痛みを識るもの   作:デスイーター

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那須隊①

『全部隊、転送完了。MAP、『市街地D』』

 

 アナウンスが響き渡り、全ての部隊が戦場に揃った事を告げる。

 

 視界に聳え立つのは、巨大なショッピングモール。

 

 主戦場となるであろうそれを見据え、七海は顔を上げた。

 

「俺はモールに入る。皆は予定通り頼むぞ」

『ええ、任せて』

『うん、任せて』

『はいっ、任せて下さい……っ!』

 

 三者三様の返答を聞き、七海は笑みを浮かべる。

 

 そして、躊躇う事なくモールの中へ突入して行った。

 

 

 

 

「さあ、始まったでB級ランク戦ROUND4……っ! 各部隊、続々とモールの中に集まってるで……っ!」

 

 実況席で真織が元気よく語り、そういえば、と呟く。

 

「MAPは『市街地D』やけど、これ『王子隊』の対策MAPなんかな。狭いし縦に広いしで、相当やり難いでっしゃろからな」

「確かに、そういった側面もありますね。()()()()()()()()、良いMAP選択でしょう」

「そうだなー。『王子隊』はトップクラスの()()()()()だから、その利点を潰すのは間違っちゃいない」

 

 けど、太刀川は告げる。

 

「今回、MAP選択したのって『香取隊』だろ? あそこがそういう風に頭使うイメージはないけどなー」

「あ、わかるで。香取ちゃん、そういうの苦手っぽいしな」

 

 割と散々な言い様だが、事実でもある。

 

 香取はあまり作戦立案能力に恵まれていない、というよりは、作戦そのものを碌に立てない。

 

 彼女は本質的に自分しか信じていない為、チームメイトの動きを当てにしておらず、作戦そのものの有用性を感じていない。

 

 その為、彼女の隊がMAP選択権を得た時は、『市街地A』のような癖の無いMAPを選ぶ事が多かった。

 

 『市街地D』というMAP選択自体が、そもそも()()()()()()()()()()と言える。

 

「お、その香取ちゃんが早速突っかけるみたいやな。相手は────やっぱ、七海か」

 

 

 

 

 その姿が吹き抜けを挟んだ向こう側の視界に飛び込んで来た瞬間、香取は即座に行動に移した。

 

 軽業師のような身のこなしで吹き抜けを飛び降り、グラスホッパーを起動。

 

 ジャンプ台トリガーを踏み込み、一気に跳躍。

 

 一瞬で相手────七海の元へ辿り着き、右手のスコーピオンを振るう。

 

「────」

 

 七海はその攻撃を、振り返る事もなく躱す。

 

 そしてすかさず、スコーピオンで迎撃。

 

 最短最速で放たれた刺突が、香取を狙う。

 

「このっ!」

 

 無造作に放たれたその刺突を、香取は身体を捻って回避。

 

 即座に距離を取ると、左腕に抜き放たれた拳銃型トリガーを展開。

 

 弾丸を────誘導弾(ハウンド)を撃ち放つ。

 

 しかしそれも、七海を穿つには至らない。

 

 七海は瞬時にグラスホッパーを起動し、跳躍。

 

 グラスホッパーの連続起動により、あっという間にハウンドの射程外へと離脱。

 

 そしてそのまま、香取から逃げるように駆け出した。

 

「くっ、待て……っ!」

 

 それを香取は、グラスホッパーを使用して追撃。

 

 香取と七海の、追走劇が始まった。

 

 

 

 

「香取、七海を襲撃……っ! けど仕留められんで、七海との追いかけっこが始まったで……っ!」

「良い様にあしらわれてんな、香取」

 

 実況席ではその様子を、真織は気合い入った声で実況し、太刀川は何処か冷めた目で見詰めていた。

 

「香取が七海に速攻で仕掛けるのはある意味予想通りだが、馬鹿正直に逃げる七海を追ってちゃあいつの思う壺だろ。そもそも七海が()()()()()()()使()()()()()()()()時点で、()()の可能性は考慮すべきだった」

