痛みを識るもの   作:デスイーター

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東隊③

「────旋空弧月」

「うわっと……っ!」

 

 村上は左手に構えた弧月で、『旋空』を放つ。

 

 狙いは当然、自身と七海の二人に挟まれた標的────小荒井だ。

 

 小荒井はグラスホッパーを利用し、跳躍して『旋空』を回避。

 

 村上の斬撃は、空を切る。

 

「────」

 

 しかし、これはあくまで陽動。

 

 小荒井を、この場から逃さない為の牽制。

 

 故に、()()()は当然やって来る。

 

 スコーピオンを携えた七海が、壁や天井を足場にして跳躍した小荒井へと追い縋る。

 

「く……っ!」

 

 小荒井は弧月でスコーピオンを防御────は、しない。

 

 それは何故か?

 

 当然、()()()()()()()()()からである。

 

 防御ではなく回避を選択した小荒井は、グラスホッパーを踏み込み七海からの離脱を試みる。

 

 七海とは逆方向────村上の方に向かって、小荒井が跳躍。

 

 あわよくばこの場を抜け出さんと、全速力で疾駆する。

 

「────スラスター、オン」

 

 だが、それを許す村上ではない。

 

 村上はレイガストのオプショントリガー、スラスターを起動。

 

 一瞬にして空中の小荒井へと肉薄し、小荒井にレイガストのシールドバッシュを敢行する。

 

「ぐ……っ!」

 

 村上の盾の突進(シールドバッシュ)を喰らった小荒井はその場から弾き飛ばされ、再び七海の方へ押し戻される。

 

 当然、その先にいた七海はスコーピオンを構えて跳躍。

 

 逃走に失敗した小荒井を、刈り取りにかかる。

 

「やられてたまるか……っ!」

 

 小荒井は即座にグラスホッパーを起動し、ジャンプ台トリガーを踏み込み下へ逃げる。

 

「────」

「ぐ……っ!?」

 

 しかし、ただで逃がす程七海は甘くはない。

 

 小荒井が下へ逃げた瞬間、手に持っていた短刀型のスコーピオンを迷わず投擲。

 

 投擲されたスコーピオンの刃が小荒井の脇腹を抉り、傷口からトリオンが流出する。

 

 直撃しなかっただけマシだが、それも時間の問題だ。

 

 七海は小荒井と少し離れた場所に着地し、油断なく小荒井の動向を見据えている。

 

 恐らく、すぐでも攻撃は再開されるだろう。

 

 既に着地を終えた村上はレイガストを構えながら『弧月』を振りかぶる準備をしており、七海もまた、いつでも動き出せる体勢を崩していない。

 

 七海は奥寺がハウンドを使用したという情報から、既に小荒井もハウンドを装備しているだろうと当たりをつけている為、不用意に踏み込みはしない。

 

 村上もまた、七海の立ち回りから小荒井に何か()()()があると察し、七海に便乗する形で警戒を怠らず仕留める隙を狙っている。

 

 もしも小荒井と奥寺がハウンドを装備していなければ、最初の攻防でそのまま落とされていただろう。

 

 だが、それも時間の問題だ。

 

 機動力に長けた七海から逃げ切る事は至難であり、村上も防御を崩す隙も、現状一切見当たらない。

 

 小荒井は既に、いつ落ちてもおかしくはない窮地へと追い込まれていたのだった。

 

 

 

 

「七海隊員と村上隊員の猛攻が、再び小荒井隊員を襲う……っ!  これは小荒井隊員、厳しいか……っ!?」

 

 実況席で戦況をを見ていた国近がそう告げ、弓場も鋭い眼光を画面の先へ飛ばしている。

 

「このままだと、小荒井は落ちるな。ちィと頑張っちゃいるが、流石にあの二人相手は分が悪ィ」

「二人共、小荒井を逃がさないように立ち回ってるしね。多分、小荒井を落とすまで疑似的な共闘を続けるつもりでしょ」

 

