「すみません、何とか逃げ切りましたが隠し玉を使ってしまいました」
『今回は仕方ない。気にするな』
奥寺は熊谷が追って来ない事を確認しつつ、通信を繋ぐ。
東からは労いの言葉がかけられたが、正直心中は穏やかではなかった。
自分がハウンドを使えるという
だが、小荒井と連携しているならばともかく、単騎で熊谷を落とせると思う程奥寺は自惚れてはいなかった。
熊谷は、受け太刀を得意とする防御的な攻撃手だ。
突然のハウンド使用には驚いていたが、それでも反射的に防御態勢を取る程度には、彼女の思考は
意表を突く事は出来たが、それで熊谷の守りが崩れる程彼女の防御は甘くはない。
恐らく、あのまま単騎で戦い続けても良くて膠着状態、悪ければ劣勢に追い込まれていただろう。
奥寺が逃げ切れたのは、ハウンド使用で強引に隙を作り、グラスホッパーの有無を上手く活かせたからだ。
ハウンドをあそこで使わなければグラスホッパーを使用する隙は作れなかっただろうし、あの場面では自分の行動があれで正解であったという事に疑いはない。
だが、
取れる戦術の選択肢が狭まった事は、否定出来ない事実であった。
『あーもう言わんこっちゃないだろー。これじゃ、那須隊相手に不意打ち出来ないじゃんかー』
「…………今回ばかりは返す言葉もないな」
小荒井の言葉も、奥寺は特に反論なく受け入れた。
そんな、相方の反応がむず痒かったのだろう。
小荒井は通信越しに、むすぅー、と頬を膨らませた。
『あーもう、調子狂うなー。そこはちゃんと言い返すトコだろー?』
「だが……」
『二人共、過ぎた事を言っても仕方ないわ。反省は後にして、次の事考えよっか』
小荒井と奥寺のやり取りに、通信越しにオペレーターの人見からフォローが入る。
第三者の介入で、頭が冷えたのだろう。
二人はこくりと頷き合い、思考を切り替えた。
『ま、人見の言う通りだ。確かに那須隊相手にハウンドでの不意打ちは出来なくなったが、鈴鳴第一相手にはまだ有効な手だ。状況を見極めて、狙える相手を狙っていこう』
「了解です」
『了解しましたっ』
東の一声に二人は素直に反応し、気を引き締めた。
確かに先ほどは不運なエンカウントをしてしまったが、まだまだ挽回は出来る。
幸い熊谷が追って来る気配はないようだし、このまま合流を目指しても問題はなさそうだ。
奥寺はそのまま、小荒井と合流するべく駆け出した。
『玲ごめん、奥寺くんは逃がしちゃったわ』
「構わないわ。彼がハウンドを使うっていう情報は取得出来たんだもの。序盤の状況としては、悪くないわ」
熊谷から通信を受けた那須は、冷静にそう返答する。
確かに此処で熊谷が奥寺を仕留められていれば後々楽になったのは事実だが、たとえ逃げられたとしても
奥寺と小荒井は、連携を前提とした動きで攻めて来る相手だ。
その奥寺がハウンドを使ったという事は、同じように小荒井もハウンドを装備している可能性が高い。
二人の戦法や練度は鏡合わせのように似通っているので、片方が習得したのであればもう片方も習得していてもなんら不思議ではない。
今回の試合では、相手にハウンド持ちが二人増えたと考えた方が良いだろう。
『そうだな。この情報は、あるとないとでは大分違う。幸先の良いスタートと考えて問題ないだろう』
『そうですよっ! ただでさえ特殊なMAPなんですし、情報は多いに越した事はありませんっ!』
那須に追従するように、七海や茜からもフォローが入る。
熊谷が得た情報の重要性は、二人もきっちり認識している。
彼女達は、気休めは言わない。
純然たる事実を元に分析し、その上で
戦場に置いて士気の維持は勿論重要であるが、情報の正確性もまた重要視される。
相手を気遣って情報を捻じ曲げるようでは、戦場ではやっていけない。
事実は事実として、受け止める事もまた大事なのである。
要は、言い方の問題だ。
戦場にいる間は、
だから戦いの最中に伝えるべき情報は
