痛みを識るもの   作:デスイーター

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香取隊①

「チッ、あいつ等……ッ!」

 

 香取は雨のように降り注ぐメテオラの爆撃を回避しながら、上階からそれを放つ二人の姿を睨みつけた。

 

 七海と那須は壁や瓦礫、時には七海のグラスホッパーを足場にしながら縦横無尽に跳び回り、常に位置を変えながらメテオラを放ち続けている。

 

 一ヵ所に留まっているならばやり様もあったのだが、これだけ動き回られては狙いを付ける事も出来ない。

 

 香取とて、黙ってそれを見ていたワケではない。

 

 隙を見つけてグラスホッパーで接近しようとしたものの、途端に爆撃の密度を高められ、退かざるを得なかったのだ。

 

 香取は機動力に優れた、どちらかといえば七海に近いタイプの戦い方をする『万能手』である。

 

 『万能手』として銃手トリガーの扱いもお手のものだが、決して近接戦闘が弱いワケではない。

 

 むしろ、その近接戦闘能力のセンスは上位の攻撃手にも見劣りしない。

 

 機動で相手を攪乱し、隙を突いて仕留めるのがいつもの香取の戦い方だ。

 

 しかし、この相手は突くべき()が見当たらない。

 

 シールドを張りながら強引に近付き、銃撃を敢行しようとも、すかさずどちらかがフォローに入っていた。

 

 シールドを張ったりグラスホッパーを置く等して、相手の攻撃を当てる隙間を作らせないのだ。

 

 香取の持つハンドガン型の銃手トリガーは、どちらかといえば中距離での牽制用のものである。

 

 北添のような火力重視のトリガーでない以上、撃ち合いには向いていない。

 

 少なくとも、このメテオラの弾幕をどうこう出来るものではなかった。

 

『葉子。今の爆撃で二人が王子隊長と鉢合わせて戦闘になった。そっちへの援護は出来ないわ』

「別にいいわよ。どうせ期待してないし。でも……」

 

 気に食わないわね、と香取は呟く。

 

 個人戦で戦った時は、七海はメテオラなど使っていなかった。

 

 彼がメテオラを使うのはこれまでの試合を見れば分かった筈だが、香取には試合のログを確認する習慣が存在しない。

 

 たとえ次戦う相手だろうが、その戦術のチェックをやった事が一度たりともないのだ。

 

 自分はやれる。一人でも勝てる。

 

 そんな高過ぎる香取の自負と、生来の面倒臭がりな性格。

 

 それが影響して、彼女から()()()()()()()というやって当たり前の事を行う選択肢を失わせていた。

 

 いや、それだけではない。

 

 香取は半ば、諦めていたのだ。

 

 勝てる相手には勝てるし、勝てない相手には勝てない。

 

 そういった()()が、今の香取の中にはあった。

 

 彼女が口にする()()()()()という言葉は、いわばその()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 彼女自身が区分けした()()()()()()がいる場所こそが、その()の向こう側。

 

 香取は、そう定義していた。

 

 無論、口に出して言ったワケではない。

 

 だが、香取は強者の実力を測れない程馬鹿ではなかったし、口ではどう言おうが自分一人での限界も心得ていた。

 

 しかし、理解している事と納得出来るかはまた別の話である。

 

 香取は自分の力量不足を認められる程素直な性格ではなかったし、生来なんでも要領良くこなせた所為で、そもそも()()()()()()()()()()()()()が分からない。

 

 勝てる相手にはしっかり勝てる分、彼女に引き際を見誤らせていたという面もある。

 

 だから、上位に来るなり惨敗する程度の実力でB級上位に上がって来た隊など、どうとでもなると見下していた。

 

 以前に個人戦で七海を下していた事も、その驕りに拍車をかけていた。

 

 故に、その『那須隊』に良いようにされている現状は、香取としては我慢ならない状態なのである。

 

『葉子、今は避ける事に専念して。消費の大きいメテオラを撃ち続ける事は、幾らなんでも不可能な筈。爆撃が止んだ隙を狙って』

「分かってるわよ、もう」

 

 そんな香取の心情を察した染井の念押しに軽く頷き、シールドを張りながら逃げ回る香取は再度上階の二人を睨みつける。

 

 周囲は度重なる爆撃で瓦礫が散乱しており、モールの外壁にも所々穴が空いている。

 

 まるで、テロのあった現場のようだ。

 

 その無惨な破壊痕は、彼女に過去の大規模侵攻の記憶を想起させる。

 

 瓦礫に埋まった自分を助けてくれた、血塗れの親友の手。

 

 その光景は、未だに彼女の脳裏に深く深く刻まれている。

 

 自然と心が波立ち、彼女から平静を失わせていく。

 

 そして、気付く。

 

 いつの間にか周囲に降り注いでいた爆撃の雨が、止まっている。

 

