痛みを識るもの   作:デスイーター

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王子隊①

「七海に追い詰められた香取が、今度は王子隊の横槍で離脱……っ! 今度は最上階に、『香取隊』と『王子隊』が全員集合や……っ!」

「『王子隊』に救われた形になったな」

 

 戦況を解説する真織に、太刀川がそう告げる。

 

 その眼は油断なく細められ、戦況を俯瞰していた。

 

「『王子隊』はどうやら、『香取隊』を利用して七海を追い詰めるハラだな。その為には、此処で香取に脱落されるワケにはいかなかったからか」

「七海を仕留める為に、敢えて香取ちゃんを生かしたっちゅー事か?」

「そうなりますね」

 

 太刀川の意見を、迅がそう言って肯定する。

 

 真織の視線が迅へと向けられ、説明の続きを促した。

 

「『香取隊』も『王子隊』も、自分の隊だけでは集団戦で動く七海を仕留めるのは難しいですからね。香取隊長だけで七海を倒せるならまだしも、それもまた厳しい」

「ふむ、香取ちゃんはチームワークこそあれやけど個人の戦闘能力は高いで? それでもかいな」

「単純に、相性が悪いしな」

 

 真織の疑問に、太刀川がそう答える。

 

「香取の基本戦法は、高い機動力で攪乱して相手の隙を突く形だ。あいつの動きを眼で追えない相手なら、単独でも容易に落とせる。それが、香取の強みだな」

 

 だが、と太刀川は続ける。

 

「七海は、回避能力がずば抜けて高い上に、機動力も香取と同じかそれ以上だ。『グラスホッパー』も香取と違って二つ装備している分、瞬間的な加速力は七海の方が上だし、機動の自由度も段違いだ」

「加えて、七海は()()()()()()ですからね。更に『メテオラ殺法』という強力な勝ち筋(手札)もある以上、香取隊長の不利は否めません」

「ま、単純に練度の問題もあるけどな」

 

 敢えて言うが、と太刀川は前置きして話し始めた。

 

()()()()()()()()()()()()ってのは前から俺が言ってる事だが、それでも基本的な戦う上での()()()があるとないとでは大分違う。香取には、それが全く足りていない」

「ふむ、それは香取ちゃんにやる気が感じられないゆー事か?」

「有り体に言えば、そうなるな」

 

 ふぅ、と太刀川は溜め息を吐き、続ける。

 

「香取は、素質(センス)自体は悪くない。機動力は高いし、相手の懐に飛び込む胆力もある。戦闘員としての適性は、これ以上なく高いだろうな」

 

 けど、と太刀川は目を細めた。

 

「あいつには、格上を喰ってやろうっていう気概が足りない。現時点で勝てないと思える相手だろうが、その時点で背を向けたら成長も何もない。つくづく、惜しい奴だよ」

「太刀川さん、それくらいで」

「ん? ああ」

 

 更に香取の批評を口にしようとした太刀川に対し、迅がやんわりと話題転換を促した。

 

 香取に色々と問題があるのは確かだが、あまり一人の隊員を公衆の場であまりこき下ろすワケにもいかない。

 

 ある程度は荒療治だと見逃していたものの、今の太刀川には若干の私情が見えていた。

 

 太刀川は勤勉に自分を鍛え抜く七海の姿を間近で見ていた為に、自分を鍛える事を碌にしない香取に対し思う所が結構あったのだろう。

 

 それが、今までの刺々しい態度に繋がっていたワケである。

 

 どうやら、太刀川は迅が思っていた以上に弟子に入れ込んでいるらしかった。

 

 自身のライバルの意外な一面に、迅は内心でくすりと笑みを漏らした。

 

「これからは、『王子隊』の動きに注目していかなければならないでしょうね。きっとこれから、動きがある筈です」

「そうやなー。共闘に見せかけて後ろからブスリ、とか王子はしれっとやるかんなーあいつは」

 

 ホンマ、油断ならん奴やでー、と真織は王子の評価を口にする。

 

 そんな評価を迅や太刀川は否定せず、画面を見据えた。

 

