痛みを識るもの   作:デスイーター

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緊急隊長会議

「皆、急な呼び出しに集まってくれて礼を言う。このようなやり方で、誠に申し訳なかった」

 

 精悍な顔立ちの男性、『ボーダー』本部長忍田真史(しのだまさふみ)が開口一番、そう告げた。

 

 此処は本部の会議室、そして────今この場には、B級及びA級部隊の隊長が数多く揃っている。

 

 ROUND4終了時に迅の口から告げられた、A級とB級の部隊が共に行う事になる『合同戦闘訓練』。

 

 その説明を────即ち、この訓練を行う()()となった迅の()()について話す為に、忍田が実際に訓練に参加する事になるであろう部隊の隊長に召集をかけたのだ。

 

 今此処にいるのは、中位以上のB級部隊の隊長と、スカウト旅等の事情でいない『草壁隊』等を除くA級部隊の隊長達。

 

 手前のテーブル中央には、『太刀川隊』隊長太刀川慶。

 

 それに並ぶように、『風間隊』隊長、風間蒼也と『冬島隊』隊長、冬島慎次等のA級部隊隊長陣。

 

 奥のテーブルには、『二宮隊』隊長、二宮匡貴。『影浦隊』隊長、影浦雅人。

 

 『生駒隊』隊長、生駒達人や、『弓場隊』隊長、弓場拓磨(ゆばたくま)等のB級部隊長の面々が着席している。

 

 そうそうたる面々が、この会議室に集まっていた。

 

「皆、突然の事で驚いたと思う。日々ランク戦を通じて切磋琢磨している君達に、このような混乱を齎す事は私としても本意ではない。だが、そうも言っていられない事態が起きているのだ」

「そんな事は分かってるって、忍田さん。わざわざ、迅にあんな真似をさせたんだ。此処にいる奴等だって事情は察せられるだろ」

「止むを得ない事情があったにせよ、あまり褒められたものではない手段を使ったのは事実だ。そのあたりは、きちんと筋を通すべきだ」

 

 相変わらずの自分の師に、苦笑しつつも太刀川はそれ以上の茶々を入れる事は控えた。

 

 それよりも、此処で通達されるであろう詳細を聞きに回った方が、ずっと面白そうだ。

 

 太刀川は自分の嗅覚が間違っていない事を感じながら、事の成り行きを見守った。

 

「慶の言う通り、薄々察している者はいるかもしれないが────此処にいる迅から、近々大規模な『近界民(ネイバー)』の侵攻が起こる可能性を提示された」

 

 その言葉に、半ば大多数が予想していたとはいえ、どよめきが漏れる。

 

 それはそうだろう。

 

 多くの悲劇を生んだあの四年前の大規模侵攻から、『近界民(ネイバー)』の動きはあくまで散発的で、部隊単位で対処可能な程度のトリオン兵が送られてくる事が精々だった。

 

 だが、今回、その前提が破られた。

 

 来るのだ。

 

 二度目の、大規模侵攻が。

 

 多くの悲劇を生みかねない、大きな戦いが。

 

 その事を自覚し、嵐山や柿崎(市民の安全を憂慮する者)は表情を引き締め。

 

 香取や三輪(過去に疵を持つ者)は顔を顰めた。

 

 いずれも、傍から見ていれば分からない程の変化。

 

 しかしその全てを認識しながら、忍田は話を続ける。

 

「そこで迅から、第二次大規模侵攻に備える為にA級B級合同での戦闘訓練が提案された。内容に関しては────」

「────そこから先は俺が説明するよ、忍田さん。()()()()、でしょ?」

 

 迅はそう言って、忍田から話を引き継いだ。

 

 忍田は何か言いたげだったが、迅の眼を見て息を呑み、こくりと頷いた。

 

 それだけ、迅の眼は今まで彼が見た事がないものだったのだ。

 

 何処か飄々としたイメージを持つ迅だが、忍田は彼にかかっている一個人が背負うには巨大すぎる重責に内心申し訳なく思うばかりだった。

 

 いつも笑っているように見えて、心の奥では涙さえも枯れ切っている。

 

 それが、迅の本質。

 

 以前林藤から告げられた、迅のどうしようもない部分だった。

 

