痛みを識るもの   作:デスイーター

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B級ランク戦/ROUND5
第五戦、開始


 ────10月20日、ランク戦ROUND5当日。

 

 いつも通りランク戦の会場は観客で埋め尽くされ、試合が始まるのを今か今かと皆待ち望んでいた。

 

 ROUND4終了時に迅によって通達された『合同戦闘訓練』の情報もまた、その盛り上がりの一助となっているであろう事は否定出来ない。

 

 今期の通常のランク戦がROUND8で終了する関係上、既に折り返し地点に来ている。

 

 あと4ROUND、上位に居続けられれば、事実上のA級昇格試験の切符が手に入る。

 

 戦いに臨む隊員達は皆、意気込んで今日という日を迎えた事だろう。

 

「どうも~、実況の『太刀川隊』国近で~す。こちら解説の弓場さんに、小南ちゃん」

「おゥ、よろしくな」

「よろしくね」

 

 実況席に座るのは、緩い雰囲気(オーラ)全開だがその能力は極め付きのA級一位部隊『太刀川隊』のオペレーター、国近柚宇(くにちかゆう)

 

 そして厳つい空気を纏う凄み(ドス)の効いた男、弓場拓磨。

 

 そんな二人の隣にあっけらかんとした顔で座る、短髪に緑系統の衣装の戦闘体へ換装した小南桐絵。

 

 この三人が、今回の実況担当である。

 

「弓場さんも小南ちゃんも、なんだか久しぶり~。今日はよろしくねぇ」

「あァ、頼むぜ」

「ま、太刀川にはうちの七海が世話になってるし、よろしくしたげる」

 

 かたやA級部隊のオペレーター、かたや本部から距離を置く『玉狛支部』の戦闘員、かたやB級部隊の隊長と、それぞれ立場が違う為顔を合わせる事はあまりない三人組だが、特に不協和音はない。

 

 国近は大体の事をその緩さで受け止めてしまうし、小南はコミュニケーションは割とぐいぐい行くタイプだ。

 

 弓場は硬派な事で知られているが、振られた話題を無視(シカト)する程薄情ではない。

 

 その滲み出る威圧感(タッパ)によって他の隊員から敬遠されがちな弓場だが、国近も小南も全く気後れする様子はない。

 

 良くも悪くも、マイペースな者達が集った結果と言えた。

 

「さーて、まずはおさらいかな~。前回の結果はこうなってるよ~」

 

 1位:『二宮隊』26Pt→29Pt

 2位:『影浦隊』23Pt→27Pt

 3位:『那須隊』19Pt→27Pt

 4位:『生駒隊』22Pt→25Pt

 5位:『弓場隊』20Pt→23Pt 

 6位:『東隊』16Pt→21Pt

 7位:『鈴鳴第一』17Pt→20Pt

 

 国近が機器を操作すると、前回の結果一覧がスクリーンに表示される。

 

 その一覧を見ながら、弓場はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「前回の結果で、『那須隊』が一気に三位に躍り出たかァ。中々やるじゃあねェか」

「うちの七海達なら、本気出せばこんなものでしょ。これからだってバンバン点取るだろうしねっ!」

「さァて、それはどうだろうなァ? 今回、相手にゃ東サンがいるんだぜ?」

 

 東の名を聞いた小南はむむ、と口ごもった。

 

 普段から自信満々な小南といえど、東の名前は流石に無視出来ない。

 

 彼はROUND3で、『那須隊』が惨敗した張本人。

 

 その卓越した技術と底知れない戦術眼は、『ボーダー』随一のベテラン狙撃手として確かな存在感を持って広く知れ渡っている。

 

 自らを「強い」と言って憚らない小南といえど、東の力量には一目置いている。

 

 相手にした時の厄介さも、見知っていた。

 

「そうだねー。指揮や狙撃の能力もそうだけど、東さん生存能力はピカイチだもんね」

「実際、今期のランク戦じゃあまだ一度も落ちてねェからなァ。俺も一度、追い詰めはしたんだけどよォ。うめェー事影浦と食い合わされて、取り逃がしちまったんだなァこれが」

 

 全く、なんであそこから逃げられるかねェ、と弓場は愚痴るように言った。

 

 確かに、一度見つかって距離を詰められれば普通、狙撃手はそこで終わりだ。

 

 だが東は実際にその状況から上手く影浦に弓場を押し付ける事で隙を作り、逃亡を成功させている。

 

 当時の弓場としても、何が起きたかすぐには理解出来なかったらしい。

 

 結果としてその試合は影浦と相打ちに近い状態となり、東は結局誰にも落とす事が出来なかった。

 

「七海達ァ大量得点を重ねちゃいるが、それも生存点の二点込みの話だ。東サン相手に生存点取るのは、中々難しいだろうなァ」

「むむ……」

 

