痛みを識るもの   作:デスイーター

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王子隊②

「王子、此処で『緊急脱出(ベイルアウト)』……ッ! ROUND4最初の脱落者は、まさかまさかの王子隊長や……っ!」

「今のは、上手かったな」

 

 今試合初の脱落者が出た事で、観戦席は大いに盛り上がっている。

 

 それが変人にして切れ者として名高い王子とあれば、尚の事だ。

 

 太刀川の言葉に、真織がすかさず反応する。

 

「上手かった、っちゅー事は今の王子を仕留めるまでの流れが、『那須隊』の計算づくだったっちゅー話かいな?」

「そうだ。七海は王子の性格を利用して、罠を張っていたのさ」

 

 まず、と太刀川は前置きして口を開く。

 

「王子は、相手の研究に余念がない勤勉な性格だ。これまでの『那須隊』のログも、飽きるくらいに見ている筈だ。そして、『那須隊』の決定的な弱点に気が付いた」

「ふむ、それはなんや?」

「那須が狙われれば、七海が必ずそれを庇う、という点だ」

 

 太刀川の言う通り、前回の試合では七海が那須を庇って狙撃された事が、敗戦へと繋がった。

 

 あの過剰なまでの那須を守る事への拘りが、王子には()()()()()に見えた筈だ。

 

「七海相手に、攻撃を当てる事は難しい。けど、那須を狙えば七海は自分から攻撃に身を晒してくれる。王子なら、こんな弱みを放置する筈がない」

「そうやなー。弱い所を全力で突いて、獲れる点を取って行く。それが、『王子隊』のいつものやり方やからなー」

 

 爽やかな顔してやる事えぐいんやでー、と真織は笑う。

 

 笑う、が、そんな王子を見事に嵌めてのけた『那須隊』の手腕には、瞠目せざるを得ない。

 

 笑顔の傍ら、冷や汗を流す真織だった。

 

()()()、七海はそこに罠を張った。くまに瓦礫の影から『誘導弾(ハウンド)』を撃たせる事でな」

「あれは驚いたなー、ウチも。前回まで、装備してなかったやろあれ」

「前回は、『炸裂弾(メテオラ)』を使用していましたからね」

 

 迅はそう言い、捕捉説明を行った。

 

「熊谷隊員のトリオン評価値は『5』。極端に低いワケではありませんが、そう余裕のある数値ではありません。弾トリガーをセット出来るとしたら、一つが限度でしょうからね」

「ちゅー事は、今回でメテオラからハウンドに切り替えたっちゅー事かいな」

「ああ、そうだ」

 

 何せ、うちの出水が教えたからな、と太刀川は告げる。

 

 思わぬ情報に、真織は目を丸くした。

 

「つまりあれか、くまちゃんのハウンドはあれ、覚えたてだったっちゅーんか?」

「そうだぞ? けど、出水曰く筋は悪くなかったらしい。元々、メテオラに関してもある程度形に出来ていたしな」

 

 それに、と太刀川は続ける。

 

「出水曰く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()トリガーなんだそうだ。くまは弾トリガーの基本に関してはもう出来てたから、後はハウンドの基本的な取り扱いを教えればそれで習得したらしいぞ」

「そうですね。攻撃手が持つ弾トリガーの選択としては、割とベターなものと言えます」

 

 たとえば、と迅は続ける。

 

「今試合している『王子隊』等が、それは顕著です。彼等は全員がハウンドを装備して、中距離戦に対応しています。それだけ、ハウンドは攻撃手にとっても()()()()トリガーなんです」

「一旦誘導対象を設定すれば、後は自動で飛んでいくらしいからな。弾トリガーの中では、一番扱いが簡単なんだそうだ」

 

 シンプルイズベストってやつだな。と太刀川は告げる。

 

 彼がその言葉の意味を理解しているかどうかはともかく、言っている事は的を射ている。

 

 いちいち弾道を設定しなければならない他の弾トリガーと違い、ハウンドは標的さえ決めてしまえば後は発射するだけで良い。

 

 つまり、近距離・中距離で攻撃手が使う牽制手段としては、これ以上なく適しているのだ。

 

 『変化弾(バイパー)』と比べれば自由度は劣るものの、汎用性では圧倒的に上。

 

 ある程度向き不向きを択ばず活用出来る、汎用性の塊。

 

 それが、ハウンドの持つ強みなのだ。

 

 取扱い方も他の弾トリガーと比べれば習得に手間がかからず、()()()()()()()()()()()()()()()()トリガーとも言える。

 

 もっとも、装備している分のトリオンは当然食うので、本当に誰でも装備出来るワケではないのだが。

 

 ともあれ、攻撃手である熊谷が使用する弾トリガーとしては、メテオラよりも余程適していると言える。

 