 小南の言う通り、七海と村上は一種の休戦協定を結んでいる状態にあった。

 

 言葉を交わしたワケではない。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()という思惑は、二人共合致していた。

 

 小荒井が奥寺と合流した時の厄介さは、七海達も百も承知だ。

 

 だからこそ、合流前に潰す。

 

 『鈴鳴第一』がこのMAPを選んだ意図の中に当然それは盛り込まれているし、七海もこの機会を逃すつもりはサラサラなかった。

 

 東を相手にするには、まず脇を固める小荒井と奥寺を排除しなければ話にならない。

 

 それが単騎であればそこまで強くない駒ともなれば、やる事は決まったようなものだ。

 

 即ち、見敵必殺。

 

 幸い、小荒井は目立つ事も厭わずグラスホッパーを用いて移動していた。

 

 その情報を地下街に潜伏しているチームメイトから入手した七海は、小夜子と連動し小荒井の通るルートをシミュレート。

 

 進行方向に先回りし、通路崩しからの奇襲を狙ったのだ。

 

 そこに村上が参戦してくれた事は、嬉しい誤算である。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()とは思っていたが、まさか此処まで上手く行くとは七海も思っていなかっただろう。

 

 挟み撃ちに成功した時点で、村上と七海の思惑は一致を見た。

 

 そして、今の状況へと繋がったワケである。

 

 結果として二人のエース攻撃手に挟まれる形になった小荒井としては、文句の一つも言いたくなる状況であろうが。

 

「じゃあ小南ちゃん達は、このまま何も出来ずに小荒井くんが落ちると思ってる?」

 

 だが、そんな状況であるにも関わらず、国近は不意にそんな事を言い出した。

 

 分かり切った事を聞く国近を不審に思いつつ、小南は質問に答える。

 

「そりゃそうでしょ。あの状態から生き残るなんて、まず無理よ。七海も鋼さんも、捨て身の特攻が通じる相手じゃないわ。相打ち覚悟で行っても、碌に戦果は得られないでしょうからね」

「俺も同意見だなァ。流石に、気張ってどうこうなる範囲を超えてやがる。それとも何か? おめェーはこの状況から小荒井が何か出来るって、そう思ってんのか?」

 

 弓場は、胡乱な目で国近を見据える。

 

 鋭い眼光で睨みつけられるように見られても、国近の態度に変化はない。

 

 ただ淡々と、己の意思を言葉に乗せた。

 

「んー、それはまだ分からないかなー。私も小荒井くんが絶体絶命なのは分かるし、生き残るのも無理だとは思うけど」

 

 でも、と国近は告げる。

 

「────何も出来ずに落ちる程、諦めが良くはないと思うよ。小荒井くんは」

 

 

 

 

 ────小荒井が『ボーダー』に入った理由は、別に大したものではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。これに尽きる。

 

 自分と奥寺は、何をするにも一緒だった。

 

 血の繋がった兄弟というワケでも、兄弟同然に育った幼馴染というワケでもない。

 

 ただ、初めて出会った時に確信したのだ。

 

 こいつとは、一緒にやった方が上手く行くと。

 

 その直感は、間違っていなかった。

 

 日常の些細な事柄、サッカーの試合、そのいずれも小荒井は奥寺の行動が手に取るように分かり、どうすればお互いにやり易いのか、という事が直感的に理解出来ていた。

 

 その二人が共にサッカー部へ入部し、ゴールデンコンビと呼ばれるようになるのは、最早必然だったと言える。

 

 楽しかった。

 

 口では色々と言い合う間柄だが、奥寺とは根本的な部分で繋がっているのが理解出来たからだ。

 

 言い換えれば、()()()()()()()()()()()()のだろう。

 

 親兄弟でも幼馴染でもない二人がどうしてそこまで()()()()のか不思議で仕方なかったが、それが特に問題とは思わなかった。

 

 学生生活というタイムリミットこそあれど、時間制限が来るまで奥寺と共に楽しくやれればそれで良い。

 

 少なくとも小荒井は、そう思っていた。

 