 

 そう、太刀川の言う通り、今回七海は()()()()()()()使()()()()()()()()()

 

 その為に、香取が此処まで早く七海を捕捉出来た。

 

 そしてそんな状況を、七海が想定していない筈がない。

 

「こりゃ、香取は試合のログをまともに見てないな。一度でも七海の試合を見てれば、こんな愚は冒さない」

「つまり七海は、香取ちゃんを釣り出して何かを狙ってる、ちゅー事か?」

 

 けど何を? と真織が尋ねると、迅がそれに返答した。

 

「恐らく、()()()()でしょう。()()に、位置を確保させる為のね」

 

 

 

 

『王子、香取が七海を追ってる。どうやら、上の階に向かっているらしい』

「ならそこに、ヒューラーが待ち構えている筈だ。引き続き、バッグワームで隠れながら追おう」

『了解』

 

 王子は周囲を警戒しながら通信越しに仲間に指示を飛ばし、慎重に移動を続けていた。

 

 今回、『王子隊』はその全員が開幕直後からバッグワームを起動し、香取が動くのを待っていた。

 

 香取が動くまでは潜伏に徹する心づもりではあったが、予想より早く香取が七海を補足した為に、急いで彼等の後を追ったのだ。

 

 七海が香取を、日浦の射程内へ誘い出すのを見越して。

 

 恐らく香取は、その事に気付いていない。

 

 どうやら七海の実力を軽く見ているらしい彼女は、自分が()()()()()()などとは欠片も思っていないだろう。

 

 ただ、逃げる相手を追っているだけ。

 

 故に、その後を追う『王子隊』の存在にも気付かない。

 

 上位に上がり立ての相手くらい()()()()()()()()()()という香取の高過ぎるプライドが、彼女の目を曇らせていた。

 

 『王子隊』にとっては、都合が良い事この上ない。

 

「カトリーヌの戦闘力も、シンドバットのサイドエフェクトを応用した回避能力と機動力も脅威ではある。正面から当たれば、確かに危ないだろう」

 

 けれど、と王子は続ける。

 

「チームの連携と作戦立案能力なら、僕等だって負けてない。見せてあげるよ。本当の、B級上位の戦い方ってやつをね」

 

 

 

 

『葉子が七海くんを追ってるわ。フォローお願い』

「チッ、あいつまた勝手に仕掛けやがったな……っ!」

 

 『香取隊』の銃手、若村麓郎はオペレーターの染井からの報告に舌打ちし、カメレオンを起動しながら足早へ上階へ向かう。

 

 香取の独断専行はいつもの事だが、今回香取はグラスホッパーを多用して七海を追いかけている為に、追い付く事は容易ではない。

 

 だからこそ若村と三浦の二人は、カメレオンのトリガーセットを常備せざるを得なかったとも言える。

 

 カメレオンは、先行する香取に追いつくまでの隠れ蓑としては最適なのだ。

 

 戦闘行動に移らなければカメレオンを解除する必要もない為、香取の元へ辿り着くまでに相手に捕捉されなければそれで良い若村達としては頼らざるを得ないトリガーであった。

 

 バッグワームを併用出来ない為レーダーには映ってしまうが、そのあたりはもう割り切るしかない。

 

 香取に()()()()為には、これくらいしか方法がないのだから。

 

「ったく、珍しくやる気があると思ったらこれだ。あいつの頭に、作戦なんてモンを期待した方が馬鹿だったか……っ!」

 

 若村は、香取の行動に苛立ちを露わにしていた。

 

 試合前、彼女にしては珍しく凝ったMAPを指定してまで勝ちを狙う姿勢を見た時は、香取も今までの考えを改めたかと思ったが、そうではなかった。

 

 彼女は単に、()()()()()()()()()()()()だけだったのである。

 

 香取は、何も変わっていない。

 

