痛みを識るもの   作:デスイーター

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七海と玉狛支部②

「あ、七海じゃない。玲もいらっしゃい」

「ご無沙汰してます」

「お邪魔します」

 

 『緊急隊長会議』の直後、『玉狛支部』を訪れた七海達を出迎えたのは、笑みを浮かべた小南だった。

 

 小南は「早く入って」と言いながら七海達を支部の中へ招き入れ、七海達はその招待に応じる。

 

 何故、七海と那須がこの『玉狛支部』にやって来ているのか。

 

 ことは、会議の後で出会った東と別れた直後にまで遡る。

 

 

 

 

 

「…………玲一、次は負けないよう頑張ろうね」

「ああ、二度も同じ轍は踏まない。あの時とは違うって事を、証明しなくちゃな」

 

 東の背を見送り、決意を新たにした二人はそう強く意気込んだ。

 

 ROUND3での東との手痛い敗戦は、未だ色濃く脳裏に刻まれている。

 

 あの狙撃(いちげき)で、自分達が抱えていた膿は全て白日の下に曝け出された。

 

 あれがあったからこそ、自分達はその関係を見詰め直す事が出来、今の成長へ繋がった。

 

 そういう意味では恩人ではあるのだが、それとこれとは話が別だ。

 

 借りは、きっちり返す。

 

 同じように、ランク戦という舞台で。

 

 『ボーダー』随一のベテランであり、始まりの狙撃手でもある熟練の戦術家、東春秋。

 

 今度こそ、その喉元に刃を届かせる。

 

 少なくとも、あのような醜態はもう二度と晒さない。

 

 二人はそれぞれそう決意し、拳を握り締めた。

 

 超えるべき山は、とても高い。

 

 だが、それは山を越えない言い訳にはならない。

 

 下剋上上等。格上だろうと必ず隙を見つけ出し、そこに刃を叩き込む。

 

 今までも、そうやって勝ち進んできたのだ。

 

 難易度は段違いではあろうが、それでも決して超えられない山など有りはしない。

 

 今度こそ、勝つ。

 

 その想いを、二人は再度確認し合った。

 

「さて、そろそろ帰りましょうか。一応、私が聞いた情報の事もきちんと話したいしね」

「そうだな…………ん……?」

 

 気持ちを整理し、帰路に就こうとしたした刹那。

 

 七海の携帯にメッセージが届き、そこには「迅悠一」の文字。

 

 何事かと思い内容に目を通せば、「説明するから玉狛に来て欲しい」の一言。

 

 どうやら、自分達の動きを視て、自ら情報を説明する為に連絡を寄越してくれたらしい。

 

 他ならぬ迅から話が聞けると言うのであれば、是非もない。

 

 那須にも確認を取り、二人は『玉狛支部』へ向かう事を決めた。

 

 

 

 

 これが、顛末。

 

 恐らく、迅から事情は聞いていたのだろう。

 

 七海達を出迎えた小南の表情は、何処か硬い。

 

 小南自身、何を言うべきか迷っている様子だった。

 

 無理もない。

 

 七海は、那須は、四年前の大規模侵攻の()()()だ。

 

 その事を四年前の戦いの当事者だった小南は強く意識しており、彼女自身もまた、あの戦いは玲奈を失った辛い記憶が絡んでいる。

 

 七海の姉、玲奈の事を当時の小南はいたく慕っていたらしい。

 

 年下の子達に好かれ易かった姉らしい話だと思ったが、小南の胸にも玲奈の喪失は色濃い悲劇として刻まれている。

 

 ────なんで、なんで死んじゃったのよぉ……っ! 玲奈お姉ちゃん……っ!!────

 

 

 当時の、小南の叫びが想起される。

 

 玲奈の葬儀。そこに出席していた小南は、林道支部長に宥められながらわんわんと泣いていた。

 

 既に涙は枯れていた七海の眼にも、その時の小南の嘆きはハッキリと映し出されていた。

 

 『大規模侵攻』というワードは、いわばこの場の全員の()()なのだ。

 

 だからこそ小南は何を言うべきか迷っていたのだが、小南は停滞を良しとはしない強い少女だ。

 

 パン、と自分の頬をひっ叩くと、真っ直ぐ顔を上げて口を開いた。

 

「ま、聞いてるでしょうけど、またでっかい戦いが来るわ。迅の言い方だと、もしかすると四年前のあれより大きなものかもしれないみたい」

 

 でも、と小南は胸を張って告げる。

 

「安心しなさい……っ! あたしも迅も、レイジさんもとりまるも、絶対負けたりしないから……っ! 襲って来る『近界民(ネイバー)』なんて、けちょんけちょんにしたげる……っ! 『ボーダー』最強部隊の看板は、伊達じゃないんだから……っ!」

「小南さん……」

「桐絵ちゃん……」

 

 小南の精一杯の強がりに、七海と那須は息を呑んだ。

 

