「ハァ……ッ!」
樫尾はその背にハウンドのトリオンキューブを従え、熊谷に斬りかかる。
駆け出すと同時にハウンドが射出され、無数の弾丸が熊谷を襲う。
「く……っ!」
熊谷はその場でシールドを広げ、展開。
広範囲に広げたシールドにより、ハウンドの弾を防ぎ切る。
だが、防がれる事など百も承知。
樫尾の狙いは、最初から熊谷をその場に釘付けにする事。
動きの止まった熊谷に、『弧月』を以て斬りかかる。
「ハウンド……ッ!」
しかし、ハウンドを装備しているのは今や『王子隊』だけではない。
熊谷もまたハウンドを射出し、斬りかかる樫尾を迎撃する。
「……っ!」
樫尾もまた、シールドでハウンドを防御。
その場で構えていた熊谷と違い、駆け出している最中だった為か数発掠ってしまったが、彼の行動を制限するには至らない。
樫尾はそのまま、弧月を上段に振り下ろす。
「ふっ……!」
「く……っ!」
しかし、熊谷は受け太刀の名手。
樫尾の斬撃を難なく弧月で受け止め、そのまま押し返す。
結果、樫尾は熊谷の動きを止める事すら出来る、押し戻される。
「樫尾、
「……っ!」
樫尾は蔵内の叫びを聞き、気付く。
自分の立っている、瓦礫の隙間。
その奥に、鈍い無数の光が高速で移動している事に。
光の弾、バイパーは瓦礫の隙間から跳ね上がるような軌道で、樫尾を四方から狙い撃つ。
『カシオ、上に逃げるんだ』
「はいっ!」
王子の通信を受け、樫尾はその場でシールドを張りながら、グラスホッパーを起動。
大きく跳躍し、那須の放ったバイパーの檻────『鳥籠』が完成する前に離脱する。
「────」
「……っ!」
しかし、そこで待ち構える者がいた。
グラスホッパーを用いて跳躍した樫尾と同等の高度にトリガーの補助なしで跳び上がったのは、バイパーの主────那須玲。
無数のトリオンキューブを従えた彼女は、己の空域に足を踏み込んで来た者を容赦なく狙い撃つ。
縦横無尽の軌道を描く弾丸が、四方より樫尾に迫る。
「────ハウンド!」
「────ッ!」
だが、蔵内とてそれを黙って見ているワケもない。
地上からハウンドを撃ち放ち、己のチームメイトを襲う少女を蹴散らさんと進む。
「ハァ……ッ!」
更に、樫尾もグラスホッパーを踏み込み、シールドで被弾を抑えながら那須へ突貫。
弧月を構え、彼女を斬り裂かんと迫る。
跳躍の中途にあった那須に、それを避ける術はない。
白刃が、那須に振り下ろされた。
「ナースの弱点は、攻撃手に寄られた場合の防御の脆さだ」
『王子隊』作戦室で、笑みを浮かべた王子が呟く。
彼の眼は油断なくモニターを見据えており、自身のチームメイトの奮闘を視界に収めている。
その様はまるで、チェスを指す指し手のようであった。
「中距離での彼女は無類の強さを発揮するが、一旦寄られてしまうとそれを押し返す手段に乏しい。彼女の得意とする『バイパー』はその自由度が武器だが、反面威力はそこまで高くない。ある程度の被弾を覚悟すれば、懐に潜り込む事は可能だ」
王子は薄く笑みを浮かべ、告げる。
「事実、前期の『那須隊』が『鈴鳴第一』に負けた時は大抵鋼くんを押し返せずにナースを落とされて負けている。彼女は銃手や射手相手の制圧力はずば抜けて高いが、反面突破力の高い攻撃手相手は苦手なんだ」
確かに王子の言う通り、前期の『那須隊』は『鈴鳴第一』に碌に勝てていない。
その試合の殆どが、寄って来た村上を押し返せずにそのまま敗北している。
一度攻撃手に寄られれば、那須は脆い。
それが、前期の『那須隊』が伸び悩んだ原因でもあった。
確かに那須の操るリアルタイム弾道制御を行う『バイパー』の制圧力は脅威だが、その本質はあくまで
変幻自在の軌道で相手を崩し、その隙に的確な一撃を叩き込むのが那須の必勝パターン。
逆に言えば、『バイパー』で崩せない相手に対しては、那須は対抗手段がない。
王子が研究したのは、何も今期のランク戦の『那須隊』だけではない。
前期の『那須隊』の戦術もまた、王子は履修済みだ。