 だが、今の迅は、違う。

 

 今までの、何処か無理をしている感じが薄くなっている。

 

 彼の眼には、仲間に対する信頼と、良い意味での()()がある。

 

 これくらいなら、皆やってくれる。

 

 そんな信頼が、迅の眼からは垣間見えた。

 

 何があったかは忍田の預かり知る所ではないが、見たところ良い傾向のように思えた。

 

 実は迅から今回の話を持ってこられた時、忍田は内心驚いていたのだ。

 

 迅は、自分の『未来視』で得た情報を軽々と他人に喋りはしない。

 

 彼自身が厳選した情報だけを的確なタイミングで伝え、未来のレールを調整している。

 

 その為には、予想外の動き(イレギュラー)が少ないに越した事はない。

 

 故に、彼は情報を伝えるだけで、そこから先の動きについて明確な指示を出した事はない。

 

 曰く、自分が動き過ぎると未来が予想外の方向に転がり落ちる可能性があるかららしい。

 

 故にあくまで迅は第三者として個人で暗躍し、自身が深入りするような展開を避けていた。

 

 だが今回、迅は未来の情報を伝えるばかりか、その対策の()()()まで提示して来た。

 

 しかも、きちんと理由まで付け加えた上で。

 

 迅は、基本的に理由を説明しない。

 

 「俺のサイドエフェクトがそう言ってる」という文言を以て、理由の言及を避けるのだ。

 

 何故、そうする事で未来が変わるのか。

 

 彼は、説明を敢えて省いていた。

 

 余計な情報を伝える事で、未来が悪い方向に向かってしまう可能性。

 

 それを彼は、いつも憂慮していた。

 

 未来を視る目を持ちながら、未来というものを一番信用していない。

 

 そんな、彼であったが故に。

 

 その前提が、今回は覆った。

 

 迅が此処まで積極的に干渉したという事は、裏を返せば未来を、()()()そこまで信頼したと言い換える事も出来る。

 

 故に、此処は彼に任せよう。

 

 そう考えた忍田は、迅の行動を黙認した。

 

 そんな忍田に軽く頭を下げた迅は、改めて勢揃いした隊長達の顔を見据える。

 

 誰もが異なる個性を持ち、誰もが自分の信念の下、此処へ集っている。

 

 これなら、大丈夫。

 

 迅はそう自分に言い聞かせ、ゆっくりと口を開いた。

 

「じゃあ、此処からは俺が説明しよう。今忍田さんが言った通り、近々大規模な近界の侵攻が起こる未来を視た。ハッキリ言って、規模を考えれば四年前のあれに匹敵────────もしくは、上回るだろう」

 

 改めて告げられたその言葉に、皆は一様に息を呑んだ。

 

 未来を視る男(迅悠一)の言葉は、重い。

 

 確かなリアリティを以て、大きな戦いの足音を皆に感じさせた。

 

「近々、というのはどの程度だ? それによって、遠征のスケジュールも調整する必要が出て来るぞ」

「年内、ってワケじゃないのは確かだ。まだ断定は出来ないが、恐らく年を越した後────1月下旬あたりだと、俺は見てる」

 

 風間の質問に、迅はそう答える。

 

 現在が10月17日である為、迅の告げた大規模侵攻まであと三ヵ月程。

 

 短くはないが、長くもない期間だ。

 

 今日明日といったものでない事に安心した者もいれば、確かに迫る戦いの気配に息を呑んだ者もいる。

 

 どちらにせよ、迅がこう告げた以上大規模侵攻は必ず起こる。

 

 迅が見た未来は、確度が高い情報程先の事が分かる。

 

 三ヵ月も先の未来を視たという事は、()()()()()()()()()()という情報自体は、ほぼ揺るぎのないものなのだろう。

 

「けど、俺が視たのは大きな戦いが起こる事()()であって、どんな連中が攻めて来るのかとか、そういった詳細な情報までは分からない。けれど、『ボーダー』が一丸にならないと乗り切れない戦い、って事だけは言える」

 

 そこで、と迅は続けた。

 

「此処にいる面々は、B級同士であればランク戦を通じて戦った事があるだろうし、個人戦で鎬を削った者もいるだろう。けど、B級の面々はA級隊員の集団戦闘での()()()なんかは、知らない人が多いんじゃないか?」

