痛みを識るもの   作:デスイーター

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香取隊③

「樫尾、蔵内が続けて緊急脱出……っ! 『那須隊』と読み合いで競っとった『王子隊』、此処で全員脱落や……っ!」

「結局、より香取を上手く使()()()のは『那須隊』の方だったな」

 

 『王子隊』の全滅の報に会場がざわめく中、太刀川はそう言ってにやりと笑う。

 

 その表情には矢張り、何処か誇らしさが混じっていた。

 

「なんとなくは分かりはるけど、解説頼んでもええかいな?」

「ああ、いいぞ。まず、『王子隊』は『香取隊』を援護して、那須を獲らせに行った。此処まではいいな」

 

 太刀川の問いに、真織はこくりと頷く。

 

「そーやな、ハウンドで七海の気を引いて、その隙に香取ちゃんを離脱させる。上手い具合にやったなあ思っとったが、あれも『那須隊』の想定通りだったっちゅー事か?」

「その通り。七海は最初から、香取に那須を追わせるつもりだったのさ」

 

 まず、と太刀川は前置きして話し始める。

 

「あの時、『王子隊』も『香取隊』も、屋上の穴から襲ってくるバイパーを見て、那須は屋上にいると思った筈だ。だが、那須が屋上にいたのはあくまで()()()()だった」

「確かに、いつの間にかモールの中に戻って来ておったな。あれはどういうカラクリなん?」

「単純に、壁の穴から入って来たのさ。七海のメテオラの爆撃で空いた、穴からな」

 

 その言葉に、真織はハッとなってモールの映像を見る。

 

 主戦場となっているモールの外壁は度重なる七海のメテオラによってボロボロになっており、所々に穴が空いている。

 

 人一人通るには充分な大きさの、穴が。

 

「那須はバイパーを屋上の穴を経由して撃ち出す事であたかも自分が屋上にいるかのように錯覚させながら、密かに壁の穴を経由してモールの中に戻っていたのさ。最大のチャンスを、待つ為にな」

「けど、流石に那須さんでも音を立てずにモールに入るのは無理とちゃうか? 壁に穴が空いてるのは最上階付近だけやし、気付かれずに入るのは厳しいんと違うか?」

「そうでもないさ。物音なんて、メテオラの()()()に比べれば些細なものだろうからな」

 

 つまり、と太刀川は告げる。

 

「七海がああまでもメテオラを乱発していたのは、『香取隊』の動きと視界を封じる為でもあったが、那須がモールに戻って来たのを隠す為でもあったのさ」

「あれだけの爆音が響き、尚且つ天井の穴から絶え間なくバイパーが降り注げば、那須隊長が密かに移動した、なんて事に気付ける人間はまずいないでしょうからね。単純ながら、良い陽動です」

 

 太刀川の説明を迅が補足し、迅もまた笑みを浮かべる。

 

 迅もまた、七海達『那須隊』の活躍に心躍っている様子であった。

 

「恐らく、『那須隊』は『香取隊』がどのMAPを選んでくるか、予め予想していたのでしょう。だから『市街地D』のモールの構造をシミュレートし、あれだけの精度の弾道制御を実現した」

 

 迅の言う通り、那須の技量だけでは屋内から壁の穴を経由して屋上の穴を通ったバイパーを撃ち、正確に相手を狙う、などという芸当は不可能だ。

 

 オペレーターの正確な構造解析と弾道制御補佐があって、初めて可能となる絶技。

 

 那須と、小夜子。その二人のコンビネーションが生んだ、素晴らしい連携攻撃と言えるだろう。

 

「那須隊長の技量も然る事ながら、オペレーターと上手く連携出来なければこうは行かなかったでしょうね。どちらも、成長の程が伺えます。前回の敗戦を糧として、より強くなったと言えるでしょう」

「ああ、風間さんも良く言ってるが、落とされて学ぶ事もランク戦の存在意義だ。一度惨敗したとしても、それで終わりじゃない。要は、その敗戦から()()()()()だ。それが出来ていれば、敗北すらも自分達の力に変えられる」

 

 太刀川の言う通り、ランク戦の本質はあくまで()()()()だ。

 