情報は、少しでも多い方が良い。
そんな王子自身の考えを、忠実に実行した結果だった。
策は打った。賽は投げられた。
王子は勝利を確信し、告げる。
「さあおいで、シンドバット。今度もまた、その身を盾に彼女を守るんだ。僕らはそこを容赦なく、突かせて貰うけどね」
「────そうは、いきませんよ」
同刻、『那須隊』作戦室。
そこに座す小夜子は、画面を見据え告げる。
「
「────甘いわ」
「な……っ!?」
「え……っ!?」
────その光景に、その場の誰もが瞠目した。
樫尾に肉薄された那須は、
ジャンプ台トリガーを踏み込み、天高く跳躍した。
樫尾もまたグラスホッパーを起動して追おうとするが、バイパーの牽制がそれを妨げる。
那須はそのまま、先のメテオラ爆撃で空いた穴に飛び込み、屋上へと離脱した。
「那須隊長がグラスホッパーを使用して屋上に退避……っ! ただでさえ機動力がごっつ高い那須さんに、新たな
「成る程、そう来るか」
実況席でノリノリで話す真織に対し、太刀川は感心したように頷き呟いた。
「元々、那須の機動戦のセンスはずば抜けて高かった。トリガーの補助なしであそこまでの動きが出来る奴は、中々いないだろうな」
だが、と太刀川は続ける。
「ただでさえ機動力が高かった那須に、グラスホッパーという武器が加わった。この事実は、思った以上にデカイぞ。今までの那須の弱点だった、
確かに太刀川の言う通り、空中では身動きの取りようが無い為、跳躍中を狙われれば回避出来ない。
だが、グラスホッパーを装備しているとなると話は変わって来る。
空中だろうが即座に足場を形成し、加速を得られるグラスホッパーは、空中戦を行う者にとっては何よりの武器となるのだ。
「グラスホッパーを使いこなすにはコツがいるが、元々機動戦に長けていた那須だ。適性自体は、高かっただろう。前回使ってなかった所を見ると、これまで練習を重ねて今回で形にしたって所か」
それにしては練度が高いがな、と太刀川は呟く。
彼の言葉通り、グラスホッパーは使用にセンスが必要なトリガーだ。
グラスホッパーを的確な場所に配置し、それを踏み込む事によって得られる加速に身体を振り回される事なく、空中機動を行わなければならない。
バランス感覚に優れていなければ、途中で体勢を崩してしまう事も考えられる。
事実、茜などはグラスホッパーを試した所、師匠の奈良坂をしても匙を投げる結果となってしまった。
だが、那須にはこれまでに培った機動戦のノウハウがある。
それを応用する事で、短期間でのグラスホッパー習得に繋げたのだろう。
熊谷にせよ、那須にせよ、戦力向上に余念がない。
つくづく、勤勉な部隊と言えた。
「さて、これで那須を捉える事はより難しくなったな。『王子隊』がどう動くか、見せて貰うとしよう」
『カシオ、クラウチ、屋上には出るな。恐らくそこには、ヒューラーが待ち構えている筈だ』
通信越しに、王子の指示が届く。
屋上へ出ようとしていた樫尾は、それで足を止めた。
『あそこまで迷いなく屋上へ出た以上、そこには明確な意図がある。こちらが追いかける事が想定済みなら、わざわざ相手の土俵に乗ってやる必要はない』
「しかし、それでは那須隊長を仕留められないのではっ!?」
『それについても問題ない。先程と同じく、ベアトリスを狙ってナースを釣り出せば良い』
王子の言葉に、樫尾は瓦礫の上で油断なくこちらを見据える熊谷に視線を向ける。
蔵内は那須が消えた屋上の穴に目を光らせながらも、手元にトリオンキューブを精製した。
『ベアトリスを狙えば、必ずナースは横槍を入れる。それを利用しない手はない。確実に、追い詰めて行こう』
「成る程、そう来ますか」
モニターを見ながら、小夜子は呟く。
そして、薄笑いを浮かべた。
「なら、
「「『ハウンド』!」」
樫尾と蔵内が、同時に『ハウンド』を射出。
眼下の熊谷目掛け、二人分のハウンドが襲い掛かる。
「く……っ!」
流石に、二人分の弾幕となると熊谷も守りを固める他ない。