 メテオラは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という使い道をきちんと考えなければ使い難いと言っても過言ではないトリガーであり、事実熊谷は前回の試合でその強みを使い切れていなかった。

 

 だからこそ、今回の試合までにハウンドを習得し、早速作戦に活かしたのだろう。

 

 ハウンドの持つ曲射弾道によって、()()()()()()()()()()()()()()()させる為に。

 

「前回の試合まで、『那須隊』でハウンドを使う奴は誰もいなかった。狙撃手の日浦は勿論、七海も熊谷もメテオラしか使っていない。だから、曲がる弾道を描いた時点で王子はそれを那須のバイパーだと()()したのさ」

「だから、部隊全員でその()()()に急行したワケか。けど……」

「そう、そこにいたのは那須ではなく────ハウンドを使った、熊谷だった」

 

 つまりだな、と太刀川は続ける。

 

「王子はそこに那須がいると確信し、距離を詰めて『弧月』で切り込む予定だったんだろう。けど、実際にそこにいたのは熊谷だった。自分の想定と異なる展開を直視した事で、王子の頭は一瞬真っ白になっただろうな」

「その思考の空白の隙を、近くにバッグワームを使って隠れていた那須隊長が突いたワケです。『那須隊』の狙いは、最初から彼だったようですからね」

 

 二人の解説に、真織が感心したように頷く。

 

「ほー、『那須隊』は香取ちゃん狙いかと思いきや、本命は王子だったっちゅーことか」

「そういう事ですね。『那須隊』は、何が何でも最初に王子隊長を落としておきたかったのでしょう。だからこそ、那須隊長は狙いを彼一人に絞って射撃を敢行した。ギリギリまで、バッグワームを着て自分の位置を隠す為にね」

 

 そう、那須はあの時、『王子隊』三人の誰でも狙える位置にいた。

 

 だが、実際に那須が仕留めたのは王子一人。

 

 他の二人には、一発たりとも弾を放っていないのだ。

 

「万が一、王子隊長が不意打ちに気付いても確実に仕留める為の一手でしょう。那須隊長はバイパーを地面スレスレで瓦礫を隠れ蓑にしながら進ませ、その全弾を王子隊長に叩き込んだ。見事な手腕でしたね」

「毎回リアルタイムで弾道を引ける那須の強みを、そのまま活かした形だな」

「ええ、バイパーは威力は低いですが、その応用性がずば抜けて高い。那須隊長の持つこの武器は、中々真似出来るものではありません」

 

 那須のリアルタイム弾道制御という武器は、彼女の他にはA級一位部隊の出水しか持ち得ない代物だ。

 

 彼女の名が『ボーダー』内で知られているのは勿論その美貌もあるが、この武器の影響も大きい。

 

 バイパーと言えば那須、と言える程に彼女の武器は誰にとっても印象的且つ強力な代物だったのだ。

 

「けど、なんで『那須隊』はそこまでして王子を落としたかったんかいな? そこまで、王子が厄介だと思っとったって事か?」

「結果的に言えばそうなりますね。『王子隊』を放置すれば、『香取隊』共々集中攻撃を受け続ける。マークされる事が分かっていた以上、彼を放置するという選択は有り得なかった、という事です」

 

 そう、『那須隊』にとって、今回の試合で最大の脅威に映っていた人物こそが王子であった。

 

 近接戦闘能力が高く、中距離や奇襲も難なくこなし、何より頭の回転が速く判断力にも優れている。

 

 彼がいる限り、何処まで行っても不意の一撃を喰らう可能性を排除出来ない。

 

 だからこそ、彼を最優先で狙い撃った。

 

 彼が必ず狙うであろう、那須の存在を囮とする事で。

 

 そして結果的に王子は『那須隊』の策に嵌り、真っ先に落とされた。

 

 此処までは、理想的な展開と言える。

 

「隊長である王子が落ちた事で、『王子隊』の脅威度が激減する事は避けられん。戦場でリアルタイムに判断を下す指揮官が現場にいるといないのとでは、天と地程差があるからな」

「そうですね。彼の機転は、戦場にあってこそ活かされるもの。オペレーターを通じて支援する事は可能ですが、リアルタイムでの体感情報があるのとないのでは大分違いますからね」

「そういえば、王子はなんだかんだ生き残る事を念頭に置いて動いとった気がするなあ。あれはそういう意味があったっちゅー事か」

 

 王子が落とされた影響は、三人の言う通り単純な戦力減に留まらない。

 

 戦場に実際に立ち、指示を下す指揮官と、拠点から一方的に指令を送る指揮官。

 

 どちらがより機能的且つ効率的に部下を動かせるかと言われれば、前者だ。

 

 後者は俯瞰的な視点を持てるというメリットがあるが、ランク戦の場合その視点はオペレーターだけで概ね事足りている。

 

