『────全部隊、転送完了。MAP、『市街地E』。時刻、『夜』』
アナウンスと共に各部隊の隊員がランダムに転送され、試合開始が告げられる。
七海は夜闇の中で煌々と光る駅舎と地下街へ続く通路の灯かりを見据えながら、拳を握り締めた。
「行くぞ。俺は予定通り地下へ向かう」
『ええ、お願いね』
『サポートは任せて下さい』
那須と小夜子の返答を聞きながら、一度深呼吸する。
そして、七海はそのまま地下街へ続く階段を駆け下りて行った。
「さあ、始まったよB級ランク戦ROUND5~。今回は『市街地E』のMAPだけど、中々珍しいMAPだよね。滅多に使われないMAPだし」
実況席で国近が普段通りの緩い声でそう話し、ランク戦ROUND5の開幕を告げた。
国近の声に、小南が早速反応する。
「そうね。私も、このMAPが使われたのはあんまし見た事ないわ。やっぱ、面倒なMAPだからね」
「そうだなァ、隊によっちゃあ一番やりたかねェMAPでもあるだろうしなァ」
弓場はそう告げ、眼鏡をくいっと上げた。
「このMAPは地上部分は建物に囲まれていて、駅舎前の広場くれェしかまともに動ける場所がねェ。んなトコにいたら狙撃の的になるんで大概は地下街が主戦場になるんだが、この地下街が曲者でなァ」
「高さが殆どない上に、横幅もあんましない曲がりくねった通路が張り巡らされてるからね。一度中で戦闘になると回避も移動もやり難くなるから、割とクソMAP認定されがちね」
小南の言う通り、この『市街地E』はその特殊性故に敬遠されがちなステージだ。
駅の地下に張り巡らされた地下街は高さがあまりなく、それでいて通路は入り組んでいる。
射撃を回避するスペースにも乏しい為、一度相手と遭遇すると逃げを選ぶ事も難しい。
バッグワームを着て動けば曲がり角で相手と遭遇して戦闘、事故のような形で落ちる事もある。
そういった事情で、このMAPが使われる事は殆どなかった。
「だがまあ、今回に関しちゃ悪くねェMAP選択だ。那須隊と東隊の強みを、大分潰せるからなァ」
「そうね。高さがないから七海達は回避機動がやり難いし、曲がり角が多い上に遭遇後に逃げる事が難しいから狙撃手も動き難い。相手チームの強みを的確に潰せるわね」
むう、と小南は溜め息を吐く。
七海達を贔屓している小南にとっては、その七海達が不利なMAP選択に少々思う所があるらしい。
だが、流石に解説の場で馬鹿正直にそれを言うワケにはいかない為、口を噤んでいた。
…………もっとも、それも何処まで続くか分かったものではないのだが。
小南という少女は、感情表現がストレートで、嘘をつく事が苦手だ。
最初は取り繕えたとしても、徐々にボロが出て来るに違いあるまい。
恐らく、すぐにでも一喜一憂する小南の姿が見られる事だろう。
そこらへんを察している国近はにまにま笑みを浮かべつつ、実況を続けた。
「さて、各チームは続々と地下街へ突入しているぞ~。この特殊なMAPで各部隊がどう動くか、こうご期待~」
『俺も地下へ入る。お前達は合流を最優先に動いて構わない』
「了解しました」
奥寺に東から通信が入り、奥寺はそれをすぐさま了承する。
小荒井と奥寺は確かに二人で組めば格上も落とせる力を発揮するが、単騎ではそこまで強くはない。
合流しなければ文字通り戦力が半減する以上、それが最優先事項となる事は最早必然だった。
「小荒井、今どのあたりだ?」
『駅側の階段から地下に降りたトコだ。奥寺は駅の反対側だっけか』
「そうだ。今回は転送運には恵まれなかったみたいだな」
奥寺の言う通り、今回二人はMAPの両端にそれぞれ転送されていた。
全体の面積はあまり広くはないMAPではあるが、道が入り組んでいる為に合流までに相応の時間がかかる事は最早必然。
二人からしてみれば、最悪の転送位置だったと言える。
道が入り組んでいない地上を突っ切る事も考えたが、今回相手チームにはそれぞれ狙撃手がいる。
自分から
「どうやらどのチームもバッグワームを使ってるみたいだから、殆ど遭遇戦になる。鉢合わせても出来る限り逃げ切るよう努力しろよ。どっちか一人落ちるだけで、大分キツくなるからな」