 上を見れば、そこには自分を睥睨する七海の姿。

 

 その視線が、なんだか自分を見下しているような気がして、香取の沸点はあっという間に超過した。

 

「この……っ!」

 

 グラスホッパーを踏み込み、七海に向かって最短距離で跳躍。

 

 同時にハンドガンからハウンドを撃ち放ち、弾丸と共に七海に突っ込む。

 

 猪突猛進と言って良い、単調な攻め。

 

 そんなものが、今の七海に通用する筈もなかった。

 

「────メテオラ」

「はぁ……っ!?」

 

 七海は、至近距離でメテオラを使用。

 

 その事態に面食らった香取は、慌ててシールドを張りながら後退。

 

 メテオラの爆発に吹き飛ばされる形で、押し返された。

 

「────」

「く……っ!?」

 

 そして、間髪入れずに爆発の隙間を縫うような動きで七海が斬り込んで来る。

 

 スコーピオンで七海の刃を受け止めた香取だが、元よりスコーピオンの耐久性は脆弱。

 

 同じスコーピオンでも、一方的に受け太刀していればいずれ割れる。

 

 その事を知っていた香取は、舌打ちしつつ七海と距離を取ろうとする。

 

「────メテオラ」

「ちょ、嘘でしょ……っ!?」

 

 七海のメテオラ殺法の事を知らなかった香取は、至近距離でメテオラを乱発する七海の行動に唖然としながら、爆撃を回避。

 

 即座に後退しようとするが、彼女の移動経路を塞ぐように置かれたメテオラの爆発がそれを許さない。

 

 その爆発の隙間を縫って切り込んで来る七海の存在もあって、香取は完全にその場に釘付けにされていた。

 

(く……っ!? やり難いったらありゃしないわ……っ!? 一体なんなの、こいつ……っ!?)

 

 その、個人戦の時とは別物の動きを見せる七海に、香取は焦りを見せる。

 

 あの時、七海はスコーピオンとグラスホッパーしか使っておらず、その挙動は緑川のような機動戦特化のスピードアタッカーそのものであった。

 

 自分の機動力であれば、問題なく捌ける。

 

 そんな香取の認識は、此処に来て完全に覆されていた。

 

 香取の機動力は、高い。

 

 近接重視の『万能手』なだけあり、その立ち回りのキレは本物だ。

 

 事実、彼女の機動戦での能力は『ボーダー』でも一定の評価を置かれていた。

 

 機動力に限って言えば、香取は『ボーダー』内でも上位に位置するものを持っている。

 

 それだけの、地力はあった。

 

 しかし、幾ら光る原石だったとしても、磨かなければ相応の輝きは発揮出来ない。

 

 才能だけでやって来た()()()()()()()香取と、自分の才能を鍛錬で徹底的に突き詰めた、()()()()()()()()を得た七海。

 

 両者の差は、そこにあった。

 

 そもそも、今香取を苦しめている『メテオラ殺法』自体、試合のログさえ見ていれば警戒出来ていた筈だ。

 

 しかし香取は以前の個人戦と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という人伝の情報だけで彼等の実力を判断し、碌な警戒をしていなかった。

 

 所詮、運だけで上位に上がって来た連中。

 

 そんな想いが、香取にはあった。

 

 香取はROUND2の結果により、『那須隊』と入れ替わる形で前回中位落ちを経験している。

 

 その時の相手は、『早川隊』、『諏訪隊』、そして『柿崎隊』。

 

 『早川隊』は他に中位に上がるような部隊がない為にギリギリで下位落ちを避けられている隊に過ぎず、『諏訪隊』と『柿崎隊』は『那須隊』に完全試合(コールドゲーム)を喰らっている。

 

 大した事はない、と香取は楽観しながら試合に臨んだ。

 

 事実、香取は『早川隊』の三人を瞬殺し、一気に三得点を挙げた。

 

 だが、その後笹森を追っていた最中にバッグワームを着た『諏訪隊』の諏訪と堤、『柿崎隊』の柿崎と照屋の挟撃を受けた。

 

 そして意識を散らされた所を、背後から奇襲した虎太郎によって香取は落とされた。

 

 その際に虎太郎も相打ちの形で落としているが、エースの香取を失った『香取隊』は瞬く間に瓦解。

 

 そのまま『諏訪隊』の銃撃に晒され、若村と三浦は敗退。

 

 結果としては四得点を獲得し上位に復帰出来たものの、快勝とは言い難い。

 

 香取がこの試合でMAP設定を凝ってまで七海に拘ったのは、前回の試合の鬱憤晴らしが目的だった。

 

 だが、蓋を開けてみれば何一つ香取の思うようには進まない。

 

 彼女の苛立ちは、頂点に達しようとしていた。

 

 

 

 