 ────あの、大規模侵攻が起こるまでは。

 

 とは言っても、小荒井自身があの侵攻の被害を直接受けたワケではない。

 

 奥寺も、家族が死んだなどという話は聞かなかった。

 

 だが、『ボーダー』が出来て暫く経った頃、急に奥寺が言い出したのだ。

 

 『ボーダー』に入りたい、と。

 

 大規模侵攻が起きた後、奥寺が何かに悩んでいるのは気付いていた。

 

 だが、問い詰める気にはなれなかった。

 

 恐らく、奥寺の知り合いの誰かが、ボーダーに入ると決めたのだろう。

 

 奥寺は多分、その人を助けてやりたいのだ。

 

 言葉にはせずとも、小荒井はそんな奥寺の心の機微を理解していた。

 

 だから、迷わず告げたのだ。

 

 自分も、一緒にボーダーに入ると。

 

 奥寺は最初は面食らっていたようだが、薄々俺がどう答えるかは元々察していたらしい。

 

 何度か念押しした後、「じゃあ一緒にやるか」と笑顔で頷いたのだ。

 

 何をするにも、二人一緒なら上手く行く。

 

 それまでも、そうだった。

 

 なら、相棒が行くと言うのであれば、自分も当然付いて行く。

 

 難しい事は、考えずとも良い。

 

 ただ、奥寺(あいぼう)の力になれればそれで良い。

 

 そう考えて、二人はボーダーの門を叩いたのだ。

 

 そしてそこからB級に上がり、いざチームを組もうという段になって、二人はようやく気付いたのだ。

 

 自分達を率いる、隊長が要ると。

 

 自分も奥寺も、隊長には向いていない。

 

 そも、自分と奥寺は連携出来なければそこまで強くはない。

 

 別々の隊に入るなど、考慮すらしていなかった。

 

 しかし、部隊の定員は四名。

 

 その時のB級部隊は殆どが三名部隊で、自分と奥寺が共に入れるような隊は存在しなかった。

 

 戦闘員が一人という珍しい隊もいたにはいたが、そこに入る気にもなれなかった。

 

 となると自分達で隊を立ち上げるしかないのだが、二人に指揮官としての適性はなかった。

 

 かと言ってどちらかが隊長をやるとなると、連携が甘くなるであろう事は容易に予測出来た。

 

 自分達の強さは、連携あってこそのもの。

 

 その連携を疎かにするような選択を、取る事は出来なかった。

 

 そんな時、二人は耳にしたのだ。

 

 A級部隊を率いていた一人の隊長が、隊を解散して単独(フリー)の身でいるのだと。

 

 そこに運命的な何かを感じた小荒井は、奥寺共々その相手────東に、突貫した。

 

 勿論、初めから色良い返事を貰えたワケではない。

 

 昼夜問わず東の所に通い詰め、足に縋りついて泣き落としまで敢行して、ようやく了解の返事を貰えたのだ。

 

 我ながら手段を選ばなかった自覚はあるが、逆に言えばそこまでしなければ東が隊長を引き受けてくれる事はなかっただろう。

 

 なり振りかまわなかった、小荒井の執念の勝利と言える。

 

 そうして晴れて『東隊』となった小荒井と奥寺は、東から指導を受けメキメキと実力を上げて行った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という評価も聞こえて来るようになり、二人は順調そのものだったと言える。

 

 だが、B級上位は甘い世界ではなかった。

 

 中位までと違い相手から中々点が獲れず、自分達が倒されて東だけ生き残り、タイムアップにより試合が終了する、といった事が何度もあった。

 

 東は隠密能力や作戦立案能力も然る事ながら、生存能力もずば抜けて高かった。

 

 一度弓場と影浦に挟み撃ちにされた時も、上手く二人を食い合わせて無傷で脱出した程だ。

 

 そんな東に対して、二人は何かが出来ているという実感がなかった。

 

 点は碌に獲れず、強い相手には落とされる。

 