シールドを固定モードで使用して、ハウンドの包囲攻撃を凌ぐ。
そこへすかさず、蔵内が追加のハウンドを射出。
熊谷を、その場に釘付けにした。
「行きます……っ!」
樫尾はその隙を逃さず、旋空を起動。
『旋空弧月』を用いて、熊谷の防御を崩しにかかる。
七海は未だ、『香取隊』と交戦の中途。
この場で介入出来るのは、那須を置いて他にはいない。
二人は那須が飛び込んで来るのを今か今かと待ち受け、油断なく動く。
そして、矢張り那須は動いた。
「な……っ!?」
────ただし、天井の穴から放たれた無数のバイパー、という形で。
『バイパー』は正確無比な弾道を描き、的確に樫尾と蔵内を包囲する。
威力ではなく、数を重視した
それが、鮮やかな軌道で自らのチームメイトを追い立てる相手に牙を剥く。
「「『シールド』!」」
樫尾は囮のつもりで発動した『旋空』を解除し、蔵内の所まで後退し二人がかりで固定シールドを展開。
夥しい数のバイパーを、なんとか防ぎ切った。
「くっ、まさか仲間の観測結果とオペレーターの解析を頼りに此処まで正確な弾道を描くとはな……っ!」
蔵内は、思わず毒づく。
那須が今回やったのは、チームメイトの熊谷の直接の観測結果と、小夜子が解析した建物の構造の情報を組み合わせる事による、遠隔弾道計測。
解析して得られた情報をフィードバックした、予測弾道制御。
那須は、目で見るのではなくオペレーターの纏めた情報を頼りに、今回の射撃を敢行したのだ。
それがどれ程の高等技術かは、言うまでもない。
本人が飛び込まずとも、ただ遠隔でバイパーを送り込むだけで良い。
熊谷を助ける為に那須を飛び込ませる、という『王子隊』の作戦の前提は、崩れ去った。
「皆、那須先輩を舐め過ぎです。あの人は、これくらいの事は普通に出来る人なんですから」
作戦室で一人、小夜子は呟く。
その言葉には自分の隊長への信頼と、仄かな憧憬があった。
「あの人は、七海先輩が加入するまで一人で隊を率いて来ました。色々と重いし歪んでたのも事実ですけど、それでも隊を率いる重責をこなして来たのは確かなんです」
小夜子は過去に想いを馳せ、呟く。
七海が隊にいない時の那須は、常に何処かで無理をしていた気配があった。
己が全てと言っても過言ではない七海が傍にいない事は、当時の那須にとって相当なストレスだった筈だ。
しかし那須は泣き言一つ言わず、隊長としての職務を遂げ続けた。
七海が加入出来ない原因であった、
那須は、決して他人に責任を求めない。
男性不信の小夜子が七海を最初受け入れられなかった事もまた、自分の力不足と捉えていた。
そして、そんな隊長だからこそ、小夜子は付いて行くと決めたのだ。
「七海先輩ばっかり目立ってますけど、那須先輩だってうちの看板である事に変わりはないんです。あの人に隊長を任されるに足る力があるから、うちの名前は『那須隊』なんです。それは、今後も変わりはありません」
小夜子の言葉には、深い信頼が滲んでいた。
那須の歪さに気付きながらも、誰よりも那須に信を置いていたのは他ならぬ彼女なのだ。
彼女となら、やっていける。
そう、確信めいた何かを以て、小夜子は那須に付いて行く事に決めた。
たとえ彼女が、心に闇を抱えていたとしても。
たとえ彼女が、自分の恋敵であったとしても。
小夜子の気持ちに、揺らぎはなかった。
「足りない所は、私や皆がカバーします。だから、存分にやって下さい、那須先輩」
『まだだよ。まだ、策はある』
王子は通信越しに、告げる。
まだ、取れる策はあるのだと。
まだ、自分達は、負けていないのだと。
樫尾と蔵内は傾聴し、頷く。
自分の隊長の、渾身の
「此処まで見事な指し手は中々いない。シンドバットか、それともオペレーターの
けど、と王子は告げる。
その眼には、爛々と燃え盛る闘志が宿っていた。
「最後に勝つのは、僕達だ。あらゆる手段を以て、勝ちに行かせて貰うよ」
『那須隊』と『王子隊』の戦いは、佳境を迎えていた。
嵌めるか、嵌められるか。
その行方は、二人の指し手に委ねられた。