「……確かにそれは言えるな。俺達は、データでしかA級部隊の動きを知らない。個人戦で戦った事はあっても、七海がそうであったように個人戦と集団戦とじゃ各々の取る動きは違って来る。そういう意味では、俺等B級にとってA級は()()()()()と言っても過言じゃないだろう」

 

 迅の言葉を、荒船がそう言って肯定する。

 

 彼は『完全万能手を量産する』という己の野望の為、参考にしようとA級の戦闘ログにはあらかた目を通していた。

 

 それでもデータ上と実際に戦うのでは感じる印象は全く違って来るし、隊員達も日々鍛錬を重ねている以上、過去の記録データがそのまま使えるとも限らない。

 

 ()()()()A()()()()()()()()()()()()()については、確かに未知のものと言えた。

 

「今回、部隊同士、もしくは別の隊の隊員と組んでの作戦行動の機会も多くなる筈だ。可能であれば大規模侵攻が起こる可能性が高い期間は隊のメンバーは全員揃って出撃可能な状態にある事が望ましいし、忍田さん達にある程度そこは取り計らって貰うつもりだ」

 

 でも、と迅は続ける。

 

「それでも、隊の仲間が『緊急脱出』して他の部隊と合流する展開もあるだろうし、分断して動いた結果別の部隊の隊員と共闘する展開も有り得る。その時、相手の()()()を知ってるかどうかってのは大分重要になって来るだろう」

「成程、それで『合同戦闘訓練』か」

「そういう事」

 

 風間の言葉を肯定し、迅は笑みを浮かべた。

 

「この『合同戦闘訓練』ではA級部隊とB級部隊が一つのチームになって貰って、AB混合チーム同士で試合を行う。共闘すれば互いの戦法や考え方も理解出来るだろうし、実際に戦う事で見れるものもある。間違いなく、有用な経験になる筈だ」

「それは私も同意しよう。これまで、個人的に混合チーム同士で試合をする事はあっても、公的な場でそういった試みを計画的に行う事はなかった。それを踏まえて、私は迅の提案を採用するに値するものであると判断した」

 

 迅の言葉を保証するように、忍田が力強く告げる。

 

 A級とB級の部隊同士がチームを組み、同じようにチームを組んだAB合同の部隊と戦う。

 

 普段集団戦で戦う機会のない隊員同士が鎬を削り合うそれは、確かな経験となって隊員達の中に蓄積される。

 

 特殊なランク戦、というのも言い得て妙だ。

 

 ランク戦の本質は、()()()()()()()()()()()である。

 

 今回はそれを、より明確な目標に向けて行うというだけの話だ。

 

 そのかかる時間や準備、スケジュールを考えれば、ランク戦をROUND8で中断するという選択も理に適っている。

 

 普段通り16ROUND全てを行っていては、そんな戦闘訓練をこなす時間など取れる筈もない。

 

 故にこそ、ROUND8で通常のランク戦を中断し、そこから『合同戦闘訓練』を開催する、という方式を取ったのだろう。

 

 ランク戦は鎬を削り合う場であると同時に、普段の成果を試す場でもある。

 

 全てのチームがランク戦には相応の覚悟を以て望んでおり、その想いは蔑ろにされるべきではない。

 

 中位から上位へ、そしてその先へ。

 

 そう願う者でなければ、B級隊員にさえなれてはいないであろうから。

 

 今回の案は、そのあたりを加味した上での折衷案と言えるだろう。

 

「そして、ランク戦を途中で中断させてしまう都合上、通常のA級昇格試験を実施するのは難しい。そこで、この『合同戦闘訓練』を事実上のA級昇格試験とする案を提出させて貰った」

 

 忍田は集まった面々を見据えながら、静かに告げる。

 

「ROUND8の終了時点でB級上位に残留していた面々に限り、共闘・対戦したA級部隊の隊長から過半数の認可を得た部隊は、A級へ昇格出来るものとする。事実上、A級部隊の隊長達が昇格試験の試験官だと言えるだろう」

 

 そう告げると忍田は風間や太刀川に目を向け、二人はこくりと頷いた。

 

