「『香取隊』が七海隊員一人によって抑え込まれる中、『那須隊』と『王子隊』が一進一退の攻防を繰り返す……っ! いやー、バチバチやっとるなあ」
「そうだな。王子相手に読みあいで此処まで肉薄するなんて、大したモンだよ」
太刀川はそう告げ、ふっと笑みを浮かべる。
その顔は、何処か誇らしげにも見えた。
「そうやなー、『王子隊』の二人は熊谷ちゃんを狙うと見せかけて、那須さん狙ったやろー? 多分あれ、那須さんを狙って七海に庇いに来させたかったんと違うか?」
「だろうな。前回の試合を研究したなら、王子ならその手を取らない筈がない。もっとも、王子としちゃ誰が相手だろうと点が獲れればそれで良かっただろうけどな」
忘れがちだが、と太刀川は補足する。
「誰を獲っても一点、これは変わらない。隊のサポーターを落としても、エースを落としても、取れる点数は同じ。なら、より
意地や個人の事情を抜きにすればな、と太刀川は告げる。
そう、太刀川の言う通り、ランク戦では
ならば、より
しかし、これは言うは易し行うは難しだ。
自分の隊の誰が獲られ難く、獲られ易いかについては、大抵の部隊は自覚している。
単純に、そのポジションの問題だ。
攻撃手はポイントを獲られ易い役柄だが、同時に最大のポイントゲッターでもある。
弾速や射程にトリオンを割り振る必要のある射撃トリガーと違い、ブレードトリガーはそのトリオンの殆どを攻撃力に注ぎ込める。
当然、シールドの破断力は射撃トリガーと比べても段違いに高いし、文字通り隊の攻撃の要を担うのが攻撃手というポジションだ。
射手と銃手は、基本的には隊のサポーターだ。
中距離から攻撃手を援護し、攻撃手に
その性質上距離を保てれば落とされ難いが、距離を詰められると途端に脆くなる場合が多い。
また、トリオンに優れた者に適したポジションであり、トリオン能力に優れた隊員は大体このポジションを選ぶ。
良くも悪くも、個人の資質が重要となるポジションであり、落とされ難さは個人個人で全く違う。
北添のような
尚、二宮はトリオン能力が高過ぎて移動要塞に等しい為、射手のセオリーには当てはまらない。
良くも悪くも、規格外の男なのだ、彼は。
ちなみに『万能手』は攻撃手と銃手の中間の役柄なので、更に個人の能力が影響し易い為、評価が難しいポジションである。
『万能手』の数自体が少ない事もあり、明確な評価がやり難いのだ。
そして、狙撃手は他のポジションとは全く違った立ち回りをこなす役職だ。
その性質上、狙撃手は隊のメンバーから離れて単独行動を取り、適宜隊の援護を行う事が仕事だ。
当然隠密能力が高い者が多く、見つからない限りは落とされる事はないが、逆に言えば見つかれば基本的に終わりなのが狙撃手というポジションである。
荒船という例外を除き、狙撃手は寄られた時点でまともに抵抗する手段は無い。
狙撃中は一発撃つごとに
専ら、寄られそうになった時の牽制がライトニングの主な役割である。
尚、そのライトニングを用いて得点を挙げ続けている茜は例外だ。
彼女の立ち回りは他の狙撃手と比べても少々違った方向に尖っており、オンリーワンの速射銃使いと言える。
これらを踏まえた上で、最も
「一見、落とし易いのは『王子隊』の近くにいる熊谷のように思える。だが、熊谷は受け太刀の名手だ。樫尾の『弧月』で落とすのは難しいし、そもそも那須が弾幕を張っている限り熊谷に集中する事は不可能だ」
つまり、と太刀川は告げる。
「『王子隊』が狙っているのは、間違いなく那須だろうな。熊谷は那須の援護があるから無理、七海は狙おうとしてもどうにもならない。と来れば、那須を狙う他ないだろ」
消去法だな、と太刀川は語る。
確かに、彼の言う通り狙うなら那須だろう。
熊谷が那須の横槍の所為で狙い難い以上、那須を直接狙う他ない。
王子が考察した通り、那須は攻撃手に寄られれば脆い。
彼女の本領はあくまで中距離戦であり、一旦寄られてしまえばそれを押し返す力には乏しい。
もっとも、今の彼女にはグラスホッパーがあるので、そう簡単にはいかないだろうが。
ちなみに、七海はその回避能力の高さから、日浦は未だに痕跡が掴めない事から除外されている。
それら二人と比べれば、まだ那須の方が狙い易い、という事だ。
「けど、そう簡単に行くかいな。那須さんの弾幕に加えて、那須さんを狙うとなれば七海だって黙ってへんで?」
「だから、香取を使うのさ。膠着状態で焦れて、動き出すチャンスを待ち望んでるあいつをな」
太刀川はそう言うと画面を見て、告げる。
「動くぞ。香取はいい加減焦れてる筈だし、頃合いの筈だ」
「「────ハウンド」」
蔵内と樫尾、二人の放った『
七海は即座にグラスホッパーを起動し、回避機動を取る。
香取は、それをチャンスと見てグラスホッパーを起動。
ジャンプ台トリガーを踏み込み、一気に跳躍する。
「────」
だが、それを黙って見ている七海ではない。
『
「「シールド!」」
此処で、『香取隊』の二人も動く。
二人がかりで、メテオラの軌道を塞ぐようにシールドを展開。
七海のメテオラは、シールドに着弾し爆発。
香取には、届かず。
そして香取は、天井の穴を抜け、屋上へと躍り出た。
「さあ、カトリーヌ。ナースは任せたよ」
『王子隊』の作戦室で、王子はほくそ笑む。