「『王子隊』の分析力と戦術立案能力は、B級の中でもかなり高い。その策略がどう盤面を動かすか、見物ですよ」

 

 

 

 

「日浦さんを最初に追うのは分かりましたが、肝心の七海先輩に関してはどう対処するんですかっ!? 彼がいる限り、『那須隊』を崩すのは容易ではないと見ましたがっ!」

 

 それは、『王子隊』の試合前のミーティングでの出来事。

 

 隊長の王子の()()()()()()()()という作戦方針を聞いた後、樫尾が口にした疑問だった。

 

 王子の説明では、()()()()()()()()()()()()は分かったものの、()()()でどうするか、もしくは()()()()()()()()()()()()にどうするかの説明が抜けている。

 

 樫尾が疑問に思うのも、当然の話だった。

 

「良い質問だね。まず、前言を撤回するようで悪いけれど、ヒューラーを最初に落とすのは()()()()()()()()くらいに考えて欲しいんだ」

「それは、日浦さんを本気では狙わない、という事ですかっ!?」

「少し、違うかな。ヒューラーを狙うのは確かだけど、場合によっては作戦の切り替えも有り得るって事さ」

 

 まず、と王子は続ける。

 

「シンドバットがカトリーヌを釣り出すのはほぼ間違いないと思うけれど、釣り出した先にいるのがヒューラーとは限らない。むしろ、ナースの可能性も高いと僕は見ているよ」

「日浦さんとではなく、那須さんとの連携を狙うという事ですか」

「その通り。実際に二人が組んだ時の厄介さは、これまでの試合ログでも分かる。あの二人が組むと、状況によってはそのまま完封されかねない怖さがある」

 

 けど、と王子は笑う。

 

「前回のROUND3の試合では、二人が組んでいたにも関わらず二宮さん相手には防戦一方でひたすら逃げに徹していた。これは何故だと思う?」

「それは……」

「二宮の弾幕の密度が濃過ぎるから、だろうな」

 

 言葉に詰まった樫尾に変わり、蔵内がその答えを告げる。

 

 そうだね、と王子は蔵内の言葉を肯定する。

 

「シンドバットのサイドエフェクトは、カゲさんのそれに良く似ている。いつ何処から攻撃が来るのか分かるというアドバンテージは、乱戦に置いてはこの上なく有利に働く代物だ」

 

 だけど、と王子は告げる。

 

「そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事なのさ。二宮さんクラスの弾幕相手となると、シンドバットは手も足も出ない。僕はそう解釈している」

「だが、流石に二宮クラスの弾幕を張る事は出来ないぞ」

「確かに、一人ではそうだろう。けれど、複数人でなら疑似的な()()は出来る筈だ」

 

 そう言うと王子は人差し指を立てて、説明の纏めにかかる。

 

「幸いと言うべきか、僕達三人は全員が『ハウンド』を装備している。そして、カトリーヌを釣り出す以上、必然的にその場にはジャクソンとミューラーも寄って来る筈だ。前線は、彼等に張って貰おう」

「『香取隊』と連動して、七海を弾幕で追い詰めるという事か」

「有り体に言えば、そうだね。流石の彼も、射程持ち全員から狙われれば防戦一方にならざるを得ない筈だ」

 

 それからもう一つ、と、王子は続ける。

 

「シンドバットとナースが合流した場合、ナースを集中攻撃する。そうすれば、彼は必ずナースを庇う」

「確かに、ROUND3でも那須を庇った結果東さんに撃たれていたな」

「そう。彼のアキレス腱こそが、ナースの存在なんだ」

 

 王子の言う通り、前回のランク戦で七海は那須を庇った結果狙撃に自ら身を晒し、敗戦の原因を作っている。

 

 那須を狙われれば七海がそれを庇う、というのは、あの映像を見れば誰でも分かる事だった。

 

「『鈴鳴第一』と同じで、隊長を狙えば隊のエースがそれを庇う。これを利用しない手はないね。当然彼もそれは分かっているだろうから、逃げ場の少ない閉所でナースと共に行動し続ける事は避ける筈だ」