 A級部隊の隊長達には、予めこの試験官をやって貰う旨は伝えてある。

 

 隊長陣としても、否などあろう筈もない。

 

 A級昇格に値するかどうかは、共闘もしくは対戦すれば、おのずと理解出来る。

 

 自分達はただ、そこに評価を付けるだけで良い。

 

 上に上がらせるべきか、否か。

 

 特に風間は、この点で妥協する気など全くなかった。

 

 今回は都合上多くの部隊にA級に上がるチャンスが与えられているが、A級の壁はそう薄いものではない。

 

 遠征部隊に選ばれる可能性があるA級部隊となる為には、相応の力と連携、そして心構えが必須だ。

 

 此処で妥協する意味など、全くない。

 

 風間はあくまで公平な視点で、ふるい落としを行うつもりであった。

 

 それが、誰にとっても良い結果であると、彼は分かっているが故に。

 

 その程度の事が分からないようでは、A級部隊の隊長などやってはいけない。

 

 風間は、そう考えていた。

 

「無論、試合の結果は勿論だが、その内容に関しても判断材料となる。ただ勝てば良い、というものではない事だけは念頭に置いておいてくれ」

 

 そんな風間の考えをフォローするかのように、忍田は告げる。

 

 風間は敢えて厳しくやって憎まれ役を買って出るつもりのようだが、そこに現場のトップである忍田の言葉があるとないとでは大分話が変わって来る。

 

 此処でそういった根回しを怠る程、忍田は考えなしではなかった。

 

 風間は気にしないかもしれないが、忍田としては未だ学生の身分である彼等が戦闘によって心身を擦り減らしている事を、仕方ない事だと理解しつつも申し訳なく思っていた。

 

 だから、やれる事はなるだけやってやりたい。

 

 それが、忍田の想いでもあったのだから。

 

「私もこの『合同戦闘訓練』の結果を踏まえ、当日の指揮に反映させるつもりでいる。全ての試合で皆が全力を出し尽くす事を、私は願っている。そして忘れないで欲しいのは、君達は競い合い、切磋琢磨する間柄であると同時に────共に戦う、仲間であるという事を」

 

 その言葉で思い出すのは、今期のランク戦が始まった時、東が語った内容。

 

 ────各々の部隊の面々はこれから他の部隊と鎬を削り合うワケだが、他の部隊は決して()などではなく、あくまで訓練の()()()()である事を念頭に置いて欲しい────

 

 

 東はランク戦が開催された直後、皆にそう語りかけた。

 

 忍田の考えも、東と同じだ。

 

 ランク戦で競い合う間柄ではあっても、有事の際は共に戦う仲間なのだ。

 

 情報戦は勿論大事だが、いざ実践に赴くにあたり、仲間相手に壁を作っていても意味はない。

 

 円滑な意思の共有が、戦場では必要不可欠だ。

 

 それを分かっている彼等は、改めてその事を説いたのだ。

 

 皆が初心を、忘れない為に。

 

 戦闘を経験して大人びていても、まだ彼等は大半が学生の身分。

 

 精神的な未熟さというものは、矢張りあるのだ。

 

 故に、そこをフォローするのは大人である自分達の役目である。

 

 彼らは、自分の役割を間違えない。

 

 迅が、こんな風に自分達を頼って来たのは初めてだ。

 

 今まで常に一歩引いた立ち位置を崩さなかった迅に、明確な歩み寄りの姿勢が見えた。

 

 ならば、その意図を汲まずして何が大人か、何が本部長か。

 

 忍田は心底そう思い、全力でことに当たるつもりだった。

 

「質問がなければ、以上で終了とする。『合同戦闘訓練』についての詳細は、改めて資料として配布しよう。皆、今日は集まってくれて感謝する。健闘を、祈っている」

 

 忍田はそう締め括り、隊長会議は終了となった。

 

 迅はそんな忍田の横で、居並ぶ隊長の面々を見据えた。

 

 良い眼だ。

 

 皆がそれぞれ、自分の成すべき事を理解している眼だ。

 

 これなら、大丈夫。

 

 未来はもう、動き始めている。

 

 迅は、確かな確信を持ち、笑みを浮かべた。

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