此処までは、自分の思い通りに事が進んでいる。
香取は自分が乗せられているとも知らず、迷う事なく屋上へ向かった。
此処で香取が那須を仕留められれば上出来だが、少なくとも足止めが出来れば良い。
その間に自分達は熊谷を、そして用済みとなった若村と三浦を仕留める。
七海は自分達への追撃よりも、那須を助けに行く事を優先する筈だ。
故に自分達は目的を果たした後、七海が戻るまでに逃げ切って『緊急脱出』すれば良い。
この作戦が上手く行けば、『那須隊』に渡す得点は生存点を含めた3点に留まる。
ランク戦は、最後まで生き残ったチームに生存点の2点が入る。
故に、生き残る事も重要な戦術の一つだ。
だが、絶対ではない。
たとえ最後まで生き残らずとも、それまでに得点を重ねれば、逃げ切る事は可能だ。
事実、『王子隊』は生存点こそあまり取った事はないが、貪欲に相手チームの隊員を仕留める事で得点を重ねて来た。
その結果として、安定して上位にいる今の地位を確立出来ているのだ。
『王子隊』は、『二宮隊』のような圧倒的な力や、『影浦隊』のような極端なまでに攻撃に特化した能力はない。
そして『生駒隊』の生駒や、『弓場隊』の弓場のような単騎で他を圧倒出来るエースもいない。
戦術の奥深さでも、『東隊』の東には負けているだろう。
だが、頭を使った戦いをすれば、幾らでもそれらの隊に肉薄出来ると王子は信じていた。
これまでも、そうやってB級上位でやって来た。
特別な、突出した力などなくても、工夫次第でどうとでもなる。
そう信じて、これまでやって来たのだ。
だから、負けない。
上位に上がって来たばかりの『那須隊』にも、隊長が暴れるだけの考えなしの『香取隊』にも。
勝てずとも、作戦目標が達成出来れば負けではない。
そう考え、実行に移した。
「さあ、
「────矢張り、そう来ましたね」
画面を見ながら、小夜子は呟く。
そして、笑みを浮かべた。
「計算通りですよ。王子先輩」
「……え……?」
香取は、爆撃によって空いた穴から屋上へ出た。
そこで待ち構える、那須を仕留める為に。
だが。
だが。
屋上に出ても、那須らしき人影は見当たらない。
つい先程まで、此処からバイパーは放たれていたというのに。
「一体、何処、に……っ!?」
そして、気付く。
自分が出てきた、穴の四方。
そこに、四つのトリオンキューブが設置されていた。
そして、その四つのトリオンキューブ目掛けて、疾走する光の弾がある。
「……っ!」
その正体に勘付いた香取は、即座にグラスホッパーを起動。
ジャンプ台トリガーを踏み込み、屋上から飛び降りる。
その、刹那。
光弾が、バイパーが四つのトリオンキューブ────『
四つのメテオラが一斉に起爆し、屋上を爆発が席巻した。
「な、なんですか今の爆発は……っ!?」
「…………那須が、『トマホーク』でも使ったのか……?」
その爆発の衝撃は、モールの中へまで響いていた。
予想外の展開に、樫尾と蔵内は怪訝な顔をする。
那須が香取を迎撃するとして、香取がやって来る事を見越して『トマホーク』を生成していたとしても不思議ではない。
だが、直前まで自分達に向かってバイパーを放っていた那須に、そんな余裕があっただろうか?
となればメテオラ単体で使ったものとも考えられるが、那須には七海のような
至近距離でメテオラを使うような事は、彼女には出来ない筈だが。
『……っ! カシオ、クラウチ、
不意に、通信越しに王子の焦った声が聞こえた。
その意味を理解しようとした、刹那。
「え……? が……っ!?」
「樫尾……っ!?」
────樫尾の背中に、瓦礫の中から跳ね上がるようにして飛来した、無数の光弾────────バイパーが直撃。
致命の一撃を、受ける。
「あれは……っ!」
そして、蔵内は見た。
積み重なった瓦礫の、その向こう。
そこに、
何故、屋上にいた筈の彼女が此処にいるのか。
それを考えるよりも早く、蔵内はハウンドを放つ。
当てられずとも良い。
バッグワームを解除するにも、一瞬の
その隙に彼女をあの場に固め、攻撃を続ければ良い。
そう考えて、蔵内は
『香取隊』の二人は、依然として七海の相手をしている。
だから、自分が攻撃されるとすれば那須が相手だ。
ならば、その那須さえ抑え込んでしまえば、安全だ。
致命傷を受けた樫尾の戦闘隊は罅割れ、脱落までもう数秒もない。
その樫尾の犠牲を無駄にはしないと、蔵内は攻撃を放つ。
放って、しまった。
「が……っ!?」
────そして、その隙は狙い撃たれる。
那須のバイパー、ではない。
背後より飛来した、一発の弾丸によって。
正確な狙撃が、蔵内の頭部を貫いた。
「……っ!」
振り向き、気付く。
そこには、先程までのバイパーの攻撃で空いたと思われる小さな────辛うじて、腕が通るくらいの穴があった。
そこから見える、ビルの屋上。
そこには、
彼女は文字通り、針に糸を通すような正確さを以て、あの穴から蔵内を狙い撃ったのだ。
その技量への称賛、してやられた事に対する後悔。
蔵内は、それら諸々がないまぜとなった溜息を吐いた。
完敗だ。
そうとしか言いようのない、結末であった。
『『戦闘隊活動限界。『緊急脱出』』』
奇しくも、同時。
樫尾と蔵内の戦闘体は罅割れ、崩壊。
二つの光の柱となって、戦場から離脱した。