痛みを識るもの   作:デスイーター

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東隊④

『つーわけで、後は頼んだぜ奥寺。しっかりやれよっ!』

「…………ああ、任せておけ」

 

 小荒井からの通信を聞き、奥寺は人知れず溜め息を吐いた。

 

 現在、小荒井は七海と村上という相手のエース二人に挟まれた状態にいる。

 

 しかも通路は瓦礫で寸断されており、逃げる隙も見当たらない。

 

 自分が共にいればなんとかなったかもしれないが、最短ルートが潰された以上辿り着く頃には最早手遅れになっている筈だ。

 

 小荒井は、此処で落ちる。

 

 まだ、一度も自分との連携を見せないまま。

 

 その事が、妙に悔しかった。

 

 奥寺にとって小荒井は、不思議な間柄の相手だった。

 

 兄弟というワケでも、幼馴染というワケでもないのに、自然と相手の考えが分かるのだ。

 

 相手がどう考え、動き、自分に何を求めているか。

 

 それが自然と分かったから、小荒井とは自然とコンビを組むようになっていった。

 

 小荒井と一緒にやるサッカーは、楽しかった。

 

 息の合った相棒と共にスポーツに熱中し、互いに軽口を叩きながら笑い合う。

 

 そんな日常を、奥寺は口に出さずとも確かに好んでいた。

 

 ただし、相棒とはいえ何もかも打ち明けているワケではない。

 

 自身が淡い想いを抱く女性、人見摩子に関する事もその一つだ。

 

 人見は奥寺にとって、有り体に言ってしまえば()()()()()()()という立ち位置だった。

 

 それなりに交流があり、相応に優しく、面倒を見てくれた。

 

 そんな女性に奥寺が仄かな好意を抱くのは、最早自然な流れだったと言える。

 

 かと言って割と奥手な奥寺には告白するような思い切りは持てず、小荒井と過ごす楽しい時間に重きを置いていた事もまた事実だった。

 

 ────あの、大規模侵攻が起こるまでは。

 

 奥寺も小荒井同様、直接の被害を受けたワケではない。

 

 だが。

 

 だが、人見は────あの大規模侵攻で、祖父を失った。

 

 その直後の消沈ぶりは、傍から見るだけでも酷かった。

 

 無理な作り笑いを浮かべた、痛々しい姿の彼女は、正直見ていられなかった。

 

 少しでも気が楽になればと話し相手になってみたりもしたが、何処までそれが彼女の助けになったのかは正直分からない。

 

 けれど結局、しばらくすると彼女は自分の中で折り合いを付けたらしい。

 

 祖父の復讐の為ではなく、これ以上悲しむ人を減らす手助けが出来るならと、人見はボーダーに入る決意を固めた。

 

 そして、そんな彼女を見て、自分もボーダーに入って彼女の助けになろう、と思ったのだ。

 

 …………正直、不純な動機だったと思っている。

 

 好きな人の傍でアピールしたいから、防衛組織に入る。

 

 ボーダーに皆が入る理由は様々だろうが、自分の理由はどうにも低俗なものに思えた。

 

 だから、小荒井にボーダーに入る話をした時も、その理由については話さなかった。

 

 けれど、小荒井は理由も聞かずに二つ返事で一緒にボーダーに入る、と言ってくれた。

 

 恐らく、何らかの事情がある、という事くらいは小荒井も察していただろう。

 

 だが、自分がそれを話したくない事を悟ると、一切の追及をせずにただ自分と共に入隊する決意を固めてくれた。

 

 正直、助かったと思ったのは事実だ。

 

 ボーダーでは、戦闘員としてやって行く事になる。

 

 その上で、小荒井との連携力を活かさない手はない。

 

 そも、自分にとって小荒井は既にいて当然の相棒であり、いなければきっと、調子が狂う。

 

 いわば、自分の半身のようなものなのだ。小荒井は。

 

 一緒にいるのが自然で、自分にとってなくてはならない相方。

 

 それが、奥寺にとっての小荒井だった。

 

 今までは、なんだかんだで小荒井とはすぐに合流出来ていた。

 

 だからこそ、強者ひしめくB級上位で曲りなりにもやって来れたのだと言える。

 

 故に、今回のような一度も合流しないまま片方が脱落の危機を迎えるといった状況は、正直初めてだった。

 

 合流した後、分断された事ならある。

 

 だが、そもそも一度たりとも合流出来ないという事は、不思議と今までなかった。

 

 恐らくは偶然であろうが、その偶然も今回ばかりは作用してくれなかった。

 

 …………正直、心細くないと言えば嘘になる。

 

 分かるのだ。

 

 きっとこの試合、自分は小荒井と合流は出来ないのだと。

 

 何故、と問われてもそう感じたから、としか言いようがない。

 

 だが、この直感は恐らく当たってしまうのだろうという、嫌な確信があった。

 

 そして、今の小荒井が説明した「作戦」を聞き、それは決定的となった。

 