「おっとぉ、此処で香取が七海のメテオラ殺法に捕まった……っ!  これは苦しいでえ……っ!」

「これはいっそ見事だな。碌に対策してなかったのが見え見えだ」

 

 真織の実況に対し、太刀川は冷めた声で告げる。

 

 その声には、幾分かの呆れが含まれていた。

 

「七海の立ち回りをきちんと見た事があるなら、ああまで不用意には突っ込まない筈だ。七海相手に不用意に接近すりゃ、メテオラの檻に捕まるからな。あそこは、仲間と合流するまで中距離での牽制に徹するべき場面だろ」

「そうですね。七海隊員のあの戦法は、一度捕まると抜け出す事は中々難しい。幾ら香取隊長の運動センスがあっても、厳しい筈です」

 

 ですが、と迅は続ける。

 

「『香取隊』は、彼女だけではありません。まだ、チャンスは残っていますよ」

 

 

 

 

『葉子。七海くんの動きを一瞬止めるからその隙に離脱して』

「え……っ!? 一体、何を……っ!?」

 

 着実に七海に追い詰められていた香取は、染井からの通信を聞き疑問符を浮かべる。

 

 しかし、他の誰の言う事も聞かない香取であっても、染井の言葉であれば聞く耳を持つ。

 

 香取は条件反射で染井の言葉を受け入れ、その時を待った。

 

「────『誘導炸裂弾(サラマンダー)』」

「……っ!」

 

 ────そして、その()が来た。

 

 下の階から吹き抜け越しに放たれた、無数の『合成弾』のトリオンキューブ。

 

 『誘導弾(ハウンド)』と『炸裂弾(メテオラ)』、その二つの特性を併せ持つ弾丸が、七海に向かって降り注ぐ。

 

 流石の七海も、避ける()()がなければどうしようもない。

 

 迷わず撤退を選択し、グラスホッパーを用いてその場から離脱。

 

 香取はその隙を突いて、下の階へと撤退した。

 

「良かった。間に合ったよ」

 

 下の階には、香取の姿を見て安堵の息を吐く三浦と、その隣で仏頂面になっている若村がいた。

 

 てっきり此処には来れないだろうと思っていた二人の姿に、香取は疑問符を浮かべる。

 

「…………雄太、アンタ等王子と戦り合ってたんじゃなかったワケ?」

「交戦を中止して此処までやって来たんだよ。華さんの助言でな」

「ふぅん、そう」

 

 何故、とは聞かない。

 

 香取にとって染井を信じるのは当然の事であり、彼女の言葉を疑った事などない。

 

 それは幼い頃から変わらない香取の習性であり、今後もそれで良いと思っている。

 

 染井が言うのであれば、きっとそれは正しい事なのだろう。

 

 そんな想いから、香取は即座に思考を切り替えた。

 

 即ち、此処からどうやって七海の相手をするのかという事に。

 

 先程の『サラマンダー』の発射地点に目を向ければ、そこには自分達と同じように隊全員が揃っている『王子隊』の姿がある。

 

『葉子、『王子隊』と一緒に七海くんを集中攻撃するわ。きっと、向こうもそのつもりよ』

「『王子隊』と……? あいつ等が、それに乗って来るって事?」

 

 香取の言葉を、染井は即座に肯定する。

 

『乗って来るわ。そうするしかないもの』

「そう。分かった」

『ただ、中距離での撃ち合いに徹して。近付けば、またさっきみたいな事になるから』

 

 分かってるわよ、と溜め息を吐きながら香取は七海を見上げ、ふと気付く。

 

 先程、七海と共にメテオラの雨を降らせてきた那須の姿が、何処にもない。

 

 七海との交戦中は頭に血が上っていて気付かなかったが、いつの間にか姿を晦ましている。

 

(…………まあ、どうせ安全な場所まで逃げたんでしょ。前回の試合で大ポカしたらしいし、気にする事はないわね)

 

 香取はそう考え、思考を放棄した。

 

 違和感に気付いても、その原因を追究しない。

 

 彼女の悪癖は、こと此処に至っても健在だった。

 

 だから、その事を深く考えはしない。

 

 若村と三浦の二人に至っては、その違和感に気付きもしない。

 

 そもそも二人は、香取からこれまでの詳しい経緯を聞いていない。

 

 故に、気付きようがない。

 

 『香取隊』は、これまでと同じ。

 

 失敗を活かす事なく、眼の前だけを見過ぎている。

 

 そう、『香取隊』()、現状の正しい理解には及んでいなかった。

 

 

 

 

(利用させて貰うよ。カトリーヌ、ミューラー、ジャクソン)

 

 だが、彼は違う。

 

 彼は、王子は、正確に現状を把握している。

 

 故に、笑う。

 

 最後に勝つのは、自分達であると。

 

 『王子隊』の策が、動く。


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