痛みを識るもの   作:デスイーター

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鈴鳴第一①

「おー、此処で小荒井隊員が緊急脱出……っ! しかーし、小荒井隊員の捨て身の()()によって七海隊員と村上隊員の片腕が吹き飛ばされたぞぉ……っ!」

「…………おゥ、良い仕事しやがるじゃねェか。小荒井」

 

 弓場は小荒井の散り様を見て、口元に笑みを浮かべた。

 

 自分の脱落が確定しても尚、隊の為に動くその気概。

 

 それは、彼の好む気質であったのだから。

 

 仮想空間での戦闘である上緊急脱出システムがある以上、脱落はポイントの増減以外のデメリットは無い。

 

 場合によっては、脱落覚悟で()()をこなす事も、ランク戦における戦術の一つだ。

 

 確かに相手チームに点を獲られるのは痛いが、ただ落とされるのと仕事をしてから落とされるのとでは、後の展開に大きな違いが出て来る。

 

 そも、ランク戦は失点よりもまず得点が重要。

 

 失点を得点でカバー出来る目算があるのであれば、失点のリスクは許容出来る。

 

 無論ノーリスクというワケにはいかないが、何も出来ずにやられるよりはよっぽど良い。

 

 そういう意味では、小荒井はきっちりやるべき事をやり切ったと言えるだろう。

 

「…………しかし、小荒井も上手かったけど相変わらず東さんヤバいわね。なんで瓦礫越しに、しかも小荒井のハウンドとタイミングを合わせて当てられるのよ?」

 

 むぅぅ、と小南は難しい顔で唸りながら画面を睨みつける。

 

 小南としては、またしても()()()()()()()筈の七海に東が狙撃を成功させた事が、どうにも信じ難いのだろう。

 

 前回のように七海の心の隙を突いたワケではなく、純粋な()()()()で当てて来た。

 

 七海のサイドエフェクトは、痛みの()()()()は感知出来てもその()()()()()までは分からない。

 

 つまり、痛み(ダメージ)の発生範囲とタイミングが()()()()であれば、七海の感知はそれを()()()()()として解釈する。

 

 故にこそ、東は七海のサイドエフェクトを掻い潜り、攻撃を当てる事が出来たのだ。

 

 しかも今回、東は威力減衰を避ける為に通路を塞ぐように積み重なった瓦礫の()()を縫う形で狙撃を敢行している。

 

 丁度、前回のROUND4で茜が壁の穴越しに狙撃を成功させたように。

 

 東はそれと同じ事を、更に高精度に行ったのだ。

 

 肉眼では見えない位置にいる相手の場所を観測結果を元に算出し、小荒井のハウンドと全く同じタイミングで着弾するよう調整し狙撃を行う。

 

 完全に、言うは易く行うは難しである。

 

 相手の位置情報を観測結果によるオペレートだけで把握する必要がある上、七海の攻撃感知を掻い潜るには小荒井のハウンドとタイミングが完全に一致しなければならない。

 

 観測結果を元に狙撃を行うだけであれば、マスタークラスの狙撃手であれば可能だろう。

 

 瓦礫の隙間を縫うような狙撃も、茜であれば可能だ。

 

 指定されたタイミングで標的に着弾させるのも、奈良坂やユズルであれば出来るだろう。

 

 だが。

 

 だが。

 

 それら全てを寸分の狂いなく成功させるとなると、如何に上位の狙撃手であろうと難しいと言わざるを得ない。

 

 それを成功させるのが、()()()()()()()

 

 全ての狙撃手の元祖にして、ボーダーでも随一の戦術家。

 

 東春秋。

 

 多くの隊員に尊敬の眼で見られており人望も厚い、ベテランの中のベテラン。

 

 ボーダー隊員の師弟関係を紐解けば、大抵その源流には彼がいる。

 

 それだけ多くの知見を持ち、知恵を知識とするだけの機転もある。

 

 そんな彼だからこそ、この絶技を成功させたのだ。

 

 小南でなくとも、絶句するのは無理からぬ事と言えるだろう。

 

「確かになァ。相変わらず、厳ちィお人だぜったくよォ。ま、それを援護した小荒井も大したモンだけどなァ」

「あの捨て身の特攻も、東さんの狙撃の為の()()だったワケよね? 奥寺と分断されてこのまま終わるかなーと思いきや、最後の最後でやりやがったわねあいつ」

「大分鬼気迫る感じだったしねー、あの時の小荒井くん。惚れ惚れするような仕事ぶりだったよー」

 

 三者三葉、言葉は違えど小荒井を評価する声が飛び出した。

 

 確かに東の狙撃は見事なものだったが、それも小荒井のアシストあってのもの。

 

 その身を犠牲に仕事をやり切った小荒井の手腕は、評価されて当然のものだ。

 

 彼のこなした役割は、それだけ大きかったのだから。

 