 小荒井が東に頼んだのは、自分の救助ではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 聞いた時は思わず耳を疑った作戦だったが、東はそれを「実行可能」と答えた。

 

 その答えを聞いた小荒井は、笑いながら作戦実行の許可を東に取り、自分にも後は頼むと伝えて来た。

 

 小荒井に気負いはなく、ただ自分のやるべき事を見据えて行動しようとしている。

 

 それが妙に悔しくて、奥寺は内心悶々としていた。

 

『奥寺。心配するな。これも良い経験だと思って、思うようにやってみろ』

「東さん…………わかりました。やってみます」

 

 そんな時に、通信越しに東の声が届く。

 

 東の声には、何処か自分を案ずるような響きがある。

 

 恐らく、小荒井と合流出来ずにいる自分のメンタルの不安定さに気付き、フォローを入れてくれたのだろう。

 

 つくづく、自分達には出来過ぎた隊長だ。

 

 そうだ。何を迷っていたのだろう。

 

 考えてみれば、こんな状況はこれから何度も起こり得る。

 

 その度に心が乱れていては、勝てる試合も勝てなくなる。

 

 何より、小荒井が覚悟を決めたのだ。

 

 相方の自分が、こんなザマでどうする?

 

 自分も、しっかりしなければ。

 

 勝つ為に。何よりも、相棒の覚悟に応える為に。

 

 やってやる。

 

 奥寺は決意を新たに、地下街を駆けて行った。

 

 

 

 

「うりゃあ……っ!」

 

 小荒井は『弧月』を上段に構え、七海に斬りかかる。

 

 村上ではなく、七海を狙った理由は単純明快。

 

 七海は、距離を離すと危険だからだ。

 

 近接オンリーの村上とは違い、七海はメテオラをセットしている。

 

 こんな閉鎖空間でメテオラを使うなど普通は自殺行為だが、生憎七海は普通ではない。

 

 たとえ至近距離だろうが、使う時は容赦なく使って来る筈だ。

 

 その展開を避ける為に、敢えて七海に突貫したのだ。

 

 更に言えば、七海はスコーピオンを使う都合上、不意を打つ能力に優れている。

 

 村上とやり合っている間に後ろから一刺し、という展開も、七海なら十分に考えられるのだ。

 

 故に、前進にこそ活路を見出し小荒井は斬撃を放つ。

 

 だが、当然七海はそれをスコーピオンで迎撃。

 

 『弧月』の刃が、スコーピオンに受け止められる。

 

 誰もが知っての通り、弧月とスコーピオンでは耐久力に差がある。

 

 一方的にスコーピオンで弧月を受け太刀し続ければ、スコーピオンはあっという間に砕け散る。

 

 元々、スピードアタッカー用の攻撃特化のトリガーなのだ。

 

 防御に用いる武器としては、正直心もとない。

 

 故に七海は、即座に次の手を打つ。

 

「────」

 

 左手にスコーピオンを生やしながらの、一閃。

 

 前兆なしで放たれたその攻撃が、弧月を掻い潜って小荒井を襲う。

 

「うおっと……っ!」

 

 それを小荒井は、身体を捻り強引に回避。

 

 間一髪で、攻撃を凌ぐ。

 

「────旋空弧月」

 

 しかし、今度はそこに背後からの『旋空』が襲い来る。

 

 放ったのは、当然村上。

 

 七海ごと小荒井を両断せんとする斬撃が、横薙ぎに振るわれる。

 

 今は表面上共闘の姿勢を見せているが、七海と村上は対戦相手。

 

 その前提は、変わっていない。

 

 故に、これは共闘の反故などではない。

 

 そもそも。

 

 単発の『旋空』程度では、七海を傷付けるには至らない。

 

 攻撃が来るのを()()した七海は極小のグラスホッパーを用いて、跳躍。

 

 最低限の動きで、村上の旋空を躱す。

 

「く……っ!」

 

 小荒井も、同じようにグラスホッパーを踏み、斬撃を回避。

 

 七海と小荒井が、同時に中空へと躍り出た。

 

「────」

 

 空中戦となった以上、七海が黙っているワケはない。

 

 壁を蹴り、天井を足場に、三次元機動で小荒井の背後を取る。

 

 一瞬の、目にも止まらぬ体捌き。

 

 小荒井の背に狙いを定めた暗殺者(七海)が、音もなくスコーピオンを振るう。

 

 既に、回避が許されるタイミングではない。

 

 受けるか、斬られるか。

 

 刃の脅威に晒された小荒井に許された選択は、それだけだった。

 

「こなくそ……っ!」

 

 小荒井はなんとかそれに反応し、弧月で受け太刀。

 

 鈍い音と共に、スコーピオンが弧月によって受け止められる。

 

「────旋空弧月」

 

 動きが止まった小荒井に、村上の旋空弧月第二波が放たれる。

 

 旋空弧月は、切断力であれば他の追随を許さない強力な一撃だ。

 

 扱い難く使いこなせている者はそう多くはないが、シールドさえ容易に両断するその突破力は伊達ではない。

 