 一度落とされたからと言ってそれで全てが終わるワケではないし、敗北もまた、改善点を見詰め直す機会と捉える事が出来る。

 

 事実、これまでに七海に弱みを突かれて負けた部隊は、その弱点を見詰め直す形で明確な成長を遂げている。

 

 前回のラウンドで結果的に『香取隊』を圧倒した『柿崎隊』などが、その良い例だ。

 

 これまで『那須隊』に負けた部隊で、腐っているチームは何処にもいない。

 

 敗戦を糧とし、明確に()に繋げている。

 

 それこそが、ランク戦の本来あるべき姿であるのだ。

 

「日浦ちゃんも、壁抜き狙撃ならぬ穴抜き狙撃で蔵内を仕留めおったしなー。つくづく、前期までとは別物やで」

「元々、日浦隊員は精密狙撃の素質はありました。その長所を伸ばす形で日浦隊員は射撃の精密さを突き詰め、獲れる点を確実に取るポイントゲッターへ変貌したワケです。派手さはありませんが、堅実で仕事を確実にこなす。良い狙撃手に成長したと言えるでしょう」

 

 迅の言う通り、壁の穴を通じて蔵内を仕留めた茜の狙撃は、驚嘆すべき精度と言える。

 

 王子も茜がモールの外にいる事までは予想出来ていたが、モールの外に出た相手を狙うのではなく、壁の穴を通す形でモール内にいる相手を狙うとは、考えていなかったのだろう。

 

 七海のメテオラと那須のバイパーが目晦ましとなり、『那須隊』の狙いを悟らせなかった。

 

 完全に、『那須隊』の作戦勝ちと言えるだろう。

 

「香取隊長は現在、那須隊長のメテオラ起爆から逃れて、モールの外の路地にいます。香取隊長の選択が、今後の試合展開を左右すると言っても良いでしょう」

「と言っても、二つに一つだがな。中にいる『香取隊』の二人を助けに戻るか、それとも日浦を獲りに行くか」

「香取ちゃんなら日浦ちゃんを狙いに行きそうな気もするけど、どやろなー。若村も三浦も、『那須隊』三人相手やとあんまし保たないやろ」

 

 そう、この時点で香取が取れる選択は、二つに一つ。

 

 モールに戻って若村と三浦と共に『那須隊』と戦うか、外にいる事を利用して位置の割れた茜を獲りに行くか。

 

 前者は、無難な選択だ。

 

 仲間と合流すれば幾らかやりようはあるし、『那須隊』ともある程度拮抗出来るだろう。

 

 後者は、完全な博打だ。

 

 茜を獲れれば問題ないが、もしも取り逃せば仲間二人を見殺しにした上、『那須隊』に袋叩きにされる結果が待っている。

 

 どちらを選んでも、分が悪い。

 

 『那須隊』は香取に、そういう二択を強いて来たのだ。

 

 あのメテオラ起爆は爆音でモール内の者達の注意を惹き付ける役割の他に、香取を外に叩き出す狙いもあった。

 

 香取に屋上から避難させ、路地に逃げ込ませる事で、彼女に不自由な二択を迫る事こそ『那須隊』の狙い。

 

 香取の判断が、試される時だ。

 

「さあ、どっちを選ぶにしろ時間はないぞ。香取は、どうする?」

 

 

 

 

『葉子、那須さんはモール内にいたみたい。今、『王子隊』の二人は那須さんの射撃と日浦さんの狙撃で退場したわ。残っているのは、私達と『那須隊』だけよ』

「ったく、やってくれたわね……っ!」

 

 自分がまんまと釣りだされ、利用された事に気付いた香取は舌打ちする。

 

 屋上に上がっても那須はおらず、仕掛けられていたメテオラがバイパーで起爆。

 

 何とか屋上から逃れて状況を把握しようとした矢先に、『王子隊』脱落の報。

 

 流石に此処まで材料が揃えば、自分が利用された事は理解出来る。

 

 だが、理解と納得はまた別の話だ。

 

 まるで糸で繰られる操り人形のように自分がまんまと躍ってしまい、敵に利する結果となった事に、香取の苛立ちは最高潮に達していた。

 