事実、戦闘中も反省
今一番考えるべき事柄は、何か。
それが分からないようでは、先へはとても進めないのだから。
「作戦は継続するわ。予定通りに動いて」
『『了解』』
『了解ですっ!』
那須は短く指示を伝え、通信を終えた。
電光に照らされた通路の奥を見据え、彼女は鋭い眼光を飛ばした。
「前回の借りは、きちんと返させて貰います。今度こそ、隊長としてしっかりやってみせるわ」
「おし……っ! そろそろ合流出来るな……っ!」
小荒井はグラスホッパーを用いて地下街を進みながら、笑みを浮かべた。
先程の奥寺の件を考えてみても、一刻も早く合流しなければいつ誰と遭遇するか分かったものではない。
自分は奥寺同様、単騎では他の攻撃手に一歩劣る。
それを自覚しているからこそ、小荒井は奥寺との素早い合流を優先し、わざわざグラスホッパーで加速を得て通路を疾駆していた。
今回、グラスホッパーを装備しているのは自分達の他には七海と那須の二人。
悪い事に、二人は既にハウンドを見せてしまっている『那須隊』の隊員だ。
双方共単騎で出会った時点で殆ど逃げ切りは不可能であると考えて差し支えはなく、ならば多少目立つ行動をしてでも一刻も早い合流を目指した方が良い。
小荒井はそう考え、グラスホッパーを使用しての移動に踏み切った。
ある意味では、間違っていない。
小荒井も奥寺も、単騎では然程強くはないが、相方と組んだ時はその連携で格上相手だろうが食いかねない実力を発揮する。
比翼連理が揃うか否か、それが勝負の分かれ目だ。
故に、合流を最優先とする小荒井の判断は誤りというワケではない。
だが。
だが。
「────旋空弧月」
「……っ!」
────この状況下では、些か軽率でもあった事は否定出来ない。
小荒井がグラスホッパーを踏み込み、通り過ぎようとした通路脇の店舗。
その中から店舗のウインドウを突き破って放たれた『旋空』が、小荒井を襲う。
小荒井は慌てて小さなグラスホッパーを展開し、自分の身体を弾くようにしてなんとか旋空弧月を回避。
ゴロゴロと床を転がりながら、旋空弧月の発射元である店舗から距離を取る。
そしてすぐさま起き上がり、店舗の中を見据え────そこから、予想通りの相手が現れた。
「かーっ、此処で村上先輩かよ。ツイてねぇー」
「そう言うな。きっちり相手してやる」
NO4攻撃手、村上鋼。
右手に『レイガスト』を、左手に『弧月』を構えた中世の騎士の如き立ち姿のその少年は、小荒井に好戦的な笑みを向けた。
「おーっと、此処で小荒井隊員が村上隊員に捕まった~……っ! どうやら今回の東隊は、トコトン運に恵まれていないようだねえ」
「確かにこりゃあ、ちと厳しい展開だなァ」
国近の実況に、弓場は眼鏡をくいっと上げながら呟く。
その視線は、小荒井と対峙する村上の映像に向けられている。
「そうなの~? 奥寺くんと同様、小荒井くんも多分隠し玉としてハウンド持ってるよねきっと。それでも厳しいかなあ?」
「ああ、厳しいなァ」
国近の問いに、弓場は即答する。
「確かに鈴鳴は、小荒井達がハウンドを使うって情報自体は知らねェ。だが、こればっかりは相手が悪過ぎるとしか言えねェなァ」
「鋼さんは、元々守りが堅いからね。多少予想外の攻撃が来ても、崩すのは難しいわ」
「あァ、しかも右手にレイガストを持ってるって事ァ、防御に意識を割いていると見て間違いねェ。ハウンドを使った所で、逃げる隙を作れれば御の字ってトコだろうなァ」
そう、今の村上はレイガストを
村上は攻撃重視の時は左手に、守備重視の時は右手にレイガストを装備して立ち回りを使い分けている。
その村上が右手にレイガストを装備しているという事は、不意打ちに対して十全に備えている状態にあると言っても過言ではない。
そんな村上にハウンドで不意打ちを仕掛けた所で、逃げる隙を作れるかどうか、といった所だろう。