 

 けれど、と王子は告げる。

 

「ナースもまた、シンドバットが危なくなれば出て来ざるを得ない。シンドバットを追い詰めれば、自然と彼女も釣り出せる。そうなればヒューラーが動いて来る可能性もあるだろうから、その場合は彼女を狙う」

 

 そこまで言うと王子はにこりと笑い、ポン、と手を叩いた。

 

「厄介な相手だが、勝てない相手じゃない。此処は、僕等なりの戦い方を見せてあげようじゃないか」

 

 

 

 

「「────ハウンド」」

 

 『王子隊』の二人、王子と樫尾が射撃トリガー、ハウンドを撃ち放つ。

 

 狙いは無論、上階に立つ七海一人。

 

 無数の誘導弾が、七海に向けて射出。

 

「喰らえ……っ!」

「この……っ!」

 

 更に、『香取隊』の若村と香取も射撃で弾幕を張る。

 

 使用するのは、こちらも『誘導弾(ハウンド)』。

 

 四人分の弾幕が、一斉に七海に襲い掛かる。

 

「────」

 

 七海はその弾幕を見て、即座にグラスホッパーを使用。

 

 連続機動により、縦横無尽に上階を駆け回る。

 

「────サラマンダー」

 

 だがそこに、第二波が訪れる。

 

 蔵内が生成した合成弾、『誘導炸裂弾(サラマンダー)』による爆撃が敢行。

 

 上階は、無数の爆風に呑み込まれた。

 

「……っ!」

 

 七海はそれを、シールドを張りながら離脱。

 

 爆発から、間一髪で脱出する。

 

 先程の攻勢から一転、今度は七海が追い詰められる側に変わって行った。

 

 

 

 

「『王子隊』、『香取隊』と連動して弾幕を張る……っ! 周囲を埋め尽くす弾幕の雨に、手も足も出ないか……っ!?」

「こりゃ、王子は前回の試合を相当研究して来てるな」

 

 その映像を見て、太刀川はほう、と感嘆の息を漏らす。

 

「前回の試合、七海は二宮相手に逃げ回るしかなかった。幾ら七海でも、あの弾幕の密度相手じゃどうしようもないからな。で、王子はそれを再現しようと思い立ったワケだ」

 

 『香取隊』を巻き込む事でな、と太刀川は補足する。

 

「七海は『香取隊』にとっても、頼みのエースの香取が単体では落とし難い厄介な相手だ。利害を一致させて共闘する事は、そう難しい事じゃない」

「『香取隊』も、それを分かって『王子隊』の行動を許した面があるでしょうからね」

「そういう事だ。香取の発案とは思えないから、多分オペレーターあたりが献策したんだろう」

 

 確かに太刀川の言う通り、若村達に王子を見逃して共闘の形に持って行くよう指示を出したのは、オペレーターの染井である。

 

 染井は『王子隊』の作戦に乗るリスクと七海を放置する危険性を天秤に乗せた結果、後者がより重いと判断したのだろう。

 

 香取が七海を強烈に意識している以上、七海を放置しろと言われて彼女が頷く筈がない。

 

 ならば七海に狙いを定め、『王子隊』の思惑に乗ってでも倒す方向性に持って行った方がまだマシ。

 

 オペレーター(香取の幼馴染)は、そういう判断を下したのだろう。

 

 出来る範囲で、香取の暴走をコントロールする。

 

 それが『香取隊』に置ける染井の暗黙の了解的な役割であり、これまで『香取隊』が上位に残留出来ていた要因でもある。

 

 恐らく、染井が要所でフォローしなければ『香取隊』はもっと早くに中位落ちしていた筈だ。

 

 染井の存在が、隊の地位を何とか保たせている。

 

 色々な意味で、瀬戸際のチームであった。

 

「ともあれ、今の所『王子隊』の作戦は上手く決まっているように見える。七海も回避に徹しているし、あれじゃあ反撃する暇はない筈だ」

 

 だが、と太刀川は告げる。

 

「今の七海は、『那須隊』は、前回までとは違う。どうやらその事は、分かっていないらしいな」

 

 

 

 

(…………いい加減、ナースが出て来ても良さそうな頃合いだけど…………まさか、()()()()のか?)