 小南は言い返す言葉が見つからず、口をへの字に結んで唸る。

 

 確かに、東相手に生存点を取るのは至難の業だ。

 

 東の攻勢を凌ぐだけならまだしも、落とすもしくは撤退に追い込むとなると、途端に難易度が跳ね上がる。

 

 今まで東が出た試合では、相手チームが東を仕留められずに時間切れになる、といった決着が殆どである。

 

 ROUND3の試合もその類であり、東の事を良く知るからこそ、二宮などは彼を深追いしようとはしない。

 

 結果として、東が参加した試合は生存点を取る事が難しく、点数が伸び悩み易くなるのだ。

 

 B級上位陣のポイントが大きく変動し難いカラクリが、そこにあった。

 

「────ま、だが無理たァ言ってねえ。前回ので東サンのやり方ァ分かっただろうし、七海達ならなんとかすんだろ」

「そ、そうよね! ホント弓場ちゃんたら回りくどいんだから……っ!」

「小南ィ、そらあどういう意味だァ?」

 

 水を得た魚のようにはしゃぐ小南を胡乱な目で見据える弓場だが、それくらいで黙るような小南ではない。

 

 「言葉通りよ!」と即答した小南は、そういえば、と何の悪意もなく話題転換を行った。

 

「『鈴鳴第一』は今回、どのMAPを選んで来るのかしらね。そろそろ分かりそうなものだけれど」

「あ、今送られて来たよ~。えっと、選んだMAPは……」

 

 

 

 

「『市街地E』、今回はこれで行こう」

 

 『鈴鳴第一』、作戦室。

 

 そこで隊長の来間は、隊員の二人に向けてそう告げた。来間→来馬

 

「予定通りッスね。最初は、『市街地D』にする案もあったッスけど……」

「前回の試合を見た限り、『市街地D』を選べば七海達に利用される恐れがある。避けるべきだろうな」

 

 来馬の決定を聞き、太一と村上はそう言って彼の選択を肯定する。

 

 前回の七海達の試合ログを見るまでは、『市街地D』も有力候補としてあったのだ。

 

 しかし、『市街地D』のMAPを利用し『王子隊』と『香取隊』を嵌め殺した試合ログを見てしまった以上、同じMAPを選ぶ選択は憚られた。

 

 屋内に追い込んだとしても、市街地Dは縦に広いMAPだ。

 

 七海だけではなく那須も『グラスホッパー』を装備してしまった以上、空中戦ではどうしてもあちらに分がある。

 

 みすみす相手の土俵に上がる真似は、避けるべきだった。

 

「しかし『市街地E』ッスか。あんまし選ばれた事のないMAPッスよね」

「結構特殊なMAPだからね。割と敬遠する人は多いんじゃないかな」

「ですが、例の作戦を実行するなら最適なMAPです。ROUND1に七海にやられたように、今回はこちらの得意分野を押し付けてやりましょう」

 

 村上は常ならぬ熱の籠った声で、そう告げる。

 

 前回の試合、村上達は七海達『那須隊』相手に完封負けを喫した。

 

 今回は、そのリベンジマッチにあたる。

 

 七海の好敵手を自負する村上としては、何がなんでもやり返してやりたい、というのが本音であった。

 

「うん。僕達は、あの負けがあったからこそ成長出来た。その成果を、七海くん達に見せるんだ」

 

 

 

 

「『市街地E』たァ、また随分と思い切ったモンだなァ。中々タマァ据わってるようじゃねェか、来馬さんはよ」

 

 『鈴鳴第一』から送られて来たMAP選択を聞き、弓場は感心したようにそう告げる。

 

 国近はそうだね~、と笑いながら機器を操作してMAPの映像をスクリーンに表示した。

 

「『市街地E』はある意味『市街地D』と似ていて、屋内戦になり易いMAPだよ~。最大の違いは、その屋内が()()である事だけどね~」

「東サンがいる以上、屋内戦になる事は決まったようなモンだけどなァ」

「そうだね~。屋内に入らないと、狙撃の的になっちゃうから~」

 

 『市街地E』は、国近の言う通り『市街地D』と性質が似たMAPだ。

 

 この『市街地E』は駅舎を中心としたMAPであり、最大の特徴は()()()()()()事だ。

 

 地上は遮蔽物となるものが殆どなく、射線が通りまくる為、狙撃を警戒するのであれば屋内に逃げ込まざるを得ない。

 

 駅地下にある、『地下街』へと。

 

 そして、東がいる以上、射線の通る場所に留まるのは自殺行為だ。

 

 必然的に、屋内での戦いになる筈である。

 