 確かに二人を元気づける為に敢えて誇張して告げている部分はあるが、小南は本気で言っている。

 

 虚勢の類ではなく、本気で「絶対負けない」と宣言している。

 

 小南の実力は、本物だ。

 

 旧『ボーダー』の時代から最前線で戦ってきた経歴は、伊達ではない。

 

 普段こそ隙の多い彼女ではあるが、戦場では誰よりも心強い戦士になるのだと、七海は知っている。

 

 その彼女が、自分達を気遣って元気づけようとしてくれているのだ。

 

 これに応えずして、何に応えるというのだろう。

 

「はい、俺達も、もう無力じゃありません。『ボーダー』の一員として、今度こそ大切なものを守り抜きます」

「ええ、今度こそ、何も失わない。その為に、私達は力を付けたんだから。桐絵ちゃんに比べればまだまだかもしれないけど、私達は強くなった」

「だから、俺達も戦います。皆と、一緒に」

 

 七海と那須の返答に、小南は満足気に頷いた。

 

 もう、後ろを振り返るばかりじゃない。

 

 過去を、乗り越える必要はない。

 

 ただ、過去を背負い、その上で前を向き続ける。

 

 それこそが大事な事なのだと、彼等は皆から教えられた。

 

 もう、過去に縛られるだけの彼等ではないのだ。

 

 それを、確認したかったのだろう。

 

 満足の行く返答が得られた小南は、晴れやかな笑みを浮かべていた。

 

「あらあら、こりゃ俺の出る幕じゃないかな? いちいち気を回さなくても、小南がやってくれたみたいだしな」

「迅さん……」

 

 そこに、タイミングを見計らった迅がやって来る。

 

 いつも通りの、飄々とした態度。

 

 しかしそれがあくまでポーズである事を知っている小南は、目尻を釣り上げた。

 

「何言ってんのよ。アンタもアンタで、ちゃんと説明しなさい。皆を頼るって、アンタ言ったわよね」

「やれやれ、敵わないな」

「当然でしょ? 一体、どんだけ長い付き合いだと思ってんのよアンタ」

 

 じとっとした目つきの小南の言及に迅は白旗を上げ、話をする為に七海達の向かいのソファーに腰かけた。

 

 小南は当然の如く迅の隣に座り、何がなんでも彼を逃がさない構えだ。

 

 迅は軽く深呼吸すると、ゆっくりと話し始めた。

 

「けど、実は話せる事はそう多くはないんだ。会議の時に言った通り、()()()()()()()()()って事は確定事項みたいだけど、それが何処の国からの侵攻なのか、どういう連中が相手なのか、それもまだなんとも言えない」

「迅さんでも、ですか……?」

「俺の力は、そう便利なものじゃないよ。今回の予知だって、いつも通り街の人や隊員の未来を視た結果、大規模な戦いが起きる事()()が分かったようなものなんだからさ」

 

 迅の『未来視』は、()()()()()()()()()()()()()()を視る。

 

 逆に言えば、会った事のない相手の未来は視えない。

 

 彼が進学を取りやめてまで普段から街をぶらついているのは、街の人々や『ボーダー』の皆の未来を逐一チェックし、危険な兆候がないか確かめる為だ。

 

 そのいつも通りの日課(ルーチンワーク)をこなしている時に、視えてしまったのだろう。

 

 この三門市に再び、大きな戦禍が巻き起こる事を。

 

 更に場合によっては、その戦禍はこの街に、『ボーダー』に、深刻な被害を齎す。

 

 迅は言葉を濁しているが、()()()()()()()()()()()()()()()()と言っている以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が視えてしまったと言っているに等しい。

 

 そして、無策のまま戦いを迎えれば、その未来は現実になってしまう。

 

 だからこそ、迅は動いたのだ。

 

 『ボーダー』の戦力を底上げし、大規模な集団戦闘の訓練を行う事で、未来に起きる戦いの被害を少しでも減らす為に。

 

 …………だが、迅が今回忍田に打診してまで動いたのは、少なからずこの間の一件が関連している筈だ。

 

 自分や小南達からの言葉で、迅は真の意味で他人を頼る事を知った。

 

 良い意味で、他人に甘えるようになった。

 

 だからこそ、忍田本部長に打診して『合同戦闘訓練』という企画を通したのだ。

 

 持っている駒で事に当たるだけではなく、皆の力そのものを強め、対応力を上げる為に。

 

 これまでの迅では、考えられなかった動きだろう。

 

 今までの迅は、常に切羽詰まっていた。

 

 駒が成長するのを待っていては、手遅れになる。

 

 そう考えるからこそ、迅は()()()に限定して役割を割り振る。

 

 それが、()()()()()()()()であると知っているからだ。

 

 だが、あの1件で迅は視点を変えた。

 