 そういった日々が続いたからこそ、『東隊』はB級上位での成績は伸び悩んでいた。

 

 そして前回のROUND3では、遂に中位落ちを経験してしまった。

 

 ROUND3では、東はきっちり仕事をこなしていた。

 

 狙撃が効かない七海相手に狙撃を成功させ、緊急脱出にまで追い込んだ。

 

 『東隊』が中位落ちしたのは、偏に自分達が一点も取れなかったからである。

 

 もし、自分達が一点でも取れていれば、あの時中位落ちを経験せずに済んだ筈だ。

 

 所詮は「もしも」の話だが、そう思わずにはいられない。

 

 だから、続くROUND4で東が自分達の行動を評価してくれた事は嬉しかった。

 

 中位落ちしたROUND4では、『荒船隊』と『諏訪隊』、『柿崎隊』という面子と戦った。

 

 選択されたMAPは、『市街地C』。

 

 高低差のある住宅地の連なる、狙撃手有利MAPであった。

 

 序盤に『諏訪隊』の三人を落とせたまでは良かったが、その時に諏訪の銃撃で小荒井が右腕を負傷。

 

 高台に陣取られた『荒船隊』の三人の狙撃を掻い潜る事が出来ず、膠着状態に陥った。

 

 そこで、二人は東に問われた。

 

 撤退か、それとも続行か。

 

 そして、続けたとして誰を狙うのか。

 

 まず、その時点での撤退は出来なかった。

 

 三点では、上位へは復帰出来ない。

 

 あと二点、最低でも必要だった。

 

 MAPを完全に味方に付けた『荒船隊』の攻略が難しい以上、残る『柿崎隊』を狙いたい所だったが、『柿崎隊』は生存能力の高い隊員が揃っている。

 

 『柿崎隊』に仕掛けている間に、『荒船隊』に狙われては目も当てられない。

 

 だから二人は、落とされる事を承知で『荒船隊』の狙撃手二人に特攻した。

 

 結果として奥寺は落とされたものの穂刈と半崎を落とす事には成功し、残された小荒井はそのまま撤退する事を選んだ。

 

 欲をかきたくなる場面ではあったが、充分戦果は得られたと判断し、そこで試合を降りる決断を下したワケだ。

 

 結果として自分達はB級上位へ復帰する事が出来、東からも最後の撤退の判断を評価され、サブトリガーの本格的な使用が解禁された。

 

 だからこそ、『ハウンド』をこの試合に持ち込む事が出来たのだ。

 

 自分達は今、上がり調子の筈だ。

 

 しかし、今回の試合ではつくづく運に見放されている。

 

 奥寺と合流できる目途は立たず、自分が落ちるのも時間の問題。

 

 そんな状況に、小荒井は諦めが頭を過り────は、しなかった。

 

 脳裏に浮かぶのは、()()()()()()()()()()()()という思考。

 

 思考を止めてはならない。

 

 相手の戦術レベルを想定し、最適の選択肢を選び抜く。

 

 それが、東の教え。

 

 その教えを受けた自分達が、思考放棄など以ての外。

 

 考えろ。

 

 考えろ。考えろ。考えろ。

 

 落とされる事は、良い。

 

 だが、此処で何も得られず、ただ落とされるのはゴメンだ、

 

 だからこそ、小荒井は思考を止めなかった。

 

 袋小路の先にある答えを、見つける為に。

 

 …………ふと、通路を塞ぐ瓦礫とその向こうの()()()()()に気付く。

 

 そして、閃くものがあった。

 

 すぐさま通信を開き、告げる。

 

「東さん。ちょっと、頼みたい事があるんですけど……」

 

 小荒井は、闘志を漲らせ、東への()()を終えた。

 

 そして、顔を上げる。

 

 前門の七海に、後門の村上。

 

 二人に挟まれた自分に、生き残る道などない。

 

 だが。

 

 だが。

 

 それは、勝負を捨てて良い理由にはならない。

 

 この場で出来る、最善を。

 

 そう決意し、小荒井は弧月をその手に駆け出した。


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