『分かってるって。そう言う奥寺こそ、事故って落ちるなよ~?』
「当然だろ。と、言いたいが、このMAPだとそれも限界があるな。何にせよ、気を付けるしかないが」
遭遇戦になればそのまま落ちる可能性がある以上、現在の状況は二人にとって芳しいとは言えない。
一刻も早い合流が、待ち望まれる所だ。
(早く合流しないと……っ! 場合によっては、地上に出る事も考慮すべきか……? いや、それを見越して上で狙撃手が待ち構えてる可能性もある。軽挙は慎むべきだな)
相手チームの狙撃手、特に日浦は隠密能力が非常に高い。
小柄な身体を活かしてチャンスまでじっと耐え忍び、隙を逃さず相手を仕留めるのが彼女のスタイルだ。
ライトニングを主武装とする珍しい狙撃手だが、その得点能力は本物だ。
これまでの四試合で、一度も落とされる事なく得点を重ねている。
このMAPでは狙撃手の有利が潰され易いが、それを見越して地上に出て来る相手を狙って潜んでいる可能性はないとは言えない。
速射性に優れるライトニングは、隙を突くには格好の獲物だ。
シールドを張る時間を与えず、最初の一発で確実に仕留める。
それが、彼女の戦闘スタイルだ。
みすみすその隙を与える事になる行動は、慎むべきであった。
(早く……っ! 早く合流しないと……っ!)
だが、焦る心はどうしようもない。
確かに奥寺と小荒井はこれまでの戦いで成長し、
しかし、二人の強さは二人揃ってこそ。
単騎での経戦能力は、正直心もとない。
今までは特に苦も無く合流出来ていた為あまり考えてはいなかったが、合流が中々難しいこのMAPでは転送位置の悪さは二人のメンタルにかなりの影響を及ぼしていた。
故に。
故に。
「……っ!」
────曲がり角の向こうから放たれた、無数のトリオンキューブを見た時、心臓が凍った。
奥寺はグラスホッパーを用いて、その光弾を慌てて回避。
「ハァ……ッ!」
同時に、曲がり角から長身の女性────熊谷が駆け出し、奥寺に斬りかかる。
奥寺は弧月を用いて、熊谷の斬撃をガード。
弧月同士での鍔迫り合いが、始まった。
「おーっと、此処で奥寺隊員と熊谷隊員がエンカウント~っ! 遭遇戦が開始されたあ……っ!」
「割と運がないみたいね、奥寺」
国近の実況に、小南は端的な感想を漏らした。
MAPの性質上遭遇戦になるのが常ではあるが、今回は遭遇した状況が悪い。
奥寺は小荒井と組んでこそ真価を発揮する駒であり、単騎での能力はそこまで高くはない。
こんな序盤、しかも一人でいる時に捕まるのは、彼にとっても想定外だった筈だ。
「でも、熊谷さんは割と防御向きの攻撃手でしょ? それならさあ、奥寺くんが生き延びる可能性もあるとは思わない~?」
「分かっている事を聞くのは意地が悪いぜェ、国近ァ。今の熊谷にゃ、ハウンドがあんだろが。『射程持ち』相手に、弧月しか武器がねェ奥寺はどうしたって不利だ。鍔迫り合いながら射撃、って真似が出来るからなァ」
弓場の言う通り、今の熊谷はハウンドを装備している。
奥寺も熊谷も同じく攻撃手だが、近接戦に置いて手数の多さが一つの武器である事は間違いない。
このままやり合えば、奥寺が不利な事は誰が見ても明らかだった。
「ん~、それはどうかなぁ?」
だが、国近は弓場の言葉に待ったをかけた。
その目は、画面の中の奥寺に注がれている。
「あれ、
「ハウンド……ッ!」
「く……っ!」
熊谷の号令により、ハウンドが奥寺に降り注ぐ。
奥寺はシールドを広げてそれを防御し、いなす。
しかし、熊谷の攻撃は終わらない。
そのまま弧月を振りかぶり、一閃。
それを奥寺は身を捩って回避し、お返しとばかりに横薙ぎに『弧月』を振るう。
「甘い……っ!」
「……っ!」
だが、熊谷は元々防御寄りの攻撃手。
その斬撃も弧月で難なく受け止め、刃を滑らせるようにして奥寺のバランスを崩す。
上手い具合に体勢を崩された奥寺はよろめき、隙を作る。
その隙を、逃す熊谷ではない。
即座にハウンドのトリオンキューブを生成した熊谷は、それを奥寺目掛けて発射せんとする。