 この試合が始まってから、何一つ上手く行っていない。

 

 七海を単騎で撃破しようといつも通り単独先行で突撃すれば、七海に良いようにあしらわれ、隊の全員が釣り出された。

 

 その後は七海一人に『香取隊』全員が抑え込まれ、その間に七海以外の『那須隊』は『王子隊』とやり合い、結果として『王子隊』を全滅させてしまった。

 

 現時点で、『那須隊』は単独三点。

 

 自分の隊は、自分は、まだ一点も挙げられていない。

 

 悔しい。

 

 遣る瀬無い。

 

 自分が何も出来ないのが、何も出来ずにいるのが、口惜しい。

 

 沸騰する頭に、差し込んでくる冷たい何かがある。

 

 どうせ無駄だ。

 

 諦めろ。

 

 自分は、何もできない。

 

 そんな、都合の良い諦観の囁き(自分の弱音)が、脳裏に響く。

 

 いつも、そうだった。

 

 B級上位まで駆け上がった後は、いつもそうだ。

 

 自分は、強い筈だ。

 

 個人戦なら、大抵の相手に負けはしない。

 

 けれど、自分でも勝てない相手が、『ボーダー』にはうじゃうじゃいる。

 

 二宮には、あの弾幕に対し手も足も出ずに敗北した。

 

 影浦には、奇襲を察知されて容易く返り討ちにされた。

 

 生駒には、驚異的な『旋空弧月』の網を潜り切れず、落とされた。

 

 B級でさえ、これなのだ。

 

 以前個人戦で戦った太刀川や風間にはワケが分からないまま敗北し、自分の実力の程を思い知った。

 

 自分は、天才だ。

 

 なんだって要領良くやれるし、戦闘だって難なくこなせる。

 

 でも、()()()()()()()()()()()のだ。

 

 自分以上の才能の持ち主には、才能()()でやって来た自分では敵わない。

 

 上位の者達は、己の才能をたゆまぬ鍛錬で伸ばし、現在に至っても成長を続けている。

 

 だが、香取には、努力のやり方が分からない。

 

 生まれてこの方努力せずともどうにかなって来たから、そもそも努力のやり方を知らないのだ。

 

 どうすれば、強くなれるのか。

 

 自分では、答えが出ない。

 

 見つからない。

 

 どうすればいいのか、見当もつかない。

 

 だから、香取は諦めていた。

 

 これ以上、上を目指す事を。

 

 口では虚勢を張ってみるものの、いざ強者を前にすると諦めが思考を覆ってしまう。

 

 『那須隊』は、自分より下の存在の筈だった。

 

 前期まではうだつの上がらない、中位の中でも落ち目の部隊だった筈だ。

 

 なのに。

 

 なのに。

 

 どうして、七海一人が加入しただけでこれだけ強くなれている?

 

 自分には、そんな事出来なかったのに。

 

 なんで、『那須隊』には、七海には出来た?

 

 それが、心底分からない。

 

 分からない。

 

 七海という人間が、心底分からない。

 

 以前香取と個人戦をやった時の七海は、弱者の仮面を被った偽物だった。

 

 上位に上がり、自分と戦う可能性を見越して、わざわざ自分のポイントを捧げてまで、香取に()()()()()という印象を植え付けた。

 

 その用意周到さが、底知れなさが、怖かった。

 

 此処に来て、ようやく分かった。

 

 自分は、七海が羨ましかったのだ。

 

 自分には出来ない事を軽々こなす七海が理解出来なくて、怖くて、そして妬ましかった。

 

 何故、自分には出来ないのに、お前は出来ているのか。

 

 それが分からないから、苛立つ。

 

 それが理解出来ないから、こんなにも悔しい。

 

 だから、こんなにも七海を意識してしまう。

 

 自分には出来ない事をやり遂げた七海を。

 

 自分には分からない事を理解している七海を。

 

 この時点で、最早香取の思考は諦めで大半が支配されていた。

 

 何をしようが、七海には敵わない。

 

 どうせ、何をしようと負ける。

 

 そんな暗い想いが、香取の中に充満していく。

 