 現段階では、迅の言う通り第二次大規模侵攻の情報は、()()()()()()()()()という程度でしかない。

 

 戦いの詳細も、敵の戦力も分からず、交渉材料としては弱いと言わざるを得ない。

 

 しかしそれでも、迅は忍田に話を持ち込んだ。

 

 情報の足りない部分は、自分の機転で穴埋めをする形で。

 

 結果として忍田は迅の要請を快諾し、上層部もその動きを認可した。

 

 忍田は迅が自分を頼って来た事が、嬉しかったらしい。

 

 迅の立ち位置は特殊で、唯一無二のものだ。

 

 彼にしか『未来視』の力はなく、その未来を変える為には、彼が自分の視た未来を他者に伝えて動く必要がある。

 

 故に迅は常に孤独に立ち回り、他人を頼る、という事がなかった。

 

 しかし今回、迅は自分との話やレイジ達のお説教を経て、他人を頼る事を本当の意味で知った。

 

 だからこそ、忍田を頼る事が出来たのだろう。

 

 仲間を、皆を、その性格や力量含めて信頼する事が出来たが故に。

 

 そんな迅の変化を、忍田は歓迎したのだ。

 

 彼もまた、迅一人に重荷を背負わせ続ける事に対し、何も感じていないワケではなかったのだから。

 

「…………ただ、お前になら、七海になら話せる事もある。他ならぬお前を見て、視えた未来もあったんだ」

「俺を……?」

 

 迅はああ、と答え七海をじっと見据えた。

 

「今回の大規模侵攻、お前はきっと、とんでもなく()()()()()と戦う事になる。俺やレイジさん達でもやられかねない、文字通りの()()とだ」

「え……っ!?」

「…………」

 

 迅の言葉に、那須が思わず目を見開く。

 

 七海もまた、黙り込む。

 

 迅がこう言った以上、来るのだろう。

 

 自分が、敵の最大戦力と戦う未来が。

 

「正直、お前がその相手との戦いで時間を稼げるかどうかが、未来の分かれ目になる。だが、言うまでもなく難問だ。お前には、辛い役目を押し付ける事になる」

「いえ、構いません。迅さんがそう言うって事は、俺がそいつから逃げれば、その分悪い未来に転がる可能性が高いって事ですから」

「…………すまないな……」

 

 七海の返答に、迅は苦笑する。

 

 全てを理解し、それでも是とした七海の覚悟に、迅は敬意を表した。

 

 七海の言う通り、もしも七海がその相手から逃げれば、その分だけ他の被害が拡大する。

 

 迅やレイジでさえ、やられかねない相手だ。

 

 そんな相手を、野放しにすればどうなるか。

 

 無論、ただでは済まない。

 

 それは、最悪の未来への引き金となるに充分な要素と言えた。

 

 七海はそれを察して、自分がその相手を引き受ける事を、了承してくれた。

 

 迅にとって、これ程助かる事はない。

 

 相手の底が知れないのは怖いが、元々七海は攪乱能力に特化している。

 

 上手く立ち回れば、誰よりも時間を稼げる可能性があるのだ。

 

 それは、七海自身も承知している。

 

 自分の強みを活かして迅の役に、より良い未来の一助となれるのなら、それで構わない。

 

 七海は、そう判断したワケだ。

 

「勿論、フォローは忘れないから安心してくれ。無理をする必要はない。間に合うようなら俺も向かうし、可能であれば他の奴も送る。お前は、お前に出来る事をやってくれればそれで良いんだ」

「分かりました。全力を尽くします」

「ああ、頼んだぞ」

 

 迅はそう言って、ふぅ、と溜め息を吐いた。

 

 そして、それを見計らったように、レイジが湯気の立つ鍋を運んで来る。

 

「話は終わったようだな。夕飯がまだなら食っていけ。量は充分ある。気張るのは良いが、まずは食って栄養を付けろ。話はそれからだ」

 

 有無を言わさぬ調子で、レイジは告げる。

 

 けれど、その言葉は温かみに満ちていて、自分達の事を本気で気遣っているのが嫌でもわかる。

 

 幼い頃に両親が事故死してしまった七海にとっては()()というものは未知のものに等しいが、父がいたらこんな感じなのかな、と漠然に思うのであった。

 

 結局、七海と那須はレイジの料理をご馳走になった。

 

 出汁の効いた豚骨風味の鍋は香り豊かで、味覚や嗅覚が殆ど死んでいる七海にとっても、見ただけで美味しそう、という事がわかる代物だった。

 

 鍋を囲み、談笑し、なんでもない事を語り合う。

 

 そんな、欠け替えのない日常風景。

 

 『玉狛支部』には、それがあった。

 

 だからこそ、迅は、小南は、彼等は、この場所を守っているのだろう。

 

 想いを抱えて、尚前へと進む為に。

 

 そんな彼等と笑い合い、七海は一時の休息を取ったのだった。


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