なによこれ、と香取葉子は舌打ちした。
現在、『香取隊』はその全員が七海一人を相手取っている。
いや、
「────メテオラ」
「く……っ!」
「うわ……っ!」
「……っ!」
七海はスコーピオンで切り込みながら、メテオラを使用。
無数の爆発が、香取達を取り囲むように発生する。
トリオンの爆発によって、視界も移動経路も封鎖される。
爆撃の最中は、身動きは碌に取れない。
動いた結果、爆発に巻き込まれてしまう危険性があるからだ。
「────」
「チッ……!」
だが、その常識は七海には通用しない。
爆発の隙間、下手をすれば自分も呑まれてしまいそうな至近距離から、鮮やかな身のこなしで七海が飛び出してくる。
その手には当然、鈍く光るスコーピオンが握られている。
側面からの奇襲に気付いた香取は、自身のスコーピオンで迎撃。
振るわれた七海の刃を、自らのスコーピオンで受け止める。
「この……っ!」
そしてすかさず、左手のハンドガンを発射。
アステロイドの弾丸が、七海に向けて放たれる。
「────メテオラ」
「……っ!」
だが、七海は瞬時に地を蹴り跳躍し、それと同時にメテオラを使用。
再び視界と移動経路を塞がれ、七海の姿は何処かに消えた。
(全く、何度目よこれ……っ! これだけやって掠りもしないし動きは変態的だし、なんなのよこいつ……っ!?)
香取は現状に苛立ちながら、七海の消えた方角を見据えて舌打ちする。
先程から、今のような攻防の繰り返しだ。
七海は決して無理をせず、メテオラで香取達の動きを封じながらひたすらに時間を稼いでいる。
機動力に優れた香取もメテオラの爆発が連鎖する中動き回る事は出来ず、戦況は完全な膠着状態に陥っていた。
そう、七海の思惑通りに。
七海が自分だけで香取達を落とす気がない事は、これまでの攻防を見れば容易に想像がつく。
恐らく、七海は自分達を此処に釘付けにしている間に仲間に『王子隊』を獲らせ、その後で仲間と合流しつつ悠々と『香取隊』を仕留めるつもりなのだろう。
気に食わない。
此処まで来れば、香取とて理解出来る。
今期のランク戦直前に行った、七海との個人戦。
あの時、七海は明確に手を抜いていた。
自分の実力を、本当の戦闘スタイルを隠す為に。
香取はまんまとその思惑に乗ってしまい、結果としてこの現状がある。
気に食わない。
苛々する。
あいつが、あんな奴だけが。
まるで物語の主役のように、輝いている事が。
…………七海が過去の大規模侵攻の被害者の一人である事は、香取も聞き及んでいる。
だが、そんな経験を持つ者はこの街に生きる者であれば腐る程いる。
香取の幼馴染である染井は、過去の大規模侵攻で両親を失っている。
他ならぬ香取を、助ける為に。
香取はあの大規模侵攻の時、崩れた家の中に閉じ込められていた。
しかし、染井が素手で瓦礫を掻き分け、香取を救出してくれたのだ。
「葉子の家の屋根の方が、軽そうに見えたから」と、そう口にしていたが、どちらにせよ香取が染井の手で助けられた事に変わりはない。
だから香取は、染井が『ボーダー』に入ると聞いた時、共に入隊する事を即決した。
昔から要領は良い方だったし、身体を動かすのも好きだ。
何より、染井と一緒ならなんでもやれる。
そう信じて『ボーダー』に入隊し、染井と共にチームを組んだ。
香取が連れて来た若村と、染井が連れて来た三浦と共に。
本当は染井と二人だけでも良かったのであるが、染井が「戦闘員が一人だと厳しい事が多い」と言うものだから渋々二人の入隊を認めた形だ。
染井と組んで、上へ駆け上がって行く。
隊を組んだばかりの頃は、そんなビジョンを見ていた。
…………しかし、現実は厳しかった。
確かに、B級の中位までならなんとかなった。
香取が暴れるだけで点が取れたし、厄介と思える相手もあまりいなかった。
しかし、B級上位からは違った。
単純に、自分では勝てない相手がいた。
策を張られ、絡め取られた事もあった。
正面から戦って、完膚なきまでに叩き潰された事もある。
認めざる、を得なかった。
天才は、自分一人だけではない。
むしろ自分は、上に立つ連中からすれば、そこまで強くはないのだと。
悔しかった。
