身を隠し、機を伺うんだ」
王子はそう話すと二人を見据え、告げる。
「厄介な相手だけど、勝ち筋がないワケじゃない。落ち着いて、堅実に行こうじゃないか」
「やって来たでー、B級ランク戦ROUND4夜の部。実況はウチ、細井真織が務めるんでほなよろしく」
B級ランク戦、ROUND4。
その会場の実況席で、『生駒隊』オペレーターの真織が元気に自己紹介する。
観客席は観戦者で埋め尽くされ、本日もランク戦は盛況。
中盤に差し掛かった事で、観客の期待も大いに高まっていた。
「そんで、解説には迅さんと太刀川さんを呼んでますんでよろしゅう頼んますわ」
「「どうぞよろしく」」
解説席では迅と太刀川がでん、と座り込み、迅はひらひらと手を振り、太刀川は迅から渡されたものであろうぽんち揚げをぼりぼり食べている。
その姿に、緊張の色は欠片もない。
ただ、モニターを見るその視線は真剣そのものだ。
この試合の動向を、決して見逃してなるものか。
そういう気迫を、二人からは感じ取れた。
そんな二人の異様な空気を、真織も感じ取ってしまったのだろう。
その
少々気が重いが、これでも普段からマイペース過ぎる隊員達の相手をしているのだ。
隊長の生駒を通じてこの二人とも親交はあるし、扱い方も多少は心得ている。
どうやら、気を揉む実況になりそうだと、真織は密かに嘆息した。
それでも全力で職務にあたるあたり、彼女の生真面目さが分かるというものだが。
「さあ、時間やで。全部隊、転送開始や……っ!」
真織の宣言と共に、全ての部隊が仮想空間へ転送される。
B級ランク戦、ROUND4。
その火蓋が、切って落とされた。
幕間は終わり、新生那須隊がROUND4に臨みます。
こうご期待。