 むしろ、頭に血が上っている状態である分、これまでより一層タチが悪い。

 

 その事を改めて突き付けられた若村は、冷静さを失っていた。

 

 だから、気付かない。

 

 そんな彼等の行動が、相手の掌の上である事に。

 

 ()()()()()()のは、何も香取だけではなかったのだ。

 

 

 

 

「くっ、ちょこまかと……っ!」

 

 香取は七海を追いかけながら、これ以上ない程苛立っていた。

 

 すぐに仕留められると思ったのに、七海はグラスホッパーを多用して縦横無尽の機動で香取を攪乱し、決してその背に手を届かせない。

 

 吹き抜けを跳び上がったと思えば、階段を飛び降りて元の階へ戻ったり、グラスホッパーの連続使用で加速して視界からいなくなったかと思えば、背後からスコーピオンで奇襲する。

 

 いずれも決して深くは切り込んで来ず、隙を一切見つけられなかった事が香取の苛立ちを加速させていた。

 

 まるで、遊ばれているようだ。

 

 そう彼女に思わせるには、充分な立ち回りだったからである。

 

(けど、そろそろ最上階。もうこれ以上上には行けない筈……っ!)

 

 だが、追走劇にも終わりが見え始めていた。

 

 二人はそろそろ、最上階へ到達する。

 

 屋上へ逃げるにしても、そこへ先回りすれば良いだけの話。

 

 此処で、仕留める。

 

 そう意気込んで、香取は最上階へ上がった。

 

 上がって、しまった。

 

 ()()の、思惑通りに。

 

「「────メテオラ」」

 

 そして、()()が放った無数のトリオンキューブの爆発が、辺りを埋め尽くした。

 

 

 

 

「うわあ……っ!」

「く……っ!」

 

 最上階の、すぐ真下。

 

 そこまで辿り着き、合流していた若村と三浦は、突如周囲一帯を襲った爆発────『メテオラ』の連続爆破から、必死に逃げ回っていた。

 

 もう少しで、香取に追いつける。

 

 そう思った矢先の、突然の爆発。

 

 有り体に言って、彼等は完全に足並みを崩されていた。

 

 絶え間なく降り注ぐメテオラのトリオンキューブは次々と通路や壁を吹き飛ばし、周囲に破壊の渦を撒き散らしている。

 

 それに巻き込まれないようにカメレオンを解除してシールドを張りながら逃げるする事が精一杯で、周囲に気を配る余裕などない。

 

 そして、爆発から逃げた、その先。

 

「あいつは……っ!」

 

 ようやく爆発の連鎖が止まり、周囲に気を配る余裕が出来た。

 

 だからこそ、気付いた。

 

 爆発で吹き飛ばされた、店舗の壁。

 

 その向こう側に、バッグワームを着た王子一彰の姿があった。

 

「……っ! やられたね……っ!」

 

 若村達の姿を確認した王子は舌打ちし、バッグワームを解除して『弧月』を抜刀。

 

 対する若村達も、銃手トリガーを構え応戦。

 

 別々の思惑で香取を追っていた三人は、メテオラの爆撃によって炙り出され共に食い合わせられる結果となった。

 

 

 

 

「おっとぉ、此処で七海と那須がメテオラを連続使用……っ! 爆発で炙り出された『香取隊』の二人と王子が、交戦を開始したで……っ!」

「完全に、七海の術中に嵌まったな」

 

 実況する真織の説明に、太刀川はにやりと笑いながらそう告げる。

 

 その眼は、いつも以上に楽し気だった。

 

「七海は、徒に逃げ回っていたんじゃない。自分達を『香取隊』と『王子隊』が追っている事を知っていて、あいつ等が追い付くのを待っていたんだ」

「『王子隊』は多分、七海が上で待たせている仲間を仕留めようとしてたんやろなー。足を使って狙った相手を獲る、『王子隊』のいつもの手やで」

「けれど今回、それを七海に利用された形になります」

 