「小荒井としちゃあ、此処でハウンドを切る事は避けたい筈だからなァ。那須隊に続いて鈴鳴第一にまで隠し玉を見せちまったら、隠し玉の意味がなくなっちまうからなァ」
「つまり、隠し玉を使い潰して逃げるか、奥寺との合流までなんとか耐えるか。選べるとしたら、そのどちらかね」
「どちらにしろ、分の悪ィ二択には違いねェけどなァ」
小荒井としては、折角不意打ちに使える手札を此処で使い切りたくはない。
だが、村上は手札を温存したまま相手に出来るような生易しい相手ではない。
全力で当たらなければ、村上相手には戦いの土俵にすら上がれない。
小荒井はその小柄な身体での身軽な動きを武器とするが、逆に言えば体格に劣る相手との正面からの鍔迫り合いは不利となる。
特に、この地下街のような狭い空間では猶更だ。
事実上、小荒井が生き残る為にはハウンドという手札を切るしかない。
奥寺が到着するまで耐え凌ぐという選択肢も、あるにはある。
だがそれは、とても現実的とは言い難かった。
「幸い、奥寺との距離はそう遠くねェ。少しの間耐えれば、合流は出来んだろうけどなァ」
「けど、そう上手くは行かないわ。ホント、今回運がないのね」
小南はそう言って笑うと画面を見据え、告げる。
「『東隊』は」
「────メテオラ」
────それは、突如として訪れた。
村上のいる場所の、逆方向。
小荒井が進もうとしていた方向から、爆音が響いた。
続け様に響く爆音と同時に、先の通路が崩落。
奥寺と合流する為に向かおうとしていたその道は、瓦礫に塞がれ通路としての機能を停止した。
「な……っ!? メテオラって事は、まさか……っ!」
「…………来たか、七海」
「────」
土煙舞う瓦礫を背に、こちらに歩み寄る影があった。
その手にスコーピオンを携えた少年の名は、七海玲一。
通路を爆破し塞いだ張本人は、村上と小荒井を見据えスコーピオンを構え直した。
此処に、七海と村上。
二つの部隊のエースが、小荒井を挟む形で揃ってしまった。
最早、逃げ場はない。
「おっとおっとぉ、此処で七海隊員が通路を爆破しながら出現~っ! 小荒井隊員、両部隊のエースに挟み撃ちにされる形になったぞぉ」
「こりゃ死んだわね。あいつ」
画面を見て、小南は端的に告げる。
彼女が七海贔屓なのは見ての通りだが、傍から見ても小荒井の窮地は明白であった。
「今の崩落で、奥寺と合流出来る最短ルートは潰れたわ。回り道をすれば合流出来なくもないけど、それまで小荒井が生きてられるとは思えないわね」
「俺もそりゃあ同感だなァ。鋼だけでも厳ちィってのに、そこに七海まで加わりやがった。相当気張らなきゃ、先は無ェわなァ」
小南達の言う通り、今小荒井は七海と村上、二人のエース攻撃手と対峙している。
立ち位置も、丁度小荒井を挟み撃ちするような恰好だ。
無理にグラスホッパーで抜けようとしても、村上の防御や七海の機動力を振り切るのはまず不可能。
殆ど遭遇戦に近い戦いを強いられ道も入り組んでいるこのMAPの特性が、最悪の形で突き刺さったと言えるだろう。
「小荒井一人で、この二人の相手は荷が勝ち過ぎる。捨て身の特攻を仕掛けても、手傷を与えられるかどうかすら怪しいってんだからなァ」
そう。村上は防御が堅く、
七海に関してはサイドエフェクトで攻撃を察知出来る上に、機動戦での立ち回りは七海が上だ。
捨て身になったところで、刃が届く筈もない。
奥寺と二人揃えば幾らでもやりようはあるのだが、開始直後の一番隙の多い時間帯を狙われた以上どうしようもない。
ほぼほぼ、
その二人の解説を聞き、国近はほぅほぅと感心する素振りを見せながら、マイクを握り締めた。
「さあ、序盤から波乱の展開だが、どうなる小荒井隊員~……っ!? この窮地、切り抜ける事が出来るか……っ!?」
国近は画面に映る小荒井の姿を見て、笑った。
面白いものが、見られるだろう。
そんな期待が、その目からは伝わって来る。
戦いは、序盤から早くも一つの佳境を迎えつつあった。