 先端に近付けば近付く程威力が上がるというその性質上、離れた場所を攻撃する手段としてはこの上なく有効だ。

 

「……っ!」

 

 故に。

 

 小荒井が取った手段は、()()

 

 グラスホッパーを用いて無理やり七海から離れた小荒井は、その勢いを利用して旋空を掻い潜りつつ側面から村上へと肉薄する。

 

 旋空弧月は確かに強力な攻撃ではあるが、同時に隙の大きい一撃でもある。

 

 ブレードを拡張して振るっている以上、その重さの枷(デッドウェイト)はどうしたって使用者の動きを鈍くする。

 

 即ち、旋空を使用している最中は、奇襲に対して反応が遅れ易い。

 

 小荒井はその隙を狙って、村上に特攻を敢行したのだ。

 

 しかし。

 

 しかし。

 

 ────村上は、旋空を使った程度で隙を晒すような練度の持ち主ではない。

 

 重さの枷(デッドウェイト)など、とうに克服済み。

 

 太刀川や忍田の域にはまだ及ばないが、それでも旋空の扱いには一通り習熟している。

 

 即ち。

 

 小荒井の特攻にも、冷静に対処が可能。

 

 レイガストを用いて、小荒井の斬撃をガードする。

 

 そも。

 

 防御重視の攻撃手である村上の真価は、容易には崩せないその堅牢な防御力にある。

 

 故に。

 

 故に。

 

 ────その攻撃が対処される事は、小荒井にとっても()()()()

 

「────ハウンド……ッ!」

「……っ!」

 

 小荒井はそこで、隠し玉(ハウンド)を放つ。

 

 村上の、レイガストの側面。

 

 ()のない箇所へ向け、猟犬(ハウンド)が牙を剥く。

 

 村上は弧月とレイガスト、その両方を起動している。

 

 このハウンドを防ぐ為にシールドを張るには、そのどちらかのトリガーをオフにしなければならない。

 

 だが、レイガストを失えば小荒井の追撃を防ぐ事が出来ず、弧月を失えば切り返しの手段が喪失する。

 

「────」

 

 故に。

 

 村上が取った手段は、小荒井の想像を超えていた。

 

 小荒井の弧月を受け止めていたレイガストをハウンドが迫る側面へと向き直し、その全弾を受け止める。

 

 素通しになった小荒井の斬撃は、左手の弧月を逆手持ちにしてこれを受け太刀。

 

 一瞬の、曲芸の如き技術を用いた的確な防御。

 

 それによって、小荒井の奇襲は完全に防がれた。

 

「が……っ!」

 

 そして、動きの止まった相手程、落とし易いものはない。

 

 背後から忍び寄った七海の刺突が、的確に小荒井の胸を、トリオン供給器官を刺し貫いた。

 

『警告。トリオン供給器官破損』

 

 機械音声が、小荒井の致命傷を告げる。

 

 小荒井のトリオン体の全身に罅割れが発生し、その身体が限界を迎える。

 

「やっぱ強ぇな、七海先輩。けど、ただでやられるつもりはないね……っ!」

「……っ!」

 

 だが、崩れ行く小荒井の身体の影から、無数の光弾が、ハウンドが放たれた。

 

 これこそが、小荒井が片手が空いているにも関わらず、シールドさえ張らずに攻撃を素通しした理由。

 

 小荒井は最初から、攻撃を回避するつもりがなかった。

 

 自分を囮に、七海にハウンドによる一撃を叩き込む。

 

 それが、彼の狙い。

 

 自分の脱落が最早不可避であると悟ったが故の、捨て身の特攻。

 

「────」

 

 だが、それさえ七海には通じない。

 

 七海はスコーピオンを破棄すると、即座にシールドを全方位に展開。

 

 無数に散ったハウンドの攻撃を、受け止める。

 

 最後の一撃も、届かず。

 

 一矢報いる事も叶わず、散りゆく小荒井は。

 

 ────ニヤリと、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

『東さん』

 

 短く、オペレーターの人見から声がかかる。

 

 それだけで良い。

 

 必要な情報は、既に受け取っている。

 

 故に。

 

 東は、想定通りに己の仕事を遂行した。

 

 

 

 

「な……っ!?」

「……っ!?」

 

 ────瓦礫の向こうから飛来した、一発の弾丸がその場の全てを覆した。

 

 七海のシールドに小荒井のハウンドと()()()()()命中したそのアイビスの弾丸は、広げていたシールドを容易く貫通し七海の左腕を吹き飛ばす。

 

 弾丸の勢いはそれだけでは止まらず、レイガストをハウンドの防御の為に側面に降ろしていた村上の右腕は、その一撃によって吹き飛ばされた。

 

「…………どうにか仕事は出来たな。後は頼みます。東さん、奥寺」

『────緊急脱出(ベイルアウト)

 

 それを見届けた小荒井は、光の柱となって戦場から離脱する。

 

 誇らしげに散った小荒井の姿が、二人の瞼へ焼き付けられた。


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