「これで二人共片腕がなくなっちゃったけど、やっぱこれ大きい?」

「大きいなァ。七海は片腕が吹き飛んだ事で攻撃の()()が減っちまったし、村上はそもそも片腕で防御し、もう片方で攻撃するスタイルだ。普段の戦い方が出来ねェってのは、大分きちィだろうなァ」

 

 弓場の言う通り、片腕がなくなった両者の戦力低下は避けられない。

 

 七海は片腕がなくなった事で攻撃の手そのものが減り、近接戦闘での切り返しがやり難くなった。

 

 村上に至っては防御と攻撃をそれぞれの腕で担当していた為、片腕の喪失は戦闘スタイルの崩壊を意味する。

 

 どちらも、かなりの痛手だったと言える。

 

「けど、ぶっちゃけ()()()()でしょ? そのくらいの戦力低下で、奥寺が二人を上回れるとは思えないけど」

「それは違うなァ小南ィ。東サンが二人の片腕を吹き飛ばしたのは、別に奥寺が二人を倒し易くする為じゃあねェーんだ。あの場で、二人を食い合わせる為だ」

 

 弓場は小南の言葉をそう言って否定し、眼鏡をくいっと上げた。

 

「七海としちゃあすぐにでも東サンを追っかけてェ場面だろうが、片腕がなくなった鋼としちゃあ此処で七海を見失うのは避けてェ筈だ。一度隠密に徹した七海を見つけるのは、至難の業だろうからなァ」

 

 そう、確かに弓場の言う通り、七海の隠密能力はかなりのものだ。

 

 音を立てずに移動する歩法も習得しているし、性格上幾らでも我慢が効くので潜伏も苦としない。

 

 入り組んだこの地下街では、その隠密能力はかなりの脅威になる筈だ。

 

「それに、七海は腕は削れたが足は全く削れてねェ。今は折角、自分で作った袋小路にいる状態なんだ。この機を逃すのは、鋼としちゃあ惜しいと考えるだろうぜ」

「むぅ……」

 

 弓場の言葉に、小南は頬を膨らませながら理解を示した。

 

 七海の強みは、その図抜けた機動力を軸とした回避能力だ。

 

 三次元機動によって相手を翻弄し、隙を作って仕留めるのが七海の戦闘スタイルだ。

 

 現在、七海は自分で崩した瓦礫の壁と村上に挟まれる位置にいる。

 

 つまり、()()()()退()という選択肢が取り難い場所にいるという事だ。

 

 不利になれば一目散に逃げを選ぶ事が出来るのは、七海の大きな強みだ。

 

 それが難しい現状は、村上としても願ってもない。

 

 追いかける事が難しい東を追うよりは、目の前の相手に集中したいと考える筈だ。

 

「東サンはそこまで考えて、敢えて七海の足を残したんだろうぜェ。そういった心理誘導も、あの人は難なくこなすからなァ」

「むむぅ、相変わらずいやらしいというか、えぐいわね」

 

 むすぅ、と頬を膨らませながら小南は呟く。

 

 完全に、七海贔屓の感情を隠さなくなって来ている。

 

 先程までは七海が優勢な状況であった為にある程度隠せていたようだが、此処に来てボロが出始めたようだ。

 

 七海が不利な状況になって不満なのが、まるわかりである。

 

 国近はそんな小南を微笑まし気に見詰めながら、マイクを握り直した。

 

「さあ、東さんの一射で状況が大きく変わったぞ~。さあ、両者はどうする……っ!?」

 

 

 

 

「く……っ! やられたな……っ!」

「…………」

 

 右腕を失い、レイガストを取り落とした村上は即座に左腕でレイガストを掴み直し、舌打ちする。

 

 同様に左腕を失った七海は、険しい目つきで積み重なった瓦礫を睨みつけている。

 

 その動きは、瓦礫の向こうから狙撃した東を意識しているのが容易に見て取れた。

 

 瓦礫で通路を塞いだ事で、その先からの攻撃に対しては意識を割いてはいなかった。

 

 まさか、ハウンドと同時に着弾させる事で七海のサイドエフェクトを掻い潜らせるなどという手を取るとは、思いもしなかったのだ。

 

 前回、東は七海の心の隙を突く形で狙撃を成功させた。

 

 だが、今回は完全にその技術と立ち回りにしてやられた。

 

 弱みを克服しようが、今度は純粋な技を以て上回られた。

 

 東という実力者の力の()()を、完全に見誤っていたと言える。

 

「…………」

 

 七海としては、今すぐにでもこの瓦礫を吹き飛ばして東を追いかけたい。

 

 だが。

 

 だが。

 

「────」

 

 ────目の前にいる少年(村上鋼)がそれを許すかどうかは、また別の話である。

 

 村上はレイガストをシールドモードからブレードモードに変え、その切っ先をこちらに向けている。

 