これで仕留められれば良し。
そうでなくとも、シールドを広げた隙に斬撃を叩き込めば良い。
詰めに近い、一手。
だが。
だが。
「────ハウンド……ッ!」
「え……っ!?」
────それは相手が、無抵抗だった場合に限られる。
追い込まれた奥寺が放ったのは、射撃トリガー
不意打ちで放たれたそれを防御する為、熊谷は自身のハウンドを解除しシールドを展開。
そして彼女がシールドで奥寺のハウンドを受け止めている隙に奥寺はバックステップで距離を取り、そのままグラスホッパーで逃走を図った。
一度距離を取る事を許してしまった以上、グラスホッパーを持たない熊谷に奥寺を追う手段はない。
完全に、してやられた。
熊谷は、そう感じざるを得なかった。
「おーっと、此処で奥寺隊員ハウンドを使用……っ! 熊谷隊員の気を惹き、逃走に成功したぞ~……っ!」
「…………まさか、奥寺が弾トリガーを装備していたとはなァ。こりゃあ、予想外だったぜェ」
その様子を見ていた実況席が、俄かに盛り上がる。
先程は射撃トリガーを持たない奥寺が不利だと断じていた弓場だが、奥寺もハウンドを装備していた事により、その前提は覆った。
完全に、意表を突かれたと言って良いだろう。
「国近ァ、おめェーはこれを知ってたのかァ?」
「ん~? そういうワケじゃないよ。でも~、なーんかして来そうな雰囲気がしたからねー。くまちゃんと遭遇して驚いてたのはホントみたいだけど、何も手がないって感じの顔じゃななかったしね~」
要は、殆ど直感でさっきはああ言っていたらしいとの事だ。
だが、恐らく勘だけではあるまい。
A級一位部隊のオペレーターとして、国近はかなりの回数の戦闘を見てきている。
その経験則から、奥寺がこのままで終わるワケがないと、見抜いていたのだろう。
のほほんとしているが、有能である事は間違いない。
太刀川と同じく学業の成績は目も当てられないものの、ことオペレート能力に関しては百戦錬磨の猛者。
それが、国近柚宇。
A級一位部隊のオペレーターという立場は、伊達ではないのだ。
「むう、此処で奥寺を仕留めておけば大分楽になったのに。惜しいわね」
「いやァ、そうとも限らねェんじゃねェか?」
早速身内贔屓の発言をした小南に対し、弓場はニヤリと笑みを浮かべてそう言った。
「確かに奥寺のハウンドにゃあ意表を突かれたが、今回奥寺はそいつを逃亡の為だけに使用せざるを得なかったとも取れる。つまり、ここぞという時の
「あー、それもそうね。奥寺がハウンドを使う事はまだ誰も知らなかったワケだから、小荒井と合流してから使われたりしたらそれで一人持ってかれる可能性もあったワケか」
そう、奥寺は確かにハウンドの使用で窮地を切り抜けたが、裏を返せば
少なくとも、今の一戦で『那須隊』は奥寺がハウンドを装備している事を知った。
『那須隊』相手にもうハウンドで意表を突いて仕留める、という動きが出来なくなったのは、明確な弱みと言える。
そう考えれば、熊谷は良い仕事をしたと考える事も出来る。
彼女が奥寺を追い込んだからこそ、奥寺はハウンド装備という
「それなら、『東隊』はこれで大分不利になったと見ていいかしら? 元々狙撃に不向きな上に奥寺と小荒井の合流は大分時間がかかりそうだし、踏んだり蹴ったりでしょ」
「いや、少なくとも奥寺がハウンドを使える事は鈴鳴には知られてねェ。地下街という性質上、狙撃手にスコープ越しで覗かれてるとも考え難ェしなァ。『那須隊』はともかく、『鈴鳴第一』相手にはまだハウンドが有効な事は変わらねェよ」
弓場の言う通り、奥寺が
『鈴鳴第一』には、まだ彼がハウンドを使える事は知られていない。
そう考えれば、まだ幾らでもやりようはある筈だ。
「序盤から、面白ェモンが見れたが、まだまだ始まったばかりだ。何を見せてくれんのか、期待しようじゃあねェか」
弓場は、そう言って好戦的に笑った。
『市街地E』という特殊な戦場で始まった試合は、序盤から波乱の予兆を見せていた。
戦いは、まだまだこれからである。
市街地Eの地下街は「駅地下」と考えればわかるかと思います。