「こりゃあ、東さんの対策であると同時に、七海の対策でもあるなァ。()()をなくして、七海の動きに制限をかける気だろうなァ」

「ま、そうでしょうね。確かに、七海はこのMAPじゃいつものような動きは出来ない。逃げ場を塞いで、鋼さんが近付き易くする為のものなんでしょうね」

 

 そう、このMAPの地下街は横はそれなりの広さがあるが、縦が狭い。

 

 三次元機動を得意とする七海や那須にとって、()に跳んで逃げる事が出来ないというのは相当な痛手の筈だ。

 

「それにィ、このMAPなら来馬の新戦法も効果的に使えそうだしなァ。そう考えっと、鈴鳴に利点が多いMAP選択だなァ」

「あー、確かに。あれを使うなら、割と最適なMAPよね。今回、本気度が違うっぽいわね鋼くん達」

「そんだけ、リベンジに燃えてるってこったろうが。来馬も中々に熱くなってるじゃねェの」

 

 勿論鋼もな、と弓場は笑う。

 

 明確に相手を意識したMAP選択に『鈴鳴第一』の本気度を感じて、楽しくなって来たのだろう。

 

 好戦的な、弓場らしいと言える。

 

「さて、後は東さんがこのMAPにどう対応すっかだなァ」

 

 

 

 

「『市街地E』か。これは却って好都合すかね、東さん」

「ああ、対七海を想定するのであれば、これ以上ないMAPだろうな」

 

 『東隊』の作戦室で、小荒井の言葉を東はそう言って肯定する。

 

 狙撃手不利なMAPにも関わらず、『東隊』の三人に焦りは見受けられなかった。

 

「お前達の()()()を使うには、最適なMAPと言える。ただ、当然これまでの戦法は使い難くなるのは考慮しておけよ。このMAPじゃ、俺もいつものようには動けないからな」

「分かってるッす。俺等が東さんに頼り切った部隊じゃない事は、今回で証明して見せるっすよ」

「おいおい、いいのかそんな啖呵切って? 東さんに頼り切りだったのは事実だろうが」

 

 言葉の綾だよ綾、と小荒井は奥寺の反論にむすっとしながら返答する。

 

 その様子を微笑まし気に見据えながら、東はさて、と仕切り直した。

 

「恐らく、地下街が戦いの舞台になるだろう。俺はさっき言った通りに動くから、お前らは好きに動け。いつも通り、戦術の組み立ては任せる。特殊なMAPだが、やるだけの事をやってみろ」

「「はいっ!」」

 

 東に期待をかけられ、小荒井は奥寺はあーでもないこーでもないと、互いに意見を交わし合う。

 

 そんな二人を見ながら、東は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「『市街地E』…………また面倒なMAPを選んで来たな」

「私や玲一の対策でしょうね。東さんの対策でもあるんでしょうけど」

 

 『那須隊』作戦室で、七海達は選ばれたMAPに対し率直な感想を言い合っていた。

 

 確かに、このMAPであれば『那須隊』の強みを大分封じる事が出来る。

 

 同じ屋内戦でも、出来る事はかなり限られてしまう筈だ。

 

「かと言って、外にいたら東さんの狙撃でやられかねない。このMAPを選んだのは鈴鳴だが、東さんならどのMAPでも動きが鈍るとは思えないからな」

「そうだね。あれだけの精度の狙撃が出来る相手なんだ。楽観は、しない方が良いと思う」

 

 東の力量は、ROUND3で嫌という程思い知っている。

 

 彼であれば、狙撃手不利なMAPでも独自の立ち回りで攻めて来る筈だ。

 

 ある程度動きに制限はかかるだろうが、だからと言って絶対的に有利を取れる、といった事までは期待しない方が良いだろう。

 

「来馬さん達の新戦法も、このMAPだとかなり効果的だ。つくづく、本気で来てるのが分かるよ」

「けど、負ける気はないですよね?」

「当然よ。今回もしっかり、勝ちに行くわ」

 

 小夜子の問いに、那須はそう言って力強く答えた。

 

 確かに不利は否めないMAPだが、やりようがないワケでもない。

 

 それに、東の動きの自由度が制限されるのはこちらとしても願ってもない。

 

 別に、悪い事ばかりではないのだ。このMAPは。

 

「今回も、勝ちに行くわよ。プランはBで行きましょう」

 

 

 

 

「さて、そろそろ時間だよ~。準備はいいかな~?」

 

 ある程度話に区切りがついたのを見計らい、国近がそう切り出した。

 

 弓場も小南も特段不満はなく、首肯して国近の言葉を肯定した。

 

 それを見て、国近はにへらっと笑う。

 

「じゃあ行くよ~。全部隊、転送開始~」

 

 国近が機器を操作し、三つの部隊全てが仮想空間に転送される。

 

 B級ランク戦、ROUND5。

 

 その戦いが、始まった。


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