 迅はそう告げ、二人の注目を浴びる。

 

 此処まであまり積極的に話に絡んで来なかった彼の言葉に、期待度が高まった。

 

「七海隊員は恐らく、『王子隊』のやり口もログ等で確認していたのでしょうね。そこから『王子隊』が取るであろう作戦を推測し、自らを囮に彼等を釣り出した」

「香取ちゃんの動きも、王子の動きも、全部予想通りだったっちゅーんか」

「そうなります。彼は、勤勉ですからね。それくらいの()()は、きちんとこなしていた事でしょう」

 

 そう語る迅の表情は、何処か誇らしげでもあった。

 

 これまで七海と距離を置かざるを得なかった彼からしてみれば、ようやく間近で彼の戦いを目にする機会だったのだ。

 

 公的な解説も出来るとなれば、気分が高揚しない筈もない。

 

 いつも通りの笑みで誤魔化しているだけで、迅もまた、この一戦を楽しみにしていたのだ。

 

 一つの山場を乗り越えた、『那須隊』の、七海の活躍を。

 

 自分の目で、見届ける為に。

 

 そんな迅の心情を、太刀川は察しているのだろう。

 

 にやにやと、からかうような視線を迅に向けていた。

 

 迅はその視線に気付きながらも、解説に専念した。

 

「恐らくうちの七……っ! 七海隊員は、香取隊長の性格と王子隊長の性質を理解した上で、今回の策を打ちました。香取隊員は言うに及ばず、王子隊長に関しても彼は布石を打っていた」

 

 そこで迅は一旦言葉を区切り、再度口を開く。

 

「王子隊長もまた、勤勉な性格です。今回の試合に臨むにあたり、七海隊員のこれまでの試合を研究して来た筈です。そして、日浦隊員の存在に目を付けた」

「日浦ちゃんの、かいな?」

 

 ええ、と迅は頷く。

 

「これまでの試合、七海隊員の活躍が目立っていましたが、一番得点を挙げていたのは実は日浦隊員なんです。王子隊長はその事に気付き、今回真っ先に彼女を落とす事を考えていた」

「そうやな。香取ちゃんを追ってたのも、七海が香取ちゃんを日浦ちゃんの射程内に誘導すると考えていたからやろーしな」

 

 『生駒隊』のオペレーターとして『王子隊』とは幾度も戦った事のある真織は、王子の行動をそう判断した。

 

 そしてその見立ては恐らく、間違ってはいない。

 

 飽きる程彼等と戦った真織の眼は、正確に彼の思惑を捉えていた。

 

「けれど七海隊員は、それすら見越していました。実際に最上階で待っていたのは、日浦隊員ではなく那須隊長。そしてタイミングを見計らって、那須隊長と共に『メテオラ』での炙り出しを敢行した」

 

 その結果が、これ。

 

 『メテオラ』の爆撃によって炙り出された王子は『香取隊』の二人と遭遇する羽目になり、香取の背中を狙っていただろうとその状況から考えた『香取隊』の二人からしても王子を見逃す選択はない。

 

 結果として、三人は七海の思惑通り戦り合う結果となった。

 

 『カメレオン』を用いての奇襲が可能な二人と、『王子隊』の中で最も厄介な王子本人をこうして表に引きずり出した。

 

 それこそが、七海の狙い。

 

 香取を罠に嵌めると思い込ませ、本命の三人を罠にかけた。

 

 周到に用意された、戦略。

 

 それが、綺麗に嵌った結果だった。

 

「これで、序盤の流れは『那須隊』が握ったと言っても過言ではありません。此処からは、一度の敗戦を経て成長した彼等の戦いを見る事が出来るでしょう」

 

 迅はそこまで言うとにやり、と笑みを浮かべる。

 

「今の彼等は、強いですよ」

 

 彼は、誇らしげにそう告げた。

 

 七海の門出を、祝福するかのように。

 

 何の憂いもなく、迅は、笑った。

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