 右腕を失い、普段の西洋騎士のような戦闘スタイルを失った村上だが、その立ち姿から感じる圧は微塵も揺るがない。

 

 此処からは、逃がさない。

 

 言外にそう告げる村上に、七海はスコーピオンを構え直す他なかった。

 

「行くぞ」

「ええ」

 

 それが、合図。

 

 村上はレイガストを振りかぶり、七海に斬りかかった。

 

 

 

 

「…………追って来ないか。どうやら、上手く行ったようだな」

 

 地下街の通路を駆けながら、東は一人呟く。

 

 東は狙撃に成功した直後、すぐさま逃げの一手を取った。

 

 幾ら東がベテランの狙撃手とはいえ、七海の機動力相手では逃げ切るにも限界がある。

 

 村上があの場で七海に挑まず東を追いかける可能性があった以上、あの場に留まるという選択肢は有り得なかった。

 

 瓦礫で通路が塞がっているとはいえ、七海のメテオラならばそれを排除する事は容易だ。

 

 あの場に留まって第二射を狙うメリットよりも、すぐさま追撃されて仕留められるリスクの方を、東は厭うたワケだ。

 

 狙撃手は、臆病なくらいで丁度良い。

 

 臆病と用心深さを履き違えてはいけないが、その境界を見極めるのも狙撃手の技能の一つだ。

 

 用心に用心を重ね、機会を決して逃さず仕留めに行くのが東の戦闘スタイルだ。

 

 無用と思われるリスクは、負わないに越した事はなかった。

 

「小荒井、良い援護だった。お陰で俺も、想定通りの仕事が出来た。よくやったな」

『ありがとうございますっ!』

『ああ、お前にしちゃ、上出来だったと思うぞ』

 

 東は仕事をこなして退場した小荒井に労いの言葉をかけ、奥寺もそれに追随する。

 

 そんな二人の様子を聞いて笑みを溢しながら、東は告げた。

 

「俺はこのまま予定通りに動く。奥寺も頼んだぞ」

『了解しました』

 

 奥寺の返答を聞き、東は黒い球体のようなものを通路に出しながら移動を続行する。

 

 東隊の面々は、密かに暗躍を続けていた。

 

 

 

 

「スラスター、起動(オン)

 

 村上はオプショントリガースラスターを起動し、その勢いのまま七海に斬りかかる。

 

 いきなりの加速斬撃に、七海の回避は遅れスコーピオンで受け太刀。

 

 スラスターのブーストがかかったレイガストのブレードが、七海のスコーピオンを叩き割る。

 

「────」

 

 斬り合いは不利だと即座に悟った七海はグラスホッパーを起動し、側面を通って村上から逃げようとジャンプ台トリガーを踏み込み跳躍。

 

「チェンジ、シールドモード。スラスター、オン」

「……っ!」

 

 しかし、村上は即座にレイガストをシールドモードに切り替えると、スラスターを用いて七海に突貫。

 

 シールドモードの面積を利用し、七海を瓦礫に叩きつける。

 

「ぐ……っ!」

 

 更にレイガストを手放し、身体全体を使ったタックルで無理やり七海を瓦礫とレイガストで挟み込む。

 

 そして腰の鞘から弧月を抜刀し、身動きを封じた七海へ刺突を放つ。

 

 回避を封じた上での、絶死の一撃。

 

 七海は、それを。

 

「な……っ!?」

 

 ────弧月の刃の先にメテオラのトリオンキューブを生成する事で、解答とした。

 

 渾身の力で放たれた弧月の一刺しは止まらず、その刃がメテオラのキューブに接触。

 

 即座にトリオンキューブは起爆し、周囲一帯は爆発に包まれた。

 

「く……っ!」

 

 間一髪、レイガストを掴み直しメテオラの爆発を防いだ村上は爆破の光で見失った七海の姿を即座に探す。

 

 そして、気付く。

 

 今のメテオラの爆破で、通路を塞いでいた瓦礫が吹き飛ばされている事に。

 

 そして、周囲に七海の姿はない。

 

 緊急脱出した様子もない為、恐らく七海はシールドを用いてメテオラの爆発から身を守ったのだろう。

 

 更に瓦礫が吹き飛ばされた事で出来た()()()を用いて、即座に撤退を選択した。

 

 此処に来て最大の機会(チャンス)を逃した事を、村上は悟る。

 

 途中までは思い通りに行っていた筈だが、どうやら自分のライバルは此処で仕留められてくれる程生易しい存在ではなかったようだ。

 

 それでいい、と感じる自分に苦笑しながら、村上はレイガストを構えて通路の先を睨みつけた。

 

 戦いは、一旦仕切り直しとなった。

 

 だが、まだこれからだ。

 

 次は、必ず。

 

 村上はそう心に決めて、地下街の通路を歩き始めた。


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