でも、どうしようもなかった。
だって、自分に足りない所があると分かっても、
香取は昔から要領が良く、なんであれすぐさま覚える事が出来た。
だから勉強も努力せずとも良い点が取れたし、運動も万能だった。
事実、『
しかし、それもそれぞれのトリガーだけでは限界を感じてポジション転向を繰り返した結果でしかないのもまた事実だった。
自分が迷走しているのは、なんとなく分かっている。
けれど、どうすればいいか分からない。
どうすれば上の連中に勝てるようになるのか、本気で分からなかったのだ。
…………『那須隊』が上位へ上がって来たのは、そんな時だった。
『那須隊』は前期までは、中位の下の順位ギリギリで燻っているような、ハッキリ言ってうだつのあがらないチームだった。
隊長の那須の実力は本物だが、それを活かしきれていない残念なチーム。
そんな評価も、何処からか聞こえて来た。
香取も那須の(認めたくはないが)自分以上のルックスと、その身のこなしは評価し意識していた。
自分の隊の隊服も、『那須隊』の隊服をある程度モデルにしてデザインした程だ。
だが、それだけ。
自分の隊と同じで、隊長だけが強くても他が駄目ならどうしようもない。
そんな風に、ある種同情的な親近感すら持っていた。
…………だが、その『那須隊』が僅か2ROUNDで上位まで上がって来た。
原因は、ハッキリしている。
七海玲一。
あの少年が、『那須隊』に入ったからだ。
聞けば、彼は那須の幼馴染だという。
男女の関係だという噂も、香取は耳にしていた。
なによそれ、と香取は思った。
香取にとって那須は、高嶺の花のように考えている存在だった。
浮世離れした美貌を持つ、孤高の天才。
そんな風に、思っていた。
けれど、自分の男を連れて来た、という話を聞いて、自分がある種の尊敬の眼を向けていた少女が世俗に塗れた感じがして、有り体に言って気分が悪かった。
だから今期のランク戦が始まる前に七海から個人戦の誘いを受けた時、一も二もなく頷いた。
ギタギタにしてやる。
化けの皮を剥がしてやる。
そんな想いで、個人戦に臨んだ。
結果としては七海は立ち回りは悪くなかったが、香取の敵ではなかった。
少なくともその時は、そう感じていたのだ。
それこそが、七海の狙いであったと気付かずに。
七海に言わせれば最善を尽くした結果の策の一つに過ぎなかったのだろうが、自分を嵌める為だけに容易にポイントを投げ捨てた彼の行動を、香取は心底理解出来なかった。
七海という人間が、全然理解出来なかった。
自分も勝ちたい、という欲はある。
しかし、その為にポイントを自分から投げ捨てるか? と問われれば、首を横を振らざるを得ない。
意味わかんない。
けど、ムカつく。
そんな想いが、沸々と心の奥底から沸き上がって来た。
だって、自分のチームの勝利の為に滅私奉公する七海の姿は、まるでお姫様を守る騎士のようで────認めたくはないが、恰好悪くはなかったのだ。
どうすれば、彼のようにチームを勝利を導けるのか分からない。
あっという間にチームを上位まで引き上げた、その手腕が妬ましい。
彼が入っただけで、『那須隊』はチームの歯車が噛み合い、その全体の力が向上していた。
その在り方は、香取の理想のようなものだった。
自分と染井、那須と七海。
どちらも幼馴染の間柄であるのは変わりないのに、なんで向こうは出来て自分達には出来ないのか。
そんな想いが、香取にはあった。
だから、『那須隊』が上位に来たばかりのROUND3で惨敗したと聞いた時は「ざまあみろ」と鼻で笑ったものだった。
所詮、まぐれだったのだ。
精々運が良かった程度で、実力そのものは上位でやっていける程ではない。
そう判断して、ついでに七海の鼻っ柱をもう一度折ろうと意気揚々とこの試合に臨んだ。
そして、
実力を隠していた七海の策にまんまと嵌まり、抜け出す方法すら分からずにいる。
チームメイトも七海の動きに翻弄されるばかりで、いつも通り役に立たない。
一度は共闘の姿勢を見せた『王子隊』も、隊長の王子が落ちてからは熊谷と那須の相手にかかりきり。
完全に、『那須隊』にペースを持って行かれていた。
独壇場、と言っても過言ではないかもしれない。