 つまり隊長の仕事は指示を下すだけではなく、()()()()()でもあるのだ。

 

 単純な戦闘員と指揮官とでは、戦場に置ける重要度は大分違う。

 

 そういう意味でも、王子の離脱は『王子隊』にとって致命的と言えた。

 

「此処から『王子隊』が巻き返せるかどうかは、残る二人の働きにかかっています。王子隊長が外側から何が出来るかによって、大分変わって来るでしょうね」

 

 

 

 

「……っ! 全く、してやられたね」

 

 『王子隊』作戦室の『緊急脱出』用ベッドに投げ出された王子は、身体を大の字にしたまま溜め息を吐く。

 

 自分から見ても、良い作戦だった筈だ。

 

 相手の弱みを突き、獲れる点を確実に取る。

 

 それが、『王子隊』の、自分のスタンスだ。

 

 けれど今回は、それを逆用された。

 

 自分の思考を読み切られ、まんまと釣り出された。

 

 その結果、まさかの第一脱落者となってしまった。

 

 王子は、自分の価値を間違わない。

 

 隊長が最優先で生き残る事こそが最善の結果に繋がると判断し、なるだけ落ちる危険が及ばないように立ち回って来たつもりだ。

 

 無論、場合によっては無理を通す事もあるが、基本的には生き残りを優先して立ち回っていた事に変わりはない。

 

 だからこそ、現状の不利を正確に把握していた。

 

 こんな所で、寝ている場合ではない事にも。

 

「さて、無様に落ちてしまったけれど、隊長としての務めはまだ果たせる。何処まで出来るかは分からないけど、やれる事はやらなくちゃね」

 

 王子はそう呟くとベッドから起き上がり、オペレーターの羽矢の待つ部屋へ移動する。

 

 羽矢は王子に軽く「お疲れ様」、と告げると隣に座るよう促し、王子は躊躇いなく席に着く。

 

「此処から僕が指示を出す。協力お願いするよ、羽矢さん」

「ええ、勿論よ」

 

 そして、王子は戦場に残る仲間に声を届けるべく通信を繋いだ。

 

 

 

 

『カシオ、クラウチ、謝罪は後だ。今は時間が惜しい。これからの作戦を伝える』

「ああ」

「はいっ!」

 

 王子が脱落した事に動揺していた樫尾と蔵内だが、王子の声が届くや否やその眼に闘志が戻り、油断なく周囲を警戒している。

 

 樫尾は正面の熊谷を、蔵内は背後の那須に背中合わせで対峙しながら、王子の指示を待った。

 

『まずはベアトリスを狙って、ナースを釣り出すんだ。ベアトリスもどうやら『ハウンド』を使うみたいだけど、練度ではこちらに分がある。あまり時間をかけるワケには行かないが、焦らず攻め立てるんだ』

「だが、それを素直に那須が許すとは思えないが……?」

『それはそれで好都合だ。ナースが出て来たら、即座にそっちに狙いを切り替える。カシオのグラスホッパーを使えば、ベアトリスも追っては来れないだろうからね』

 

 確かに王子の言う通り、熊谷はそこまで機動力に優れているワケではない。

 

 グラスホッパーを使えば、振り切る事は出来るだろう。

 

『『香取隊』がシンドバットを引き付けている間にナースを追い込めれば、必ずシンドバットは動く筈だ。僕達はこれまで通り、その隙を突いて得点する。基本方針は変わらない。多少の無理を強いるかもしれないが、僕達が此処から勝つにはそれしかない』

 

 それから、と王子は続けた。

 

『ナースが落とせないと判断したら、ベアトリスだけでも落とすんだ。誰を獲っても一点なのは変わらないし、その場合は『香取隊』の面々も狙わせて貰おう』

 

 通信越しに王子はにやりと笑い、告げる。

 

『最終的に全員が落とされようが、より多くの得点を得られれば僕達の勝ちだ。多少厳しい戦いになるかもしれないが、『香取隊』を上手く使えば不可能ではない筈だ』

「了解」

「分かりましたっ!」

 

 二人の返答を聞き、王子は満足気に首肯した。

 

『頼りにしているよ、二人共。まだ、勝ちの目はある。焦らず貪欲に、点を獲っていこう。更に強くなって挑んで来た彼等に、僕等の戦い方を一つ、見せてあげようじゃないか』

 

 戦場から脱落した王子は、笑う。

 

 まだ、勝負は決まっていないと。

 

 『王子隊』の牙は、まだ折れていないのだと。

 

 端正な顔に熱い闘志を漲らせ、王子は獰猛な笑みを浮かべる。

 

 それは正しく、獲物を狙う肉食獣(ハイエナ)の目付きであった。


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