 

 ハウンドの弾幕を張りながら、王子は注意深く周囲を見回す。

 

 王子の見解では、そろそろ那須が痺れを切らせて戦場に介入して来る筈だった。

 

 だが、一向に彼女が現れる気配はない。

 

 もしや自分の作戦が読まれて、那須を離れた場所に退避させたか、と王子は考えた。

 

(いや、どの道此処で介入しなければシンドバットが落ちる。その展開は、何が何でも避けたい筈。攻撃の要の彼がいなくなるのは、彼女達にとって致命的な筈だ)

 

 だが、「それはない」と考えを改めた。

 

 此処で介入しなければ高確率で七海が落ちる以上、何もしないで座している筈がない。

 

 香取は目の前の七海を落とす事に集中している所為かそこまで頭が回っている様子はないが、この局面で介入しない筈がないのだ。

 

 故に、王子は待っていた。

 

 那須が、射撃で戦場に介入するその時を。

 

「……っ! あれは……っ!」

 

 そして、気付く。

 

 上階の、瓦礫の向こう。

 

 そこから、無数のトリオンキューブが射出されこちらに向かって来た事に。

 

 あの弾道からして、メテオラでは有り得ない。

 

(『変化弾(バイパー)』……ッ! ナースが来たか……っ!)

 

 その弾丸をバイパーと断定した王子は、仲間二人に目配せして駆け出した。

 

 狙うは、瓦礫の向こうに潜む那須。

 

 彼女を狙う事で、七海を釣り出す。

 

 前回の焼き直しのようなやり方で、七海を仕留める。

 

 分かっていても、防げない一手。

 

 王子は、自分の取った策をそう評していた。

 

 一概には、間違っていない。

 

 確かに、前回の試合で七海はその戦術に敗北を喫したのだから。

 

 けれど。

 

 けれど。

 

 それはあくまで、()()()()()の話だ。

 

 今、七海は敗戦を機に一つの谷間を超え、先へ進んでいる。

 

 故に。

 

 故に。

 

「な……っ!?」

 

 ────同じ方法で勝てる程、甘くはなかったのだ。

 

 瓦礫の先、その向こう。

 

 そこにいたのは那須────────ではない。

 

 白い、身体にフィットした隊服は確かに『那須隊』のもの。

 

 しかし、()()は那須ではない。

 

「────引っかかったわね」

「ベアトリス……ッ!?」

 

 そこにいたのは、熊谷友子。

 

 『弧月』をその手に携えた、『那須隊』の攻撃手(アタッカー)である。

 

 つまり、今放たれた弾丸は『変化弾(バイパー)』ではなく、『誘導弾(ハウンド)』。

 

 この熊谷が撃った、『ハウンド』だったのだ。

 

 前回までのログでは、『那須隊』はハウンドを使う者は誰一人としていなかった。

 

 だから、誤認した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という当たり前の事を、先入観で気付けなかった。

 

 そして、致命的な隙を、晒した。

 

「が……っ!?」

「王子……っ!?」

「王子先輩……っ!?」

 

 王子の背中に、無数の弾丸が着弾する。

 

 振り返れば、そこには瓦礫の影に立つ那須の姿。

 

 そこで、気付く。

 

 釣り出されたのは、誘い出されたのは、自分だった。

 

 『香取隊』を利用して『那須隊』を罠に嵌めるつもりが、罠にかかったのは自分の方。

 

 『那須隊』が本当に狙っていたのは、香取ではなく王子の方だったのだ。

 

「く…………やられたね」

『戦闘体活動限界。『緊急脱出(ベイルアウト)』』

 

 悔し気な王子の台詞と共に、機械音声が彼の敗北を告げる。

 

 光の柱となって戦場から脱落する、王子の姿。

 

 B級ランク戦、ROUND4。

 

 その最初の脱落者は、彼となった。


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