悔しい。
許せない。
理解出来ない。
なんで、あいつらばっかり。
あいつらばっかり、あんなに強くなれているのか。
何がなんだか、分からなかった。
フラストレーションが、時を経るごとに溜まって行く。
変わらない戦況が、足踏みを続けるだけの自分達の立ち位置を暗喩している気がして苛立たしい。
「ん……?」
そんな時、天井の穴から無数の光弾────『
『王子隊』の面々は縦横無尽に弾道を描くバイパーの対処に手一杯な様子で、落ちるのも時間の問題だと思えた。
ふと、天井の穴を────その先に那須がいる穴を、見据えた。
そして、自分達に切り込む七海を見る。
「これだわ」
香取は明確な作戦目標を思い付き、唇を歪めた。
『多分そろそろカトリーヌが焦れて、ナースを狙う筈だ。カシオとクラウチは、それを援護してナースを獲らせるんだ』
通信越しに、王子の指示が届く。
それを受け、二人は小さく首肯した。
「だが、本当にそうなるのか? 七海が香取を逃がすとは思えないが……」
『だから、その隙をこちらで作ってあげるのさ。合図をするから、そうしたらグラスホッパーを用いて二人でシンドバットの所へ向かってくれ。少しでも隙を作れれば、カトリーヌはそれを突ける。その程度のポテンシャルは、持っているからね』
王子はそう告げ、にやりと笑みを浮かべる。
彼もまた、香取の戦闘能力自体は評価している。
1対1で戦えば分が悪いだろう、とも思っている。
だが、『香取隊』としての評価は、散々たるものだった。
大した作戦もなく、ただ香取が暴れて点を獲るだけのチーム。
そんな相手、王子にしてみればカモでしかない。
付け入る隙がバーゲンセールのように湧いて出る相手を、どう脅威に思えばいいのか。
王子には、分からなかった。
香取自身の思考も、そう複雑なものではない。
思考や行動を推測・誘導する事も、王子にしてみれば容易だった。
今の香取は、自分や七海の思惑に絡み取られた、哀れな
人形は、自分の意志を持てなければただ使われ捨てられるだけ。
ならば精々、利用させて貰おう。
自分達の、勝利の為に。
王子は一人ほくそ笑み、更なる指示を仲間に告げる。
『カトリーヌがナースを獲ったら、その隙にベアトリスを獲るんだ。シンドバットは、必ずナースを庇いに行く筈。ギリギリまでシンドバットの邪魔が出来れば、彼が戻って来るまでにベアトリスを孤立させる事が出来る。そこを狙うんだ』
それと、と王子は続ける。
『ベアトリスが獲れたら、今度はジャクソンとミューラーの番だ。カトリーヌが落ちた時点で彼等は脅威ではないから、落とすのは容易な筈だ』
そして、と王子は告げる。
『此処まで成功すれば三点、そう悪くはない結果の筈だ。その後はシンドバットから逃げ回りながらヒューラーを探して仕留められれば理想だが、恐らく厳しいだろうね』
王子は無理はしなくて良い、と二人に告げる。
確かにそこまで出来れば理想ではあるが、茜の隠密能力は割と高い。
七海から逃げながらで見つけられる程、甘い相手ではない筈だ。
『だから、ジャクソンとミューラーを仕留めたら、シンドバットがカトリーヌの相手をしている隙に逃げ切って『緊急脱出』するんだ。『那須隊』には生存点が入ってしまうけれど、それでも三点だからね』
カトリーヌはシンドバットが獲るだろうから四点かな、と王子は告げる。
王子はこと此処に至り、作戦目標を自分の隊の勝利から、『那須隊』との点差を可能な限り広げない事、に変更していた。
今回で、十二分に思い知った。
『那須隊』は、甘く見て良い相手ではない。
充分、上位に相応しい実力を持った隊であると。
だから、無理はしない。
無理をせず、獲れる点を取って逃げ切る。
それが、今の王子の作戦目標。
二人に伝えた、作戦方針だった。
『さあ、上手くカトリーヌを動かして、獲れる点を取って行こう。分は悪いが、それでも出来る事を諦める理由にはならない。僕らの戦い方ってやつを、一つ見せてあげるとしよう』
王子はそう告げ、にやりと笑った。
策士は盤面を見ながら、ほくそ笑む。
完全勝利こそ諦めても、獲れる点は確実に取る。
そんな貪欲な姿勢が、その表情からは見て取れた。
戦況が、動く。