『葉子ちゃん、お願いがあるんだ』

「……え……?」

 

 そんな時だった。

 

 三浦が、通信越しに声をかけて来たのは。

 

 これまでの試合で、三浦が自分から香取に進言した事などない。

 

 いつも苦笑いを浮かべながら、香取のフォローをしていただけ。

 

 そんな三浦が、自分から香取に()()()があると、()()があると言った。

 

 それが気になって、香取は通信に耳を傾けた。

 

「……何……?」

『僕らはこれから、なんとか『那須隊』の三人相手に時間を稼ぐ。だから葉子ちゃんは、日浦さんを抑えて欲しいんだ』

「でも……」

 

 アンタ達じゃ無理でしょ、という言葉は、何故か出て来なかった。

 

 香取の、まだ冷静な部分が告げている。

 

 三浦達では、『那須隊』の相手は無理だと。

 

 先程まで拮抗状態が続いていたのは、自惚れではなく自分がいたからだ。

 

 自分という突破力のある戦闘員がモールからいなくなった今、三浦と若村は『那須隊』にとってはどうとでも料理出来る相手に過ぎない。

 

 だから香取には、三浦の言葉が()()()()()()()()()()()()という風に聞こえた。

 

 惑う香取の選択を、後押しするように。

 

 そこに三浦の気遣いを感じ、香取は思わずため息を吐いた。

 

「……あのさ。気遣いとか要らないんだけど? 第一……」

『…………何、うだうだ言ってんだ。迷う暇があったら、さっさと動けよ』

 

 三浦の気遣いを一蹴しようとした香取の耳に、今度は若村からの通信が届く。

 

 いつも通りの憎まれ口にかちんと来たが、生憎今は怒る程の余裕はなかった。

 

「何よ? 文句でもあるワケ?」

『ああ、大有りだな。お前が一人で暴走すんのは、いつもの事だろうが。けど、今まで俺達が上位に残れていたのは────悔しいが、単独先行したお前がきちんと点を取って来たからだ』

 

 心底腹立たしい、というように、若村は告げる。

 

 若村も、分かっているのだ。

 

 この部隊は、香取あっての部隊。

 

 良くも悪くも香取次第の部隊だが、言い換えれば香取を()()()()()事が出来れば充分上を狙える部隊とも言える。

 

 ならば、この場面ですべき事は何か。

 

 香取をモールに呼び戻し、再び膠着状態を作る事か?

 

 違う。

 

 香取を自由にさせ、()()()()()()()()()事だ。

 

 幸い、この試合で『王子隊』は一点も取れずに敗北した。

 

 故に、たとえ一点だろうと、今の自分達にとっては貴重な得点なのだ。

 

 それに、もしも香取が茜を獲った上でモールに戻り、誰か一人でも『那須隊』を落とせれば、充分元は取れる。

 

 『那須隊』の勝利を阻む事は出来ないまでも、自分達が上位に居残る為の得点は取れる。

 

 たとえ、三浦と若村の二人が『那須隊』に落とされてしまったとしても。

 

 二人共、それは『那須隊』と『王子隊』の戦いを見て気付いた事だ。

 

 三浦は、この試合で連携の大切さを知った。

 

 若村は、この試合で戦術の重要性を理解した。

 

 だから、こうして香取に発破をかける事にしたのだ。

 

 自分達の、『香取隊』の今後に活かす為に。

 

『だから、好きにやれ。いつも通り、やりたいようにやって来い』

『うん。葉子ちゃんは、そうするのが一番強いもんね』

『葉子。私も二人に同意するわ。もう、迷わないで』

 

 若村が、三浦が、染井が、口々に言う。

 

 好きにやれ、と。

 

 好きにやって、良いのだと。

 

 そんな言葉をチームメイトにかけられ、香取は────笑みを、浮かべた。

 

「────はん、上等じゃない。いいわ、やってやろうじゃないの……っ!」

 

 香取は染井が割り出した茜の座すポイントである一つのビルを見上げ、駆け出した。

 

 いつも通りの、単騎特攻。

 

 だが、その心は、これまでにないくらい、晴れやかだった。

 

 試合は、終わりに近付いている。

 

 決着は、近い。

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